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第四章1■

 僕が裕樹と出会ったのは中学二年生の時だ。小学校も違ったし、中一の時も顔を合わせたことがなかった。だから中二で同じクラスになって、初めて裕樹の存在を知った。

 最初はただの一クラスメイトだった。話すような仲ではなくて、互いに存在は知っているがどういう人間かまではわからない。そんなよくある関係だった。


 そんなわけで、最初は裕樹に興味なんてなかった。まあ裕樹に限った話ではなかったんだが。

 ただ初めて裕樹の顔を見た時、中性的な顔だなと思った。本当にそういう人間っているんだなとか、そんな感じに思っていた。


 初めて話したのはいつだったか。確かゴールデンウィーク明けくらいだった。廊下を歩いていたら裕樹が急に話しかけてきてな。どうも僕がハンカチを落としてしまったらしくて、それを拾ってくれたんだ。


 大した会話じゃなかった。裕樹が「落としたよ」と言って、僕が「ありがとう」と言った。それで会話は終わった。本当にそれだけだ。ただどうしてかその時に裕樹の浮かべた笑顔が、ずっと頭の中に残っていた。


 今思えば、無意識に惹かれていたのかもしれない。

 話すようになったのはそれからしばらくした後の、体育祭の練習が始まった頃だ。二人三脚のペアになって、その練習のために会話が必要になるだろう? それで……。


 それがきっかけなのかどうかはわからないが、なぜか裕樹に気に入られて。それからよく向こうから話しかけてくるようになったんだ。

 だから最初はあんまり相手にしてなかった。だがそこからいろいろとあって、僕は裕樹に救われた。

 ある時、裕樹にしつこいと怒鳴り散らしてしまったことがあった。放っておいてくれと。


 僕の初恋相手は男だった。

 だがそれは世間ではおかしいとされていることに、なんとなく気がついていた。だから誰にも言わなかった。それで我慢できていた。

 自分の気持ちから目を逸らしていたとも言えるのかもしれない。


 だが、一つだけ。我慢できないことがあった。

 男同士で好きな人について話す時、周りは当然のことのように女子の名前を口にした。その度に自分が責められているような気がした。

 男は女を好きになることが普通で、お前は普通からかけ離れたおかしい人間だ。できそこないの人間だ。そんな風に。


 いつしか僕は男子から距離を置くようになった。

 周りと違うから友だちを作ってはいけないと思ったからだ。気がついたら誰にも心を開けなくなっていた。


 だから嫌だった。裕樹がその閉じた心を開いてくるようで、怖かった。だから拒絶しようとした。

 そうしたら裕樹は。


『きみと友だちになりたいんだ』


 そう、言った。


『友だちなんていらない。僕は友だちを作っては駄目な人間だ。一人ぼっちでいないといけないんだよ』


 僕がそう言ったら、裕樹はこう言った。


『そんな人間なんてどこにもいない』


 僕の手を握って。


『一人ぼっちでいないといけない人間なんていないんだよ』


 そう言ってくれた。


『きみは一人じゃない』


 その言葉が僕を救ってくれた。

 どこにでもある言葉だ。陳腐な物語にだってある、そんなよくある言葉だった。それでも……。それでも僕にとっては救いの言葉になった。裕樹は僕を救ってくれたんだよ。

 だから裕樹は恩人でもある。


 きっとそれがきっかけだったのだろう。やがて僕は裕樹に惹かれていった。そうして裕樹に恋をした。

 最初は幸せだった。だがやっぱりそれは長く続かなかった。ここからが僕にとっての地獄だ。

 想いを伝えることはできない。少なくとも当時はそう思っていた。だから、それに気がついた時。胸が苦しくなった。伝えたら裕樹との関係が壊れる。そう思った。


 だからまた我慢しようとした。裕樹といられるのなら、それで十分だと思った。思い込もうとした。

 駄目だった。抑え込もうとすればするほどに苦しくなっていって、自分ではどうすることもできなっていった。裕樹の傍で笑いながら、けれど心の中では叫び出したい苦しさを抑え込んでいた。

 胸は日に日に苦しくなって、痛みは強くなっていった。どんどんと自分が壊れていくのを感じた。


 そうやって、限界を感じたある時。僕は決心した。裕樹と決別する覚悟を決めた。

 わざと絶交されるような振る舞いをした。裕樹を馬鹿にするようなことを言って、裕樹が嫌がることをして。酷いことを言った。

 勝手なことだが、裕樹に酷いことをする度に苦しかった。そんな自分をぶん殴ってやりたいと思った。だが、裕樹に嫌われることが自分への罰だと。そう思って堪えて、堪えて。堪えた。


 だがな。裕樹にはバレバレだったよ。

 指摘されて。どうしてと言われて。僕にはどうしようもできなくなって、そうして僕は……。

 僕は感情が爆発した。


 正直に言って、その時に何を言ったのか。何を言ってしまったのか。僕はあまり憶えていない。らしくもなく涙を流したことしか、憶えていない。


 醜かっただろう。情けなかっただろう。とんでもなくかっこ悪かっただろう。そんな僕を嘲笑うかのように、大雨が降ってきた。背中を打ち付ける雨の感覚は今でも思い出せる。きっと、あれは生涯で一番痛い雨だ。この先、あれ以上の痛みを感じることはないだろう。


 それでも裕樹はただ黙って聞いてくれた。雨に濡れているくせに、それでも僕の言葉に耳を傾け続けてくれた。最後の最後まで聞いて、そして裕樹は。


『ごめんね』


 そう言って、僕の濡れた身体を温めるように、裕樹は僕を抱きしめてくれた。


『そんなに苦しんでいたこと、気づいてあげられなくて。ごめんね……それから、ありがとう。ぼくを好きになってくれて、本当にありがとう』


 その言葉で、僕がどれだけ救われたことか。どれだけ嬉しかったことか。

 それがすべてだ。僕に話せることはこれだけだ。


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