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第三の男

 インド洋。

 オーストラリア・マダガスカル・インドが交差する地点にその怪獣は居た。

 海面に立つ灰色の獅子。鬣を揺らし、悠然と立つ姿は自然界の動物における百獣の王をイメージさせられる。

 前足は鉱物で覆われ、宝石で出来た爪が日光を反射して煌めいていた。

 されど特徴と言えばそんな程度で、後は普通の獅子と差異は無い。倒そうと思えば倒せそうであり、故に軍は動き出す。

 幾ら倒せそうと言っても体躯は巨大だ。多くの武器を出さねば倒せぬと全ての戦闘機が発進され、遠くの空の上で爆弾を投下した。


『――――、』


 サイズを考えない一点集中の爆撃は、街を潰すだけなら過剰な威力だ。

 生物の生きる余地を残さず、確実に死を与える爆撃は獅子に触れた瞬間に轟音を鳴らす。

 十数分に渡って爆発音が遠くまで響き、誰しもが固唾を飲んで事態の終幕を願う。

 怪獣を倒す。それはここ最近において最大級の名誉を得る機会であり、世界に優秀であることを示す形の無い勲章とされていた。

 今までは日本だけに襲い掛かっていたが、何故かクリスマスという日に襲撃が始まっている。この機会を見逃すのは彼等には出来ず、相手の姿が姿であったことも考えて攻撃を決めた。

 

 黒煙の昇る海面を見やり、兵士達は反応を伺う。

 光学的、電子的な観測機器は全て前方に一点集中だ。まだ生きていると考えた上での厳重な警戒は――今回に限っては正解だろう。

 煙を掻き分けるように獅子はゆっくりと前進する。怪我という怪我は存在せず、街一つを犠牲に出来る規模をぶつけても毛先が焦げることはない。

 即ち無傷。皆の目にもそれは残酷な現実として伝わり、思わず誰しもが恐怖の声を漏らす。


『……攻撃をしたのか』


「見た目に騙されたみたいだね。 他よりも比較的非常識な姿をしていないから、勝てると判断したんだろうさ。 ま、そんな程度じゃ傷一つ付かないけど」

 

 高速で移動した二人は空の上で真っ直ぐ前に進む獅子を見下ろす。

 今は艦艇のミサイルや機銃を受けているが、彼等の居る地点にまで金属の弾ける音が響いている。

 毛の一本に至るまで超硬質なボディをしている故か、獅子の周りには無数の火花が散っては消えていた。

 あまりにも無謀。あまりにも蛮勇。

 素晴らしき成果を求めて攻撃を仕掛けるなど、常識的行動とは言えない。ここでの正解は様子を見ながらの誘導だろう。


「ちょうど彼もこっちに向かっているみたいだよ。 最初の一体目は無事に討伐したみたいだ」


『俺の方にも今情報が来た――って、無人島を一つ潰したのか』


 マスクに表示された情報を見て、彩斗は目に付いた部分を呟く。

 未だ完成ではないが故に調整をさせていたが、その調整だけで島が一つ消えた。規模としては小さいものの、それでも島は島だ。

 完全に海に沈んだ島の画像を見て、この分だとインド洋にも手酷い戦闘痕が残されるだろうと彩斗は溜息を吐く。

 なるべく穏便に終わらせたいが、ヴェルサスのリーダー格として作った人物だ。生温い性格では他所に舐められるだろうと考え、苛烈な性格を選んでいる。

 

「到達まで残り十秒。 ……九……八……七……六……五……四……三」


『――見えたぞ』


 二体を相手にする為に近い位置で出現させたので、この場所に到達する時間も短い。

 残り三秒の段階で黒い影が見え始め、澪が正確に零と言った直後に影は二人の前で停止した。

 黒いパーカーを羽織った男は、やはりヴェルサスのメンバーらしく顔は整っている。美しいよりも雄々しいと表現すべき男の姿は、しかしその相貌を狂相に歪めている所為で台無しだ。

 口を片方吊り上げ、紫の瞳は爛々と輝いている。黒髪は長く、腰に届いているそれは風によって静かに揺れていた。

 

 日本人的な見た目をしているが、やはり日本人とは異なる風貌だ。

 アニメチックなのはどのメンバーでも一緒であるも、この男はアニメに出てくるような危険な人物を凝縮したような見た目である。

 この一目見て警戒するような男こそ、ヴェルサスの最後のリーダーであるバゼル。

 彼は二人を視界に収め、笑みを引っ込めた。変わりに浮かぶのは場違いな微笑である。


「これはこれは、そちらの用件は終わらせたのかな?」


「ああ。 後はお前だけだ、バゼル」


「そうか。 だが、少し待ってほしい。 最初の一体目で手加減を丁度覚えたところだ。 それを試してみたい」


『構わないさ。 どうせ次の予定は無い』


 ドスの効いた低い声はやはり警戒心を抱かせる。

 味方であると解っていても彩斗は内心で身構えているのだ。彼を前にして警戒を抱かないような人間は、それこそ澪だけだろう。

 バゼルは長髪を靡かせ、獅子の前へと自身の身体を風で動かす。パーカーの使い方は既に慣れたようで、滑るように海面スレスレに着地した彼は親しい友人に出会ったかのように獅子に向かって両手を広げた。


「おお、此方ではそんな姿をしているのか。 中々どうして雄々しい姿をしているではないか」


『――ッ!』


「その剥き出しの敵意、実に良い。 そうでなければ怪獣とは言えんよな。 来い」


 バゼルの誘いに、獅子は鋭敏に反応した。

 宝石の爪を動かし、彼の顔を抉らんと迫る。直撃すれば人間の十人程度は容易く亡くなる、バゼルはその一撃を実に簡単に片手で受け止めた。

 

「ほう、煌びやかだ。 およそ戦闘には向かないが、だからこそ美しい殺意を感じる」


 受け止め、バゼルは獅子の爪を真剣に褒め始めた。

 獅子は何とか彼から爪を引き剥がそうとするも、バゼル自身が掴んでいる所為でまるで離れる様子がない。

 軍も突然現れた男によって攻撃を中断し、様子を見守るばかり。

 彩斗と澪はあの男の行動を見守るだけ。そのAIがどのような思考をするのか見極め、今後の行動の参考にするつもりである。

 暫く獅子を眺めていたバゼルは、その爪から手を離す。

 途端に距離を取った獅子は唸り声を上げながらバゼルを睨み、全身の毛を逆立てて怒りを表現する。

 

「そうだ、もっと怒れ。 自身の限界を引き出せ。 そうしなければ死ぬのはお前だぞ」


『――ァァァァァ!!』


 突撃。

 指で獅子を挑発し、敵はバゼルに向かって飛び込む。爪での攻撃で受け止められてしまうのなら、自身の歯で噛み砕く。

 特別な能力を有していない獅子は持てる全力で接近し、何の行動も取らないバゼルの胴体にそのまま噛み付く。そして首を縦横に振り回して行動の自由を制限した。

 何度も何度も海面にも叩き付け、生存の余地も悉く潰しておく。

 殺意塗れの攻撃は見ている側からすれば悲鳴が出てくるようなものだが、彩斗も澪もまるで気にしていなかった。

 

 不安を抱いているのはインドの軍だけ。ヴェルサスのメンバーが来たと認識してはいても、彼の実力を皆は知らない。

 もしかすれば弱い人間が来た可能性もある。未だ暴れる気配が止まない様子に、最悪の未来が脳裏を過った。


「――生にしがみ付く姿も実に美しい」


 しかし、その不安も獅子が突然吹き飛ばされたことで消失する。

 何が起きたのか、どうやって獅子を吹き飛ばしたのか。敵が居た地点には噛み付かれていたとは思えない程何の損傷も無いバゼルの姿があり、その目は未だ獅子から離れない。

 彼は素直に称賛していた。獅子は操作されているもので、操る行為は実に大変だ。

 操り手の感情がダイレクトに動きに現れ、一瞬のミスが演技の露呈に繋がる。生物らしく本能的に、同時に計画も進めなければならない。


 澪の準備に失敗は無い。

 それを当然と思ってはいけないだろう。だから彼が称賛するのだ。お前の演技、お前の技術、全てが全て見事であると。

 その上で彼は満足などさせはしない。まだまだお前には上がある筈だと、上位者に対する不遜とも言える想いを胸に抱くのだ。

 それは期待と呼ぶのだろう。俺の親であるからこそ、俺の予想を超えてくれる筈だと。


「ここまで殴ってくれたのだ。 ならば当然、俺も殴らせてもらうぞ。 ――さぁ、耐え続けてくれ」


 風を纏い、今度はバゼルが突撃する。

 身構える獅子に対し、彼は手加減をした上で蹴りを放つ。それは易々と獅子の顔を持ち上げ、更に身体を宙に浮かせる。

 そのまま無防備になった腹へと拳を放てば、浮いた身体は海面に叩き付けられた。

 痛みを感じつつ立ち上がる獅子。牙を剥き出しにして攻撃を仕掛け、バゼルはその牙を掴んで逆に空へと投げた。

 自身も空へと飛び、動けぬ獅子の顔面に踵を落す。一直線に落下する光景を見下ろし、バゼルの笑みは深まった。


「さぁ、さぁさぁさぁ。 折角の祭りなのだ、足掻けよ」

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