第3話 3年前の敵は今日の友
「うそ、忘れちゃったの?2年前のこと......」
先程の笑顔とは一転、分かりやすく絶望を表した顔を向けてくるが
「いえ、俺は2年前引き籠ってたんで。そのときの記憶もちゃんとあります」
あまり大声で言えたことではないが、それが事実だ。だが俺は薄々気づいている。俺はこの少女を知らない。だが本能は知っている。そんな感覚がする
すると俺にきっぱり断られて諦めたのか
「まあ、私の勘違いだったってことにしておくわ。それはそうと、今日からよろしくねパートナー」
......は?
すると少女は顔を90度回転させ
「これならいいでしょ?」
さっき口論していた職員に笑顔を向けた
「ええと、彼は......」
「風薙英次。その子も寮生ですよー」
「えーっと......。うん、彼の部屋ならちょうど空いていますよ」
さっき俺を担当してくれた職員に確認をとりつつ言ってきた
なるほど、さっきもめてた寮の部屋のことか。って!違うだろ!今なんて?俺の部屋が空いてるなら何?
「それじゃ荷物置いてくるから。あんたは後で来なさい。一緒に行くと邪魔だわ」
と言って俺からは死角になっていたところからキャリーバッグを運び出す
ようするにコイツは俺の部屋に住むと。そしてそれを許可する職員は男×女+相部屋がどうなるのか分からないらしい。こちとら笑根との実戦経験が豊富なんで無駄に学習済みだ。まあ笑根ほどの痴女ではないとは思うが
入学そうそう女子と相部屋とかありえないし、ここはなんとしてでも阻止せねばッ
「おい!いいのかよ。アイツ本気で住む気だぞ。手続きとかいるんじゃねぇのか」
緊急事態のため人見知りモードオフの俺が強めに問い立てるも
「まあ正直、こちらとしては場所さえあれば良かったので。手続きなんてのは建前ですよ」
ダメだ、相手にならない。ていうかなんで俺の部屋が空いてるんだよ。俺は『かざなぎ』だから五十音順的に端数がでることもないし
その間にも少女は学生課を出て、寮に向かって行ってしまった。仕方ない、さっきわざわざ釘を刺されたがついて行こう。俺の高専生活の未来のためにも
その前に、俺は学生課を出てすぐに思い出す
「あ、すみません、なんかずっと待たせてしまって……」
知り合ったばかり、しかも先輩を待たせていたんだった
「全然いいよ~。でさ、さっきの子知り合い?」
「いえ、全然そんなんじゃ......って、あの、ちょっと急用ができてすぐ寮に向かわないといけないんですけど、大丈夫ですか?」
せっかくここまで案内してもらったのに急用があるとか超失礼な話だが
「あー......なるほど。そういうことなら全然オッケーだよ」
これまでにも見せてくれた笑顔......よりは含み笑い?に近い顔でそう言ってくれた
「え、えと、ありがとうございました。朝からいろいろと。また、どこかで」
「困ったことがあったらいつでも相談してね~。これでも一応先輩なんだし」
霧雨さんは「じゃ」と短く言って踵を返し、あっちは......探偵科棟だったっけ?に向かっていった。『知り合いの先輩』ほど新しい環境において強い存在はない。覚えておこう
東魔高専の寮は敷地の端にあり、男子寮、女子寮、留学生寮の3つがある。寮のシステムとしては......まあ、さっきの学生課でも分かったように超ガバい。一応両事務っていうのはあるみたいだけど名前だけの組織で登録教員名もすでに退職済みのものだ。部屋の間取りは、入って1本の廊下の左右にトイレやシャワールーム、正面のドアを開けるとリビングダイニング。そこからまた2つの個室へと繋がっている。
などと霧雨さんに教わったことを復習気味に考えていると、敷地が広いだけにようやく寮についた。寮に荷物を運びこむのは本来なら入学式とガイダンスが終わった後だから、寮棟入口の笑根がシフトしてくれた荷物をスルーして事前に配布されていた資料にあった俺の部屋、203に向かう。
って......あれ?俺より先に着いてるはずなんだが少女の姿は見当たらない。部屋に入るには学生証の非接触ICキーが必要だから部屋にはいないはず……。
携帯で時刻を確認するともう10時頃だから、しかたない、とりあえず教室に向かおう。クラスが一緒かは分からんが、どうせまた後で会えるだろう。
念の為部屋のドアがロックされていることを確認してから階段を降りようとすると
「レイジの部屋ってどこなのかしら……」
顎に手を当て、スタンディング考える人をした少女が上の階から降りてきた
げ、と思ったのも束の間、本日二度目の視線逸らしを発動する間もなく少女が駆け寄って
「グッドタイミングだわ、部屋の番号教えなさい」
困り顔を一瞬で笑顔に変え俺の手を取りながら言うが、どうせ部屋に来るなら色々話を聞きたい。それには時間もないし、ガイダンス諸々が終わった後がいいだろう
「そろそろ10時です。教室に行かないと」
「あら、それもそうね。荷物……は、あんたと同じとこに置いとくわ」
そう言ってキャリーバッグを持って「んしょ」とか言いながら階段を降りていき、俺の荷物の横にちょこんと置く。なんか俺のに比べて荷物少なすぎないか?まあ、ありすぎても邪魔なだけだからそれはそれで好都合なんだが。そしてその後は俺の懸念していたとおり......
「......」「......」
気まずい沈黙タイムだ。教室は正門の正面の通路を進んで管理棟の奥の普通教室棟。つまり寮からはめちゃ遠い。だが
「レイジ、あんた学科は?」
この少女は割と馴れ馴れしく話しかけてれた。俺からすれば初対面でも、少女は俺を知ってるっぽかったしな......
まあこのまま無言でいるのもなんだし、俺は人見知りの中でも話かけてくれればある程度の会話はできるタイプだから助かる。
「異能捜査研究科です」
なんか初対面に名前で呼ばれるの違和感やべぇ。あと、名前で思い出したがまだ聞いてなかったな
「そういえばあなたの名前はなんていうんです?」
「鳳城紅、クレナでいいわ。それと今更だけど敬語やめなさいよ」
俺とは逆で距離を置かれることに違和感があったらしい少女はそう言ってくる
クレナ......か。やっぱり何か引っかかる。俺が彼女に会ったことがないのは確かだが、彼女が俺に会ったことがある可能性も無視できない。俺の記憶がおかしいのか?それともクレナは俺のそっくりさんかつ同姓同名にでも会ったのか?
でもまあ時間はたっぷりあるし、そこまで深刻な問題でもないし、後々考えるとしよう。
その後も軽く自己紹介を済ませながら普通教室棟の1階、『1-B』と書かれた教室に入ると、時刻は10時過ぎ。教室にもポツポツと人が見え、手元の資料やらを読んでいる者、すでに仲良しグループを結成している者、謎にガッツリ家庭用ゲーム機に興じている者もいる
教室には後ろのドアから入ったが、出席番号的に俺の席は2列目の1番前だったので机の間を半身になりながら進むと、
一バッ!
「一いってえ!」
急に背中を張り手された。衝撃の重さ的にクレナではない。誰だ?
すぐさま俺が振り返ると
「うっす」
ガタイのいい青年が俺を見下ろすように立っていた。だがさっきとは違う意味で……誰だ?
「ん?なんだよおめえ、忘れちまったのか?」
挨拶に特に反応もない俺を訝しんだのかそんなことを聞いてくるが……思い出した。彼の名は原田琉唯。そしてこの人物に関する記憶が鮮明になっていくにつれ、俺は無意識にクレナを盾にして隠れていた。俺のとっさの行動にクレナが文句を言うが、原田は気にもせずやれやれのポーズ
「オイオイ昔のことだろ?何もしねえって」
この一連の流れの説明をすると、結論から言えばこの男は俺の敵だった存在だ。孤児院時代に出会い、ずっと関わりを避けてきた
いや、こいつに限った話ではない。俺はある1人の少女を覗いて全ての人間から心を閉ざしていた
それとは反対に原田は孤児の中で武力的に上下関係をつくり、育ち盛りの子供にはあまりに少ない食事を大人たちの影で管理していた。食べ物を献上することで暴力から逃れ、逆に食べ物を与えられることで指示に従う。
もちろんひ弱な俺と少女も例外ではなかった
だが、今思えば原田の行動は賢いものだった。元々頼るあてがない者の集いである孤児院において生きるためには食料の確保は必須
近年の都市開発で費用が削られがちだった孤児院の食料問題にいち早く気付いた原田は生き残る道を自分でつくった
何も出来なかった俺よりは余程行動力がある。事実、1つの大きな勢力が抑止力となり、院内での問題もごく僅かだった。
「あ、ああ。昔はお互い大変だったしな。今は何も思ってない、ただの条件反射だ」
「ハハッ、ご苦労なこって」
当時は忌み嫌っていたが、言葉の通り今は一友人として接するとこができるだろう。証拠にタメ口で話せてるしな。地味に便利だ、人見知りの判定機能
「それでようエイジ、そこの嬢ちゃんはなんだ?彼女か?」
再開してそうそう女を連れてる俺に当然の質問を投げてくるが
「いやいやいや!全然そんなんじゃないって、な?」
オーバーなリアクションで全面的に否定し、クレナにも同意を求めるが
「......」
「どうした?」
クレナはなぜか顔面を真っ赤に染めて硬直状態。顔の前で手を振っても気付く様子もない
そして数秒後
「ばっ......!そんなんじゃないわよ!!」
とかなり大声で叫ぶもんだからクラス全員の視線を集めてしまった。そしてクレナは元凶である原田を睨みつける
「な、なんだよ悪かったよ」
なんか原田も真面目に謝っちゃってるし空気が重い......
とそこへ
「はーい席について~」
いきなり水着姿の女性が入ってきた。その人物は教卓に持っていたファイルを起きながら続ける
「どーもみなさんおはよ~う。私、1-Bの担任をすることになった源魔魅です。どうぞよろしく~」
いやなんで担任が水着姿なんだよ!頭狂ってるだろ。しかも体型もモデル顔負けのキレイな凹凸だし。黒髪の長髪が肌を滑ってサラサラしてるし。細めた黒紫色の瞳は妙に色っぽいし。俺にとっては毒料理のフルコース
しかし1つ幸運なことに胸は......
「......!」
海外旅行先で日本人に会ったような表情のクレナと同じく断崖絶壁。原田含め男子たちは「あと一つだったのに!」「リーチ......」「だがそれがいい」とそれぞれの反応を示している
そして突然の痴女登場に当然着席していないクラスのやつら(主に男子)は源先生を取り囲む
「みっ、みなさん着席してくだいっ!」
「いいぞ!いけいけ!」
「おい、写真とれ写真」
が、突然
「うッッ!?」
生徒の1人が頭を抱えてその場に倒れ伏し、他のやつらも次々に倒れていく。なにが起きたんだ?
そしてその中で唯一立ったままの源先生は黒く乾き切った木炭のような左手を擦りながら
「あまり乱暴なことすると......ね?」
少し乱れた水着を直し、時計を見て言う
「もう時間がありません体育館に向かいましょう。あなた達もいつまでも寝ていないで早く起きなさい」
先程の緩い態度からちょっとピリッとした雰囲気になった源先生は早々に教室を出ていった
なんだったんだろう、あの人......
いきなり水着で教室に入って来て、男子共に囲まれたかと思いきやみんな倒れてるし、そして何より
あの格好で入学式出るの......?
to be continued……