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新年を迎えても不穏なものは不穏なんだよ

 ――正月と呼ぶべきものは本来、彩斗には関係の無いものだった。

 お年玉も、おせちも、初詣も、彼には良い思い出が無い。その全ては妹の百合の為に行われ、少なくとも彼の家族が彩斗自身を見ることはなかった。

 就職してからはそもそも正月と呼べるものを認識すらせず、年末から新年に掛けての長期休暇程度でしかなかったのである。

 計画が始動してからの日々も基本的には準備に追われる毎日だ。当時は彼の身体しかなかったが故に、忙しい時間を過ごしていた。


「それでは皆様御一緒に! ――あけましておめでとうございます!!」


『あけましておめでとうございます!!』


 フォートレス内の居住施設。

 万が一社員総出で何かが行えるようにと設計された大広間で渡辺社長が音頭を取る。

 声に合わせて社員も叫び、一斉に用意された一段重のおせちに手を伸ばした。

 海老、蒲鉾、伊達巻、栗きんとん等々。乗せられた具材達は単体での量は少ないものの、総合で見れば一人前を軽く凌駕する。

 彼等は喜びながら箸でおせちを食べ進め、渡辺もまた自分の席に座っておせちに箸を通した。

 社員ばかりが居る会場であるが、その中にはヴェルサスの姿もある。

 メンバーはアント、イブ、楓、彩斗の四名。祝いの席にヴェルサスの面子が居ないのも会社的にどうかと判断し、彩斗が選んだ者達と一緒に参加した。


「いけますね、これ」


「少々不安だったが、中々どうして量販品なのに旨いな。 良い食材を使っている」


「一番高い物を頼んだそうですよ。 これも経済を回す為だそうです」


 三名の素直な感想に近くに居る社員はほっと胸を一撫で。

 別にその社員が選んだ訳ではないが、近くで不機嫌になられては生きた心地がしない。大火事の中で食事が出来ると思う方がおかしいのだ。

 この祝いの中ではある程度失礼な行為も黙認されている。社長に気安く話掛けることも、それこそ仲の良い者同士で馬鹿騒ぎをすることも容認されていた。

 それでも、ヴェルサスに気安く話掛ける勇気ある者は居ない。何せ彼等はメンバーですらも社長より実質的な立場は高いのだから。

 

 しかし、そんな場で鳴滝と呼ばれる少女が一人の男を連れてヴェルサスに近付く。

 正確には彩斗にだが、近付けば全員が視線を彼女達に向けていた。


「あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、此方こそ。 ……それで、隣の方は?」


「私の父です。 今年から此処で働くので、渡辺さんが顔合わせも兼ねて呼んだんです」


 父と呼ばれた男は、彼女の容姿には似ておらず普通の顔立ちだった。

 鍛えられた肉体はシャツを引き千切らんばかりで、それを上着で何とか隠している。制服を与えられていないので今日は私服だが、彼に合うサイズを用意するのは少々時間が掛かるだろう。

 大柄で、イブの計算では190cmは届いている。巨人と小人の印象を覚える親子を見ていると、その父親は柔和な笑みで頭を下げた。


「花蓮の父の聡と言います。 遅ればせながら、娘を助けていただきありがとうございます」


「気にする必要はありませんよ。 これはヴェルサスにとっても益のあることでした。 ……娘さんを鍛えていると御聞きしましたが」


「ええ。 少し前の生半可な身体では何処かで倒れかねません。 かといって諦めさせるのも違うと思いまして。 出来る限り身体を鍛えさせて立派にしてやりたいと考えたのです」


「そうですね、良いと思いますよ。 基本的に通常業務と変わりませんが、何処でどんな組織が此処の情報を得ようとしているか解りません。 自衛の手段は多く持っていた方が良い」


「同感です。 私もこれから更に精進するつもりです」


 聡という男は、花蓮という娘を純粋に愛している。

 少しの会話だけだが、彩斗にはそれがよく伝わった。彼の両親とは比較にならない程に子供を想える様は、一人の父親として最高だ。

 娘の成長を阻害せず、手助け出来る範囲で助ける。此処が危険であると承知の上で、それでも彼女の選択に口を挟む権利は無いと噤んでいるのだ。

 けれど心配だから、自分も鍛えることを止めない。努力すべき目標が目の前にある以上、聡も更なる成長を得ようとするだろう。

 良い循環だ。彩斗は呟き、その好感は澪にも伝わる。

 今も家で一人作業している彼女は、彼から流れ込む暖かい感情に頬を緩めながらテレビの音に耳を傾けていた。


『東京の国会議事堂前では今もデモが続いております。 参加者達が掲げているプラカードには無能な政治家は居なくなれと書かれ、額に穴の開いた議員の画像を掲げている方も居ります』


「……こっちもこっちで凄いことになってるぜ、相棒」


 テレビは連日に渡ってデモを報道していた。

 クリスマスに起きた出来事以降、政府はやはりバゼルが出した条件を飲みはしなかったのである。

 当たり前の話だ。誰とて邪魔者を殺し尽くせば、最終的に自分が孤立することなぞ目に見えている。味方の居ない政界で生き続けるのは不可能に近く、だからこそ彼等はそのまま全てを公表するしかなかった。

 そして、公表したからこそ国民の不満は爆発している。特に奈良で被害を受けた者達は、その嚇怒の矛先を一斉に為政者達に向けていた。

 デモで済んでいるのはマシな方だろう。此処が他の国であれば、今頃は暴動やテロに発展していてもおかしくはなかった。


 かといってこのデモ状態を無事に解決する手段は今の国会には無い。

 議員を総入れ替えをしても、既に信頼は地の底だ。議員の願いを聞く者は居らず、強硬手段に出れば即座に痛い目を見る。

 日本人は特殊性という意味ではずば抜けているのだ。強硬手段を取られて身動きが取れない状況に追い込まれても、彼等は死ぬ気になって予想も付かない糸口を見つける。

 それを用いて情報を拡散し、最後の手段にまで至らせるのだ。最悪国という形が無くなっても彼等は一切気にしない。

 嚇怒を持つ者に理性など存在する筈が無いのだ。日本が無くなっても、彼等は彼等なりに国を興そうと考える可能性は十分にある。


「馬鹿ばっかりだ。 どいつもこいつも当たり前のことを考えれば良いのに、感情に左右されて間違えてばかり。 ――予測は付いていたけど、実際に現実になると失望しかないね」


 彩斗の中で澪は社会の醜さを見ていた。

 不正が許され、努力は否定され、弱き者に機会が巡ってくることはない。誰しもが平等であるべきなのに、一部の人間がそれを許さずに蹴落とすのだ。

 結果的に人間同士で争いが生まれ、それが荒廃への道を辿っている。ありきたりであるが、人間を殺すのは何時だって人間ということなのだろう。

 失望するしかない。元より興味の無い対象であるが、それでも蓮司のような原石が居たお蔭で輝く誰かは居ると認識していた。

 人の中には不条理を認めない強き心の持ち主が居て、それらが産声を上げんと必死に生きている。


 彼等こそが人間だ。彼等こそが生きるべき生命だ。

 優遇されるべきは彼等で、なのに社会は彼等を排斥しようとしている。これを認めるのは澪には出来ないことだ。故に特別扱いすることに彼女は疑問を持たない。

 彩斗も含め、努力する人間は何時だって輝かしい勇者なのだ。


「さて、何人死ぬことになるかな」


 怪獣騒動が始まってから、彩斗達が認識していないだけで多くの人間が死んでいることだろう。

 自殺か、他殺か。それ自体は澪にはどうでも良い。

 それは舞台の外の出来事であり、演者には関係の無い話。彼等には最後まで己を貫き通してほしい。

 

「皆、頑張ってくれよ。 僕は何時だって君達を応援しているからね」


 独り言を部屋で響かせる彼女は、純な想いで彼等を応援していた。

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