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フィーカスのショートショートストーリー

この星空は誰のため?

作者: フィーカス

 とあるところに、星平(ほしひら)村という村がある。大昔は大変空気が澄んでいて、どこからでも星が見える平原が自慢だったらしい。村の名前は、広大な平らな土地と、星がたくさん見えることが由来だという。

 そんな星平村は、市街地から離れた場所にあるものの、広く平らな場所が多かった。そのため、最初は畑や田んぼが多かった場所に、沢山の工場が建てられた。そして徐々に、「工場が立ち並ぶ村」として知られるようになった。

 そのせいで、工場から出る排水によって河川が汚れ、多くの魚は住めなくなっていった。昼間は容赦なく工場から出てくる排気ガスのせいで大気は汚れ、夜は星空も見えないほどだ。

「村長、川では魚が採れなくなっています! このありさまは酷いです!」

「子供がせき込んで夜も寝られなくなっているんです」

「村長! なんとかならないんですか!」

 日に日にひどくなる環境汚染に、星平村の住人達からは「どうにかならないか」という不満は募る一方だ。そのことで、村長は日夜頭を悩ませていた。

 たしかに星平村は工業で栄え、発展していった。このまま発展を続ければ、村から町、あるいはそれを飛び越えて市になるのも難しくない。人口も増えていっている。しかし、このまま環境汚染が進んでしまえば、村人たちに健康被害を与えてしまい、住みにくい場所になってしまう。

「なんとかしなければ……しかし、工業で栄えたのも事実。どうすればよいのか……」

 村を発展させたいという思いと、工場を増やし、もっと人口を増やしたいという思い。相反する問題に、何日も眠れぬ夜が続いた。


 クレームが収まらない日々が続いた村長は、ついに意を決し、環境問題に取り組むことにした。工場を視察し、現状を整理して、幾重にも計画を練る。そして、その計画を村議会に提出することにした。

「まずは工場から変えていく。排気ガス、排水などをどうにかしたいと思うのだが……」

 村長が計画書の趣旨を言うと、議員たちは次々と疑問をぶつけた。

「急に言われて、工場側は納得しますかね?」

「守る所が少なそうですが……」

「まだ調査が不十分ではないか?」

「そもそも、簡単に言いますが、そのためには施設への十分な投資が必要だ」

 議員たちの意見はもっともだ。話し合うほどに、問題点は次々と挙がっていく。しかし、村長は一つ一つ、問題の解決案を出していった。

「急には難しいだろう。まずは工場に協力を呼びかけ、少しでも環境改善に取り組んでもらうようにお願いしよう。設備が必要なら、村から援助を出そう」

 工業で栄えたとはいえ、まだまだ貧しい村、そこまで資金は豊富ではない。しかし、今の状態はさらに悪化する一方となるだろう。数日間の話し合いの間に、村長の熱意に、少しずつ議員の心も動き出した。

「少しずつでいい、動き出そう。でなければ、この村は大変なことになる」

 やがて議員からも、環境問題に対する提案が出されるようになり、星平村の環境改善作戦が始まった。


 まずは現状確認が最優先だ。他の都市と比べてどのくらい酷いのか、それが分からなければ説得力に欠ける。そこで、外部から専門家を呼び、大気や河川、土壌などの汚染具合を調べた。その結果、大都市から離れた郊外にも拘わらず、大都市の工業地帯と近いレベルだと言われた。

「……このままだと、公害により病人が発生する恐れがありますね。特に大気汚染は深刻です」

 村長は改めて、村の環境の酷さを実感した。

 このデータを元に、それぞれの工場に対し、排気ガスや排水をもっとクリーンにできないかと相談に向かう。出せるだけのデータを準備し、各工場に現状を知ってもらう。少しでもいいからと、村長を始め、議員たちが工場へ説得に向かった。

 多くの工場では「改善は難しい」という回答を出されたが、村の現状を聞かされた一部の工場では、何とかしたいという答えが返ってきた。

「やはり、ほとんどの工場からはいい答えが聞けなかったか……」

 思いのほか理解が得られずがっかりしたが、少しでも協力してくれる人がいるなら、改善の見込みがある。そう考え、村長は調査と協力依頼を続けた。 


 数週間後、再度汚染具合の調査を行った。その結果、わずかながら大気の汚染レベルが下がっていることが分かった。

 誤差範囲かもしれない。しかし、協力してくれた工場から出されている排気ガスは、以前よりも明らかに汚染度が少なくなっていた。新しい装置を導入したところもあれば、工程を見直すことで改善したところもあるとのことだ。

 これらの結果を元に、協力が難しいと答えられた工場に協力を依頼した。実際に改善が難しいという工場もあったが、協力をしていない工場の多くが、「自分のところだけやっても意味が無い」という回答だったためだ。

「お願いします! 実際効果が現れていますから、少しでも改善していただければ……」

「うむ……そうだな。一応やってはみるが、期待はしないでくれ」

 未だに難色を示す工場が多いが、いくつかの工場は調査結果を見て、「自分たちもやってみよう」と協力してくれることとなった。


 その後も数週間ごとに調査を行い、調査結果が出るたびに協力がまだの工場にお願いをしに行く。調査するたびに改善されているのが明らかになっている結果を受け、四か月後にはほとんどの工場で排気ガスや排水の改善に協力するようになった。

 最終的に協力がまだだったいくつかの工場に対しては、環境汚染対策に必要な設備の援助を行った。援助があるなら、ということで残った工場も協力してくれることになり、村にあるすべての工場が環境改善に協力してくれる運びとなった。その数週間後の調査では以前と比べて大幅な改善につながり、空には再び星が見えるようになった。


 この村には工場ばかりではなく、まだまだ豊かな自然もあるし、温泉も湧いている。観光資源はそれなりにあったため、人口増加のためにも、村長は周囲の環境の改善も必要だと感じた。

 工場に協力依頼に向かう際、草むらや道端にゴミが平然と捨てられている状況が気になっていた。あまり村の中を歩くことがなく、そう言ったところまでは目が届いていなかったため、このような状況になっていることに村長は気が付かなかった。これについて村民に尋ねると、元々ゴミが落ちていても村民はあまり気にしておらず、工場ができてその状況は酷くなる一方だという。

 自動販売機が多くなり、空き缶のポイ捨ても目立つ。その割に、ゴミ箱の数が足りていない。大都市から離れており、ごみ収集の頻度が少ないためだろうか、それとも以前の村長が設置をしなかったのか、あるいは自販機への補充業者の巡回回数が少ないためか。いずれにしても疑問が上がるほどだ。

 村中の工場を歩き、いつかはこのゴミに関してもどうにかしなければと考えていた。そのため、工場へ環境改善の協力を依頼すると同時に、村の清掃活動も同時に行った。

 やはりこれも、最初は協力してくれる人が少なかった。村長とわずかな議員が、工場に協力要請をする合間を縫ってゴミ拾いをする。一日で何袋ものゴミが集まり、村長はため息をついた。

 ポイ捨てをする村民には、ポイ捨てしないように注意をした。しかし、中には「だったらゴミ箱を作ってくれよ」と、無視してポイ捨てする村民もいる。

 村長を目の前にしてポイ捨てとは、一体どういうことだと怒りをぶつけたくなる。しかし、現状既にポイ捨てが当たり前になっている上に、ゴミ箱が少ないというのも問題だ。

 そこで、飲み物を補充する業者に連絡し、ゴミ箱の設置と空き缶回収頻度の増加を求めた。ひとまずゴミ箱を増やしたところ、空き缶のポイ捨ては大幅に少なくなった。

 村が綺麗になっていく様子を見て、村民も意識が変わったらしい。ゴミを捨てるのではなく、自分たちから回収し始めた。村内にゴミ焼却施設も出来たため、村はどんどん綺麗になった。


 村長の働きかけのおかげで、村はどんどん綺麗になった。大気の汚れは少なくなり、川も昔住んでいた魚が戻ってくるようになった。道端に捨てられていたゴミは無くなり、村民も増えていった。

 環境が改善される前から住んでいた村民も、栄えていく村の変わりようには驚いている。同時に、自分たちの意識まで変わっていくのを感じた。

「村長のおかげで、村は綺麗になりました」

「子供のぜんそくも治りました。もうせき込むことがありません」

「川も綺麗になりました」

「以前は悪臭がしていたけれど、最近はそんなことも無くなりました」

 村民からはこういった喜びの声が次々と挙がってきた。

 村の環境や評判がよくなるにつれ、人口も増えて村の税収も増えていく。それを元にして、インフラ整備をし、観光客誘致にも力をいれた。こうして、星平村は、環境改善のモデル市町村として注目されるようになった。

 しかし、十分な改革を行った村長はさらに考えた。どうせなら、この村を世界一美しい星空が見える村にしよう。昔のように、どこでも綺麗な星が見えるように、と。


 今まで基準を設けていなかったが、工場からの排ガスや排水に、様々な基準を設けることとした。例えば、排水のBOD(生物的酸素要求量)や、排気ガスのNOx(窒素酸化物)の含有量といったものだ。厳しい罰則までは設けなかったが、可能な限り守るように指示した。

 当然、守れている工場と守れていない工場が出てくる。守れていない工場には、資金援助をしてよりよい設備を整えるように促す。専門家からは明文化したほうがよいと言われ、村で環境保護条例を作った。

 基準を守れていなかった工場も、条例が施行されるとなんとか基準をクリアしようと努力を始める。数か月後には、すべての工場が基準をクリアすることになった。

「今までは難しいと思っていたことも、やれば出来るものだな」

 昔より澄んだ夜空を見上げながら、村長は満足げに笑顔を浮かべる。しかし、まだまだ物足りなさを感じていた。昔はもっと綺麗な星が見えたはずだ。

「もう少し……頑張れるはずだ」

 村長は、今よりももっと澄んだ空気にするために、さらなる環境改善を追求した。


 翌日の議会で、環境保護条例についての見直しが行われた。排水や排気ガスの基準をさらに厳しくし、ゴミの問題に関しても言及した。そして、守れない場合は罰金や稼働停止といった罰則を設けるということを提案した。

 専門家は、「少々厳しいかもしれないが、これくらいなら」と基準や改正案を認め、すぐさま改正に取り掛かった。

 工場の経営者は、やはり今までより厳しい基準に頭を悩ませた。しかし、最悪稼働停止ともなれば大変なことになる。なんとか設備を駆使することで、どの工場も基準を守れるよう努力した。

 村の見回りも欠かさない。ゴミは指定の場所に指定の日に出しているかチェックし、不法投棄は監視カメラによって監視している。これもかなりの効果があり、ゴミ捨ての日を守る人が大半となった。

 それでもまだまだ物足りない。不法投棄をしても罰金を払って済ませる人や、まだゴミ捨ての日を守らない人もいる。それに、集まった観光客がゴミを散らかすのも問題だ。

 村長はさらに条例の見直しについて検討を始めた。具体的には罰則の強化や基準値の見直しなどだ。

 排水や排気ガスの基準をさらに厳しくし、改善が見られない工場には稼働停止を言い渡す。加えて、ゴミのポイ捨てすら罰金を科すことにした。

 念のため専門家にも意見を聞いてみたが、「さすがにこれはやりすぎではないか」と指摘された。しかし、村長はそんな意見を押しのけ、条例改正に乗り出した。議員たちはよく分からないまま賛成し、新しい条例が施行された。

 工場の責任者たちは、再び頭を抱えることになった。既に基準を満たしていたり、向上の余地があるところはよかったが、基準ギリギリのところはさらなる改善が求められることになる。設備投資をギリギリまで行い、とにかく工程を一から見直し、あらゆる手段で基準を満たそうと必死だ。

 そしてついに、村にある工場の一つが、採算が取れず撤退することとなった。環境改善のための設備投資過多が原因だ。

 工場稼働の最終日、工場長は村長に挨拶する際、こう告げた。

「村長、我々の努力不足かもしれませんが、さすがにこのまま続けていくと問題があるかと思います。限界を見極めてください」

 しかし、それを聞いた村長は不機嫌そうにこう言い放った。

「環境改善に限度などない。現にみんな頑張って基準をクリアしている。採算が取れなくなったのは、君達の落ち度だ」

 もう何を言っても聞き入れてくれないだろう。そう思った工場長は、「失礼します」と言って村長室から出ていった。


 ここまでくると、村長は目的を忘れて度を越した環境改善をするようになってきた。設定した基準値が守れると分かると、さらに厳しい基準値に改正する。罰則も強化し、条例を守らなければ大きな不利益が起こるようにした。

 その基準が守れると分かると、さらに厳しい基準を設ける。工場はその基準をクリアするのに必死になっていた。

 しかし、どれだけ企業努力をしても、これだけ何度も基準を上げられてはいずれ無理が出てくる。改正通達時から、責任者は村長や議員に相談を持ち掛けていた。

「村長、さすがにこの基準は厳しすぎますよ。今導入している浄化装置は最高性能のものですよ。それでもこの基準に到達するのは不可能です。勘弁してください」

「そうですか、守れないなら、工場の稼働を停止してくださいね」

「そ、そんな……」

 どの工場にも、そう言って切り捨てる。条例が守れないなら、この村での工場稼働は許さない。さっさと出ていくように、と。

 それは、村民に対しても同じだった。ポイ捨ては当然のこと、ペットのしつけに対しても言われるようになった。

「いくら何でも、ペットのやることですよ? 最低限の処理はしたんですから、これくらいは見逃してくださいよ」

「ダメです、もっときちんとしてください」

「いやいや、どうやってやるんですか。この前はゴミ出しが一秒遅れただけで文句言われましたし」

「なるほど、守れないというわけですか。ではこの村から出て言ってください。数日後に勧告に向かいます」

 厳しくなる規制、罰則。それにより、工場は次々と稼働停止に追い込まれ、我慢できなくなった村民はどんどん村外へと出ていった。もはや専門家の意見など聞かず、議員たちも呆れたまま条例改正を認めるだけの存在となった。

 村民が協力すれば、条例改正に反対することも出来たし、村長を辞めさせて替えることも出来ただろう。しかし、村民はそうはせず、我慢し続けた。

 条例改正のたびに、村長は「世界一美しい星空が見える村を目指すため」と言い続けた。村民も、そんな村があるなら是非とも見てみたいと思ったのだろう。だからこそ、反対ではなく、自ら村を出ていくという選択をしたのだ。


 十数年後、村長の厳しすぎる条例により、たくさんあった工場はすべて稼働停止に追い込まれた。そして、我慢し続けた村民すらも、誰もいなくなってしまった。村長を支えてきた議員も、厳しすぎる規制に次々とやめてしまい、都市部に移り住んでしまった。

 最後に出た村民は、村長にこう言った。

「世界一美しい星空が見える村になったら、一度は見に行きましょう。でも、誰も住むことは無いでしょう」



 今、星平村に動いている工場は無い。街を汚す村民もいないし。だから、川も空もきれいだ。

 時々星を見に来る観光客に対しても、村長は容赦なく指導をする。一度村を訪れた人は二度と来ることがなかった。


 もう、誰も村を汚す人はいない。電気もガスも止められ、村長自身も自然と融合した生活を強いられることになった。排水も排気ガスもないこの村は、「世界一美しい星空が見える村」になった。

 今日も村役場から、村長は世界一美しい星空を見ながら思う。


 やっと、私の夢が叶った。

 星平村は有名になった。

 でも、この星空を見るのは、私一人。


 こんなに頑張ってきたのに、この美しい星空を見るのは私一人。

 

 この美しい星空を見るのは……


 この美しい……


 ……














 この星空は誰のため?

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[良い点] なんと言えばいいのか。 この、無情感ですね。 虚しさと言うか寂しさというか。 最後の一文が、後半のお話の流れで薄々感じさせてくれた私イメージをシュッと纏めてくれました。 一気に束ねら…
2017/05/18 14:01 退会済み
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