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落ちる天使 ロボット戦記  作者: 篠
フィコの国
2/21

奴隷と王妃の夕暮れの進軍散歩

登場人物

フィコ国

 王   妃:マベリア

 マベリア付・軍事奴隷:トーケン

 マベリア付・エンジニア奴隷:アフタ

 国   王:フィディル

 マベリア母:リィナ

 紫鉱議会:マーキュリー

 マーキュリー付・軍事奴隷:ロイ

 マーキュリー付・軍事奴隷:ミズメリア



エジンプロス国

 会議長:セロニアス

 エンジニア:シュート

 将軍:パドラ

夕暮れ。ざわざわと丈の低い草が靡いている。

少女は拾った棒切れを振り回して小高い丘の上を歩く。

雲の流れが速い。


「ねぇ、トーケン。あの石はキレイだったね」


棒切れを振り回す今年十七歳になる少女が言う。

軽いステップを踏むようにくるくると廻りながら。

日暮れに向かう冷たい風を切る音を、細く長い棒が響かせる。

両手に持った枝を剣に見立てて、剣舞のように舞う。

歩きながら踊っているように時折カカトを叩き鳴らし、乾いた音を響かせる。

彼女は、ひどくご機嫌だった。


「でもさ、あの石、そのまま素手で触ったら、細胞が壊死するって言うんだ、怖いねぇ」


トーケンは、あのマーキュリーという男にマベリアがどんな感想を持ったのか…知りたい気分と知りたくない気分とがあわさって、いまだに心の中が落ち着かずにいた。マベリアの機嫌の良さがマーキュリーという貴族の男によるものじゃなきゃいいけど…とそればかり考えていた。


マベリアは、振り返り、閃くような圧力をもった眼でそんなトーケンを眺め、小さな口を尖らせながら、両手に持った細身のよくしなる枝の片方をトーケンへ向けてぶっきらぼうに突き出した。


「トーケン、おまえも帯刀しろ」

もちろん実際の剣ではない。細身のよくしなる生木の枝を握りしめて差し出す。

引き結んだ広角の端が片方だけ悪戯っぽく弧を描いている。


トーケンと呼ばれた少年は、渋々それを受け取った。


彼女は満足げに、所在なさげに立っているトーケンをしげしげと眺めて、馬を御するような高い声で一瞬だけ笑った。


その笑い声で勢いをつけたように「いくぞ、進軍だ!ぜんたーい、進めー!いっちに、いちに!」と掛け声をかけ始めた。


たった二人の軍隊の先頭をいく少女は、トーケンがとぼとぼと歩をすすめてついてきているのを信じ切っていて、振り返りもしない。


「右!左!右!左!」と、掛け声をかけながら、棒を振り回す。


そのうち、大きな声で歌い出す。


臭いがきついあの子は成り上がり。化粧を覚えたての処女のよう。蛇や蝎の冷たい心臓を持った、故郷をなくした踊りが上手なサルを飼っている。

そんな歌を歌いながら、彼女は大きな歩幅で先を歩く。


成り上がりを揶揄する自分で作った歌らしい。

彼女は言う。



「なぁ、トーケン、腹立つと思わない?秩序は私たち貴族が、代々命がけで守って来たんだよ。それを、たった今、ほんのいま一瞬、何かの成果を上げたからって、どうして、私たちと席を一緒にできるの?全然、品性なんかあるわけないじゃない?国を守るという思いなんかないでしょ?」


「一代限りの成り上がりで、輝かしい徳とか、キラキラしてる歴史とかそんなもんが無いから、あいつらは、下衆に、のこのこと私たちの敷地にやってきて、自分たちだけのおこぼれにあやかろうとするんだよ。浅ましい。」


「だから、国が乱れないように、私たちが監視監督してないと、この国が終わってしまうんだ。」


「成り上がりですか…。

国ですか…。」

と、虚な返事を返す。


トーケンには、この国の在り方は、よくわからなかった。


この少女は、名前をマベリアという。

この国、フィコという国王の妃だ。

文書には、きさきと書くが、むしろ呼び名は『ひめ』と呼ばれていた。

若干、十三歳にして、むしろ母親との方が近しい年齢の王の妃となった。そして、妃となって三年。まだ子供のように野原を駆け回っていた。


トーケンには、その貴族のしきたりもわからなかったし、王妃が毎日こうやって自分のような軍事の奴隷を連れて、子供のように遊びまわっている事でさえ不思議に思えた。


だからといって、トーケンは、連れ回されるのは嫌いではない。


マベリア妃は、まるで武人に憧れる五歳くらいの少年のようだったし、いつもハラハラさせられていたけれど、彼女が冒険しよう!と言う時には、いつも楽しいことが待っていた。


流れの急な川下りや、山岳探検。

山の奥のクレバスを飛び越えたり、屋根から駆け下りてみたり。

それを救うのはいつもトーケンの役目だった。


一度、大きな野犬に襲われたマベリアを助けようとして、その犬を傷つけたことがあった。その犬を、もしかしたら、殺してしまったかもしれないとトーケンは思い出す。


その時だけは、マベリアは烈火のように怒り、トーケンを激しい口調で罵った。妃を守るために仕方なかったと言うと、口ごたえをするなと、さらに怒鳴られて、力任せに初めて殴られた。

彼女の殴り方は、貴族の麗しい女性のものではなかった。


「私は誰かを殺すために冒険をするわけじゃないんだ、そのために誰かが死ぬのなら、私が死ぬ」とマベリアは言った。


トーケンは、それに対して「妃が死んだら、私も生きていられません。マベリアは、私の主人なのですから。私は、なにを破壊しても、あなたを守る義務があるんです」と、殴られながら若干恨みがましい感情が入った声で応えた。


マベリアは、ショックを受けたように、急に動きを止めて、振りかぶっていた拳を、しぶしぶと下ろした。目に涙を溜めていた。

怒りを抱えながらも悲しそうな戸惑った顔をしていた。

獣のように震えるような唸り声を喉の奥から絞り出したが、がっくりと頭を落とし、そのあと押し黙って、俯き加減に、とぼとぼと無言で城へ戻って行った。


それから、唐突にマベリアとの外出は、冒険という名前だけの散歩に変わった。以前のように嬉々として、危険を犯すことはなくなった。


もしかしたら…。とトーケンは思った。

冒険は、マベリア妃の自己破壊、いわゆる自殺願望だったのかもしれない。


自分が、何かからか開放されるのは、死しかなく、トーケンと遊びながら死ぬことができる。それだけが心躍る一つだけの希望だったのかもしれない…。

しかし、マベリアが思い込んでいた、『自分一人が死ねば』という考えが、期せずして、自分が所有しているトーケンも巻き込んでしまうということに、今更のように気付き、怖気づいてしまったんだと彼は理解した。


トーケンは、何を言ってしまったんだろうと激しい後悔をその日から抱いている。

共に、命を断てば良かっただけなのに…。

自分も、生きているということに執着はなかったから。


歌い疲れたマベリアは、丘の上で唐突に膝を抱えるようにして座り込んだ。

トーケンはここ。と隣を掌で叩く。

言われるがままに、座った。

二人で座り込んだ丘の上。

沈む夕日を眺めながら、言葉もなく、マベリアは一つあくびをして、よいしょと言いながら脚を投げ出し、さらに寛ぐ体勢をとった。

肩を落として、また夜になるねぇ、その後は、また朝が来るねぇ。

そういった。


明日もまた、冒険に出かけますか?とトーケンは聞いた。


明日の事はわかんないよね。同じ日は、一日たりとも無いから。と言いながら、軽く息を吐くような笑い方をした。


そのあと、続けて、また明日が来るのなら冒険するかなぁ。でも、私も忙しいからなぁ…。と勿体ぶった言い方をする。


心の中で、自分の用事にあわせてしまうくせに。全部。と思ったが、マベリアの手前、無表情を演じた。


それからは、無言。


トーケンは、マベリアの長い睫毛と、光を吸い込むような透明な瞳の水晶体を、人という生き物ではないような思いで盗み見た。

すぐに目を逸らしたが、隣にいる彼女の一瞬の顔を忘れないように、目を瞑ってもう一度その顔を思い出せるか、確かめてみた。


寒くなってきたねと、マベリアが呟いた。

その唐突な声に、慌ててかすれた声で、はい…とだけ応えた。



トーケンは、我々は、死んだ後は、空に帰るのかな。と、もう一度マベリアの夕陽に照らされた顔を盗み見る。


視線を落とし、腕の白く光っている産毛を確認しながら、キラキラしているな…と陶然とした思いで眺めた。


二人とも死んだら、きっと貴族と奴隷は同じ所には行かないんだろうな。そもそも、僕は生まれながらのフィコの国の神の信者ではないから。


この国に来て、連れてこられて、まだ、十年しか経っていないし、やっぱり、マベリアは死んだ後でも、手が届かないし、見ることもできないような高いところに行ってしまうだろう。


だったら、死んでも忘れないように、この、今のマベリアの姿を声を匂いを全部覚えておかなければ。と、義務感のようにそう思った。


とマベリアは、遠くを見ながら、腰のあたりを掌ではたき草を落とし立ち上がって、帰るよ。と、一言だけ呟いた。


トーケンは、ここには二人しかいないけれど、その言葉は、単なる記号で、自分に向かって言われた言葉ではないとわかっていた。

マベリアは自分に対して、急かすように言葉を発しただけなのだ。


空は、紫色に変わり、闇をもうすぐ宿し始める。

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