冬の日
どこを見ても一面、白銀の雪景色なんてものは珍しくない。
むしろ、うんざりするくらい毎日見ている。
冬になると憂鬱だ。
布団から出るのが大変だからだ。
とは言え、いつまでも寝ていると学校に遅刻してしまう。
ゲームやアニメのキャラクターではあるまいし、食パンを加えて通学するなんてあり得ない。
しかし、残念なことに、僕は今、本当に遅刻しているんだ。
起きたら、いつの間にか時計が九時を回っていた。
明らかな遅刻だが、2時限目くらいには学校に到着するだろうと予測し、家を急いで飛び出す。
そして、まだ頭の回らない思考の中、足を緩めるわけにもいかなく、雪が積もった通学路を、滑らないように走っていた。
そんなギリギリな朝から始まる。
学校に行くためには、バスに乗らなくてはならなかった。
規定の時間までに行かなければ、ほとんど遅刻決定だ。朝から、そのバス停まで走ることになるが、いつも乗っている時間には、かなり遅れている。
走る必要がない。
どちらにしろ遅刻は確定しているのだから。
ようやくまともな思考に戻った僕は、どうせ、間に合わないことが決まっているなら、と、ゆっくり歩いていくことにした。
雪が積もる道。
また降り始めた道には、足跡はなく真っ白な紙のようだった。
そんな新品の真っ白なキャンバスに、無造作に足跡をつけて進む。
ザクザクと、なんとも寒気が走る音がする。
この音が、僕は限りなく苦手だ。
振り返れば、僕が進んできた道が見える。
こういうのは以外と好きだ。
真っ白な紙の上に、僕だけの道が描かれていく。
そんな道には、僕以外、誰一人姿がなかった。
雪が降ってきたからか。
こんな時間に登校するやつもいないだろうしな……。
そんな考えの中、いつものバス停が見えた。
いつもならバスが着ていて、ギリギリのため走るのだが、やはり必要のないことだった。
しかし、いつものバス停の前では見慣れない少女が一人、待合用のベンチに座り、バスを待っていた。
制服から察するに、僕の高校の近くの女子校の物だ。
学年までは分からないが、可愛らしい顔立ちをしているような気はする。
あまりジロジロ見るのもあれなので、彼女を視界に入れないようにバス停近くまで寄っていき、彼女の隣を、人一人分空けて、しょうがなく座る。
だが、気まずい。
こんな時に限って、他の人はまったく来ない。
同い歳くらいの女の子(それもおそらく可愛い)の隣に座れるのは嬉しいことではあるが、この空気は耐えられるものではない。
息苦しい。
好きな女の子を見つめているときみたいな、息苦さが感じられた。
そんな時だ。
「寒いね」
声が聞こえたので、俺はそちらを見ると、その少女が話しかけてきていた。
少女の吐いた息は真白から透明へ、色を変えて、空気中に溶けていく。
「お、うん……」
曖昧に返事するしかなかった僕は、とりあえず顔を見てみる。
遠巻きから見た感じでは分からなかったが、髪は明るめに染めていて、目が大きな、美形というより、可愛い感じの女の子だった。
とりあえず、見とれている僕を無視する感じで、少女は話を続ける。
「雪、止まないねー。君は雪が好き? 私は好きだよ。雪を踏んだときに鳴る音が好きなんだー」
バス停内にはそれほど雪は積もっていないが、
彼女はその場で、ザクザクと足踏みをする。
「僕は苦手かな……。何か、背筋が寒くなるんだよね」
「そっかー」
彼女の雰囲気に呑まれ、普通に話してしまっていた。
その後も彼女は言ってしまえばくだらない話を繰り返した。
単に暇だっただけだろう。
寒い中、ただ待つよりかは、話しでもしている方がずっとマシなのだ。
僕はそんな彼女の話に相づちをうつ程度。
何気ない会話だったが、不思議とつまらなくはなかった。
そうしているうちに、バスはやってきた。
「バス来たねー。君、寒川?」
僕の高校の名前だ。
黙って頷く。
バスに乗車しながら、彼女は話を止めない。
「私は桜が丘なんだー」
知っている。見れば分かる、そんな言葉が脳裏をよぎったがすぐに飲み込む。
僕が話しかけてもつまらないだけだろう。
「だったら途中まで一緒だよね?」
席を選びながらも彼女は話を続ける。
こんな時間だから、人は少な目だ。
と、言うか、二三人も乗ってない。
「一緒に座るー? 私、一人よりその方がいいから」
「いいの?」
僕は心配になり訊ねる。
そんな単純な考えでいいのか。
学校までなんてすぐだろ。
それに僕なんかと一緒にいたってつまらないはずだ。
「私と一緒だと、いやー?」
若干上目遣いで見てきやがる彼女。
バスが動き出したので、僕は慌てて首を横に振った。
嫌な理由なんてあるはずがない。
「よかったー。じゃあ、ここねー。窓際は私がもらうけど、いいかなー??」
学校の順番からだと、そっちの方が早いけど、そんな言葉をまた呑み込み、僕は黙って頷いた。
席に座ってからも、彼女の話は続いた。
彼女は少し、人と感性がずれているような気がする。
彼女の話は、言ってしまえば、ふーん、だから?、で終わらせてしまえるような簡単なものばかりだった。
そして、今日初めて会った僕に対して、いつも話している友達と話すかのように話してくる。
でも、それが不思議と嫌な気はしなかった。
それどころか、この時間が永久に続けばいいとさえ思えてくる。
僕はおかしくなったのだろうか?
「あ、もう着いちゃうねー」
バスは、いつの間にか、桜が丘のバス停に着いていた。
彼女は急いで立ち上がる。それに合わせて、僕は彼女が降りやすいように立ち上がる。
「話してくれて、あんがとね。またねー」
彼女は、忙しなくしながらも、律儀にこちらを振り返り、何度も手を振りながらそう言ってくれた。
彼女も、学校に遅れて行ったのだろうか。
僕は再び、同じ席に座り直すと、空いた窓際の席を眺める。
またね、か。
お互い名前も知らない存在なのに、どうしても、彼女のその言葉が、頭の中を何度も反復する。
僕だけに向けられた、彼女の笑顔を思い出すと、不思議と、何故だか息苦しくなるようだった。