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命を操るもの  作者: 低山狭太
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命の重み

春の日差しは気持ちがいい。しかしそんな陽気とは正反対に、僕の気持ちは複雑であった。

四月に入って最初の金曜日。午後に手術を控えていた。七十代男性から四年という寿命を摘出し、12歳の男児に移植するものである。通常、命を移植すれば、その分だけ身体の老化は進行しない。しかし、成長段階の子どもの場合は違う。完全に身体的な成長が止まるまでは命を移植しようと成長は続く。

男性は、三十代後半で徐々に全身が麻痺していく病を発症し、十年ほど前から寝たきりとなり妻の介護を受けて生活している。男性の余命は、四年と三ヶ月である。つまり、四年で四億円という大金が、男性へ支払われることとなる。

手術の一週間前、僕とその男性は、今回の手術についての説明をしていた。


「今回の手術を執刀させていただく梶浦です。摘出できる年数については、特に制限はありません。しかし、検査の結果、あなたの現時点での余命は四年三ヶ月です。移植ができるのは、一年単位です。ですので、もしサインを頂けるようでしたら、最低でも一年は余命が短くなります。」

「あの、この手術で移植する相手は十二歳の男の子だと聞いています。」

「はい、そうですが。」

「残り短い命、妻にあと四年間も苦労をかけるよりも、未来ある子どもにあげる方が、世の中のためになると思います。先生、どうか、残りの寿命全てをその子にあげてやってください。」

「そんなことしたら、余命が三ヶ月ほどになってしまいますよ!」

「先生、わたしは生きていても仕方がないんです。」

「そんなこと!」

「最後に役に立てるんです。まだわたしにも役に立てることがあるんです。妻もそのことを分かってくれました。どうか、よろしくお願いします。」


僕は自分の仕事について深く考えたことがなかった。ただ与えられた仕事を確実にこなすだけだった。しかし、この手術だけはどうしてもやりたくなかった。十二歳の子どもは、重い病を患っているわけではない。何か特別な事情があるわけでもない。あるのはただ、その子の母親が、自分の子どもを長生きさせたいという理由だけである。そんな理由で、と僕は愕然とした。ただただ長生きさせたい、だから命を他人から買う、そんな傲慢な理由で尊い命を他人から買い上げることに、僕は何とも言えない気持ちになった。

しかし、僕はそのことを男性に伝えることはできなかった。未来ある子どものために命を捧げる、という生きる理由を見つけていたからだ。僕には見つけられていない生きる理由を、その人は見つけていた。その理由を壊してしまいたくなかった。

その後、男性と男の子は面談を行ったが、男性は男の子に手術の理由を聞くことはなかった。未来ある子どもに命をあげることができる、ただそれだけで満足だったのか、あるいは別の理由があったのかは分からない。


手術は20分ほどで終えた。男性の余命は三ヶ月ほどとなった。男性は、晴れやかな笑顔で僕にお礼を言いにきた。

「先生、どうもありがとうございました。こんな体になっても、まだ人のためになれたことが嬉しいです。これも先生のおかげです。これで思い残すことなく生涯を終えることができそうです。」

「そんなこと・・・」

何を言おうとしたのか分からない。ただ、何かを言わなければならない気がした。しかし、言葉がうまく出てこない。少し間をおいて、その男性は続けた。

「先生は生まれ変わりを信じますか?」

「生まれ変わり?」

「はい、私はね、生まれ変わりは信じていません。前世とか来世とかありますが、私は信じていません。なぜなら、私には前世の記憶がないからです。私はね、死ぬとは何なのか分かりません。ただ、これだけは言えます。どんなにいい人生であろうと、どんなに悪い人生であろうと、死んでしまえば全て忘れます。いや、忘れたということすら考えられないでしょう。死んでしまえば物事を考えることもできなくなるからです。ですが、世界は終わりません。世界はまだまだ続きます。私は、人生の最後に未来ある世界に貢献できたのです。思い残すことはありません。」

満足そうな笑顔で話していた。


一方、男の子と母親もお礼を言いにきた。しかし、これもまた、僕は頷くことしかできなかった。悔しさや苛立ちからであった。

「お疲れさん。」

海老名さんだ。

「海老名さん、僕はこの仕事はやりたくありません。」

「どうしたんだよ急に、そんなに怖い顔しやがって。」

「海老名さん、僕は、この手術はやってはいけないことだと思います。こんな簡単に命のやり取りをするなんて。」

「・・・、お前らしくないなー。いつもみたいに淡々と仕事をしてるのかと思いきや、まあ、気持ちは分かるけどな。おれも急に考えてしまうんだよなー。ただ先輩としてこれだけはいっておく。あのな、この仕事に意味なんて考えてちゃだめだぜ。頭おかしくなるだけだ。」

「先輩・・・」

「それにな、給料いいじゃん!この仕事、普通の医者よりずっと高いんだぜ!」

「分かってますけど・・・。」

「・・・、まあ、ゆっくり休めや。」

自分のやっていることが、やってきたことが、正しいのか分からない。考えてはだめだと自分に言い聞かせても、やはり考えてしまう。

家に着いてから、冷蔵庫に入ったいた缶ビールを取りだし、一気に飲み干した。酒には弱いが、それでも最後の一滴まで一気に飲み干した。

少し間をおいてから、思い立ったようにスマートフォンを手に取り、長年連絡をとっていなかった相手へメールをうちはじめた。相手は、命の恩人、松重先生だ。

『松重先生、ご無沙汰しております。梶浦です。

松重に助けて頂いたことを忘れずに医師を志し、現在は大学病院で医師として働いております。

実は、松重先生に少し相談したいことがありまして、突然連絡いさせていただきました。よろしければ、二人でお会いしたいのですが、どうでしょうか。お返事お待ちしております。

梶浦恵介』

メールの返信は以外にもすぐに来た。

『梶浦恵介様

お久しぶりです。松重です。

梶浦くんが医師として働いていることは、大変嬉しく思います。こんな私でよければ相談にのりたいとおもいます。今週末の日曜日の午後に私の行きつけの喫茶店なんかでどうでしょう。

松重和也』

急いで返信した。

『松重先生

お返事ありがとうございます。

分かりました。お会いできることを楽しみにしています。』


約束の日曜日の午後、あらかじめ聞いていた喫茶店へと向かった。

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