表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッチポンプで世界が変わる!?  作者: オーメル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/304

生きるべき人間の証

 ――早乙女の渾身の一撃はAMSを僅かに揺らした。

 彩斗の両足は一歩も後ろに進まず、逆に早乙女自身の腕には激痛が流れる。目を見開いたのは早乙女の方で、その瞳にはありありと絶望の色が宿っていた。

 だが、直ぐに決意の炎を灯して拳を振るう。

 一撃で駄目ならば二撃で、二撃で駄目ならば三撃で。その身体が後退するまで殴るのを止めない。

 その過程で腕が折れようとも関係無しだ。遥かな格上に多少なりとも抵抗するには、自滅の覚悟をしなければならない。何せゲームで例えればレベル一とレベル百が戦っているのと同じなのだから。


 対して決死の攻撃を受けている彩斗は、目を見開きはしなかったものの少々の感心を覚えていた。

 早乙女の拳がAMSを突破出来ないのは解っている。その攻撃で発生する衝撃も全てAMSが吸収しているので、実際のダメージは現状において零のまま。

 どれだけ頑張って早乙女が殴り続けても結果は変わらず、されど怪獣すら投げ飛ばすことが出来るこのスーツを多少なりとて揺らしてみせた。

 これは生身の人間の中では快挙だ。薬の効果とはいえ、最初の一撃で彩斗に揺れを感じさせたのは紛れも無く不屈の闘志を燃やす早乙女の覚悟である。同じことを彩斗が出来るかと聞かれれば、迷わず否と口にするだろう。

 

 彼の眼に一瞬宿った絶望の色は直ぐに命を燃やす紅蓮の輝きに染め上げられた。

 死ぬ気であるからこその全力は凄まじく、観客である避難民は悲鳴を上げながら逃げ出している。周囲に無差別に広がる衝撃の波によって自衛隊員も迂闊には攻撃が出来ず、静止を呼び掛ける声も早乙女の耳には入っていない。

 家族の為、愛する妹の為、レッドを倒す。

 その心意気のみで薬を使った彼のことを彩斗は評価している。そういった人間こそが恵まれた世界に居てほしいと、本気で願っていた。


『いやぁ、凄いな! あそこまで本気で戦えるなんて相当な覚悟だよ!! なんでこういう場面で能力が覚醒するとか起きないかなぁ!?』


『いやまったくその通り。 やっぱり現実ってクソだわ』


 彼が自死も厭わぬ覚悟で挑んできているのだ。現実側がちょっと手助けをしても別に良いだろうに、何処までも現状は何も起きない。そして、これからもそれが起きることはないのだろう。

 二次元の世界に落とし込んだとはいえ、それでも世界は依然として三次元のまま。能力が開花することはなく、能力者に見える程の技術力を持った人間が新たに出てくることもない。

 悲しい話だ。結局早乙女が決意を漲らせても、現実はいくらも手助けしてくれない。

 迫る拳を掌で受け止め、それを握って空に投げる。早乙女の膨らんだ身体は容易く天高く飛び、その高さは人間が地面に落ちれば即死する程のものだ。

 

「――ッグ」


『今度は此方の番だ』

 

 脳内通話を打ち切り、今度は彩斗が軽い力で拳を振る。

 飛行は敢えて行わない。早乙女相手に炎を使うのはあまりにも過剰であり、仮に使えば炭と化す。

 クロスして防御の体勢を取る上から拳を叩き込み、その一撃だけで早乙女の骨は嫌な音を立てた。折れていないのは手加減をされているだけだと早乙女自身も理解し、まったく歯が立たない事実に悔しさが募る。

 負けるものか、手加減しているのならその隙を突くだけだ。落下時にも二人は拳をぶつけ合い、時折足蹴りも放ちながら地面に着地する。

 彩斗は普通に降り立ち、早乙女は足を曲げて衝撃を幾分か和らげた。高度からの着地に骨が折れることも危惧したが、薬によって強化された筋肉が全てを受け止めて折れないでいる。

 

 改めて、早乙女は自身が使った薬の威力に驚いた。

 どれだけ無茶なことをしても薬はそれに応えてくれる。副作用が恐ろしいが、人によっては今この瞬間に万能感を覚えてしまうのではないだろうか。

 レッドと呼ばれる最強が目の前に居るからこそ、彼は僅かも万能感に酔い痴れることはない。寧ろこれだけの力を獲得してもまったく足りない事実に戦々恐々とした。

 これが超能力者。これが怪獣を倒す者。――本物の前では偽物はまったく歯が立たない。

 拳を硬め、前へと突き出す。依然としてまったくダメージを刻めぬ攻撃は今度も簡単に受け止められ、やはり投げられる。

 子供のお手玉が如し。

 正に、レッドにとってはこの戦いはただの遊びも同然なのである。


『残り十五分。 半分の時間で次はどうする?』


「まだたったの十五分です! そして、今の俺に出来るのはこれだけです!!」


 地面を蹴り、一瞬で早乙女は彩斗の懐に潜り込む。

 アッパー気味の攻撃は彩斗の顎に命中したが、それで彼が怯むことはない。いくらAMSよりも脆いとはいえ、マスクも尋常ではない硬さを持っている。そのマスクと正面から激突した時――勝つのはマスクだ。

 拳全体に何かが砕ける音が鳴った。悲鳴を上げたくなる程の激痛が腕全体にまで広まり、力が抜けていく。

 骨が折れた程度ではない。強化された拳は砕け、皮膚も裂けて血が滴っている。右拳は暫く使い物にならず、少なくともこの戦いでは役立たずだ。

 これまでの中で骨折をしたことは早乙女にはない。感じる痛みは初めてのもので、筆舌に尽くしがたい感覚は全身を駆け巡ってなお止まらなかった。

 

『そこまでにしておけ。 これ以上殴ったところで意味は無い』


「断る! 貴方が薬を出すまで、俺は止まりません!!」


 左拳を硬め、激痛に歯を食い縛りながら前に飛ぶ。

 再度叩き込まれた拳はやはりAMSを破壊することは出来ず、ただ硬い大木に挑む少年のようだった。何時かは折れると信じて、我武者羅に腕を振るう。どんな怪我を負っても、薬が切れても、諦めたらそこで終わりだと信じているが故。

 俺が諦めることを諦めろ。そう言いたげな眼差しを受け、彩斗自身はもう認めても良いと思っていた。

 あれだけの覚悟を持てる人間はそうそう居ない。現代社会に生きる人間は良くも悪くも精神的に脆い部分が強く、一度の失敗で人生を溝に捨ててしまうことも珍しくはない。

 それだけ社会の環境が厳しいということだが、だからこそ輝きを持った人間はこの時代の中でも目立つ。

 例えそれが誘蛾灯としての役割しか持ってはいなくとも、それでも簡単に人は寄せられるのだ。その輝きに魅せられたが為に。

 

 早乙女・蓮司の輝きは本物だ。

 家族愛を全身から垂れ流し、不撓不屈の覚悟を抱いて無茶に挑戦する。効率的な生き方を捨てた感情的な生き様は現代社会では適合出来ず、きっと難儀なものとなるだろう。

 それを引き出したのは間違いなく彩斗達。ならば、その生き辛い世の中を生きる手助けをするくらいは良いのではないか。

 何よりも、彩斗は彼のことが気に入った。仲間とはしないが、利用者として疑似的な仲間に加えることには賛成的だ。

 澪もまた、早乙女の覚悟を珍しく好意的に受け止めている。私が気に入った男は、やはり素晴らしい人間性を持った者であったと。

 二人が彼を正確に認識したのは、この瞬間だ。

 ぼやけた輪郭が定まり、そこに初めて早乙女の像が浮かび上がる。汗を垂れ流し、右拳から血を流す様は幼い戦士を彷彿とさせた。

 

 何度も繰り返した突撃を早乙女は今度も繰り返す。

 きっとこのまま戦えば、早乙女は死ぬ。何も残せず、妹と一緒にその亡骸は横に並ぶのだ。

 そうさせるのはあまりにも惜しい。故に、演技として彩斗は右腕に炎を灯す。それが本気であると早乙女に思わせ、いよいよ自分は死ぬのだと彼に錯覚させた。

 だが、その刹那に二人の間に巨大な氷の壁が生える。二人は共に後方へと下がり、足音のする方へと顔を向けた。

 

『そこまでだ』


 視線の先。その場所に、白いパーカーに身を包んだ澪が同色の白いマスクを被ったまま静かに立っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ