キミの暖かい手に包まれた・キミの細い指が撫でてくれた
マベリアは、コクピットから細い身体をふわりと重力を無視したような跳躍で身軽に飛び降りて、今日は、よく眠れそうと言った。
「今日はため息ばかりだった!」
そう言うと、細く長い枝を振り回しながら、くるりと一度舞って、かかとの乾いた音を響かせて切なそうに笑って首を傾げてみせた。
トーケンは切なくなり、膝を折りマベリアの右手をとり、小さな冷たい手を包み込むようにした。
奴隷軍人であるトーケンには貴婦人への手の甲へのキスさえ認められていない。
「トーケンの手は暖かいね…」
うわずった声で、マベリアは言う。
膝をついて手を戴くそれだけが、トーケンに許された忠誠の表現だった。
トーケンの頭にマベリアは手を乗せ、祝福するように「ありがと…ぅ…」と、喉がひきつるような声でお礼を言った。
トーケンは、まともにマベリアの顔を見ることができなかった。
喉が乾き「王がお待ちです…お戻りください」と伝えるのがやっとだった。
「そういう言い方は、嫌だなぁ」と、マベリアは、己の手を引き剥がすように自分のもとに取り戻し、くるりと、踵を返して背中を向けたまま、ひらひらと手を振った。
そして、腰に差していた棒切れを取り出して空気を裂くように一度だけ振り、壁に向かってステップを踏むようにして叩きつけへし折り、その場に捨てた。
「トーケンまた明日な!またね!」と、笑顔で振り向くと手を思いっきり振って貴族の居住区へ駆け上がって行った。
茫然自失としていたトーケンは、姿が見えなくなりそうなマベリア王妃に追いすがるように
「はい!明日っ!お待ちしてます!」と叫んだけれど、それがマベリアに伝わったかどうかはわからなかった。
マベリアは、駆け上がりながら誰も待っていないところへ、どうして駆けて帰ってるんだろうと思っていた。心を躍らすものなど何もないのに、走っているのは向かう先にそれがあるのではなく、今いた場所から逃れたいから走ってるのかもしれないと気づいて、駆けていた歩をゆるめ、そこに立ち尽くした。
私は多分、何か自分を変えてしまいそうな怖いものから逃げるために走ったんだと気づいたから。
「じゃ、何が怖かったんだろう…」
それは、今は考えてはいけないことのように思って壁に寄りかかりながら、今日はただひたすら眠ることだけを考えようと、そう思った。