薬も過ぎれば毒となる
建造する地は都会から離れ、畑や田んぼが広がる長閑な田舎になった。
太陽の光を遮らない土地の上空に巨大な反射の土台を用意。周囲の風景に擬態することで疑似的に透明状態を作り、その上で彼等は先ず白線を書いていく。
全員の端末に設計図は渡っているものの、白線を引くのは楓とアントの役目だ。図面のサイズを拡大し、現実の大きさに合わせて粘着性のある粉を手で撒いた。
人力であればサイズの測定を行い、目印を書き込んでから白線を引くことになるので手間が増える。
その点、疑似脳であれば常時演算を行いながら引くことが出来るので間違いがない。
「こういう部分はやっぱりそっちの分野だよな」
「まぁな。 俺も情報収集で潜り込むことがあるし、人間にゃこれは出来ないよ」
イブは胸を張って自慢気に彩斗に放つが、それは間違いではない。
彼女の情報収集は今のヴェルサスになくてはならないものだ。彼女の尽力なくして、彩斗達が先手を取れることはない。
頼りにしていると軽くイブの頭を撫でると、彼女は喉を鳴らして彩斗の傍に更に近付いた。
父と娘と表現するよりは義理の兄妹をイメージさせる様子だが、イブの場合は親愛や友愛などのあらゆる愛が常に彩斗に向いている。
当然ながら異性に対する愛も彼に抱いていて、当たり前であるが甘えられるチャンスがあれば甘えるのが彼女だ。
「ひっさしぶりに素が出せるぅ!」
「悪いな。 まさかお前がこんなキャラになるとは想定していなかったんだ」
「いいっていいって。 俺も自分を定義をしたのはネットで収集したからだしな。 それに、なんだかんだ周りが騙されているのを見るのは楽しいもんだぜ?」
愉悦の混ざった笑い声を漏らす彼女に、彩斗は苦笑した。
イブは元気娘だ。性格としては奈々と合いそうなものだが、彩斗の要素が混ざっている所為で他者に対する暗い感情もある。
自分の演技に人が騙されていく姿が彼女には心底楽しいのだろう。露見すれば焦るのは間違いないが、イブの演技がそう簡単に露見することはない。
そもそも彼女はあまり人とは会わないのだ。会って会話をしても、彼女の知る人間と情報が一緒なので新鮮味が無い。
情報収集の関係で悪意に触れる機会も多くある。人間に対する期待は当の昔から無く、善人も悪人もイブの前では全て同一だ。
「これが出来たら次はもっと怪獣を出すんだろ?」
「ああ。 これまでの比じゃない勢いでポンポン出すぞ。 第一次怪獣恐慌の始まりだ」
「その時はもっと俺達を作るって聞いてるけど、具体案は既にあるのか?」
「あるにはあるって感じだな。 その通りになるかは完成しなきゃ解らないが」
巨大空中戦艦が出来たのなら、その内部を動かす者が必要だ。
その人員は人間からは出ない。澪の作る人形で動かす予定となり、つまりメンバーはこれからも増加することになる。
彩斗が肯定すると、イブはそうかと腕を組んで暫し思考した。
これから増える人員は、間違いなく戦艦を動かすことが最大の誕生理由となる。戦闘も出来るようにはするだろうが、積極的に表で暴れることはないだろう。
つまり、レッドである彩斗の傍にはあまり居ないことになる。寧ろ、フローである澪の傍に戦艦組は集まるのではないだろうか。
バゼルも戦艦に移り、そこでもっと大々的な行動をこれから執る。具体的に言えば、戦艦そのものを一国扱いにするかもしれない。
「……移動戦艦が国に認められると思う?」
「突然どうした」
「いや、お袋なら巨大な戦艦を一国相当の存在にしようとするんじゃないかなって。 超能力者達の住む場所を公開する予定なら、干渉を防ぐ為にそれくらいはするんじゃないか?」
「……有り得る。 澪ならそれくらいはしそうだ」
国土認定されるかは難しい話だが、生活を可能とする土台は戦艦にはある。
生産施設に、居住施設。対怪獣用の攻撃設備に、必要となれば国家の要人と話をする場も会談場もある。
超能力者を多く手にしたい国家にとって、行動は非常に慎重にならざるを得ない。
激論や陰謀によって場が荒れることを考えれば、何処の国にも所属しない集団が国を立ち上げて保護した方が建前上は健全だ。一国が圧倒的な武力を保有しているとして批判されるだろうが、対怪獣を掲げている間は表面上は問題にし難い。
「お袋は親父には甘々だ。 親父が安心出来る場を絶対に作る。 場所が整った後は、親父が好きなもんを幾らでも用意するだろうさ」
「そうか? 確かに始まりの時点から澪は尽力してるけど、何でもかんでも簡単に用意する程じゃないさ」
「んな訳ないだろ、親父。 あの人が親父以外をどんな目で見ているかは解っている筈だ」
「それは……」
イブの指摘に彩斗は否とは言えない。
澪は人類に興味など持っていないし、モザン達にも彩斗程に世話を焼こうとは思っていない。一部の人間に対して期待することはあるが、だからといって澪が率先して彼等の喜ぶ品を作ることも絶対に有り得ない。
彩斗だけなのだ。彼女が率先して品を作る相手は。
唯一の親友。唯一の家族。彼女が時折口にする台詞は、彩斗にとっては酷く当たり前のものである。
共に笑い、喧嘩し、無くてはならぬ存在だとも認識していた。――それを彼女も抱いている事実は、彩斗の思う以上に重大な意味がある。
「親父はお袋を一番だと思っているんだよな? 他の女が一番とか思ってないんだろ?」
「当然だろ。 イブの前で言うのは悪いが、やっぱり最優先はあいつだ」
「お袋も同じことを思ってる。 いいや、お袋は親父以上に親父に重きを置いている。 ――だから、あげられるものは何でもあげたいと思ってる筈だ」
今の世界を壊そう。お前の求める世界にする為に。
始まりは澪からだった。彩斗の嘆きにも似た愚痴に、澪が反応することから全ては落下を始めたのである。
お前が欲したから渡したのだ、何よりも愛すべきお前の為に。
そこに宿る情念。人類の次元を凌駕しかねない膨大な熱量は、世界程度容易く飲み込む。
本来、『澪』とは正体不明の怪物なのだ。
人類の枠に収めるべきではない、人間のような思考をすることが出来るだけのナニカなのである。
そこに本物を与えたのが彩斗だ。彼の孤独がナニカを育み、澪として世に誕生させた。
「あの人が女を選んだのも親父が男だからだ。 アイの形を証明するのに、異性愛程解り易いものはない」
「…………」
彼女の信頼が尋常ではないことは彩斗も解ってはいた。
何時でも人間を下に見ているのに、彩斗にだけは対等に接している。蓮司には成長する子供を見守るような微笑ましさを持っているが、それは言い方を変えれば未熟な者を上から見ているのと大差は無い。
女の姿をしているのも、彩斗が理想とする姿がソレだったから。以前には抱かれても良いとの言質も貰い、それら全てを統合すればイブの言っていることにも納得出来る。
「あの人には常に目を光らせていた方が良いと思うぞ。 あの人にとってやり過ぎって言葉は辞書に無いんだから」
「そうだな。 ……確かにその通りだ。 あいつの手綱を握れるのは俺だけだからな」
空中戦艦の完成だけに彼は集中していられない。
妹との話し合いに、澪についても注意を巡らせる必要がある。親友相手であってもこればかりは流石に彩斗が許すつもりは無い。
何事もほどほどが一番。なにもかもが欲しい訳ではない彩斗にとって、澪の甘さは毒にもなってしまう。
例え心から信じられる者であっても、その行動が全て良い方向になるとは限らないということだ。
大空の下で、彼の瞳は不安を露にしていた。




