第二章7
駅前、件のクレープ屋の前にあるベンチ。そこに春香たち三人は座っていた。
真ん中に凜、そのすぐ右隣に春香。凜の左隣に少し間を開けて和哉が座っている。
「うーん、甘くて美味しい!」
そう言ったのは凜だった。
彼女が食べているのは生クリームにチョコソースとバナナ、カスタードクリームまでもが入ったクレープ。
聞くだけで口の中に甘さが広がるようなものだ、と春香は思った。
「気に入りました?」
春香は凜に視線を向けて聞いた。
春香が手にしているのは生クリームにチョコソースが混じったシンプルなクレープだ。
それでも春香にとっては甘すぎであったけれど、不快感を顔には出さなかった。
「うん! 来てよかったよ」
「それはよかったです」
凜が浮かべる満面の笑み。それが見られただけで、苦手な甘い物を食べに着てよかった。
春香はそう強く思った。
「一ノ瀬くんはどう?」
春香はベンチから身を乗り出して和哉を覗いて、一応という感じで彼にも聞いてみる。
すると和哉は視線を返してきた。
「僕が注文したのはスイーツではから、そっちとは味の共有が難しいと思うぞ」
クレープはスイーツだけとは限らない。肉や野菜などを巻いたものだってある。
和哉はそっちのクレープを食べているのだ。
具材は豚の生姜焼きにキャベツの千切り。実のところ、春香も興味を持ったメニューだった。
凜がいる手前、注文することは諦めたけれど。
「それでもだよ。美味しい?」
「そうだな。クレープ生地に合うのかと興味本位で食べてみたけど、普通に美味い」
「そっか」
春香は自分のクレープを見下ろして、それからまた和哉が持つクレープへと視線を向ける。
自分の甘いクレープよりも魅力的に思えた。
そもそも春香は豚の生姜焼きが好きだ。男子が好みそうだという理由で友だちには言っていないけれど、肉系の料理が大好物なのだ。
羨ましいと思った。気兼ねなく好きなものが食べられる和哉が、いやすべての人が羨ましいと思った。
羨ましいなんて感じるのもおかしな話だとは思うのだ。そう思うくらいならもっと素直になって、春香も食べたいと思ったものを食べればいいのだ。
せっかく好きに選べるのだからそうするべきなのだ。
周りの目なんて気にせずに。そうしたいとだって思っているのだ。
けれど、怖かった。
たったそれだけのことが怖い。
恥ずかしいわけじゃない、怖いのだ。
もし誰かに少しでも男っぽいと思われたら。そうなることが怖かった。
だから、我慢するのだ。
春香は思いを断ち切るように、勢いよく自分のクレープにかぶりついた。
口の中に甘さが広がる。
気持ち悪さがこみ上げてきても、その強い甘さを感じ続けた。




