第一章8
透明なビニール袋から取り出したそれは、エプロンと一体型になったメイド服だった。
メイド服とは基本的にワンピースと同じように被るように着るものが多い、らしい。
これは凜が教えてくれたことで、春香はメイド服を着たことがないため今まで知らなかった。着たいと思ったことがないため調べたこともないのだ。
渡されたメイド服も例に漏れずそういうものだった。ワンピースと違うのは装飾が多いことか。
肩にかける形の小さな、前掛けよりも少し長い服。それは胸の部分だけがなくて、胸元からは下のブラウスが丸見えになっていた。
胸の下あたりから、小さな服の一番下であるお腹のあたりまではちゃんと布があって、一番下は逆Vの字でわかれている。
そのわかれた部分の上には大きめの金属製ボタンがいくつかついていた。所謂、バーテンダーの上着のようになっているのだ。
そのバーテンダーの上着のようなそれの下にはエプロンがあって、さらにその下はヒラヒラのスカートになっている。
ブラウス部分は半袖。首元にはボタンがついていて、別になっている小さな黒色のネクタイをその上にあとから付ける形になっている。
足には黒いニーソックスを履いて、革靴を履くようだ。
それがこの店の制服となるのだろう。
思っていたよりも落ち着いたメイド服だったので、初めてそれを見たとき春香は安心した。
服を脱いで、春香は下着姿になる。
普段学校ではトイレなどで一人で着替えているため、下着姿を他人に見られることはない。
けれどそうできないときの場合に備えるため。またそもそも家族に不審がられてもいけないから、下着も落ち着き目ではあるけれど、女の子らしいものを選んでいる。
本当は嫌ではあるけれど。
今日はピンク色で小さなリボンが一つだけついているブラジャー。それとセットアップになったショーツ。
地味ではあるけれど、少女らしく見えるはずだ。自信はない。
更衣室には姿見が一つあって、嫌でも自分の下着姿が目に入ってしまう。それが春香にとってはとても嫌だった。
春香は鏡が嫌いだ。特に全身が映るような姿見は。
鏡に映った自分を見ていると現実を突きつけられているようで、実際に鏡に映っているのは自分の現実だ。
認めたくないと嘆いてみても、現実は何も変わらない。それを強く実感してしまう。
だから、鏡が嫌いなのだ。
けれど、嫌いだからと言って鏡を避けるわけにはいかない。
自分の姿が普通であるかを確かめるために、春香は大嫌いな鏡を見つめてきた。
一人ぼっちにならないために、鏡を見る度心に痛みを感じながら、それでも利用してきた。
そしてきっと、これからも……。
一人ぼっちはもっと嫌いだったから。
メイド服を着る。ネクタイをつけて、ニーソックスを履いて、靴を履き替える。
それから春香は鏡を見た。メイド服姿の自分。そのどこかにおかしなところはないかと確認をする。
いつもと同じ、作業としての行動。
違うのは着るものが普段選ぶものとは変わっているというところ。
メイド服なんて、自分からは絶対に選ばないのだから。
鏡にはメイド服を着た、普通の少女が映っていた。きっと、どこも変ではない。
そして。
そうやって普通の女の子として、男に媚びを売ることが嫌だという気持ちを隠して。これからメイド喫茶で働く。
凜の隣で働いてみたいから。そして何よりも、春香の秘密を隠すために。
鏡に背を向けて、更衣室の扉へと視線を向ける。その時になって、緊張がやってきた。
初めてのことを前にすると、どうしても緊張してしまう。
そんな緊張する心を落ち着かせるために、春香は一つ深呼吸した。
「……よし」
一声出して、そして更衣室をあとにした。




