別世界の自分に無茶振りされました
皐月 佳奈(17)は偶に変な夢を見る。
自分が立っている位置を中心に円状に、そして空間一杯にテレビが浮かんでいて、その画面には色々な異世界が映し出されている。
共通点は、必ずその世界には自分と似た人物が存在する。幸福、不幸、長寿、短命、年齢と一貫性はないけれど。
始めこの夢を見始めた時は、疲れてんのかなぁ?ストレス?とか小説の影響?とか色々思ったけど、慣れればこれはこれで、楽しかった。
映画みている様だったし、不幸な画面以外はのんきに静観出来ていた。その日まではそう思っていた。
本日も変な夢の中で頑張る自分?を眺めていると、一か所のテレビがカタカタと揺れ始めた。
今まで無かった現象だったのだから近寄るべきじゃなかった、けれど好奇心に負け佳奈はゆっくりとその画面に近づいて行った。
所詮は夢だと、根拠のない安心感が佳奈の判断力を鈍らせていた。
画面に映っていた女性がこちらを向き、佳奈と目が合った。
「・・・・っ!!!」
佳奈が後ずさりした瞬間、女性は手を伸ばしてきた。ぺたりと女性の手のひらが画面に映し出された。佳奈はバクバクと大きくなっていく心臓の音を落ち着かせる為深呼吸を繰り返す間に、
画面が水面に雫が落ちたように波紋が広がり、するりと指が出て、腕が出て、そして佳奈の足首を掴んだ。ざっと血の気が引く感覚が佳奈の全身を覆った。
「ホラーは嫌!!!」
「た・・すけて・・」
振り払う動作をした瞬間、バチンと火花が走り世界が真っ白になった。
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荒い息を吐きながら、目が覚めた事に安堵した。朝日が部屋の中に差し込んているのを確かめた後、部屋を見渡して凍り付いた。
部屋の中、窓の外、見渡す限りの風景が自分の部屋と異なっていた。簡単に言えば、私が眺めていた世界の1つの中に立っていた。
「何?なんで?」
夢の中で夢を見ている?けれど、さっきの全身の激痛はベッドから転げ落ちた結果。これで起きない程図太くない。はず。
「原因・・・・夢の中の彼女が?」
木造のログハウスの家を見渡して、先程の女性が住んでいる家だと確信した。夢を見るのはたまにだから断片的にしか情報が無い。知っている事と言えば、男に振られて山奥で隠居生活している大魔導士。
あれ?大魔導士って他人の夢に干渉できるもんなの?そんなに凄いなら私に助けてとか言わないでよ。
「マジで勘弁して」
じゃあ、ここ山奥?虫とか嫌なんですけど!いやいや、とりあえず、元凶探さなきゃ。
ぐるぐる混乱する思考を何とか落ち着かせて立ち上がろうとした時、扉の向こうから小さく扉を叩く音が聞こえた。
「サファ?すごい音したけど大丈夫ですか?」
あれ?この家に彼女以外だれか居たっけ?あ、隠居生活が寂しくなって話し相手を召喚していたな。えーと、名前・・・・・。
うん、まぁいいや、彼女の事も聞けばいいし。こっちは被害者なんだし、いきなり最悪の事態にはならないはず。
内心ドキドキしながら、扉を開けると、長身のイケメン男性が立っていた。蒼い髪に、蒼い瞳で・・・・どこかで見た・・・・。
「うぎゃあぁああああああ!」
「うっお??」
扉を開けると美形が立っていた。目の保養万歳!そこまでは良い、そこまでは!何で、あの夢の中の女性を振った男と同じ顔?!声からして別人なのはわかるけど!
もっと別な奴召喚しなさいよ!どんな心境よ!山奥に隠居生活ってだけでも理解できないのに、振った男と同じ顔と生活って?!
「だ、大丈夫ですか?」
絶叫の後、座り込み眉間に皺を寄せてる私を見て、彼はオロオロするばかりだった。
他人の黒歴史はこの際良いわ、戻る方法さえ解れば。うん、気にしたら負けよね。
深呼吸して立ち上がり、向き直ると彼に話しかけた。
「突然お邪魔してごめんなさい。でも文句はあなたの主に言ってね。私は突然引っ張り込まれた被害者だから。」
「え?」
「驚くし、信用出来ないのも解るわ。とりあえず、あなたの主から詳しく聞きたいから会わせてくれない?そうすれば、私が嘘を言ってないって信用して貰えるはずだから」
「・・・・」
彼は驚いて立ち尽くしている。まぁ、無理はないね。いきなり家に他人がいれば。でも話が進まないから会わせて貰わなきゃ。でも説明しようにも私も状況解ってないし、どうしたものか。
しばらくすると、彼は溜息をつくと、棚から手鏡を持ってきて私に渡した。
「は?」
怪訝な目で見てる私に対して彼は落ち着いた声で話し始めた。
「俺の名前はリューク。主の名前はサフィアル・グライジルです。主の中にいる君の名前は?」
聞きたくない言葉を言いました?主の中?手鏡をおそるおそる見ると、自分より少し年上の良く知っている女性が映っていた。
「え?なんで?あなたの主は?」
「どこかに行ったようです。何かご存じありませんか?えーと・・・」
「あ、皐月 佳奈です。どこかって・・・・」
あ、嫌な事気が付いた。私がサフィの中にいるって事は、私の体にサフィ?
「あのリュークさん、何か、すんなり受け入れてますけど?彼女はよくある現象?」
「いえ、初めてです。俺も驚いていますよ」
「・・・・サフィの行動に心当たりは?」
「何かを怖がっていましたが、話してはくれませんでした。『自分じゃない自分なら何とかしてくれるかも』と現実逃避のような事はいっていましたが」
「待って待って!現実逃避じゃなくて現実にしちゃってる?魔導士ってそんな事出来るなら自力で何とか出来るでしょう?」
「すいません」
「うぅ、ごめん。リュークさんに八つ当たりしてるね」
元凶を見つけて問いただしたいけれど、無いモノは仕方ない。別の方法で戻る方法を探すしかない。認めたくないけど、私が見ていたのは平行世界で、サフィはそれに干渉して来た。
サフィは私に『たすけて』と言い押し付けてきた。自分で解決してよ!と全力で思うけど、元に戻る為にはそれを解決しないと彼女は戻らないつもりかもしれない。
「すみません。俺がもっと役に立てれば、相談してくれていたかもしれません・・」
うわっ、目に見えて落ち込んでいる。まぁ一緒に暮らしていた人が何の相談もなく失踪したら、自分が不甲斐ないと思うよね。
イケメンって落ち込んでいても絵になるなぁ。でも、なんか大型犬がしょぼくれている姿を連想するのは黙っておこう。
「えーと、ほら男性相手に話しにくい事もあるかもしれませんよね。女性は色々あるもんなんですよ(知らないけど)。他に知り合い、いませんか?」
あ、ここ山奥だった。知り合いも何もないかな?
「彼なら何か知っているかも」
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リュークはサフィが別の誰かになってしまう予想はしていた。彼女は会った時から何かに怯えていた。
リュークが元々いた世界は地は荒れ果て戦いに溢れていた。戦って闘って、そして果てるまで。
傷を負い、やっと自分も終われると思った瞬間『あなたは助けてくれる?』と聞こえた。幻聴が聞こえる位、自分が可笑しくなったのかと失笑した。
燃え盛る炎の街、目の前には敵があざ笑い、剣がゆっくり振り下ろされていく。だが、もう手には力が入らない。『俺には何もない。何でもしてやるさ』と自嘲気味に答えると、全身が光に覆われた。
パチパチと暖炉の火が燃えている。さっき迄の喉が焼ける程の熱さは周りには無く、今あるのは、家の中、ほのかな暖かさに包まれていた。何が起こったのか理解するのに暫くかかった。
驚くリュークと同じように、彼の目の前に立っている女性も驚いていた。そして一筋涙を流していた。彼女は涙をぬぐうと説明を始めた。
「私はサフィ。あなたを召喚した魔導士です。まず選択しなさい。元の世界に戻るか、此処に留まるか」
「留まるとどうなる?殺すのか?実験体か?」
「この国と私に危害を加えない制約以外好きにすればいいわ」
「は?なんの為に召喚した?目的はなんだ?」
「叶うなら、ライシーの話し相手をして」
「話相手?ふざけるな!」
「とりあえず、傷を癒しなさい。決めるのはその後でもいいわ」
突然目の前に現れた可笑しな女は、冗談ではなく本気で召喚目的がライシーという名の者との話し相手だった。ライシーとは人型岩の魔族。
彼女自身、彼とは友人だが、極度の恐怖心から家から一歩も出ない有様だ。それを見かねて彼が『話は顔を見てするものだ』と言った事が召喚の発端。
何を歪曲したのか、話し相手を欲しがっていると解釈したらしい。リューク以外数人召喚されて、半数は元の世界に戻ったが、残り半数はこの世界を楽しむという理由で都市に向かっていった。
「ふざけた理由だが、召喚するにも手間がかかるだろう。制約の中に組み込めば一人で済んだんじゃないのか?」
サフィは説明を終えると部屋に籠っている。扉越しに話しかけても反応はない。そんな態度だから誰も残らないと理解していないのか。
『無理だよ。サフィだもん。怖がりのくせに予知能力まであるから質が悪いよねぇ』
ライシーは見かけによらず穏やかな性格をしていた。リュークにとっては人間の方が余程恐ろしい。
『此処には何もないし、リュークも気にせず都市に向かったら?僕とサフィはのんびりやってるしね』
確かに俺がいても何も出来ないだろう。けれど、一応命の恩人だ。何も恩返ししないまま立ち去れない。まず意思疎通出来る様になる方法。もう少し丁寧に話しかけるか?
リュークは模索しながら過ごしていた。そして、少しだけサフィは話すようになっていった。けれど、ある日の夕方ぽつりと呟いた。
「自分じゃない自分なら」と。
リュークはその言葉を聞いて諦めがついた。何をしようと届かないのだ。彼女にはリュークやライシーの手助けは必要ないのだろう。
そして、次の朝、彼女の呟きは現実となった。
結局はサフィはサフィなのだろうと思っていたが、全くの真逆の性格をしていた。佳奈と名乗る彼女は大声は出すし、コロコロと表情を変えて、落ち着きがない。
ライシーに会わせれば、サフィと同じ恐怖して家に籠ってしまう様で心配だが、元に戻る方法を探す事は彼女の願いでもあるのだから仕方ない。
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リュークの案内で佳奈は西側にある洞窟に向かった。家から数分歩いた距離にあり、中を覗くと真っ暗で灯りがなければ歩く事もままならない程だった。
「こんな所に人が住めるの?」
「こちらです」
リュークが示す灯りの先を見ると、青白い洞窟の先に褐色の岩の塊が見えた。入り口か何かだろうか?佳奈は少し近づいてみると、岩が動き始めた。
とにかく『彼』ですよ。まだイケメンがいるの?ぜひイケメンで!何ですかね彼女、実はリア充?腹立つわね。
呑気に歩き進むとご対面。彼こと褐色の岩。二階建て位の大きさの人型の岩が話をしている。うーん、これはイケメンか分からないなぁ。
威圧感が半端ない。踏みつぶさないでほしいな。
『あれ?サフィなのにサフィじゃない?だれだれ?』
ノリ軽い感じの声が頭に響く。どの角度から見上げても厳ついし、圧が半端ないから、イメージしたのはもっと渋くて威厳のある声だったのだけれど。
褐色の彼の名前はライシーと名乗ってくれた。
『あ、失礼だなぁ。威厳ならこんなにあるのに~。でも、サフィと違って僕を怖がらないんだね。珍しい人間~』
「勝手に思考読まないで下さい。皐月 佳奈と言います。サフィが何か悩んでいるかご存じないでしょうか?」
『え~、知らない。知っていても教えてあげる理由ないしね』
「私は戻りたいだけだけど、サフィを助ける事が理由になりませんか?」
『ははは』
何が可笑しい?佳奈が少しむっとすると、顔に出ていたのかリュークがフォローに回った。
「ライシー、その位にしてくれないか?」
『ごめんごめん、だって僕を怖がらないで話すのってリューク位だったから、つい嬉しくて』
「え?サフィは?」
『家の中から念話~。彼女怖がりなんだよね』
駄目じゃん。大魔導士のくせに。
『で、悩み?は知らないけど、彼女は予知能力で怯える事はあったかな。でも、内容は話してくれなかったな~』
「いやいや、聞いておいてよ!そこ一番大事だよ?!」
『そう?興味なかったし』
サフィに人望がないのか、ライシーが淡泊なのか・・・。私には有益な情報はないことだけは分かったよ。
ダメ元でもう一度リュークさんに同じ質問を聞いてみる事にした。
「・・・・・・リュークさん、他に知り合いは?」
「残念ながら、いません」
ですよね~!あぁ、もう!友達作っててよ!そしてヒントを残しておいてよ!
ここにいても仕方ないので家に戻ることにした。家なら日記とか、研究資料とかで何か解ればいいなと淡い期待をしたけれど、惨敗だった。呆れるくらい魔術関係一色。
確かに魔術書は呼んでいて楽しい。サフィが解りやすく解読している事も大きく影響しているのは不本意だけど。
本を読みたいわけじゃなくて、帰る方法が知りたいのに!例えるなら、試験勉強しなきゃいけない時に限って部屋の掃除をしたくなる様な現実逃避の誘惑に誘われる。
「何の嫌がらせよ」
愚痴を言っても仕方ないけど、愚痴りたい。誘惑に負けそうで途方に暮れていると、廊下から声がかかった。
「佳奈、休憩しませんか?」
部屋から出るとお茶菓子が用意されていた。そういえば。サフィは召喚した割に、お互い必要会話以外なかった様だ。
それなのに、リュークさんは文句も言わずに家事までこなしていた。
「色々おかしいわ」
「何がです?」
「全部。とにかく、リュークさんは主に対して怒っていいと思うわ」
「・・・・」
「とりあえず、私はあなたの主じゃないから敬語は止めてね。って、うわ、なにこれ、美味しい!」
「・・・・」
「お茶もお菓子も美味しい!凄いわね、リュークさん!これだけは此処に来てよかったわ」
「・・・・」
「リュークさんも文句や不満や感想は言葉にしてね。私はサフィと違って言ってくれなきゃ解らないから」
「俺も・・・解らない」
「?」
「菓子を褒められたの初めてだ。嬉しいものだな」
リュークさんの話では、サフィは彼以外何人か召喚していたけれど、『元の世界に戻すか、此処に残るか』の判断は相手に委ねられていたそうだ。
残る場合、この国とサフィ自身に危害を加えない制約以外特に強要していない。数人はこちらの世界に残ったが、街に出て行き、この家に残ったのはリュークさんだけだった。
サフィは魔法以外には無頓着で食事もまともに取らない日はざらだったらしい。
ありえない。食事なしとか。そもそも、こんな美味しい食べ物を用意してくれるリュークさん、一家に一台欲しいわ。美味しい焼き菓子に紅茶、幸せを満喫し一息ついた所でこれからの事を考える。
「うーん、新たに召喚したら、パッと解決してくれる人が居るかもしれない」
「佳奈、悪いが召喚には材料がないのから、今は出来ない」
「・・・材料?あれば出来るの?」
「サフィは。佳奈が出来るかは解らない・・」
「よし。材料探しに行こう」
「は?無理です、いや・・無理だぞ。最近物流が滞っていから、直接隣国まで行かなければ」
「じゃあ、隣国まで行こう。ここでじっとしていても仕方ないし」
と立ち上がった時に、ふと嫌な事に気が付いた。『自分で出来ないから召喚して解決してもらおう』さすが、私。別世界でも同じ思考なのね。
そして、現在私はその思考のせいで、とばっちりを受けているんじゃない。この手は使えない、残念だけど。
「こほん、召喚は止めてきましょう。でも、他の場所ならサフィの事を知っている人物がいるかもしれないから、話だけでも聞きに行きたいわ」
中央都市なら学生時代の友人がいるそうなので、まずはそこに向かうことにする。今いる森から一週間は掛かるらしく旅支度は必須となる。
旅支度って何持って行くの?車や電車がなく全て徒歩って。野宿用具は最低でも必要。行く前から前途多難な予想しか浮かばない。
眉間にしわを寄せながら支度をしていると、外からガラスが割れたような音が小さく鳴った。
「あれ?何か割れた?」
「結界が・・・敵意ある誰かが敷地に入ってきた知らせだ」
「ふーん、凄いね。よくある事?」
「いや、今まで無かった。ライシーを恐れて獣や魔獣は近寄らないから」
「魔獣・・・・まぁ、ライシーみたいなの居るくらいだし、いるのかな。サフィは予知能力者って言ってたし、不法侵入者の事が心配の種?いやでも、ドーンと退治すればいいだけじゃない大魔導士とか大層な職だし」
ぶつぶつ言いながら立ち上がり玄関に向かおうとすると、肩を掴まれた。振り向くと、焦った顔をしたリュークさんがライシーの所へ避難するように提案してくれた。
確かに避難した方が安全だけど、相手の目的がハッキリしない内は同意できない。単に迷っただけか、故意に入ってきたか。まぁ、結界壊れた時点で後者だろうけど。
穏便に引き上げてくれるのが第一希望なんだけど、見てみないと対応の仕様がない。
「ちょっと話を聞いてくるわ」
「相手は敵意があると言っているだろう。怖くはないのか?」
「怖いに決まっているじゃない」
「なら・・・」
「でも、今は私がサフィの代わりなんだから家族同様のリュークさんやライシーを守らなきゃね」
「・・・何故」
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予想を裏切り佳奈はライシーと普通に会話していた。本当に物怖じしない。結局サフィの事は何も解らなかった。
ずっと一緒にいたライシーさえ知らない事だ。もう諦めるしかないだろう。けれど、佳奈は諦めず今度は家の資料を調べ始めた。
「ちゃんと片付けるので許可ください」
サフィとは異世界でもサフィ自身なのだから、許可など取らずに調べればいいと言えば、他人の家を勝手に荒らせないと言う。
そういう物なのか。俺にとってはもう、どうでも良い事だ。いつも通り畑仕事をする事にした。一部収穫し、休憩用の茶菓子を食べ始める。
畑から家を眺めていて、少し心配になる。彼女はまだ調べものを続けているのだろうか。サフィは放っておけば、いや声を掛けても何日も出てこない時がある。
リュークは畑道具を手早く片付け、家に戻る。無駄だと解っていても声を掛けていた。予想外に佳奈はあっさり部屋から出てきて、幸せそうにに茶菓子を頬張っている。
信じられないものを見ている気分だった。別人なのだから、行動も多少違うだろうが、多少所じゃない。
同じ部分が顔だけなのだ。いや、その顔さえコロコロと表情が変わる分、全く別人だ。
「リュークさんも主に怒って良いよ」
怒る とは思わなかった。俺が居た世界は全てが理不尽だった。それに比べてこの世界は闘わなくても生きていける。畑を作っても荒らされない、土地が枯渇して飢えることはない。
サフィに呼ばれて幸運だった。召喚の主は何も強要しない、けれど、その代わりに何も周りに期待しない。
佳奈の世界は平和だったのだろうか。菓子1つで此処まで喜べる人間を知らない。ふと、自分が笑っている事に驚いた。俺は笑えたんだと。
部屋の資料には目ぼしい事は解らず、次に提案してきたのは他の場所の知人。昔、中央都市に学友がいると聞いたことがある事を伝えると、あっさり次の行動が決まった。
もう、慣れよう。佳奈は本当に別の人間だ。考えるより、行動するタイプなんだろう。見ていて心臓に悪いタイプという事は解った。
平和な時間は一瞬に終わった。始めて結界が破られた。サフィが居なくなり、佳奈が来た事で結界が緩んだのか。元々綻びがあったのか。
佳奈にはライシーの所へ避難させて、俺が対応しなければと思案していると、耳を疑う言葉が出た。
「ちょっと話だけでも聞いてくるわ」
佳奈は散歩にでもいく様に言った。本当に馬鹿なのか?警戒心が無さすぎる。呆れている俺に対して、サフィの代わりに家族は守ると言った。
サフィにとって二人は家族だと。始めて聞いたぞ。本人同士だから解る事なのか?もし本当なら俺はもっと話をするべきだった。サフィももっと語るべきだった。今更だけどな。
一瞬呆けて、慌てて佳奈を追いかけた。
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サフィの行動に腹は立てているけれど、彼女が無関心ながらも二人だけは家族として大切にしていたのは夢で見て知っている。変えられない自分を受け入れて近くにいてくれる人がいる。サフィは幸せ者だったんじゃないのかな。
幸せは人それぞれだから、何ともいえないけど。
家の裏手に出ると、小さな畑があり、その向こうに森が見えた。木々の間から武装した三人ほど前に出てきた。代表者である二人の後ろにはざっと20人くらいの人影が見える。半数が武装しているが装備や人物は疲弊の色が隠せていない。
何処かで戦い、そして流れてきたと予測される。彼らの装備には紋章があり、隣国同士が争っていた片側だと確認出来た。これから取る行動はどちらだろうか。穏便に移住か、最悪略奪か。
「何か御用ですか?」
「人?こんな辺境地に?・・・お前は何者だ?」
「(ひきこもりなだけです)人に名を訪ねる前に、ご自分の名を名乗らないのですか?アーグジャスト国は闘いに敗れたとはいえ、礼儀も無くしたのですか?」
「!?何故それを!」
「(見たら解るよ。ボロボロだし。で、結局何の用よ)用が無いならお引き取り下さい」
「・・・食料を渡せ」
「(やっぱり後者かぁ。でも問答無用で荒らさないだけまし?そんな体力ないだけ?)人に頼む言葉じゃないですね。お断りします」
「・・・っ!」
「おい!よせ!」
代表者の一人が顔を歪めながら剣を抜いた。仲間の静止を聞かずに男は佳奈に向かって走り出した。剣が振り下ろされる瞬間、もう一つの剣がそれを受け止め、キィンを金属音が鳴り響く。
驚く佳奈の目の前にはリュークさんがいた。
「あんたは馬鹿か!?サフィはこんな無茶はしない!」
剣を弾き、先程向かってきた男と距離を取りながら、怒鳴られた。リュークさんって剣使えたんだ、カッコいい!・・なんて場違いな感想を言うと余計に怒られそうなので黙っておこう。
無茶でも何でも、相手に同情の余地なしという事は解ったので、次の行動に出ようと思う。いくら何でも無策で前に出たわけではなく、最良策でもないのだけれど。
「氷柱」
佳奈が一言発すると、パキンと音が鳴ると同時に代表者、そして森の中に控えていた人達の足元からざっと肩まで氷が這い上がり彼らを覆った。
サフィの部屋で魔術書を読んでいる中、試しに初級魔法を使ったら出来た。元々大魔導士の体、理論が解れば後は身体が覚えている、と踏んでの行動なのだけれど。
やばい!大変!やりすぎた?!初級だから膝くらい氷着けで動き止めるくらいの予定だったけど。コントロールで意外に難しい。水道の蛇口を少量捻る感覚より、ホースからだばだば出てる感じがしたので、慌てて魔力を閉じた。
やっちまった感、半端ないですけど。まぁ、相手生きてるしOK!!
敵の方々だけでなく、リュークさんまで茫然としているけど、そのままだと敵側風邪引くよ。さっさと話し終わらせよう。攻撃しかけた相手だし、脅しでも何でもOKだよね。
「お引き取り願いますか?私は静かに暮らしたいだけなのです。それが無理なら全身氷にします(多分ね。次は上手く出来るはず。私はやれば出来る子!だったらいいな)。此処はすでにローディアム国(サフィの所属国)の領地だと理解していますか?」
「!!!」
ざわりと困惑の雰囲気に変わった。他国の領地に踏み入れている事を理解していなかった様子だった。生き残る為に逃げて逃げて自分の立ち位置も不明瞭に陥っていたのか。
一人が絞り出すように言い始めた。
「頼む。若い兵だけは助けてやってくれ。もう何日も食べれていない。今更な頼みだが・・」
「今更ですね。リュークさんが助けてくれなかったら私は切られたのですよね?助けると思いますか?」
「・・・頼む!!」
「はぁ、リュークさんはどうします?」
「え?」
「畑はリュークさんが育てているのだから。決定権はリュークさんでしょう」
「・・・彼らの辛さは俺も知っているから・・一時凌ぎでも助けたい」
「解りました。解除」
佳奈の言葉で、彼らを支えていた氷が一瞬で消え、バランスを崩した人たちはその場で座り込んでいた。
信じられない者を見る目で佳奈を見て、感謝の目でリュークさんを見ていた。
佳奈は氷漬けにした者だが、リュークさんは野菜や干し肉を彼らに分け、昼食まで彼らに振舞っていたので相応の評価なのだが、不当な評価だと佳奈は不機嫌になっていたが、
リュークさんがふわふわパンに新鮮な野菜と自家製ソースを挟んだサンドイッチと、じっくり煮込まれた鳥ガラスープを食べ、すっかり上機嫌になっていた。
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佳奈は平静に会話をし始めたが、彼らは横暴な態度を崩さない。彼女に剣が向けられた瞬間、全身に怒りが走った。
思い出したくも無い感覚、元の世界でいつも感じていた感覚だ。理不尽に、残酷に、滑稽に、全てが一瞬で消える恐怖。
リュークとは違い彼女は終始落ち着いていた。敵に剣を向けられても、リュークが怒鳴っても。そして、一瞬で敵の戦意を奪った。圧倒的な力を見せて。
サフィが魔術を使用した所は召喚位しかなかった。当然だ。家から出ない彼女に使う機会がないのだから。こんなにも息をする様に簡単に使えるものなのか。
大魔導士
疑っていたわけじゃないが、目の当たりにすると驚きを隠せない。佳奈は敵を助けるか判断を譲ってくれた。甘い考えだと理解しているが、戦意喪失した者に攻撃を加えたくない。
俺は彼ら側の人間でもあったから。佳奈は理由も聞かずに助ける事、食料を一部譲渡する事を承諾してくれた。
けれど、時間が経つにつれ佳奈は不機嫌になっていた。やはり、敵に対して甘い対応に不満が出たのか尋ねるとそうでは無いと言われる。
佳奈への対応に困りながら、昼食を渡すと満面の笑みが返ってきた。
「ふはっ」
「笑わないでよ。食い意地ある子と思っている?」
「笑っていない」
「むぅ」
「気のせいだ。俺は残りの収穫を取ってくる。大人しく食べていろ」
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「美味しい。しあわせ~」
顔がにやける。なんでこんなに美味しいだろう。旅に出たら美味しい食事から離れるのは残念だな。ほんのり日差しがかかる縁側に座り、にやにやしながらパンを頬張っていると、目の前に人が立っていた。
肩までの長さの茶色い髪に、赤茶色の瞳。先程、佳奈に剣を向けた相手だった。
一瞬まぬけ顔を見られた!と顔が引きつらせたが、二度と会わない人!と思い直し、気を取り直して笑顔で対応する事にした。
「何か用ですか?リュークさんなら兵の人達と畑にいるはずですが」
「さっきは悪かった」
「別に気にしていません。それより今後の事を考える方が先でしょう?(人の事全く言えないけど)現状不法入国な訳ですしね。入国するなら此処から東に向かった門に向かった方がいいですよ」
「ローディアム国のサフィ・・・漆黒の魔女って、あんたの事?」
「誰ですか?知りませんけど?私は佳奈って言います。勝手に変な名前つけないで下さい(痛い!痛すぎる二つ名なんて聞きたくない!別世界の私、いい加減にして!)」
「す、すまない。詠唱なしで魔法を使っていたから、てっきり。東門だな、皆に伝えておくよ・・・」
「?・・・まだ何か?(早く美味しいご飯の満喫時間に戻りたいのだけど)」
「リュークって男とどういう関係なんだ?」
「は?」
「佳奈!!!」
茶髪の男性と話をしていると遠くからリュークさんが焦った顔で走って来た。何事かと思い二人はそちらを見ていると、リュークさんは佳奈を庇う様に二人の間に立っていた。
「佳奈に何か用か?」
「あ、いや。話をしていただけだ。じゃあ、また」
リュークさんの背中しか見えないので、彼の顔は見えないけど、茶髪の男性が青ざめて立ち去った所を見ると、何やら怒っているご様子。
何?何か怒らせる様な事した?困惑しながら彼に問うと、思い切り溜息をつかれた。
「サフィは警戒心が在り過ぎていたけど、佳奈は無さ過ぎる。さっき剣を向けられた事を忘れたのか?」
「え?でも、リュークさんは彼らを助けるって」
「境遇に理解や同情はしたけど、信用はしていない。当たり前だろう」
「ご、ごめんなさい」
「本当に話だけだったのか?平気か?」
心配そうな顔をしながら、頭をなでてくるリュークさん。なんて羨ましい!サフィってば凄く大事にされているんだね。戦いで傷とかつけない様にしないと。
「大丈夫だよ。心配しないで(サフィにケガさせない様に結界張っておこう)。さっきの人には入国する場所を教えただけだから」
「あぁ。確かに、その方が面倒事は減るだろうな。佳奈が入国許可出す必要ないしな」
「はい?え?サフィってそんな権限持ってるの?」
「ん?持っているぞ。権限ないと召喚魔法は違法となるからな」
「げっ!」
「出来ても、そこまで手を貸す必要は無いからな」
「う、うーん。過剰な手助けは駄目って事だね。そうだね、大量に避難者出てきた時に対応出来るとは限らないものね。出来ることは自分達でやってもらわないと(言ってて耳が痛い。自力、頑張ります)」
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リュークは食料譲渡分の処理を終えると、佳奈の元へ戻ると目を疑った。先程切りかかって来た人物と一緒にいる。どうしてそこまで警戒心がないんだ。
全力で走り佳奈の前に立つ。茶髪の男が去った後、我に返った。そうだ、こんなに心配しなくても佳奈は魔法が使える。自分で対応出来ただろう。
自分の行動の迂闊さに腹を立て、八つ当たりの様に佳奈に当たってしまった。佳奈は驚きながらも謝罪して来た。
あぁ、違う。そうじゃない。心配なのは本当だが、単に他の男と話している姿に腹が立っただけだ。
謝らせたかった訳じゃない。頭を撫でてみると、佳奈はふわりと笑ってくれた。
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昼食と譲渡された食材の荷造りを終えた彼らは東門へと移動を開始する事になった。情報の確認を取れないまま行動する事に対して揉めた様だが、代表者が説得し解決したそうだ。
彼らは彼らで行動の決断をした。私も野宿込みの中央都市に向かう事に覚悟を決めなければ。他に方法見つからないし、でも野宿かぁ。
律儀にも代表者が私とリュークさんの元へ挨拶に来てくれた。
「世話になった。佳奈はずっとこの場所にいるのか?落ち着いたら挨拶に来ようと思う」
「いえ、気にしないで下さい。それに、少々用事があり中央都市へ向かうので入れ違いになるかも知れません。あ、でもリュークはいる・・・」
「早々に出発しなければ、門の受付の時間に間に合いませんよ。急いだほうが良い」
「そうか、すまないがそうさせてもらう。ほら、ガゼル行くぞ」
「・・っ!俺はガゼルだ!覚えておけ!佳奈、本当にすまなかった!この借りは絶対にいつか返すからな」
茶髪の男性は立ち去り際にガゼルと名乗っていった。彼らが見えなくなるまで見送っていると、横からひんやり冷気を感じたけど気のせいかな。魔法の気配はないし。
一応解決したと思うのだけど、サフィが願ったのはこの件では無かったみたいだな。残念、頑張ったのに。
「そういえば、あの人達の名前全然聞いてなかったなぁ」
「覚えなくていい。もう会う事もないしな」
ピシャリと言い放ったリュークさんの声には棘がある様に聞こえた。冷気はリュークさんから発している事に気づいたけれど、怒りポイントが解りません。
こんなに感情豊かな人だったっけ?
「佳奈はまさか一人で都市へ向かう気だったのか?」
ひぃ!!怒りポイントそこ?原因私?
「えーと。私とサフィ(主にサフィ)の問題だし、迷惑かけたら悪いかなぁと。大丈夫!ケガさせない様にするから」
「俺も行くからな」
「え?心配しな・・・」
「い・く・か・ら・な」
「はい」
初めて見るリュークの威圧的な目に、佳奈は押し負けてしまう。早速旅準備を開始するけれど、リュークさんが手際良すぎて佳奈のやる事がない。
教えてもらって少しだけ手伝う形になってしまっている。
一緒に行ってくれるのは物凄くありがたいのだけど、そんなに心配しなくてもサフィの体に傷付けたりしないのに、借りものな訳だし。
今まで夢で見ていたリュークさんはサフィ同様もっと淡々としている印象が強かったよ。
確かに大人しいサフィと比べると私はちょっと行動力はあると思うけど・・・・。
「あ!」
「どうした?」
「ううん。何でもない」
「何?」
「なんでも・・」
「・・・・」
「えーと、私がサフィの中にいる様に、佳奈の体にサフィがいるのかな、と思った」
「そうだろうな。何か問題があるのか?」
「親が大人しいサフィを見て『女性らしくなった』とか『落ち着きが出た』とは喜んでいたら嫌だな、と」
「うん。支度の続きに戻るか」
「聞いといてそれ?ひどい!」
「終わらないと夕飯ないぞ」
「ごめんなさい。真面目にやります」
でも冗談抜きで、切実ですよ?早く『何か』を解決して元に戻らないと。時間が掛かれば戻った時の落胆振りは痛々しい。私が大人しい性格になる?それは諦めて。
旅の準備をしながら再度心に誓った。早急に何とかしよう!出来るだけ!と。
その夜、佳奈はまた変わった夢を見た。いつもの無数の映像は無く、地面と天井以外何も無い空間。暫く歩くと長身の渋いおじ様が立っていた。知り合いだっただろうか、何処かで見たような気がする。
声を掛けようと近づいていくと、植物の様な黒い蔓が男性の足元から這い出て、地中に引きずり込もうとしている様だった。
「うぎゃっあ!気持ち悪っ!!」
慌てて蔓を引きちぎるが、ぶちぶちと音を立てて奮闘する佳奈を無視するように、次から次へと伸びてきて埒があかない。
「ちょっと!おじさん!呆けてないで自分でもなんとか・・・」
男性は目が虚ろで何も見えていない様だった。けれど、確実に足元はじわじわと地面の中に沈んでいる。黒い蔓はなんだかとても不快だ。このまま放っておくわけにはいかない。
バッチィィィン
佳奈は手を振り下ろし思いきり彼の頬を叩いた。静かな空間に似つかわしくない音が鳴り響いた。
焦点が定まった男性は目を白黒させていたが、頬の痛みで現実と理解し佳奈に文句を言おうと口を開きかける。
「・・・な・・」
「早く目を覚ませ!寝ている場合じゃない!!足元見てみろ!!」
「・・・っ!」
切羽詰まった少女に圧倒された彼は状況の把握に努めた。そして彼はサフィの名を口にした。
「サフィ、これは燃やせないのか?」
「あ・・・」
炎で蔓を焼き、飛行で埋まった場所から引き上げた。焦り過ぎて、その方法が全く思いつかなかった。そして、やっぱり知り合いだった。名前は全く分らないけど。
どうしよう。話をするとボロを出す自信がある。自分の状況を他人に極力説明したくない。面倒事が増える予感しかしないから。
「久しいな、サフィ。まさかおまえに助けられるとは思わなかった」
「・・・(誰?誰ですか?ヒントください)」
「やはり、まだ私の事を許せないか」
先程とは違う冷や汗が流れるのを佳奈は感じていた。目の前の人の空気が重い。
夢の画面の何処かで見た記憶はあるよ。今も夢なんだろうけど、ほら、えーと。
彼をじっと見ていると睨んでいると解釈され、彼も黙ってしまった。
まずい!冗談なしに空気が重い!居たたまれない!いつもの様に画面が出て説明があったら良いのに!意識的に見ようと思った事はないけれど、今究極に必要なんですよ!こう、ぽんっと!
ぽむっ
スクリーン画面が出てきた。1つだけだからか、サイズが映画館並みに大きい。そして首が疲れる。けれど、さすが夢!!とにかく、ありがとう!!
映像の内容を確認すると、彼は国王。サフィは引き籠りになる前は城で宮廷魔導士に就いていた。
城内で反乱が起き、鎮圧に奮闘していた。けれど、サフィが反乱軍に加担していたと、何処らから噂が流れ解雇、牢行きとなった。
真実はサフィの出世を妬んだ人間のデマだった。冤罪は晴れたが、その事件をきっかけに森へ引き籠った。
あれ?サフィって予知能力ある人じゃなかった?だったら事件も犯人も解ったんじゃないの?
予知出来る範囲が限定されているのか、それとも、あえて犠牲者の少ない選択を取った結果なのか…。
うん、これ無理。当事者じゃないから何に苦しんで、誰に絶望したのか解らない。
けれど、私が言える事は一つだ。サフィにしても、国王にしても。
「もっと周りに頼れば良いのに」
「何?」
「義弟も義姉も心配している。敵だけじゃ無い事は解っているでしょう?」
「だが、王として・・・」
「出来なくて悩んでいるから、あんな呪いの様なモノに捕まる(気持ち悪いの出現させないでよ)」
「ぐっ・・・」
「一人じゃ出来る範囲は限られている。無償が信用出来ないなら、有償で信用すればいい(打算でOK!)」
「有償?」
「得意でしょう?自分を助ければ有益だとする交渉手段は(国王ってくらいだし)」
「サフィ、お前には何が見えている?」
「教えなくても、間違えないでしょう?(えぇ?私は知らないよ?サフィじゃないし)」
「・・・そうだな。私が決断しなければならない事だ。サフィは・・・もう私を助けてはくれないのか?」
「時が来れば(夢の中だし、適当でいいよね)」
「そうか。では、その時にはもう少し誇れる姿であろう」
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明朝の準備を終えたリュークは一息つき、晩酌を始めた。旅に出れば魔物や野党を警戒しなければならない。
暫く酒はお預けとなる。雲一つない空に満月が大きく映っている。庭で自作酒を味わって飲む事にした。
カタリと扉が開く音がして、振り向くと佳奈が立っていた。少し様子が可笑しい。可笑しいのは何時もの事だが、何か奇妙さが。
「おまえ、誰だ?」
「何が?」
「佳奈はそんな笑い方はしない。サフィはそもそも笑わない」
「・・・ぷっ。ははははっ。サフィ、サフィね。そうかここはサフィの世界か」
「もう一度聞く、誰だ?佳奈はどうした?」
「僕は僕だよ。サフィも、今いる子は佳奈?も。別世界って違いだけで」
「・・・!」
リュークは素早く動き目の前の彼女を取り押さえようとした。指が触れようとした瞬間、彼女はふわりと浮かび距離を取った。
「わぁ怖いなぁ、お兄さん。そんなに睨まなくても、僕は数時間しか世界に留まれない体質だから安心してよ」
「お前の目的は何だ?佳奈は無事なのか?」
「ふふっ」
「何が可笑しい」
「サフィ可哀そう。皆の幸せに悩んでいたのに、入れ替わった子の心配だけだなんて」
「・・・何故、その事を知っている?」
「え?サフィの悩み?入れ替わり?だって別世界がある事をサフィに教えたの僕だもの。実際成功しているとは思わなかったけど、さっすが別世界の僕」
「お前がサフィを・・・・助けたのか?」
「は?助けた?何で僕がそんな偽善しなきゃならないの?」
「・・・・」
「言ったでしょう?僕には別世界を渡り歩く能力がある。サフィが予知能力がある様に。だからね・・・」
「・・・・」
「僕は、異世界の幸せな僕に嫉妬して不幸にする事にしました。ばばーん!」
「何・・・を言っている?」
「サフィはこの国に不幸に覆われる事を嘆いてからね、替わってもらったら?っていったんだよ。馬鹿だよね。そんな事したら、自分で助けられる人間も不幸になるかも知れないのに」
「おまえは!!」
リュークは何度捕まえようと試みても彼女はふわりと空に舞うように躱していく。含みある笑みを浮かべながら。
「そんなに怒らないでよぅ。僕を見破ったのはお兄さんが初めてだから、親切に教えてあげたのに。それでさ、お兄さん」
「・・ちっ」
「お兄さんがサフィと佳奈、どっちを助けるのか楽しみだなぁ」
距離を取っていた彼女は一気に間合いを詰め、リュークの目の前に立ち、両手で彼の顔を包み呟いた。
言葉を放ったと同時に崩れ落ち、リュークが抱き止めた彼女は、その時にはただ眠っていた。
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遠くの方で声が聞こえる。誰かが自分を呼ぶ声。そろそろ朝だろうか。薄っすらと目を開けると、まだ空は明けていなかった。
ぼんやりする中、目の前にはリュークさんの顔がある。周りを見渡すと庭に出ていた。
「ふぁあっ??」
「うわっ」
「ご、ごめんなさい!!こんなに寝相悪かった!?」
佳奈は真っ青な顔をして、辺りをキョロキョロ見渡している。リュークはその姿を見てガクリと肩を落とした。
緊迫感は欠片も見えず、呑気な空気が漂っていた。先程の謎の人物の気配は何処にも感じられない。
息を吐き、リュークは佳奈に尋ねた。
「佳奈は、もし・・・・」
「はい?」
「もし佳奈がこの国を助けるとしたら・・・どうする?」
「え?突然だね。うーん。私一人じゃ無理なので、有志を集めるかな」
「・・・ふ」
「中央都市ってくらいだから人多いでしょう?誰か人材いますって。協力出来れば大抵なんとかなるはず。」
「相変わらず呑気だな」
「失礼な。真面目に答えたのに。成らなかったら、またその時考えればいいだけだし。はぁ、夢遊病にでもなったのかな。もう少し寝てきます」
首を傾げながら、佳奈は部屋に戻っていった。先程の謎の人物の様に『サフィの願いは国の平穏』であるなら、都市に向かうのは解決の糸口になるかも知れない。
全ての者にとって、決断がもう残りわずかな時間しか残されていない事はまだ気が付く者はまだ居なかった。一人を除いて。
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昔、宮廷にいた魔導士が予言した。
『全ての駒が中央都市に揃った時、全ての者に決断が迫られる』と。