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命を操るもの  作者: 低山狭太
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再会

約束は午後三時。あと十五分ほど時間がある。何か手土産でも買うべきだっただろうか、そんなことを考えていると、カランコロンとドアが開いた。記憶していた顔よりもだいぶ老けていたが、すぐに気付いた。松重先生だ。

「久しぶりだね。」

「お久しぶりです。松重先生。」

少し緊張していたが、それもすぐにとけた。

「君が今も私のことを覚えていたことは嬉しく思うよ。まさか医者になっていたとは。」

「松重先生、あのときは僕を助けて頂きありがとうございました。」

「いやいや、医者として当然のことをしただけだ。」

店員が注文を聞きにきたので、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。

「ところで、医者として活躍中の君が、一体何を相談したいんだい?」

危なかった。気持ちが舞い上がっていて、お会いした目的を忘れてしまっていた。

「そうでした。松重先生、今日は、僕の仕事について相談をしたいのです。」

「こんな私で力になれればいいんだが。」

「僕は特別医師です。命の移植をしています。松重先生、先生は命の移植についてどうお考えですか?」

しまった。ついつい気持ちが先走って、率直に聞きすぎてしまった。

松重先生は、少し顔を下に向けた。表情は見えなかったが、しばらく何も答えなかった。そうしている間にアイスコーヒーが運ばれてきた。

そしてようやく口を開いた。

「君は、どう思うんだ?」

予想外だった。確かに難しい質問ではあったが、しかし松重先生は必ず答えてくださると思っていた。

「僕は、正直この技術に賛成できません。この技術が医療に取り入れられた理由は分かります。しかし、やはりこれでは命というものが一体何なのか、命の価値を、重みを、人々は忘れてしまいます。」

「では君はなぜこの仕事をしている?」

松重先生は、今度は間を置かず質問してきた。

「それは・・・、正直、奨学金の返済のために高収入の仕事をする必要がありました。」

「理由はあれど君はその仕事で生活しているんだ。何の文句がある?」

「お金さえあれば命が買えるなんて、人間じゃないです。」

「しかし、それで救える命もあるんだ。」

「ですが・・・。」

なぜ松重先生は味方をしてくれないのか、戸惑った。

「命への冒涜と考えているかもしれないが、これは人間が人間のためにつくった最高の技術なんだ。命という運命にさえ抗うことができるのは医療としては最高の技術ではないか。」

「なぜ運命に抗うんです!運命に抗うことがどれだけ愚かなことか僕はこの仕事を通してよく分かりました。」

少し感情的になってきてしまった。

「では君は医療を根本から否定するのか?」

「!?」

「医療とは死という運命に抗う行為だ。」

「それはそうですが。」

「もっとも、現在では余命が正確に分かる。いつまで生きられるかが分かる。つまり、運命が分かる時代なんだ。私は余命が分かるようになったとき、世の中は全て決定されているんだと感じたよ。これからどうなるのかは、全て決定されているんだ。未来は同じ時空に存在していると実感したよ。しかし、それに抗うことができる技術ができたんだ。私は心底嬉しかった。未来はやはり決定なんてされていない。未来は、無限の可能性があるんだ。」

「松重先生!しかしこのような行為はやはりあってはならない!僕は松重先生のお陰で今健康に生きられているのです!この命に、この身体に感謝しています。命に感謝しています。しかし、今の世の中は違う!今の世の中は変わった!人々は命の重みを忘れてしまった!命の尊さを忘れてしまった!なくなるのならば買えばいい、お金さえあれば半永久的に生きられる、他人の命を、人生を奪ってまで長生きする、こんなことやはり間違っている!!」

「ならば君はなぜ生きる!」

「!?」

僕はドキッとした。なぜ生きるのか、それはずっと考えてきたことだ。

「余命がわかるようになった。例え病気を患っていても、最低限の栄養の摂取さえしていればあとどのぐらい生きられるかが分かるようになった。さらに、命を移植し生きられる時間を延ばすことができるようになった。病気による余命宣告を覆すことができるようになった。そうした行為を君は根本から否定した!君自身の行為を否定したのだ!ならば君は一体何のために生きている!」

松重先生は顔を真っ赤にしていた。僕は松重先生のあまりの勢いに、あっけにとられていた。松重先生は、目の前のアイスコーヒーを半分まで一気に飲んで、再び口を開いた。

「すまない、少し感情的になってしまった。」

「いえ、僕の方こそすいません。」

「私はただ、君に君自身を否定してほしくないんだ。君の生きる意味を否定するだけでなく、君の存在そのものを否定してほしくないんだ。」

「どういうことです?」

「君に責任を感じてほしくなくて今まで黙っていたが、やはり正直に話そうと思う。君に見て欲しいものがあるんだ。今から時間はあるかね?」

「はい、大丈夫ですけど。」

お代は先生が払ってくださった。感情的になったことのお詫びだろうか、僕の方こそ大声を出してしまったのに申し訳なく思った。いや、もしかしたら、これから明かされる真実を隠していたことに対するお詫びだったのかもしれない。

僕は先生とともに店を出た。

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