第二章10
映画館前だった。春香はポールベンチに腰掛けて、届かない足を手持ち無沙汰にブラブラさせていた。
黒い、少し古いセットアップジャージ。中学二年生に上がる前に買ったそれは、当時より少し背が伸びたせいで袖や裾がちょっぴり短い。
着る分には問題はないけれど。
そのほんの少しだけ短い袖を肩まで捲りあげて、裾は膝上辺りまで捲りあげていた。
もちろん、露出した肌には日焼け止めを塗ってある。
右手には携帯、左はペットボトルのサイダー。背中にはピンクのミニリュック。頭にはいつもの白いキャップをかぶっている。
サイドテールに結ばない少し長めの髪は邪魔なので、今はポニーテールにして、後ろ首の中間あたりに届くか届かないかくらいの長さのそれを、キャップの後ろの隙間からちょこんと飛び出させていた。
天気は晴れ。空に浮かぶ雲は少なく、陽の光が直に降り注ぐ。
見ただけで暑苦しくなるほどの快晴だった。
けれど。
こんないい天気なら外でスポーツをして遊ぶのも悪くはないだろう、なんてことも春香は思った。
しかし今日はそういうわけにはいかない。
今日は和哉と映画を観る日だ。
今は約束の時間まで十数分ほど早い時間。映画館前に到着したのはそれより更に前で四十分ほど前だった。
和哉には恥ずかしくて言えないけれど、春香は楽しみすぎて早く来すぎてしまったのだ。
和哉と映画を観るというよりは、久々に男友だちと遊びに行くということが楽しみだった。
もちろん、観る映画も楽しみではあったけれど。
約束の時間まで十分を切った頃、ようやく和哉がやってきた。
「ハル、もう来ていたのか」
和哉は無地のTシャツとスリークォーターのカーゴパンツ姿だった。
「い、いや。今来たところ」
目をそらして嘘をつく。
本当のことなんて言った日には、あのニヤケ面でからかわれるに違いない。そんなことは嫌だった。
「本当か?」
けれど、和哉はどうしてかニヤケ面を浮かべていた。
「な、なんだよ」
「いや、本当はもっと早く来たんだろうなと思って」
「え、いや。なんでそんなことわかんだよ。そ、そんな四十分も待ってるわけねえだろ」
「……四十分も待っていたのか」
「あ、いや! 待ってねえって!」
「こんな暑い中? 中で待っていればよかったのに。連絡くれれば中で待ち合わせでもよかったぞ」
「連絡先交換してねえだろ。伝えられないから外でずっと待ってたんだよ!」
「ずっと待っていたって認めたな」
「……、」
「わかりやすい。遠足が楽しみな小学生みたいだな。可愛い奴め」
「可愛いとか言うんじゃねえよ」
「本当に嫌そうな顔だな。なんとなくわかっていたが、やっぱり可愛いと言われるのも嫌いなのな」
さっきまでのニヤケ面を引っ込めて、和哉は真面目な顔で言った。
春香は本気の口調で言ってしまったことをしまったと思い、気まずくて後頭に手をやりながら視線をそらして頷く。
「……まあ」
「僕以外に言われたときは恥ずかしそうにするのに。あれも我慢していたのか」
「どうでもいいだろ、そんなことは」
春香はぶっきらぼうに答える。
余計なことを言われて、また無駄に苦しむのは嫌だった。
どうせまた我慢するなと言うに決まっている。それには、和哉の考えには賛同できないのだ。
それを知って少し嫌な気持ちになるのも嫌だった。
そのうち少しではなく、すべて爆発してしまっては事だ。
少なくとも、事情を話すと決めるまでは、無駄に心をざわめかせたくはない。
「……、」
和哉が何か言いたげな表情を浮かべた。
けれど、春香は気がついていないフリをした。
「とりあえず中入ろうぜ。暑い」
だから、代わりにそう言った。
「……そうだな」
和哉の同意を合図にして、二人並んで映画館内へと向かった。




