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マッチポンプで世界が変わる!?  作者: オーメル


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事前準備・A

 最近購入した新品の黒スーツは、嘗ての仕事を想起させられる。

 色は黒ではなかったが、彼にとってスーツとは良くも悪くも慣れ親しんだものだ。今更着方一つに戸惑うこともなく、最後にネクタイを締めて姿見の前でおかしな部分がないかを確認する。

 

「昔を思い出すね」


「なんだ、見てたのかよ」


 彩斗が鏡を覗き込んだ時、その背後には澪の顔があった。

 肩辺りから見える顔は愉悦に満ち満ちて、過去を思い出すにしては邪悪である。その理由にも見当が付いている彩斗は苦笑し、確認を終えて振り返った。

 

「馬鹿な同僚に、馬鹿な上司。 無茶振りだらけの環境じゃ本来のポテンシャルなんて出せないだろうに、一喝すればなんでも解決するとあの会社の人達は考えていたね」


「世代と教育方針だよ。 精神論が通用していた時代に生きていたからこそ、今でもそれが通用すると思い込んでいる。 今でも馬鹿な考えさ」


 今日の彩斗は最上・彩斗としてフォートレスに赴く。

 レッドは事前に外国に行っていることになっており、現時点で日本には彼は居ない。澪も今回は普段着の姿だ。――いや、普段着に見せかけた姿と言った方が正しい。

 フローとして晒した顔を敢えて隠さず、今回は白いワンピースの上に白いパーカーを身に纏っている。役割の異なる服装はアンバランスさを醸し出し、彼女独自の美しさと合わさって今日も殺人的だ。

 一体何人が彼女に魅了されるのか。彩斗はそれを想像するが、するだけ無駄だと首を振る。


「良いのか、そんなに顔を晒しまくって。 あんまり出すつもりは無いんじゃなかったのか?」


「まぁねぇ。 でも、守衛に一々止められるのは面倒じゃないか。 顔パスが効くならその方が手っ取り早いかなって」


「理由が雑過ぎる。 向かっている間は透明化が出来るとはいえ、一応パーカーは被っておけよ」


「勿論。 製作者として顔の出来はよく理解しているからね。 歩くだけで注目を受けるのは解ってるよ」


 黒い長方形のケースを取り出し、側面のボタンを押す。

 途端に消える彼女を見やり、彼もまた胸ポケットからケースを取り出してボタンを押した。

 透明状態になっているが、二人は互いの位置を認識している。

 意識の共有に加え、双方の服も普通の代物ではない。一から澪が作った服には透明化を起こしている者を判別する機能を備え、センサーが彩斗の片耳に装着されているイヤホンに音声で情報を送っている。

 

 パーカーを装備していないので炎は出ないが、服には筋力強化が施されているので建物の上を通ることは可能だ。

 万が一抜けることを恐れて澪が生成する氷の足場を蹴って進み、さながらその姿は現代の忍者を彷彿とさせる。

 本日は学生も休みの日曜日。眼下には若い男女の姿が多く散見され、何事もない平穏な日常を過ごしている。

 これから直ぐにそんなことも言っていられない状況になるのに、普通に過ごす彼等が彩斗には滑稽に見えた。これは知っているが故の感情だろう。


「このまま進めば集合時間の三十分前には到達するよ。 兄妹以外は全員向こうで準備を手伝っているみたい」


「良いことだ。 彼等には特異な特徴をなるべく設けなかったから、馴染むのも難しくない」


「顔が良過ぎる所為で告白は何度かされているみたいだけどね。 イブにも告ってるみたい」


「おいおい、見た目十四だぞ?」


 雑談をしつつ、超高速で東京に到達した二人は手頃な暗所に着地。

 透明化を解除して足早にフォートレスの建物に近付くと、ほどなくして無数の注目を受けることになる。

 なるべく一般人には見つかりたくないとはいえ、いきなり透明化を解除して守衛の前に出るのは可哀想だ。

 誰も彼もが澪の美貌に目を奪われる中、二人はフォートレスの正門に立つ。


「すみません、ヴェルサスのフローさんが来たので通してほしいのですが……」


「え、あ、はい! すみません、直ぐに確認と連絡をさせていただきます!」


 彩斗が腰を低めに惚けている守衛の男性に話し掛けると、彼は直ぐに意識を元に戻して懐の連絡用端末を耳に当てる。

 守衛の人数は四人。男女二人ずつの彼等は共に澪の美貌に視線を奪われっぱなしだ。

 惚れるなという方が不可能な美貌を前にすれば普通の反応だが、だからといって一応の警戒も抱けないのはよろしくない。澪が此処を制圧するつもりだったら、意識を引っ張られている間に氷結の檻に閉じ込められていた。


「悪いが、私は観賞用の動物ではないぞ?」


 低く不機嫌な声に、守衛の三人も意識を戻して頭を下げる。

 上位組織。その中でもトップの一人であるフローの言葉は、正に神の宣告に等しい。

 言葉一つで首が飛ぶ。社会的にも、物理的にもだ。

 怪獣を倒せる力を持った強者の言葉は、それ自体にある種の力が籠っている。彼女が寛容的な女性でなければ、今頃はこの場の全員が排斥されていたかもしれない。

 無事に連絡が取れたのか、入室の許可が出される。渡された許可証を首に引っ掛けつつ、二人は既に慣れた道を真っ直ぐに進んだ。


「おーい、二人共こっちこっち!」


 二階の大きな部屋に入ると、ヴェルサスのメンバーとフォートレスの社員が共同で作業に当たっている姿が見えた。

 その中でモザンがいの一番に二人の姿を見つけ、脚立の上で手を振りながらにこやかに声を掛ける。

 他の面々も彼女の声に釣られて二人を見て、やはりというべきか硬直した。

 こうも何度も同じ場面を見られては最早呆れるしかない。彼等には理不尽に感じるかもしれないが、彩斗は内心何度目だとツッコミをしていた。

 

「おはようございます、モザンさん。 状態はどうですか」


「良い感じだよ。 このままいけば予定通りに全部整うかな」


「それは重畳。 流石の手際ですね」


「此処の人達も手伝ってくれるからね。 それに大事な舞台なんだから、予定通りじゃないと横の人が怖いよ」


「言ってくれるな、モザン」


 他愛無い会話をしながらも作業は進んでいく。

 設置されていく家具は全てモザンが生成したものだ。観葉植物を四隅に配置し、壁は暖色系に塗って白い半円のテーブルを置く。

 背面にはフォートレスが購入した巨大モニターをアームで固定し、光量を調節するライトも天井にぶら下げられた。

 キャスター付きのホワイトボードも脇に用意され、高所作業は基本的にヴェルサスメンバーが担当している。

 

「フロー様。 早乙女兄妹が来たそうです。 鳴滝・花蓮が応接室に案内しているようですが、此方に来させますか?」


「いや、まだこの部屋は完成していない。 それに向こうの社長殿と合わせて最終調整を行う予定だ。 私達が直接向かおう」


「解りました。 ……彩斗様には此方を」


 モザンが天井に向かった後、交代するかのように楓が話し掛けてくる。

 フローは手短に話終え、次に楓は彩斗に一つの機械を渡す。それは一見するとモバイルバッテリーのように見えたが、接続口を見た瞬間に理解した。

 

「備えです。 貴方様は一般人と変わりませんから」


「そうですね、ありがとうございます」


 受け取り、それを懐に仕舞った彼はフローと一緒に応接室に向かう。

 周囲に誰も居ない廊下は静かで、喧騒は遠い。これから起こる騒動からは程遠い静けさに、自然と彩斗は口を開けた。


「備えを用意したのはお前だな?」


「指示が無いと作れないのは皆一緒だからね。 だから、事前に情報を渡してモザンに生成させといた。 本物と比較すると弱いけど、最低限の戦闘行為は出来るよ」


「まったく、抜け目のない。 今日は戦闘の予定なんて無いだろうに――」


 文句を言いながらも、彼の口元は緩い。

 解っているのだ。フローは何時だって、彩斗の身を案じている。僅かでも死の予感を抱きたくなくて、だから普段着にも過剰なまでに生存機能を設けていた。

 だが、それで守れるのは顔以外の全て。露出した部分を銃で撃ち抜かれれば、如何に服が頑丈でも意味が無い。

 だからこその、備え(・・)である。

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