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落ちる天使 ロボット戦記  作者: 篠
フィコの国
9/21

エゴイストの司祭、生贄の儀式

登場人物

フィコ国

 王   妃:マベリア

 マベリア付・軍事奴隷:トーケン

 マベリア付・エンジニア奴隷:アフタ

 国   王:フィディル

 マベリア母:リィナ

 

 紫鉱議会:マーキュリー

 マーキュリー付・軍事奴隷:ロイ

 マーキュリー付・軍事奴隷:ミズメリア

 


エジンプロス国

 会議長:セロニアス

 エンジニア:シュート

 将軍:パドラ

嬉々としたアラゴンは、商家の出だが野心家だ。

大きな屋敷を構えており、海向こうの国や大陸との政府の国交を手助けする地位にまでつきながら、大規模な輸入や機械の製品開発を押し進めるような総合商社を運営するまでになった富豪だった。


富豪でありながらも、商売を卑しいものとするフィコの国で、その地位は低く貴族たちには煮湯を飲まされるようなことも多くあった。


大枚を叩いて買った奴隷たちを二束三文で買い叩かれるのはまだしも、無銭飲食や地代の恐喝めいた請求。

果てには、アラゴンが大事に育て上げた使用人を奴隷として売買強制まで。


マーキュリーは、そのアラゴンに「目立ちすぎましたね…」と、肩を叩きながら言った。

「貴族がそこまでやるというのは、恐らく嫉妬でしょう…他の商人に対しては、ただ見下すだけです」

アラゴンは泣きそうな顔で「私が商人のための生贄になっているのなら、それはそれで良いのですが…この娘だけは渡したくないと…」


アラゴンは、褐色の肌の女に視線をうつした。

「ほう?」とマーキュリーはその女を見て、商人は欲で生きるもので…その欲は間違いではないと思えた。

アラゴンは、照れたように笑う。

「奴隷風情をと、お思いでしょうが…良い子なのですよ」

「気を取られましたな…」と、マーキュリーは呟き、微かな笑顔を見せた。


アラゴンは、恥いるように後退した額の汗を拭きながら、義理立てるような笑顔を浮かべた。


マーキュリーはそんなアラゴンに、若い頃から今まで、よほど青臭い性の在り方しか求めることができなかったのだろう、そして、その女達との関わりが疎かになったのは、よほど仕事だけに夢中になってしまった結果なのだと理解していた。


「見かけより、純粋なのだ」というのが、マーキュリーのアラゴンに対する捉え方だ。

そう、ロマンチストでなければ、マーキュリーの奴隷解放や、新国家建国という言葉に賛同するはずもない…。


アラゴンは、自分がマーキュリーが描く、世界の歴史的なターニングポイントに立ち会っているという興奮に落ち着かず絶えず体をゆすったり、その大きく張り出した腹を撫で回したりしていた。



* * * * * * * * * * * * * * *



アラゴンの傍には露出の高い茶褐色の肌を胸元をはだけた、まるで下着のような服を着て素肌を晒した女。おそらく、南の群島あたりから連れてこられた奴隷だろうとトーケンは考えた。

美しい奴隷だと思うが、美しい奴隷の用途はアラゴンという商家の男にとっては一つしかないんだろうなと勘ぐる。褐色の肌が、汗で光っているのが煽情的に映って息苦しくなってくる。


マベリアとは比較にもならない、肉感的な魅力を持つ奴隷だった。


壇上にいるロイは、トーケンと親しい友人だ。

豪快に笑う友達だった。

力いっぱいに握手をする友達だった。

しかし、今は緊張して、口をひき結んで直立不動の姿勢を崩すことはない。


そして、マスターのマーベリック。


ロイとマスターを守るように、ミズメリアという小柄な少女が緊張しながらも誇らしげに胸を張って立っている。


なんだか雰囲気が異様だとトーケンが感じたのは、すでにこの中での何らかの合意ができているという張り詰めた空気があったからだ。

そして、それは亡国祈念のセレモニーの出し物の打ち合わせのようなものではなく、強制力のある意思決定を促す圧力のようなものが感じられたからだ。


アラゴンの商家は、海外から輸入を行い貿易のノウハウを持たない下級貴族などへ供給を手広く行っており、巨大な機械船を持ち、地球の裏側まで取引にゆくと豪語していた。

その主人のアラゴンは、でっぷりとした恰幅の良い体つきをしていて、誰よりも上機嫌で、落ち着きをなくしてマーベリックのまわりをうろうろと歩き回っていたが、ロイが口を開くと流石にその巨躯を落ち着け、褐色の肌の奴隷の隣に身の置き所なくおさまった。


小劇場のような集会所だ。

高くなったステージも宴幕もある。

アラゴン所有の私設小劇場だろう。


蒸し暑い室内であっても、風が抜けるように窓を開けないのは理由があるはずだと、感じていた。


人数は奴隷ばかりで五十人程。

男性も女性も、皆が、汗まみれで、肌にシャツを貼り付けて固唾を飲んで座っていた。


ロイは、張りのある声で話し始めた。

見事な発声だなと、トーケンは思ったが、いつもの親しみのある声ではなかった。

何かに縛られながら発する彼の声には別人のような響きがあった。


「みんな、今日は記念日だ。亡国祈念日。我々が国をなくした日だ。自由を無くし、心を無くした日だ。その日に、我々が集えたこと、神に感謝するとともに、新たな自由を手にする祈りの儀式を行おう。」


ロイは、自分が考えてもいない言葉を使って、そう宣言した。


ああ、そうか…とトーケンは思い出していた。

「お前には来て欲しい。この日、我々は重大な決断をするんだ。我々は、自由意志を持って、仕えたい主人に仕えることができるようになるんだ。その日、来れない仲間も大勢いる。奴隷として行動を制限されているチップが脊椎に埋め込まれて、行動を制限されてる限り我々には、自由はやってこない。」


トーケンがそんな話を聞いたのは、一月前くらいの話だったか、そんな誘いを受けていて「考えとくよ。」とそんな風に答えていた。

彼は、マスターを恐れていたわけでもなく、彼らを疎ましく思うわけでもなく、ただ、今の操縦者としての能力が落ちるのが嫌だった。ただそれだけだった。


ロイの言葉は、熱を帯びた。

「会合に出かけると言っただけで殴り飛ばされる仲間たちをみてきた。性的にぶっ壊される仲間も当然のように受け入れてきた。俺たちに人権はない。戦闘で再起不能になるよりも、マスターとの関係で体に不具を抱えて操縦席に乗れなくなるやつも多かったんだ。」


「俺は、今の世界に満足している。飼い主には、何の不満もないんだよ…。ロイ。」


ロイは悲しそうな顔をして、叫ぶように言った。

「はぁ?そうなのか?それなら、それでいい!しかし、このレイバーチップが首元にある限り俺らは、飼い主の奴隷であることには変わらないんだぞ。拘るべきは自由意志だ!

お前の好きも、嫌いも、その忌まわしい首輪のようなチップで操作されているとしたら?お前の、その感情もチップで制御されている感情だとしたら?破壊してしまえ。

本気で、飼い主を愛したいと思うのなら。それしかねぇんだぞ!」


ロイは、黙って立ち尽くしているトーケンに対し、じっと目を見つめていたが、そのうち肩を落とし、口の端を歪めながら、胸を一つ軽く叩いた。


「俺は証明する。マーキュリーに対する忠誠が、こんなちっちゃなチップごときで変わるもんじゃないってことを。」

ロイは、その時ひどく心細く小さく見えた。



「今日だったのか…。」と、心の中でトーケンは思った。

そうやって、仲間を募ってたんだなと、そう理解した。


ここには、同意する者しかいない。なのに、拒んだトーケンが呼ばれたのはロイの未練だ。


商家アラゴンに促され、肉感的な体を持った愛人は前に一歩歩み出し

「許諾者は?」

「挙手で…。」

「意思を表明を。」

と、噛み締めるように言葉を発した。

と、掠れた声で言った。

広い会場でもないので、声を張る必要もない。そのことが、この場で行なわれる事を儀式のように彩っていた。


皆が固唾を飲むのがわかった。


静かに人々は、粛々と列をなした。

儀式は次から次へと進行していった。


脊髄のある場所へ向け、四連の電磁パルスを発生させる電極の針がついたシリンダーが、突き立てられ、青白い炎を立てる。


破裂音のような音と、脂肪が焦げるような臭気が充満する。


その儀式で、嘔吐し胃の内容物をぶちまける者もいた。

瞳孔が開いて、虚ろな目をしたままうずくまるものもいた。

涙を流し慟哭する者。

感情を押し殺し震えている者。


褐色の肌を持つ女も、嘔吐しながらアラゴンに抱き抱えられていた。

アラゴンは「お前は私を今でも愛してくれるか」と泣きながら訴えるかのように訊いていた。

それを、トーケンは押し潰されそうな異様な風景、悪魔の儀式のような嫌悪感を抱きながら茫然と眺めていた。


トーケンは思った。

(なぁ、ロイ、この種族の世界を創り上げる。復権になるか、この民族の葬式になるかはまだわからないけれど…。大層なことをしでかそうとしているな…。)


見つめるトーケンの眼差しに、ロイは無表情で視線を逸らした。

トーケンは、挙手することなく、席を立ちその場を後にした。


その祭祀を行う集団の中で、激しい憎しみを持った視線を投げてくるものがあった。目が大きな小さな獣のような ミズメリアという娘だった。

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