行く末
その後、男との間に恵まれた二人の子供には、どちらにも、特異な外見や能力は発現しなかった。生まれたときにこの目で感じた通り、丸っきりただの人間で、魔性の血を感じさせない。
この世界で生きていくのにはその方が平穏であると分かっているし、安心もしているが、何となく釈然としない。夫の血はどこに行ってしまったのかと思う。
そう愚痴をこぼすと、夫は可笑しそうに笑った。
「心配しなくても、俺の血はちゃんと入ってるさ。俺たちからしたら間違いようがないくらい、あいつらからは俺の気配がする。ただ、特異能力についてはなぁ。実は、二世に種族の特徴が発現することは稀なんだよ。過去の例からすると」
結婚前には、魔性と人の混血を研究対象にどうかと言ったこともあるくせに、今更な情報に腹立たしくなって男を睨む。
「少し世代が進んでから、先祖返りのように不意に現れるもんなんだ、そういうのは。多分、違う魔性の血筋が出会った時に、現れやすいんだろうな。お前も恐らくその種類だ。僅かだが、二人分の気配がある。両親がそれぞれ別の魔性の血筋だったんだろう。ただ、かなり薄いとはいえ二人分の魔性の血を引くお前と俺との子なら、それなりに特徴が出やすいはずだ。そうだな、後五人も産んだら一人くらいは変わったのが出るかもな?」
にやにやとわざとらしい笑みを浮かべる男を冷たい目を向ける。
「そんな目的で子を産んだりするか。あの子達だって、そんな理由で産んだわけじゃない」
「分かってるさ」
「なら余計なことを言うんじゃない」
しかし。その言葉が本当なら。あの子達はただの人間でも、いつか、何世代か先で、先祖返りを起こす者が出る可能性があるのだ。自分のように。もはや、誰が魔性の血を継いでいるか、誰も知らないような遠い先で。
自分の子供なら、孫なら、守ることができるだろう。でも、はるか先の時代で、その子は誰が守ってくれるのだろう。自分の血を引く誰かが、かつての自分のように、傷つき、傷つけられ、家族を壊してしまうのだろうか。
自分は、不思議な目を持って生まれた。
そのために、悪魔の子と呼ばれ、魔性の血を引くとして神殿から祝福を拒否された。
神に存在を否定され、悪魔の血を持つと言われたことで、両親は互いに相手が魔性の子孫だと詰り合い、家庭は荒れに荒れた。今思えば、両親は、自らが邪悪な血を持つ可能性に怯え、それを突きつける我が子を恐れ憎んだのだろう。
やがて、両親は子を捨てて家を出て行き、子を引き取ったのは父方の祖父だった。商人であり、かつては研究者を目指していた祖父のおかげで、信仰に染まらず客観的な視点を持って育つことができた。
研究者の道へ進んだ最初のきっかも、自分の目の不思議を解明できないかと考えたからだった。今の生き方すべて、祖父のお陰だ。
自分を卑下することも忌避することもなく今まで来れたことも、偏に祖父のお陰だと思っている。
たが、自分の存在が一つの家庭を壊したことを忘れることはできなかった。両親に捨てられたことも未だに心に傷を残している。
沈んだ表情になったことに目敏く気づいた夫が、なだめるように背中を優しく叩いて慰めてくれる。
「お前は、今、不幸か?」
尋ねられて、首を横に振る。
「お前は誰にも助けてもらえなかったか?孤独なままだったか?」
それも否だ。
「だったら大丈夫だ。いつか、俺の血が出ても、そいつも誰かに助けられて幸せになる」
まるで夫にだけ責任があるかのように言うのにむっとする。子供達は、夫だけの血を継ぐのではなく、私の血も継ぐ、私たち二人の子だ。
「私達の血、だ」
と訂正すると、面白そうに笑われた。
「そうだな。お前には感謝してる。俺は契約の制約で、人間に素性を明かせない。お前はその目でばれちまったから多少明かしたが、たとえ我が子でも、ただ人のあいつらには教えてやれない」
だから、あの子達は自分達の父親が魔性で、その血を継いでいることを知らずに生きていく。自分はただの人だと信じたままで。
「だが、お前がその目のせいで、悪魔の子と言われることを、あいつらは知ってる。同じような異端を、自分の子供が受け継ぐかもしれないと気づいてる。あいつらが、大好きで仕方がない母親を悲しませるようなことをすると思うか?いつか生まれるその子のために、遠い子孫にまで、変わった目を持つ大好きな母親の話を語り継いでいくだろうさ」
得意そうに笑われて、すとんと納得してしまった。その光景は容易に想像できた。なるほど、力だけでなくこの思いも、血と共に受け継がれていくのか。それなら、心配はいらないかもしれない。不安を持たずに、あの子達の未来を祝福できる。
ぽんぽんと背中を叩いていた手が止まり、ぎゅっと抱き締められる。大きな温もりに包み込まれて、不安が消えていく。
「ほんとに、お前と結婚してよかったよ。俺は長生きだけど、人間の世界に必要以上には関与できない。ただ、眺めるだけだ。でも、お前とあの子達のお陰で、俺の余生は安泰確実だな」
自分がいなくなった後も、この男は生き続ける。この血によって悲劇が起こった時、それを実際に目にして悲しみと苦しみを味わうのは、自分ではない。妻に先立たれた後も生き続け、ただ眺めるしかない、この男なのだ。
「そうか」
自分との結婚が、この男の幸せに繋がるというなら、求婚に頷いてよかった。忌まれたこの目にも意味があったと思える。
「なら、もう悩むのはやめよう。この血が幸せを呼ぶなら、それでいい」
「よし。じゃあ、悩みが解決したところで、俺はそろそろ三人目が欲しいなと思うわけだが」
夫の背中に手を回すのを取り止め、胸を強く押して腕の中から脱出する。ついでに夫の腕もぴしりと叩いておく。
「たまに真面目な話をしたかと思えば、お前は……」
「俺は至極真面目な話をしているつもりだぞ?俺は親も兄弟もない生まれだからな。お前が初めての家族になってくれたが、家族は多けりゃ多い方がいいだろう?だから、俺としては子供はいくらでも欲しい。そうなりゃ、余生も賑やかになって楽しく過ごせるってもんだ」
それを言われると、いずれ夫を一人置いていく身としては無下にしづらい。子煩悩ぶりを目の当たりにしているだけに、その子孫も身内として愛しながら過ごすのだろうと想像できる。
「次は、お前によく似た外見で、できれば中身はお前に似てない可愛らしい女の子が欲しいな、ディー」
外見も中身も自分そっくりな長男と、外見も中身も夫にそっくりな長女。言い方に腹立たしいものを感じるが、気持ちは分からないでもない。
それに、名前を呼ばれると弱い。夫も分かっていて滅多に使わないだけに、本気具合が分かろうというものだ。
はあっとため息をついてから、夫の側に寄り添う。
「私は、お前に似た外見で、中身は素直で可愛い男の子が欲しいな、ギオ」
「それもいいなぁ」
仕返しに当て擦ってみたが、効果は無かったようだ。
久々に名前を呼ばれて満面の笑みの夫に体ごと抱き締められる。心底嬉しそうな夫に逆らえるはずもなく、諦めて今夜は夫の希望通りに抱き締められることにした。