隠し事は素知らぬ顔をしてこそ隠せるもの
「兄貴どうしたの?」
「ん? ……ああ、何でもないよ」
土曜休日。
何時もの如く鍛錬に勤しむ傍ら、二人は彩斗と澪の判断で休憩を取っていた。
全身からは汗が流れ放題で、涼しくなってきた風が火照る身体を急速に冷ましていく。遥か上空故に風邪を引きそうではあったが、二人にとっては然程問題ではなかった。
そんなことよりも目の前の鍛錬の方が辛いのだ。休める時に全力で休まねば倒れてしまうかもしれない。
蓮司は妹の言葉に上の空で答えていた。
奈々を見ず、ただ流れゆく雲の動きを眺める様に話を聞いているようには思えない。その後も奈々は何度か声を掛けるも、気の抜ける返事ばかりをする兄の姿に次第に苛立ちを募らせていく。
隠し事をしているのは明白だ。明かすつもりがないのも、兄の態度から想像は付く。
誰にも何も言わぬと考えているのだろうが、思い詰めてしまっているのなら溜め込むのは下策中の下策。
考え事で動きが鈍るようなら、レッドから見放されるのは必然だ。
だから、苛立ちを解消することも目的に奈々は座り込んでいる蓮司の背中を叩いた。突然の衝撃に蓮司は驚き、何をするんだと奈々を睨む。
「隠し事してるのバレバレだよ。 何か話せない訳でもあるの?」
「……まぁな」
妹の強い口調に蓮司は少し驚いた。
それほど自分は隠している事実を表に出していたのか。冷静になった頭で先程までの妹との会話を思い返し、何をやっているのかと溜息を吐いた。
衝撃的な出来事は常に記憶に残り続ける。今もなお、それは彼の思考の大半を埋め尽くしていた。
家に帰っても受け取ったFMCを通学鞄に隠し、極力普段通りに振る舞う。それが実際に出来ているかは解らないが、妹の指摘を聞く限りではあまり出来ていないだろう。
この分ではレッドも何かを隠していると察している。
何も言わないのは個人の事情に立ち入る気が無いだけで、事がヴェルサス関係であると知れば厳しく判断を下すだろう。
レッドは薄情な人間ではないが、甘い人間でもない。モザンの行った結果に一定の理解を示しつつも、組織の人間としての判断を優先する。
仮にレッドがモザンを許してFMCの携帯も許可したとして、その際に本部からの説明と調査が入るのは当然だ。社会経験の少ない蓮司でもその程度は解る。
「ま、色々将来についてな。 五年後十年後について真面目に考えてたんだよ」
「ふぅん、兄貴らしいや」
適当に考えた言い訳に奈々は納得と頷く。兄らしく物事を深く考えるのは何時ものことだが、確かに自身の立ち位置は特殊だ。
ヴェルサスの情報発信者。奈々は自分の役職を脳裏に浮かばせ、その先に待つ未来について想像の羽を広げる。
ゆくゆくは世界中の怪獣出現について情報を発信するようになるだろう。その際にもっと多くの超能力者と触れ合う機会が訪れ、良いにしろ悪いにしろ奈々は影響を受ける。
様々な怪獣情報を管理する仕事を任せられるかもしれない。
一番最初に怪獣に触れるのは発見した超能力者で、次いで触れるのは本部や支部だ。その次に発信者に届き、二人は市井の間に怪獣出現の報を鳴らす。
仕事が増えていけばただSNSで発信するのも難しくなるだろう。SNSは簡単に情報を流せる反面、一度に掲載出来る文字には限界がある。
情報を知らせる程度であれば今で十分だが、例えば動かない怪獣の経過観察も発信するのであればSNSでは不十分だ。
自身の将来。その未来を想像すると、本当に普通の職とは違うが故に予想出来ない。
考え込むのも然程不自然ではないし、特に高校生である蓮司は選択次第では大学ではなく就職への道もある。
残り一年あるとはいえ、その時間を長く感じることはないだろう。日々を鍛錬と勉学に費やしていれば、遊ぶ暇もありはしないのだ。
「ま、私はこのままヴェルサスに就職するよ。 恩返しはしたいし」
「それは俺も一緒だ。 このまま情報発信者として更に多くの情報を取り扱い、出来れば本部の人達と話し合いが出来る程度にまでは信用を得たいんだ」
現状、二人は未だアルバイトである。
給料は正社員も真っ青の高額であり、借金分が無ければ貰える額は更に上を行く。殆どが危険給で占められ、役職手当も加味すると一生困らない額を稼ぐことが可能だ。
蓮司達も今現在銀行口座に入っている額だけで学生生活中は遊んで暮らせるし、両親も子供に金を要求する程困ってはいない。
数々の責任を求められることを加味しても、やり甲斐は十分にある仕事だ。長く働き、本部の人間と繋がりを作っておきたいと蓮司が考えるのも納得である。
「じゃあモザンさんが言ってたあれ、やるの?」
「考える限り、テレビの真似事をするのが一番ってのは納得出来る話だ。 今時はテレビを見ない方が普通になってきたが、動画配信って体でやればリアルタイムでの拡散が出来る」
必要とあらば行う。
その意思を蓮司から感じ、強い姿勢に奈々は同学年の男子とは違うと比較してしまった。
中学生と高校生では考え方に違いが出て当たり前である。まだまだ子供と呼んでも過言ではない中学生の頭の中は遊びで一杯で、奈々も自分の好きな事に全力になれる人物だった。
だからこそ運動部に所属し、毎日走り続けていたのである。別に陸上選手を目指していた訳でも無く、お遊びの線上だったのは間違いない。
若い女性が大人の男性に憧れる現象に初めて奈々は納得し、同学年に興味の無い自身の友人達を思い出す。
有名人になった後でも友人で居てくれた彼等は、変なところで現実的な物言いをすることが多かった。それは生活面でもそうだし、恋愛面でもそうだ。
結局のところ、だらしのない生活をする男を嫌っているだけなのである。自分達も似たようなものではないかと考えはするも、その事実を彼女は棚上げした。
今の蓮司は嘗ての弱弱しさが無い。虐めの件があったからか、あるいは怪物の襲撃を受けたからか、弱いままであることを嫌って慣れぬ早朝ランニングから肉体改造を行った。
「まぁでも、此処でどれだけ考えても予想外の方向から未来なんて変わるさ。 今は先ず、目の前の事に意識を集中しなきゃな」
「指摘されるまで考え事に耽ってた人が言う?」
「それは言わないでくれよ」
苦笑しながら頭を撫でられ、幼い頃との違いに安心感を抱かせた。
遠くからレッドが蓮司を呼ぶ声が聞こえ、一度返事をしてから彼は歩き出す。奈々もフローに呼ばれて休憩を終わらせ、彼女の前で直立で待機する。
『休憩は終わりだ。 続きを始めるぞ』
「よろしくお願いします!」
全力の声に合わせ、二人は互いに構えを取った。
護身術を身に付ける際、フローは最初に拳打と足技を教えている。基本にして道具に頼らない戦い方を選択し、伸びしろ次第で武器も握らせる予定だ。
だが、その必要は無いだろうとフローは感じていた。
鍛錬の形式はレッドと同じ模擬戦。戦いをしながら指摘を行い、才が何処に割り振られているかをフローが数値で判断する。
最初に飛び出したのは奈々だ。
軽やかな跳躍と共に横凪ぎの蹴りがフローの両足を刈り取らんと迫り、その攻撃を軽くステップで下がりながら回避する。
威力の乗った攻撃は次への動作移行までにタイムラグを起こすものだが、奈々が行ったのは速度だけを乗せた鞭のような一撃。
即座に右足を停止させて軸にさせていた左足で跳ね、反撃の機会を奪う連撃を拳で行う。
両手を用いた乱打はおよそ技術的なものを感じさせないが、寧ろそれこそが良い。
奈々の持ち味は足だ。元々運動部で走っていた為か、足は他の部位よりも強靭でしなやかに成長している。
元々の体躯が小柄なので重い攻撃は難しいが、速度のある攻撃は中々どうして才気を感じさせるには十分だ。
正直に言って、護身を目的にするのであれば現在の足技だけでも申し分無い。
だが、奈々は現状に満足していなかった。
この鍛錬の始まりから現在に至るまで、一番重視されているのが兄であることくらい彼女には解っている。
所詮自分はオマケ。兄の付属品に過ぎず、本来ならばこの場に居る資格は無い。
恩を返す為にと必死に鍛錬を行っていたが、未だ一度としてフローから褒められたことは無かった。
まるで、お前は場違いとでも言わんばかりに。
『お前も考え事か。 先程の攻撃、足首を狙ったつもりだろうが太腿になっているぞ。 それにこの攻撃もただ私の頭を追いかけているだけだ。 これでは何時まで経っても捉えるのは不可能だろうな』
「解りました!」
指摘され、先程までの思考を一先ずは収める。
兄も言っていたではないか。目の前の事に意識を集中すべきだと。――此処で力を見せ、少しでも自分はオマケではないと思わせるのだ。
早乙女・奈々は皆に不足の無い女である。オマケも付属品扱いも全て脱却し、真にメンバーとして認めてもらう女だ。
忘れるなかれ、奈々は蓮司の妹である。傍に居続けた少女の核が、蓮司のようにならないとどうして思えるのか。
人は環境に強く影響される。その事実に、近い将来でレッド達は驚くことになる。




