黒幕共の拍手喝采
『乾杯!!』
ジョッキのぶつかる甲高い音が彩斗邸に響く。
一階は普段の様相とは異なり、出前によって豪勢な食事が揃えられていた。
特上の寿司、華やかさのあるデザート、焼肉は小山の如く積まれ、炊いたご飯は十合にも及ぶ。
席に着いているのは彩斗、澪、モザンの三名。
機材を部屋の隅に置いた彼等は、此度の戦いが予定通りに終わったことを素直に祝福していた。
「いやぁ、良かった良かった。 用意した準備が無駄に終わらずに助かったよ」
「蓮司君もあの場面でよく覚悟してくれたもんだ! 戦っている風景は恰好良かったぞ!!」
澪も彩斗も酷く上機嫌である。
モザンも言葉にしてはいないが満面の笑みを浮かべ、自身の役割を無事に達成出来た事実に心中で安堵していた。
嘘八百だらけの今回の戦い。裏側では澪が全てを操作していた。
FMCを操作するまでは彩斗とモザンに任せ、蓮司が起動させたと同時に意識をFMC内に移動。所謂VR技術を用いて幻想的な風景を見せた後、それはそれは意味深なキャラを登場させて蓮司のやる気を煽った。
壮大な話に、感動的な過去。モザンが親身になって蓮司の傍に居たことにより、幻想幻夢を十割の力で行使する納得性を生み出せた。
ちなみに件の金髪の子供であるが、あれは別に澪がキャラを操作した訳ではない。
祝杯の机の上に置かれた一台のタブレットに、その子供は映っていた。
口の端を吊り上げ、右手はガラスのコップを握っている。中身はオレンジジュースで、時折それを口に運んでいる。
「どうよ、俺の演技は?」
「期待していた通り、見事なもんだったさ。 流石だな、イブ」
「へっへっへ、どんなもんだい。 俺だって経験が少なくても騙せるもんさ。 なぁ親父殿?」
「親父は止めてくれよ。 親っていうなら澪だぜ?」
男勝りな口調で自信に溢れた物言いをする。これこそが子供の素であり、新しいAIの家族であるイブだ。
その口調故に少年にも少女にも見えるが、子供の性別は女。付け加えると、澪が基軸とした人格は活発的な側面を抽出した彩斗である。
肉体を持っていないので物理的には親子ではない。しかし、イブは彩斗のことを自身の父親として定義していた。
尚、彼女が持っているオレンジジュースには確りと味がある。澪による味覚エンジンによりイブ自身も食事を楽しむことは可能だ。
「それにしても、手加減ってのは本当に大変だな」
「何時も倒すことが前提だったからね。 それに周りを騙す為に怪獣側は全力で戦っているように見せなきゃいけないし」
「ほんと、スーツが無かったら全員氷漬けだったよ。 僕に搭載されてたバッテリーも最終的には三割を下回っていたからね」
全員が全員、今回の戦いにおける難関は手加減だった。
普段であれば彩斗VS澪の戦いをするだけで良かった。本気で激突すれば地形が変わりかねない攻撃は自然と生まれ、自衛隊や国民は恐れ慄く。
怪鳥ではそれは出来ない。最初の設計通り、本気の激突をすれば簡単に怪獣側が敗北する。
怪鳥が彩斗達から逃れる為に放った攻撃も炎の出力を五割まで上昇させれば容易く溶かし切り、そのまま全身を火達磨にして終了だったろう。
モザンもFMC起動時の蓮司のように串刺しにすれば後は簡単に殺せた。
そもそも物質の分解が行える以上、直接鳥を分解すればそれで勝利だ。蓮司がその発想に至らなかったのは、やはり彩斗達の戦闘風景が脳裏に焼き付いているからだろう。
「こっちも正直もう手加減はしたくないね。 似たような状況に陥っても別のアプローチをするよ」
「賛成だ。 手加減の所為で予想以上に消化不良な気分を感じた。 次は大暴れさせてくれ」
「ふふ、了解」
「――おいおい、先の話をする前にあのガキの処遇を決めようぜ? 明日にでも家に行くんだろ」
イブの言葉でモザンがそうだねと軽く告げる。
戦闘が終わった直後、彩斗は興奮した気持ちで蓮司の元に向かった。怒りの演技を見せてFMCを取り上げ、後始末をモザンに任せて本人は妹が居るであろう避難施設に向かわせたのである。
本音を言えば、見事だったと口にしたかった。年頃の少年の熱血感は彩斗達のやる気は促進させてくれたし、ますます特別扱いをしようと思わせたのだ。
それでも、筋書きを外れないように締める部分は締める。何でもかんでもご都合主義があってはいけないように、一騒動を用意するのは忘れない。
今頃は家族にも何があったかを話して説教を受けていることだろう。
既に蓮司には澪から明日家に向かう旨を伝え、その際に此度の出来事に関する処遇を口頭で告げるとも話しておいた。
不安で一杯の夜を過ごす蓮司の気持ちを彼等は手に取るように解っている。父親や母親も此度の件で彼の意思を無視してでもヴェルサス脱退を言い出すであろうし、借金は自分達で払うとも彩斗達に告げるだろう。
回復薬の生産費用は決して安くはない。一粒を生み出すだけでも、それなりに多くの資源を投入することになる。
澪独自の製法と合わせ、販売したとしても百万はなければ採算が取れない。だが、百万であれば両親が必死になれば返すことは出来る。
故に態と高い値段に設定した。絶対に加入させるつもりで提示した値段は今も健在であり、父親も母親も肩代わりをすれば苦しい生活を余儀なくされる。
「一応、俺は蓮司の戦闘禁止を命じるつもりだ。 今回はモザンの独断であり、ヴェルサス側の落ち度の方が強い。 だから謝意も込めて借金の帳消しも考えてる。 あんまり厳しい罰にすると理不尽だと恨まれるからな」
「……別に僕はそれで良いよ。 薬については原料をモザンに用意させれば良いから」
「悲報、僕が酷使される件について」
「諦めとけよ、そういう目的で作られてもいるんだから」
肩を落としたモザンに突き放すような言葉をイブは吐き、データで出来たサーモンを口に放り投げる。
頬を緩ませて喜ぶ様は本当に子供のようだ。そんな彼女を恨みがましくモザンは見つめ、今だけは肉体が無かった方が良かったと溜息を零した。
何れイブにも肉体が用意されるが、そちらは単にストーリーに必要だから用意されるだけ。基本的には澪の手伝いをするのが彼女の役目であり、戦闘で駆り出されない限りは暇になることも多い。
「んで、どう落着させるんだ? このままだとあのガキはそのまま脱退になる訳だが」
「そうだな。 だから、お前とあの子が交わした話を材料にする」
「ていうと?」
「要は機密だ。 ヴェルサスは今も秘密組織で、誰にも正体を明かすつもりがない。 これまではあの子が脱退しても問題無い範囲だったが、あの話を聞いた時点でラインを踏み越えたことにするんだ」
どんな組織にも外に漏れてほしくない情報がある。
ヴェルサスにおいて機密に分類されるのは超能力。その存在に関わる全てが隠し通さねばならないことで、知った部外者は殺さねばならないことにする。
残酷な話だが、隠されているだけで機密を知った人間が秘密裏に処理される例は多い。社会的に、あるいはそのままの意味で。
自殺を装わせて殺されることもある。それが現在の社会の常識で、隠そうとも隠しきれぬ闇の部分だ。
ラインを踏み越えた部外者に例外は無い。
それが子供であれ、誰かの身内であれ、知ってしまったからには殺す以外の方法を模索することはしない。これまでヴェルサスがどのように生きていたかを端的に知らしめる為にも、今回の話はうってつけだ。
その上で彼の両親に告げる。――ヴェルサスの一員のままであれば殺されることはないと。
「ひっでぇ話だな。 恐喝も同然だ」
「甘い組織じゃないのは向こうもよく知っている筈さ。 だから、皆が想像する通りの厳しさを突き付ける。 じゃないとうっかり情報漏洩になりかねんからな」
イブは酷いと言いながらも、その顔は笑っていた。
彩斗もまた、そんなイブと同じ様に笑っていた。




