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牙を見せる時、見せぬ時

 彼女と二人で話をする時、それは何時も屋上だった。

 昼休みの時間の屋上には誰も居らず、好き好んで外に出てくる輩も居ない。屋上の風景は誰にとっても見慣れたもので、だから態々此処には来ないのだ。

 故に密談をするには持ってこいである。最初に蓮司が屋上に到着し、その僅か十分後には真木が扉から姿を現した。

 髪を靡かせた美しい女は、勝気な顔で彼を見る。

 そのまま彼の近くにある柵に凭れかかり、視線を青空に移した。


「自衛隊の予算が縮小されたそうよ」


「そうか」


「空我の増産は一時停止し、今ある数で今後は輸送護衛や怪獣との戦闘に挑むらしいわ。 ま、その空我も半分くらいはパイロットが居ない状態だけど」


 世間話のように真木は口にするが、それはまだ表に出ていない情報だ。

 彼女の家の祖父が出資者だったからこそ手に出来た情報で、その内容はつまるところ自衛隊の弱体化を意味していた。

 国家防衛。その役割を持つ自衛隊が、怪獣の前ではまったく活躍出来ない。

 自然災害を止める為に開発された空我でも子供のように蹴散らされ、半分以上が現在も修理中だ。

 空我では怪獣を打倒出来ない。その事実を痛いくらいに打ち込まれ、パイロットの殆どは死への恐怖にトラウマを抱いた。

 

 誰しも英雄にはなりたいと思うもの。パイロット達の大半も自分は英雄になれる器だと信じ、その願望は前回の一戦で粉々に砕け散った。

 トラウマを刻まれた者達はもう搭乗したいとは思わない。逃げるように自衛隊を退職したとして、誰が責められるというのだろう。

 金や権力で縛ろうとしても、生への執着の方が遥かに強い。今のパイロット達にとっては怪獣との距離を取るのが最優先だった。


「フォートレスに政府は戻って来ないかと打診しているそうだけど、戻っては来ないでしょうね。 あれだけ手酷く扱っておいて、今更戻ってくると考える方が馬鹿だわ」


「……真木、本題を話せ」


 真木の言葉は全て雑談の範疇を超えない。

 彼女自身、これがどうでもいい情報だと思いながら話している。そんな彼女に何時までも付き合うつもりはなく、だから早く本題を話せと苛立ち混じりに告げた。

 そして、そこで初めて彼女は視線を蓮司に移す。

 茶色の瞳には怒りは無かった。嘗ての頃には存在していた感情は、しかして今の彼女は微塵も残さない。

 蓮司はその目に、僅かばかりの美しさを感じた。これまではただ五月蠅いだけの女だと思っていたが、落ち着いた彼女の瞳は思いの外美しい。


「ウチの会社も輸送護衛を受けているけど、空我が護衛をしている姿を衆目に晒すことは出来ないわ。 血税を消費して出来たのが鉄屑である以上、人目に晒したらバッシングは免れない。 知っているのは従業員だけよ」


「どうせ従業員経由で世間に知られるだろ」


「そうね。 役員も祖父の軽挙を非難しているし、今ウチの会社は荒れに荒れているわ。 一難去ってまた一難よ。 お蔭で私にまた仕事が来たわ」


 心底嫌なのだろう。

 重い溜息を吐く。前回も彼女には仕事が回ってきていたが、それはレッドが一刀の元に切り捨てた。

 此処で彼を呼んだのなら、それはやはり似たような内容だろう。一度断った相手に再度依頼を頼むというのは、どんな人間でも嫌なものだ。

 

「ヴェルサスに仕事を頼みたい訳じゃないわ。 頼むのはフォートレスの方。 そっちならあの男も口を挟みはしないでしょ」


「どうだかな。 あの会社の実質的な支配者はヴェルサスだ。 彼等が良しと言わなければ、フォートレスも首を縦には振らない」


「じゃあ、あの会社の社長は傀儡?」


「……それは違うな」


 ヴェルサスが掬い上げはしたものの、経営は完全に放任だ。

 彼等の顔に泥を塗らぬ限りはどのような行いも許され、ヴェルサスに仕事を頼むこともある。

 あの会社の社長はヴェルサスに対して恩義を持っているが、かといって何でもかんでも良しとするような性格でもない。本当に駄目であればあの社長は真正面からヴェルサスに意見をするだろう。

 会社の社員を生かす為の益。そして救ってくれたヴェルサスへの恩。

 あの社長にあるのは二つだけだ。故に、真木の依頼に真っ当な意味での利益が見込めれば渡辺も頷くだろう。

 

「じゃあ話を付けてくれない? ……流石に何の益も無い話をするつもりはないわよ」


「お前、それが人に物を頼む態度かよ」


「なら土下座でもする? その方があんたは信じるの?」


「……はぁ」


 物の頼み方としては論外だ。見知った相手でなければ問答無用で彼でも切り捨てる。

 しかし、逆に真摯になられても気持ち悪い。それは彼女も自覚していることで、これがプライベートの領域を逸脱することを理解しつつも蓮司は端末を起動した。

 通話先は彩斗。本日はフォートレスに出向いていると聞いているので、彼に話をするのが一番手っ取り早い。


『突然どうかしましたか?』

 

 端末を耳に当てると、直ぐに相手は出た。

 耳に響く優しい声は彩斗のもので、これから突発的な出来事が起きる事実に罪悪感が湧き上がる。

 会社同士の話をするのに、学生が間に挟まる必要はない。

 これも全て真木側の会社が余計な知恵を絞った結果であり、これで何かあった場合は責任を取るのは真木の会社だ。

 ただでさえヴェルサスと繋がるのは爆弾を抱えるようなものである。彼等が建てたフォートレスを除き、良からぬ企てで接するようであれば地獄を見るのは明らか。

 ビジネス関係を築きたい気持ちは解る。蓮司の目から見てもヴェルサスは金の卵だ。


「突然お電話をしてしまい、誠に申し訳ございません。 実はフォートレスと話がしたい会社の人間が接触してきまして……」


『話がしたい、ですか。 今そこに?』


「はい。 代わりますか?」


『一先ずお話だけでも聞きましょう。 内容を伺った上で両方の組織で片付けるのか、フォートレスだけで片付けるのかを決めたいと思います』


「解りました。 では」


 蓮司は端末を真木に差し出す。

 それを彼女は当然のように受け取るが、彼は端末からは直ぐに手を離さなかった。眉を顰めて真木は彼を睨むが、それ以上の圧を彼はぶつける。

 聞かれては困るので言葉にはしないものの、暗い敵意を込めた眼光は無礼を働くなと言外に告げていた。

 戦闘者として現場に出ることも蓮司の睨みを前に、彼女は無視することは出来ない。唾を飲みながらも頷きを返し、離した端末を耳に当てた。


「もしもし、お話を聞いていただきありがとうございます」


『……随分とお若い声ですが、まさか学生ですか?』


「はい。 早乙女さんと同学年の真木・陽子と申します。 そして〇〇社の会社の娘でもあります。 学生という身分ではありますが、私も会社の経営に関して一部口を挟める立場にあります。 どうか、その点を御理解いただければと」


『畏まりました。 私はヴェルサスの窓口を担当する最上・彩斗と申します。 ――では、手短にお話をしていただいてよろしいですか?』


「――実は、とある物を作ってほしいのです」


 彼女は解っていた。

 自分にとっての最良を求めたとて、何も叶いはしない。それどころかより悪い結果を招き、何もかもが御破算に終わる。

 都合の良いものばかりを相手に与えようとしても、逆に自分達にとって都合の良いものを手に入れようとしても、振り切った案は信用には値しないものだ。

 ならばどちらにとってもメリットがあるものを。

 決してどちらが不利になる訳でも、有利になることもない。双方にとって平等になれる案を父は提案し、それを彼女なりに正確に解釈して現代風に仕立てた。

 

「我々の会社は主に生鮮食品を扱っています。 そちらの扱う商品とは種類が異なりますが、業務上必要な機械についてでしたら内容は一緒でしょう」


『続けてください』


 彼女の会社とフォートレスは扱う商品が違う。

 モバイルバッテリーという点から見るに食品系ではなく、家電に類する商品を今後は展開する筈だ。であれば、攻める方向は主戦力ではない。

 父親がアイデアとして考え付いたのは生鮮食品の管理機械。一般的に裏側も裏側の存在であるが、仕事をする上で絶対に欠かせない機械であるのは間違いない。

 

「そちらの会社は十分な品目が揃っていないように見受けられます。 一種類だけしか販売していない現状は、会社の成長をそれだけ急いでいるようにも見えました。 であれば、こちらでそちらの技術力を示して更なる宣伝をするのはどうでしょう」


『……我々にはヴェルサスという宣伝に使える人材がいらっしゃいます。 それにお恥ずかしながら、バッテリーの生産は追い付いてはおりません。 会社の成長は確かに願っておりますが、キャパシティの問題を解決していない以上は宣伝をしたところで超えているものを更に超えさせるだけでしょう』


「でしたら、我々も協力致します。 製造については信用が無いので、運送作業をお任せください。 それだけでも大分違うと思いますが」


 今のフォートレスが成長途中であるのは言うまでもない。

 それは誰がどう見ても明らかであり、あらゆる面で不足が多いことも彩斗は理解している。

 運送作業一つでも莫大な人間を動かす必要があって、彼等が満足に動かせるようなトラックや車を置くスペースは実の所あまり存在しない。

 当時の彼等にはそもそも車のような高い物を買う資金力が存在せず、まさかここまで大ブレイクするとも想定していなかったのである。

 恐ろしきは澪の力だろう。彼女の作った物は年代を無視して万人を魅了する。

 運送を完全に任せられるのであればルートの固定化も容易だ。着眼点の良さに、この前会話をした少女とはとてもではないが思えなかった。


『とある物を作ってほしいと仰いましたが、具体的にどのような物を?』


「内容は冷凍庫です。 怪獣の登場以降、生鮮食品は常に貴重となりました。 その為値段は高騰しているのですが、売り上げ自体は好調なままです。 我が社としましてはその勢いを落したくはありません。 ――しかし」


『怪獣が現れた時、彼等の齎す被害によって設備が破損する可能性がある。 そうなれば冷凍保存をしている商品が一斉に売れないものになり、そちらは大打撃を受けてしまう……というところですかね?』


「その通りです。 ですので、怪獣の被害を受けた上でも稼働する冷凍庫が欲しいのです」


 彩斗は彼女の言葉に嘘を感じなかった。

 必死で、懸命で、一人の社会人のように感じられたのだ。このまま彼女の願いを手折ることは簡単だが、同時に面白いとも彼は感じている。

 だからだろうか。彼は断る言葉を思い付かず、別の言葉を口にした。それは間違いなく真木に希望を与えるものであり、彩斗に複雑なものを抱かせるだろう。


『……解りました。 このお話はフォートレスの渡辺社長にもお伝えし、一度話し合いの場を設けましょう』

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