動画の可能性と個人の一事
動画を作るのに掛かった時間は僅か三時間であった。
材料を集めるところから編集までで常人であれば三日は掛かりそうな工程が三時間で済んでいるのは澪の事前準備と鬼のような速度で作業を進めたからである。
投稿先は世界中で利用されている動画投稿サイト――――『You Choice』
条件はあるものの収益化も可能で、人気クリエイターとなれば大金生活を送ることも出来る。動画に用いた材料には超能力成分を多く含み、一度見ただけでも彼等が本物であることを証明していた。
既に彼等の偽物は多く存在している。コスプレやゲストと称して適当な名前で参加する動画もあり、彼等の逞しさには一種の感心すらも抱いてしまう。
とはいえ、それが妨げとなっているのは事実。彼等が彼等であることを証明する為にも、動画の最後に設計図を求める者は此処に来いと千葉県内のとある場所を地図で指し示した。
投稿されて反映されるまでには少々の時間が掛かる。
特に宣伝もしていない状態では発見されるまで更に掛かるだろう。それでも彼等がコレを選択したのは、この動画サイトが世界的に有名であるからだ。
投稿を確認し、二人は行動を開始する。
動画に表示した集合時間は明日の午前九時。その間までに救助活動に専念し、ついでに彩斗は澪が目を掛けている早乙女・蓮司の居た学校を目指した。
目的地まではAMSを使えば近い。向かいながら助けるべき人間を助けていると、何時の間にか倒壊した学舎が目に入った。
『学生の姿は……あるな』
学校が指定避難所に認定されていることは常識だ。
この学校も例外ではなく、今も多数の人間の熱源をマスクが捉えている。殆どは無事な体育館で身を寄せているようで、外を行き来している姿が僅かに散見された。
出来れば早乙女本人の姿を視認したかったが、大量に避難している人間の中から本人を見つけるには直接赴く他無い。
最上・彩斗として接触すれば早乙女のみに露見する形となる。誰にも見つかりたくない身として、それは選択肢に絶対に挙げてはならないだろう。
諦めて道を返し、今日も今日とて活動に勤しむ。
地味な活動ではあれど、助けられた側に良い印象を刻み付けることが出来る。彩斗としては冷たき炎の能力者ムーブをしたかったが、こうなっては多少なりとて優しさのある能力者ムーブに舵を切るしかない。
『どう? こっちは順調だけど』
『こっちも問題は無い。 動画の方はどうだ?』
『ま、程々って感じ。 嘘か本当か確認するコメントや不謹慎だと罵倒するコメントばっかりだよ。 信じてくれる人が来るのを待つしかないね』
『そうか。 まぁ、こればかりはな』
コメントの種類は種々様々。隠し事の無い本質が姿を見せるが故、丁寧語も敬語も無い生のモノが届く。
手酷いコメントがあって当然だ。解っていただけに彩斗は何も感慨を抱かない。それに澪であれば動画投稿の際に追跡防止措置も施していることだろう。
悪意ある第三者、公的機関があのタブレットに行き着かれるのは面倒だ。来てくれるかどうかは、彼等の意思に任せることとなる。
軍人が来るか、政府の人間が来るか、社会人が来るか、学生が来るか。
誰が来ても対応は一緒だ。情報を渡し、そのまま姿を消すだけである。僅かな会話はするかもしれないが、そこから彩斗達に辿り着かせはしない。
台本も頭に入っている。忘れても澪がカバーしてくれるので、緊張することはない。
明確に物語を進めることが無い以上、救助活動で限界を迎えれば必然的に休憩時間となる。
家に戻った二人は服を発電機と繋げ、その最中に彩斗は携帯を開く。妹である百合からのチャットの嵐に眉を顰めるも、既読を付ける為にメッセージを眺める。
内容は途中まで普通だった。両親の状況、自身の状況を長々と話し、一時的に近い場所で纏まって生活することを提案していたのである。
当然、その案を受け入れる訳にはいかない。だが、彩斗が何も返事を送らなかった所為で彼の前の家にまで向かったとのメッセージを見て俄かに胸がざわついた。
前の家も地震圏内だったが、奇跡的に建物は無事だった。その故に彼の居るであろう部屋前まで行き、無人であることを知ってしまったのだ。
となれば、百合のすることなど解ったようなもの。
何処に引っ越したのかと質問が何度も飛び込み、何も伝えない事実に怒っていた。両親もこの事を既に知ったとのことで、近い内に説明をしろと最後に残されている。
厄介な状況が起きた時、それは連鎖するものだ。地震の次は家庭の問題が発生したと理解して、彼は盛大な溜息を零した。
「……ま、ここら辺が潮時か」
「ん、そうだろうね」
彼の考えていることを読み取った澪が同意を示す。
これからの活動をする上で家族の存在は邪魔だ。居るだけ害しか与えないのであれば、早々に縁を切ってしまった方が良い。
AMSを充電している間に彩斗は紙と封筒を用意した。書くべき事を全て書き、三つ折りにして白い封筒に収める。
筆ペンを用いるのは久し振りであったが、指は自然と動いてくれた。丁寧に封筒には絶縁状と書かれ、その存在の意味を強く意識させられる。
勿論、これだけで絶縁出来る訳ではない。そも法律的に絶縁することは不可能だ。
しかし明確に互いの立ち位置を決め、両者が納得するように動くことは出来る。両親が彩斗に望むのは金だけであるので、この場合は多額の金銭で納得させるのだ。
問題なのは妹の百合である。彼女の場合、金銭だけで全てが解決することはない。かといって大事に発展すれば彼女の今後の生活に影を落とすことになる。
何時までも明るいアイドルであってもらう為にも、両親の努力は必須だろう。
「やろうと思えば戸籍閲覧の制限も出来ると思うけど、まぁ警察が絡むから面倒だよねぇ」
「そこまでする必要は無いさ。 両親は言わずもがな、妹だって今の生活がある。 自分の行いが多方面に影響を与えると解っていれば、納得は出来ずとも理解はしてくれるさ。 そのくらいには利口だよ」
「そうだと良いけどね」
何処か含めた言い方に彩斗は苦笑する。
何時ものことだ。澪は彩斗以外の他者を信じておらず、必要とあらば非道な手段も是としている。抑えるのは簡単だが、それは彩斗だからだ。他の人間の言葉では彼女は止まらない。
そしてこの件について澪は口を出すことは出来ないでいる。ずっと家族達を見ていても、親達は彼女の存在を知らないのだから。
チャットアプリに文を打ち込む。
送られた文面は罵倒や批判ではなく、ただただ冷静な話すべき事があるという一文のみ。最後に一週間後の夜に向かう旨を告げ、チャットを閉じた。
長い溜息が流れる。ただ短い文を打つだけだというのに、妙な緊張感が彼の中で渦巻いていた。
最上・彩斗にとっての一大事だからだと、彼は理解している。
レッドとしての一大事であれば余裕の仮面を被ることが出来るが、当日は彩斗として向き合わねばならない。それが苦痛で、煩わしく、苛立ちすらも湧き上がらせた。
全ての気持ちを此処で吐き出すことは出来ない。もしかすれば怒りのあまり物に当たるかもしれないと考える彼は、澪の私物もあるこの家を荒らしたくはないのだ。
「寝ておいで。 明日も大事なんだから、後の事ばっかり考えて失敗はしないでよ?」
「……そうだな、悪い」
澪の言葉に彩斗は意識を切り替える。
自身の事よりも、目先に迫った出来事を消化するのが先だ。予定調和にならなくなった物語を修正する為、澪の期待に応える自分にならねばならない。
一先ず、最優先はレッドの一大事なのだ。
この日、彼と彼女は普段よりも早めに床についた。レッドとしての振舞いを脳内で予習しつつ、彼の意識は自然と落下する。
――――もしも夢を見るのならば。どうか、楽しい楽しい物語を見せてくれ。




