戦いの幕切れ
牙が折れ、爪が引き剥がされ、鬣も引き千切られ、眼球は片方存在しない。
都合三十分。
それがバゼルと獅子の戦闘の結果であり、どちらがどちらであるかは一人と一体の様子を見れば一目瞭然だ。
獅子は既に満身創痍。荒く息を吐きながら対象を力無く見つめ、対してバゼルは喜色を全開にした状態で悠然と立っている。
バゼル自身に負傷と呼べるものはおよそ無い。徹頭徹尾全ての傷は獅子だけであり、バゼル自身には何のダメージも与えていなかった。
正しくヴェルサスメンバーの頂点に立つが如く、その身は一度も能力を行使していない。
純粋な格闘のみ。それだけで獅子を追い詰める姿は、異端も異端の実力者だ。
軍人達も勝負の行く末は既に見えている。ああまで一方的に嬲れる実力に最初は唖然としたものだが、今となっては納得の色の方が強い。
未だ純粋な意味で怪獣を倒した経歴を持つのは日本の空我のみ。だが、動画で出て来たような怪獣と比較すれば目の前の怪獣の方が遥かに能力は上だ。
日本に出て来たのは弱い個体だったと判断することは十分可能で、故に初めて彼等は真の意味での怪獣との戦闘行為を見ることが出来た。
「見事だ。 その気合、その根性! お前の底力は尊敬すべきものだ。 最早攻撃に使える手は残されていないというのに、なお足掻く姿を――俺は弱者だと言いはせん」
追い詰めた男から出てくるとは思えないような賛辞の数々。
獅子は己に備え付けられていた全てのスペックを完全に引き出した。力で解決せぬなら速度で、速度で解決せぬなら技術で、技術で解決せぬなら心で。
爪が折れても腕を振るって殴り、海面に何度も身体を叩き付けられても耐え、人間のように小手先の技術も使って意表を突いた。
それらは間違いなくバゼルを追い詰める為。必死の二文字を背中に背負った獅子は最初の余裕をかなぐり捨ててでも、バゼルという男に一泡吹かせたかったのだ。
しかしそれでも、結果はこの様。
バゼルの攻撃は悉く通るのに、獅子の攻撃は悉くが通らない。不条理を呪うしかない状況に、されど周りを盛り上がらせる為に獅子の心で立ち上がる。
元より思考など無い。命令されたことを忠実に熟すだけの人形で、今も澪が自然になるよう操作している。
バゼルの言葉も含め、これらは全て茶番。本物の戦場ではなく、澪は操作の手を一切緩ませずに獅子の演技を続けた。
「このままお前と永遠に戦い続けていたいが、俺にも都合がある。 悪いが今回はこれで幕引きとしよう。 ……また次にお前のような怪獣が出てくることを願うばかりだ」
荒い息を吐く獅子を見ながら、バゼルは片手を掲げる。
相手が何かをしようとしているのは一目瞭然。止めねば確実に殺されると判断し、獅子は何としてでも阻止をしようと動く。――が、その移動は出来なかった。
何故と足元を見て、目を見開く。足に岩が集まり獅子をその場に完全に固定させているのだ。
その岩は怪獣のボディラインに沿う形で覆い始め、咆哮を上げながら必死になって外そうと足掻く。
岩は獅子の足掻きで剥がれはするものの、即座に復活。剥がすよりも浸食の方が速く、最終的には頭部を除いた全てが岩に覆われた。
これがバゼルの能力。
岩の操作――ではない。正確には土の操作だ。表側の情報では土を操作して地震や岩石群を生み出すことが可能であり、今回は海底にある土を用いて岩を生成した。
そして裏側は、水という物質から土を新たに作り出して風を用いて操作している。
実際に土を操作させることも可能だが、それをするにはやはり膨大な電力が求められた。今回のバゼルに積んだバッテリーだけでは大規模な能力行使は使えず、よってこのような形に落ち着いた訳だ。
下からの風によって岩に覆われた獅子は空に浮き上がっていき、バゼルも自身に風を吹かせて空に上る。
どれだけ獅子が足掻こうとしても岩は溶接されたように離れない。そうなるように岩を繋げているのもあるが、ついでに風で更に固定化させているのだ。
そのまま掲げた手を一気に潰す。
瞬間、鈍い音を立てて岩は獅子を潰した。肉の潰れる生々しい音が辺りに響き渡り、海に向かって大量の血が滴り落ちる。
無事な内臓は一つも無い。骨も複雑過多に折れ、およそ回復するのは不可能だ。
獅子の見開かれた目に意思が宿ることもない。沈黙した姿に生きている頃の活力は感じさせず、岩からは解放された身体はやはり元の形状をしていなかった。
それが海に向かって一直線に落ち、そのまま海底を目指して沈下する。
呆気無いと言えば呆気無いが、バゼルのその攻撃方法はあまりにも無残極まりないものだった。
「――さて」
軍を無視してバゼルは彩斗達の元に向かう。
二人もバゼルを視認し、呆れた息を露骨に吐き出した。特に澪の方には疲労も含まれ、漸くかといった気持ちが多分に表に出ている。
「流石に待たせ過ぎたかね?」
「君はもう少し手短に事を終えるようにしてくれ。 三十分は流石に長過ぎだ」
「いやぁ、すまなんだ。 やはりまだ加減を学んでおきたくてな。 許せよ、フロー殿」
「他のメンバー以外の時はそれは止めてくれよ。 ……さて、じゃあ帰りますか」
『俺は別の所で降りるぞ。 買い物をしておきたいからな』
「解ったよ」
三人は一斉に日本を目指して飛んで行く。
彼等の姿を目にしていた軍はヴェルサスが居なくなったことを確認し、直ぐに怪獣の引き上げ作業に入った。
この作業は一週間程の時間を要したが、貴重なサンプルとしてインドは他国からも注目されるようになる。勿論、インド以外にも怪獣のサンプルを手にした国は他よりも一歩も二歩も研究が捗ることになった。
アメリカ、中国、インド――そして最初にバゼルが倒した怪獣を回収したドイツ。
四つの国には技術力があり、彼等は彼等なりの方法で怪獣の撃破方法を模索していった。
そんなことに興味など無い三名は、予め連絡していた通りにフォートレスの入り口前に降りる。
姿を現したレッドとフローの姿に守衛は直ぐに門を開け、全員が集まっているだろう会議室の扉を開けた。
中に居るのはヴェルサスの全メンバーに、子供組と一部のフォートレス社員。渡辺社長の姿も見受けられ、澪と彩斗はフードとマスクを脱いだ。
露になる美しい顔にフォートレス社員は顔を赤らめるも、今は仕事だと言い聞かせて平常に戻る。
兎にも角にも、戦いが終わった以上は情報を合わせるのが先だ。奈々によって怪獣の情報については伝えられているだろうが、それだけが今回の話の全てではない。
「――一先ずは無事のお帰りを心よりお喜び申し上げます」
「気にするな。 それで?」
「ええ、ではまずこれを」
渡辺の座っていた席の前には数十枚の書類が纏められている。
それを彩斗は受け取り、目を動かして情報を吸収していく。内容は被害規模と負傷者の数に、復旧させる場合に必要な総資金と様々。
奈良の被害は思いの外酷くなったようで、辛うじて重要文化財を守れただけでそれ以外の損傷が酷い。もう一度住むには大規模な復興作業が求められるだろう。
一億や二億で片が付くような額ではない。こればかりは日本が頑張るしかないものだ。
「内容はその書面通りです。 現在、奈良付近の病院には多数の怪我人が入院しています。 移動が可能な患者は他県の病院にも向かっているようで、死者が出なかったことは奇跡と呼ぶに相応しい」
「ふむ」
「自衛隊の空我は半分が大破状態です。 隊員達にも怪我が見られますが、命に危険が及ぶことはありません」
何故自衛隊の内部情報を手に入れたのかは彩斗は聞かない。
聞いたところで話してくれるとは思えないし、そもそも興味が無い。死ななければ良いと定義しているだけあり、病院に関する話題にはつくづくドライだ。
それはきっとこの後の話題について集中しているからというのもあるだろう。
会議室を指定したのは渡辺社長である。ただ報告を聞くだけならそこを集まる場所に指定する筈もない。
「次に、政府より連絡が入っております」