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第二章6

「今日バイト終わったらさ、クレープ食べに行かない?」


 それは休憩時間のことだった。

 スタッキングテーブルに手をついて、前かがみになりながら里中凜がそう言った。

 春香はちょうど凜の対面に座っていて、昼食のサンドイッチを食べていた。


「……クレープ、ですか?」


 春香はサンドイッチを片手に、凜の顔を少し見上げるようにして首をかしげる。


「うん。駅前にさ、新しくできたクレープ屋さんあるの知ってる?」

「あ、知ってます!」


 春香はクレープに興味がないので自分で調べたわけではない。

 ただ前に友だちの楓と陽菜が一緒に行こうと誘ってくれたことがあったから、それでそのクレープ屋のことは知っていた。


「前に友だちと行ったことあります」

「そうなの? あたしまだ行ってなくてさ。……美味しかった?」

「そう、ですね。美味しかったですよ!」


 正直に言うと春香は甘い食べ物が、超がつくほどに苦手で。

 だから味については甘ったるかった記憶しかない。


 けれど周囲は甘い物が、超がつくほどに好きだと思われている。

 だから美味しいと言っておいた。

 実際に楓と陽菜が美味しいと言っていたから完全な嘘にはならないだろう。


「そっかぁ。はやく食べてみたいな。だからさ、今日一緒に行こうよ」


 正直、甘い物を食べたいとは思わない。

 本当は嫌いだし、食べると気持ち悪くなる。それに一人で行くわけじゃない。

 そうなると気持ち悪くなる胃を我慢して、美味しそうな表情を浮かべて食べなくてはいけない。気力がいる。

 だから本当は行きたくなかった。


 けれど、だけれど。

 今回の相手は凜。凜と出掛けることができるのだ。

 そうとなれば春香の中で答えは決まっていた。その一方で緊張している自分もいた。

 春香と凜は先輩後輩として仲がいいと言えるだろう。

 けれど一緒にどこへ遊びに出掛けたことはない。このバイトを始める前までは学校でしか話したことはほとんどなかった。


 たまに街中で会って少し会話をする程度。それだけだ。だから少し緊張するのだ。

 二人っきりで出掛けて上手く会話ができるだろうか。不安だった。


「行きたいです。ついでに一ノ瀬くんも連れて行かないですか? 今日三人あがり同じですし」


 だから、不自然にならないようにそう提案してみた。

 本当は二人っきりの方がいい。でも不安を感じる。

 それなら第三者を連れていけばいい。そんな発想で思いついたことだった。


「ちょっと待て。連れて行くって、僕の意見は聞かないつもりなのか?」


 そう苦言のような発言をしたのは、春香たちの隣で黙々とカツサンドを食べていた和哉だった。


「一ノ瀬くん、他に予定あるの?」

「……特にないが」

「じゃあ行くってことで」

「どうしてそうなる。僕は行く気なんて――、」


 和哉が言いかけたところで、凜が遮るように口を開いた。


「そうだね。カズに奢らせるか」

「は? どうして僕が――、」

「いいですね、そうしましょう」

「おい、聞け」

「じゃあそれで決まり」

「はい!」

「じゃああたし、トイレ行ってくるね」


 凜はそのままスタッフルームを出ていった。

 呆気にとられたような顔で凜を見送ってしまった和哉は、やがて春香へとジト目を向けてきた。それに対して春香は小首を傾げてみせた。

 和哉はわざとらしくため息を吐き出した。


「……葛木」

「なに、一ノ瀬くん」

「僕を相手にそのモードは通じない」

「ちっ」

「舌打ちするな。……で、どういうつもりだよ」

「なにがだよ」

「僕を誘った理由だ」

「……お、奢らせるためって言ったろ」


 素直に不安だったとは言えるはずもなく。春香は和哉から視線をそらしてそう口にした。

 正直、凜が冗談か本気か、奢らせるなどと言ってくれて助かった。誤魔化すために嘘をすんなりと口にできたから。


 春香の言葉を聞いて、少しの間和哉は黙って見つめてきた。疑っているのかもしれない。

 そう思ったけれど、どうも違っていたようで。

 やがて和哉は呆れたようにため息を吐き出した。上手く誤魔化せたようだった。


「いい性格しているな。凜共々」

「ありがと」

「褒めてないが」

「ツンデレか?」

「……本当に、いい性格している」


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