プロローグ
俺たちは坂を下っていた
「気持ちいいね」
すぐ隣を自転車で並走する少女がポツリと呟いた
「そうだな」
この坂はいつも通ってるし改めて思うことはないが一応返事しておく
「このまま走り続けたらどうなるかな」
T字路にあたって終わり。だがそんな答えを求められていないのは鈍感な俺でも分かる
「さあな」
しかし不正解が分かっても正解が分かるわけではない
「私は君の行くところならどこへだって行くよ」
「ご苦労なこって」
俺は次の声を待った。綺麗で、透き通っていて、俺の中を洗い流してくれる、風のような君の声を。だが聞こえたのは
『ガタン......ゴトン......』
聞こえるはずのない電車の音。こんな時間に電車が来ないことなどとうの昔から知っている。つい半年前ダイヤ改正があったが、この時間帯はなんの変更もなかったはずだ。1時間に1本のこんな田舎だから遅延も考えられない
「どういうこと?」
隣を走り続ける少女も異変に気付いたようだ。このままじゃ踏切で電車と鉢合わせる!
「おい!止まれ!!」
「ダメっ、ブレーキが!?」
そうこうしている間に踏切まであと100m。人も障害物も無いこの道はいつもブレーキなんてかけないし相当なスピードを出していた自転車のハンドルは重く焦りもあり、少女は脇道に逸れようとしても操作できていないようだ
「もっと力いれろ!!」
「嘘、なんで……?」
少女の手の甲を見ると血管が浮き出るほど力を入れているのが分かるが、ブレーキトリガーがビクともしていない
ダメだ、このままじゃ……っ!?
「お前は俺のいくところだからって、勝手についてくんなよ」
「え、何言って──」
俺は自転車のシートに左足を乗せ、力を込める。もうあと30m。ふと少女を見ると目に涙を浮かべている。俺は自転車を左に蹴飛ばし、少女のものにぶつけて横転させる。狙い通り、道路沿いの家の緑のカーテンに。そして俺は、慣性の法則によって前方へ飛ばされていた。もう鉄の塊は目の前だ
「俺、お前のこと──」
倒れこんだ少女を横目に言った言葉は電車の轟音にかき消され、自分でもなんて言ったかは分からなかった。直後、体に重い衝撃。朦朧とする意識の中で俺は魔法陣を見た。少し赤みがかかった綺麗な紫。そして、2つの声
「おかえりなさい。あなたの故郷へ」
『──えているか?この電車は我々が支配した。少しでも減速す──』
そこで俺は意識を手放した