第四章1A
バイト終わり。
今日の春香は営業時間の終わりまでの勤務で、店の後片付けをしていた。
それが終わり、着替えてからスタッフルームを覗く。
そこには和哉が一人でいた。
椅子に座って携帯を弄っている和哉を見て、春香は一つ深呼吸をした。それからスタッフルームへと足を踏み入れる。
和哉に謝ると決めていた。けれどそれには勇気が必要で。
本当はバイト始めに言おうと思っていたのに、準備があるという理由を盾に逃げてしまった。
当然、仕事中に私語なんてできるわけもなく、結局バイト終わりまで引き伸ばしてしまった。
これ以上は引き伸ばしたくなかった。
幸い、今は和哉と春香しかスタッフルームにいない。
チャンスだった。
後ろ手にスタッフルームの扉を閉めると、バタンッという音がした。
そのせいだろう。和哉が顔を上げた。
目が合う。
しばらくそうやって見つめ合って、目を逸らしたのは春香の方だった。
「……あ、あのさ」
目を逸らしたままで、頬を掻きながら声をかける。
和哉から返事はない。
気になって、ちらりと横目で和哉を見る。彼はまだじっと春香を見つめていた。手に持っていた携帯はテーブルに裏返しで置いていた。
春香の次の言葉を待っている。そんな風に感じた。
だから春香は続けることにした。
「その、なんていうか。……悪かったなって」
「なにが?」
ようやく和哉が声を出した。
怒っているような声色ではなかった。それに春香は少しだけ安心した。
怒っていてもおかしくないと思っていたからだ。
その安心からか、春香は和哉ともう一度視線を合わせられた。
それから頭を下げた。
「悪かった! 何も知らないくせになんて言って」
「どうした、急に」
和哉の声に顔を上げる。
「いやその、苦しんでいた時期があるって聞いて……、」
「……裕樹か」
「詳しいことは何も知らない。他とは違う恋愛だから苦しんでいたってことだけ聞いた。……他とは違うってことに苦しんでいた。それって俺と似てる。だから謝りたかったんだ」
「……そう、か。まあ、謝罪は受け入れる。別に怒ってないけどな」
和哉は後ろ頭を掻きながら、何かを悩んでいるようで。
そのあとに口を開いた。
「……話したいことがある。そんなに短い話ではないから、座ってくれないか」
「わ、わかった」
春香はパイプ椅子をひいて、和哉の隣に座った。
「……なにから話すべきか。まあ出会いの話からでいいか」
そう言って、和哉は語り始めた。
彼自身の過去の話を。




