第三章7
バイトの日だった。
だから春香はCloud houseに向かって、一人で街を歩いていた。
空は快晴。
どこまでも広がる青い空には夏の太陽が浮かぶ。それは眩しくて、肌がひりつくような光を降り注いでいた。
騒がしい街の中に混ざるのは、どこからともなく聞こえてくる蝉の声。
否が応でも夏真っ盛りなのだと理解してしまう街の様子だった。
そんな中を進む春香の歩みは遅い。
茹だるような暑さのせいでもあったし、まったく晴れてくれない気分のせいでもあった。
あれから一度だって気分が晴れたことはない。
それでも二日ほど休んで、働けるほどにはなんとか回復した。
それに今日は凜がシフトに入っていない。
少しは冷静でいられるはずだ。
周りの人間は春香に目もくれない。
きっと普通の少女に見えていて、だから誰も気にしないのだ。
もしも女なのに男の服装をしていたのなら、こうではなかっただろう。
不躾な視線を向けてきて、怪訝そうな表情を浮かべただろう。物珍しそうな表情を浮かべただろう。
女のくせにと不機嫌になる人もいたかもしれない。
そうなることが怖くて、そして辛かった。
だから自分を隠してきたし、これからも隠していくつもりだった。
だけど、人の群れの中で。
それでいいのか。
春香はそんな風に思った。
このまま自分を隠していく。それで本当にいいのだろうか。
そんな風に生きていくことは本当に正しいのだろうか。
そう思って、春香は首を横に振った。
これでいいのだ。だってそれが世の中で普通とされる姿なのだから。
男は男らしく、女は女らしく。
男は女に恋をして、女は男に恋をして。
そうやって生きていくことが普通で、正しいのだ。
春香の気持ちなんて関係ない。
誰も春香の気持ちなんてわかってくれない。
世の中で正しいとされている【普通】に歯向かう勇気なんて、春香にはない。
和哉のようにはなれない。
一人になってしまうから。
ただそれが怖くて、それが嫌で。
それだけの理由で自分を隠してきた。嫌われないように、偽りの笑顔を浮かべてきた。
自分を押し殺してきた。
好きでやってきたわけじゃない。
春香だって本当は――。
「……本当は、なんだっていうんだ」
春香の本当の願いなんてどうでもいい。
「……捨てるって決めたじゃねえか」
自分の願いなんて。
それでも、あの時不安を感じたことは確かだ。
この先の人生が怖くなった。
だから本当は願いたかった。
捨てるって決めたけれど。正しいことではないとわかっているけれど。
願いたかった。
好きなものを好きだと言いたい。好きな人に好きだと伝えたい。
でも。だけど。
そんな願いを叶えてしまったら、あとに残るのは春香一人だけ。
それは嫌だから。
好きな人に嫌われることは悲しい。辛い。苦しい。堪えられない。
そんなもの、もう二度と経験したくない。
だから、だったら隠すしかない。
悲しくとも、辛くとも、苦しくとも。自分が壊れてしまっても。
それなのに――。
「……ちくしょう」
悔しかった。
悔しくて、悔しくて。どうしようもなく悔しくて。
どうすべきか、春香にはわからなかった。




