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命を操るもの  作者: 低山狭太
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人はなぜ生きるのか

百二十年ほど前の太平洋戦争開戦以来の戦争の中で、日本は新たな技術、〈命の移植技術〉を開発した。命の移植を専門とする医師として働く梶浦は、「生きることとは何なのか」、「生きる意味とは何なのか」について考えて続ける。

「生きることの目的は、種を残すことである」

というのを、僕は以前大学の講義で聞いたことがある。しかし、本当にそうなのだろうか、本当にそれだけなのだろうか。多くの生物には当てはまっても、人間の生きる目的は、生きる意味は、きっと他にあるのではないだろうか。


脳をもつ動物で数字を連続したものであるという正しい理解ができるのは人間だけであるらしい。よく、数字を理解できるという動物がいるが、実際にはその本質を理解できていない。数字というのは帰納法的存在である。1という数字に同じ1を加えることで2が生まれ、さらにそこへ1を加えると3に、さらにそこへ・・・、というように、もとのものへ何度も繰り返し加えるといったことで、その都度新たな数字が生まれる。こうした帰納法的存在であることを理解できるのは人間だけである。

そして、数字を正しく理解できることによって、ある概念を理解することができる。一体、数字はどこまで続くのかという〈無限〉である。さらに、〈無限〉を理解することによって、〈有限〉を理解することができる。

したがって、命には限りがあり、いずれ終わりがくるということを理解できるのは、〈有限〉を知っている人間だけである。


今の技術では、個人個人の残りの寿命をほぼ完璧に予測することができる。これは、事故などに巻き込まれたりしない限り、誤差は一ヶ月ほどという驚くべき正確さで予測できるものであるが、さらにそれを遥かに上回る驚異的な技術が存在する。


〈命の移植〉である。


僕の仕事は、命を移植することである。三六年前、貿易を巡る関係の悪化から、日本にとっては百二十年以上前に開戦した太平洋戦争以来の戦争が勃発した。その戦争の中、日本は命の移植技術を開発し、その十一年後にはその技術を医療へと導入することを認めた。医学部の特別移植技術過程を履修することによって、特別医師免許というものを取得できる。この免許は、命の移植をする医師は取得が義務付けられており、現在国内には600人ほどが命の移植の資格を取得している。

命の移植は、案外簡単にできる。命の移植をするための装置を使用するのだが、このとき何年分移植するのかを設定できる。命を摘出された者はその分だけ寿命が縮み、移植された者はその分だけ寿命が伸びる。僕は、まさにこの手で、こうした命のやり取りをするのだ。



「梶浦!」

突然名前を呼ばれたことにびっくりして、思わず気管にカレーが入りかけてむせてしまった。落ち着いてから返事をした。

「何ですか?」

「いや、何かお前ぼーっとしてたから。どうした?結婚ことでも考えていたか?二六歳にもなって彼女なしの独り暮らしだもんなーお前。」

向かいの席に座って醤油ラーメンを食べているのは先輩の海老名さんだ。海老名さんは同じ大学病院の先輩であり、僕と同じく命の移植をする医師だ。

「やめてくださいよ、海老名さんだって独身でしょ。」

「残念、おれ同棲中なんで。」

腹立たしいが、しかし全て事実だ。

「梶浦、お前午後は何人の手術があるんだ?」

「僕は一組です。海老名さんは?」

「おれは今日はもうないな、明日の準備とかいろいろやることはあるけど。まあ、お前もよくやるよ。こんな仕事、よくもまあ、国も認めたな。」

「命を移植することで治療期間を延長するためですよ。」

「分かってるけどよ、でもまさか命を買う時代が来るとはねー。」

「何言ってるんですか、技術自体は前の戦争からあったでしょ。医療に取り入れたのは二五年前ですけど。」

そもそも、命の移植技術は三十六年前に勃発した戦争で開発されたが、その目的はただ一つ、優秀な兵士を長く戦闘に参加させるためである。

この技術で伸びる寿命とは、事故や自殺、他人に殺されるといったことにより死ぬ寿命ではない。例えば、一年分の命を移植されても、翌日に事故にあって死ぬという可能性はある。しかし、その他の、主に病気による寿命には効果が確認されている。また、移植されてもその間に大病を患わないというわけでもない。それでも、余命を延ばすこと、つまり余命一年の病気の余命を五年に伸ばすといったことは可能であり、寿命を延ばしたあとに病を患っても、延ばした分は確実に生きることができるというわけである。

一方で、国がこの技術を医療に取り入れることを認めた理由は他にある。

三六年前に勃発した戦争では、多くの兵器を生産するために大量の金属が必要であった。そのため、製鉄を営む者は戦争の影響で莫大な富を手にすることができた。戦争は、国連の介入により一年半で停戦、さらにその半年後には条約を結び終結した。しかし、大量の資金を投じた国に残ったのは、多くの借金であった。国は財政難の対策として、さらには戦争によって莫大な富を得ることにより国の脅威となった富豪の財力を衰退させるために、戦争で開発した命の移植を、延命治療の手段かつ格差是正という目的で二五年前に医療へと導入することを認めた。

「いくら格差是正のためっていっても、こんな方法よく思い付くよ。」

「富豪から富を分配させるためですよ。一年分あたり一億円なんて払えるのは相当裕福でないと無理ですし、そういった人から高額な出費をさせることで富を分配することができ、結果的に格差是正に繋がるということでしょう。」

「金持ちは総じて命を欲しがるんだよなー、知ってるか?秦の始皇帝は不老不死になろうとしたんたぜ。まあ、結局不老不死の薬とかいって飲んでいた水銀で中毒になって死んだんだとよ。」

「なんか童話みたいですね、戒めてきな。」

「そこまでして長生きしたいもんかねー。まあ、今や金さえありゃ無限に生きられる時代だもんなー。」

そう、この技術によって命を移植されたものは、移植された時点から移植された年数の間、身体的な老化が進行しないということが分かっている。つまり、常に命を移植されれば、老化せず、半永久的に生きることができるのだ。


僕はこの仕事をはじめてから、よくぼーっとしているらしい。前に海老名さんに言われてから気付いた。というのも、この仕事をはじめてから、僕はよく考えごとをする。


生きる理由ってなんだろう。



午後の手術は一組である。移植を行うので、命を取られるものと、命を取るものがいるためである。手術はこの移植のために特別に用意された手術室で行う。

「三時二〇分、執刀開始。」

執刀、とはいっても、実際に使用するのは大きな装置である。執刀医は、装置から出ている電極のようなものを患者二人に装着し、移植する分の命を設定し、ボタンを押す。ただこれだけである。これだけで命を移植することができる。

この手術で命を移植されるものは、国の思惑通りなのか、決まって裕福なものである。命の移植手術では、命は一年につきおよそ一億円で取引される。また、命は一年単位でのみ移植可能である。つまり、移植される者は、決まって大金持ちの富豪なのだ。始皇帝の話ではないが、やはり富を持つものは、最終的には時間、つまり命を欲しがる。

一方で、この手術で支払われる金額の六割は命を提供した者へ、三割は税金として国へ、残りは手術をした病院へと分けられる。病院としても、一回の手術における利益は大きい。

とは言え、このような仕事をやっていて、精神をまともに保つことは容易ではない。この仕事のコツは、何も考えないことである。

「この人もまた金持ちか。」

思わず呟いてしまった。しかし、聞こえていないだろう。この手術は体質によっては強い痛みを伴うこともあるため、全身麻酔を使用するからである。


操作は非常に簡単で、ものの二〇分で終わった。

「お疲れさん。」

手術室のそとでは海老名さんがいた。缶コーヒーを二つ持っていた。

「ほれ、しかしお前相変わらず淡々と命を操りやがるなー。」

「どうも。」

僕は缶コーヒーを受け取り、一気に飲み干した。淡々となんてやれるわけがない。ただ、必死に考えないようにしているだけだ。

「今日のは3年分の移植だったっけ?つーことはそのうち一億八千万が提供者、九千万が税金、残った三千万が病院か。」

「先輩の方が異常ですよ、すぐにお金の計算だ。」

「そうでもしねーとやっていけねーよ。」

理解はできる。そういう仕事だからだ。

ではなぜ僕はこんな仕事をしているかというと、ありがちな話だが、記憶に残ってないほどまだ小さかった頃、大きな病気を患った。体への負担が大きく、中学生になるまで手術ができなかった。しかし、中学生一年生の秋、十時間に及ぶ大手術の末、見事にその病気に打ち勝つことができた。その後、その手術を執刀した松重先生に憧れ、僕も医師になって多くの命を救いたいという思いを抱き、大学の医学部に進学した。もともとは外科医になりたかった。今も外科医として活躍されている松重先生のようになりたかったからだ。しかし、僕の家庭は裕福ではなく、大学は奨学金によってなんとか通うことができるぐらいだった。一刻も早い奨学金の返済のためには、やはり他の医師よりも収入の良い命の移植を仕事とする特別医師となることが必要であったのだ。

僕は、これからも命を操っていく。

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