表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/41

第三章1

 夢を見た。それは昔のこと。小学生の頃の夢だった。

 夢の中で泣いた記憶はないのに、目を覚ますと、涙の乾いた跡が頰に残っていた。


 ベッドの上。右腕で目を隠す。

 真っ暗な視界の中で、思い出すのは夢の中での自分。

 あの頃は一人ぼっちになったことが悲しくて、他人とどこか違うと気がついたショックで、灰色の日常が続いていた。


 一人ぼっちになる前は、学校帰りの公園で友だちと遊んで、家に帰るのは夕方頃だった。

 それが突然変わることで親が心配しないように、一人ぼっちになってからも以前と同様に夕方頃に帰宅していた。

 時間を潰していたのはいつも高架下。


 何かをする気も起きなくて、コンクリート壁にもたれるように座って、ただ川面を見つめていた。

 頭の中で考えていたことは自分の正体と一人ぼっちになったわけ。


 その日々を繰り返すうち、やがて手に入れた答え。

 自分が他人と違うから、一人ぼっちになった。

 それがすべてだと悟った。


 当時は【普通の少女】として振る舞って、普通になろうとは思えなかった。

 そんな考えすら思いつけなかったのだ。

 ただ、どうして自分は普通ではないのか。何が普通なのか。ずっとこのまま一人ぼっちなのか。そればかりが胸にあった。


 あんな日々はもう送りたくなかった。一人ぼっちになんてなりたくなかった。なってしまうことが怖かった。

 その恐怖がずっと胸の奥にある。

 だから今の春香は、自身でも気にしすぎると思いながらも、他人の前では普通であろうとしていたのだ。


 素直になってはいけないと思っていた。

 一人ぼっちは辛い。だからずっと隠していく。隠さないといけない。

 そう思っていたはずなのに。



『素直になったほうがいい』



 和哉の言葉を思い出す。


「……素直になんて、生きれるわけねえだろ」


 一人呟いた言葉は誰にも届かない。

 横向きに寝返りをうって、猫のように小さく丸まった。


 胸が痛くなって掴むように片手で抑える。

 外傷があるわけじゃない。それは心の痛みだ。

 自分でそう理解していた。


 和哉の困惑した顔を思い出す。

 素直になった結果があれだ。事情を話してしまった結果があの顔だ。


「……素直になったらいけねえんだ。隠さないといけなかった」


 彼ならわかってくれると勝手に勘違いしていたけれど、わかってくれるはずなんてなかったのだ。

 春香と彼は違う人間で、だからそれが当然であったのに。

 同じではない。


 和哉は同性愛者であって、自分を女だと思っているわけじゃない。マイノリティではあっても別物だ。

 そんな簡単なことにどうして気が付かなかったのだろうか。

 どうして信じようとしてしまったのだろうか。


 胸を締め付ける痛みは消えてくれない。

 ズキズキと古傷が痛むように、ずっと続いている。


 何も失うことなどなければ、きっと人生はもっと生きやすい。

 けれどそうではないから、こんなにも胸が痛むのだ。


 目覚まし時計が音を立てた。今日はバイトの日で、寝坊しないようにと設定していたのだ。

 和哉の顔が思い浮かぶ。

 サボってしまおうか。そんな思いが頭をよぎる。


 正直に言って、和哉には会いたくなかった。

 けれど、休むことはできないのだと思い出す。

 和哉との約束を思い出したのだ。


 こんな状況になっては約束なんて消えてもおかしくない。だけど和哉は約束を守ると言ったのだ。

 きっと、そこだけは本当だと思うから。なら行くべきだ。

 せめて、他の人に広まらないようにすることが、今の春香にできることだった。


 気乗りなんてしないけれど、のっそりとベッドから起き上がる。

 カーテンを開けると、太陽の光が目を焼いた。

 今日の空は春香の気持ちとは違って晴れやかだった。それがどうしようもなく羨ましいと思ってしまった。


 胸の痛みはまだズキズキと熱を放っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ