表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

誘い

魔性である男と会うようになってそろそろ季節が一巡りしようかとしている。

この奇妙な交誼もずいぶん続いたものだと感慨を抱きながら、がやがやと騒がしい酒場の隅の席で酒を口に含む。

「付き合ってくれないか?」

酒が口に残る内に言われたので、ひとまず口の中のものを飲み下す。

「時と場所による。どこへ?」

こうして頻繁に飲み交わす仲なのだ。場所が飲み屋以外になろうと大した違いはないが、魔性の馴染みともなれば多少は警戒してしかるべきだろうと行き先を尋ねると、目を丸くして驚かれた。

「何でだよ。俺と付き合わないかと聞いてるんだが」

意味が分からないので眉をしかめて見やると、男はわずかばかり呆れを顔に乗せた。

「だから、お前が好きだから恋人になってくれって言ってんだが」

ますます分からない。

「お前、変態なのか?」

身の安全を考えて、軽く椅子を引いて腰を浮かせながら確認する。

「何でそうなる!」

苛立ったように男が声を上げる。変態呼ばわりが納得できなかったようで、しばらく頭を抱えていた。

「確かに俺たちは相手の性別をあまり気にしないが、お前の嗜好は理解してる。念のために言っとくが、お前の性別を勘違いしてるわけじゃねえぞ?」

この国に来てからは、常に男装している。疑われたことも見抜かれたこともない。外見からは判別などできないはずだ。どうやって確認したのかと、冷ややかに男を見ると、

「覗いてないぞ!それくらい、見たら分かる!最初に会った時は、忙しかったからよく見てなかっただけで!」

慌てた声で言い訳される。

まあ、変わった目を持っているのはお互い様だ。まして相手は「知られぬことはない」魔性。こそこそと覗きをしたとは思うまい。

だが問題はそこではない。

「お前、魔性なんだろう?」

「そうだが」

「私は人間だ」

「知ってる」

「変態だろうが」

侮蔑の目を向けると、男は目を剥いた。

「何でだ!」

「私は犬や猫に恋愛感情は持たない。そういう奴がいるのは知ってるが、私は違う」

「俺を犬猫と同じ扱いにすんじゃねえ!」

「じゃあ、猿か。見た目も近いしな」

「お前、これまで俺を猿だと思ってたのか!?」

「大体そんなもんだろう?別の種族だぞ?一人寝が寂しいなら、愛玩動物を飼う前に、元の世界から相応しいのを見繕ってこい」

「違うだろ!魔性は招かれた時に召喚者の種族に擬態するんだから、俺はお前と同じ種だ!」

「嘘をつくな。異界の魔性が人を名乗るんじゃない」

ここは、研究者として、特別な目を持つ者として断じて同意できない。こんな出鱈目な生き物を人の定義に入れるなど、ありえない。

「確かに厳密には人とは違うかもしれねぇが、この体は人との間に子を作れる。俺は未経験だが、先人たちが実証済みだ。子ができるなら恋愛対象と考えて何が悪い」

こちらが理論立てて来られると弱いと分かっての切り返しにぐっと詰まる。子が成せるなら、求愛行動を取るのは生き物として正常な行動と言えるだろう。変態と断じる根拠が薄くなる。

いや、目の前の魔性が変態かどうかはいったんどうでもいい。それどころでない情報が出てきた。

「過去に、魔性と人との子が産まれていたのか。理論上は可能だとされているし、過去の文献にも記載はあるが、未だ立証されたことはなく、学会でも認められていない。本当に実在するのなら……」

是非とも話を聞きたい。ずっと頭の片隅にあった、研究者になろうと思ったきっかけの研究テーマだ。

子は魔性の力を受け継ぐのか?そもそも魔性と人の間に生まれた子は人か魔性かどちらになる?

これまで何度も考えたことを頭に巡らせながら、思考に没頭していると、非常に不機嫌な声に邪魔された。

「それはまた今度考えろ。何なら魔性と人の間の子孫も後で紹介してやる。今は、俺と付き合うかどうかという話だろうが」

『特級』の力が滲んだ声音に、一気に現実へと引き戻される。突き刺さる刺激で、久々に目が痛い。

「紹介だと」

ついそちらに興味を引かれるが、底光りする瞳に睨み据えられれば、黙るしかない。目がいいだけに、漏れ出ている魔力がはっきり見えて、背筋が冷える。

「嘘を言ったら、紹介はなしだ。騙せると思うなよ。正直に答えろ。俺と付き合うか?」

据わりきった目を直視できず、視線を泳がせる。つい先程まで、目の前の魔性を男女の好き嫌いの範疇に入れていなかったのだ。伝承の『災厄の』をそんな対象に考える訳がない。

さっきの今で答えなど出せようはずもない。素直に断ればいいのだろうが、「紹介」を逃すのは惜しい。だが、偽りは見抜かれるだろう。

悶々としていると、男は大きくため息をついて、肩を落とした。

「分かったよ。答えは待つからよく考えてくれ。全く、せめて友人にはなれてると思ってたら、ただの研究対象かよ……」

「いや、研究対象であるのは違いないが、友人だと思っている」

「猿とか」

根に持っているらしい。

「恋愛感情はともかく、友情や愛情は生じるだろう」

「友情なら猿でもいいわけか。どうなってんだ、お前の頭ん中」

言われて、違和感を感じた。猿との友情?猿と友誼を築いたことがないから比較はできないが、男との関係は、人間の友人たちと変わらない。人の友人と同じ感覚で付き合っていた。

人だとて自分にとっては研究対象の内なのだから、それは魔性であっても同じこと。魔性だからと分けて考えてはいなかった。

「なるほど。私はお前を、他種族というより、恋愛対象外の同種と見なしていたようだ。私の場合なら、同性とか子供とか」

自分の認識が整理できたので、すっきりした気分で説明する。

魔性は微妙な表情をした。

「猿よりかはまだましか……。近所の兄ちゃんなら、恋人に昇格する余地はあるってこったな」

やれやれと、手酌で杯に酒を足す。

「ま、気長にやるさ。もしかしたら知らんかもしれんから教えてやるが、俺たちは総じて一途だ。一度心を傾けたら、軽く数百年は同じ相手を想い続ける。相手が人なら余裕で一生だな」

にやりと笑って、掲げた杯の向こうからこちらを見る。

「だから、俺の気が変わるとか、諦めるとか、期待するなよ」

圧力を感じて固まったのを察したのか、宥めるように続けてくる。

「無理強いはしねぇよ。愛に忠実だと言ったろ?俺たちは気が長い。返事は死ぬまでに決めてくれりゃいい。断り文句をもらったからって八つ当たりなんかしないから、安心しろよ」

何だそれ。魔性の思わぬ一面を明かされて研究者として問い詰めたい欲望と、一生ものの思いだと告げられて一個人として青ざめて遁走したい恐怖と、返事はいつでもいいと逃げ道を用意されて友人を当面は失わずにすむという安堵と。様々な感情が入り乱れて、自分がどんな顔をしているか全く分からない。

ひとまず、机から下げた椅子の位置を元に戻し、自分も杯を持ち上げてぐいとあおった。

「よし、飲もう」

今日はとことん飲む。

そう決めて、一番高い酒を追加した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ