幼女探偵プリムラちゃん!
もはや戦後ではない。
日本が高度経済成長のとば口に差し掛かったこの頃、首都東京で数々の怪事件を解決し、活躍目覚ましい一人の幼女探偵が居た。名を神王院符璃叢と言った。
符璃叢ちゃん(三歳)の朝は早い。五時に目を覚ますと、眠い目を擦りながらベッドから出て、洋風の室内に似つかわしくない神棚にパンパンと手を打ってから、食堂に向かう。此処は狸穴にほど近い、裏道にある大きな洋館。この頃は港区内にも、こんな優雅な建物があったのだ。
「プリ様〜。お食事出来ました。」
符璃叢ちゃんより先に起き、朝御飯を作っていた、助手の光極天昴(十歳♀)の声が響き渡った。
「すばるくん、おはようなの。」
「プリ様! お早うございます。お早うございます。お早うございますぅ〜。」
朝の挨拶を連呼しながら、符璃叢ちゃんに抱き付く昴。そのままキスをして、頬ずりして……。
「やめるの、すばるくん。おみそしるが さめちゃうの。」
「大丈夫です、プリ様。私達の愛は覚めません。」
何ら問題の解決にならない返事をして、昴は益々抱き付いてくる。どうやら、彼女は符璃叢ちゃんが好き過ぎて堪らないようだ。結局、冷めてしまう御味噌汁。チンすれば良いじゃんとか思った君、舞台は昭和三十年代ですから。
「すばるくん、きょうの よていは?」
ミルク飲み人形を抱っこしながら、昴に確認する符璃叢ちゃん。飲ませたお水が、お尻から出てくるのは、ちょっとシュールだ。
「はい、プリ様ぁ。警視庁の絵島警部が、宝石店泥棒の捜査に協力して欲しいそうです。」
「よし、いくの。くるまを まわすの、すばるくん。」
「イエッサーです。プリ様」
昴は着ていたメイド服を、バサっと剥ぎ取った。瞬時に着替えると、白ワイシャツに蝶ネクタイ、半ズボンに吊りベルトといった服装になった。
「プリ様ぁ。半ズボンじゃなきゃいけませんか?」
「しょうねんたんていは はんずぼんに つりべるとなの。そう きまっているの。」
強弁されて、不承不承引き下がる昴。
符璃叢ちゃんの方はオーダーメイドのインバネスコートを羽織り、鹿撃ち帽を被った。
それから、二人でダットサン乗用車に乗り込み、昴はエンジンキーを回した。符璃叢ちゃんと昴は、それぞれ、幼女探偵と女児探偵助手のライセンスを持っているので、子供でも運転出来るのだ。
車は軽快に日比谷通りを進み、晴海通りを曲がると、銀座の時計台へと向かった。
「むっ、ここは このまえ かいじゅうに こわされた はずなの。」
「プリ様、それは映画の話です。」
符璃叢ちゃんは映画が大好き。ニュース映画の時間も退屈せずに、きちんと見ていた。
車は都電の線路を横切り、銀座の裏通りで止まった。出来たばかりの、おしゃれな宝石店だ。そこはかとなく、おフランスの香りがした。二人は車を降りて近付いた。
「ああ、ダメだよ。子供は帰りな。」
入り口で番をしていた巡査が止めた。
「しっけいな! しゅととうきょうに そのひとあり。ようじょたんてい ぷりむらちゃんなの!」
探偵手帳をしっかとかざし、キッと巡査を睨む符璃叢ちゃん。巡査も恐れ慄いて……。
「はいはい、探偵ゴッコはまたにしてくれ。帰った。帰った。」
……恐れ慄いてなかった。
「おーい、新人君。良いのよ。その子達は私が呼んだの。通して上げて。」
そこに店内から助けの声。警視庁一の敏腕少女警部、絵島紅葉(十五歳)だ。
「お早う、符璃叢ちゃん、昴君。昴君は相変わらず別嬪さんだね。」
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。昴は日の本随一の美人さんなのだ。
「剥き出しの太腿が目に毒だよ。触って良いかい?」
ナチュラルにセクハラをかます絵島警部(♀)。
「ダメです。ダメですぅ。」
「良いではないか。良いではないか。減るもんでもなし。」
悪代官か。
「女児の太腿は絶対の禁忌です!」
どうだ、名台詞だろう。と、ドヤ顔の昴。
そうやって二人が遊んでいる間、符璃叢ちゃんは大きな拡大鏡を取り出して、入り口から壊されたショーケースまで、丹念に見て歩いていた。
「プリ様、何かわかりました?」
「そんなに簡単にはわかりはしないよ、昴君。ドアにも、窓にも、シッカリ鍵がかかっていて、こじ開けられた形跡もない。いわば、密室だよ。我々警察だって頭を悩ませているんだ。」
絵島警部、丁寧な状況説明ありがとう。
「えじまけいぶ、ひとつ きいても いいでちゅか?」
「良いとも。何でも聞きたまえよ。」
「てんじょうは もともと なかったのでちゅか?」
言われて上を見上げる捜査員達。
「天井が、天井がなくなってる〜。」
支配人とおぼしき男が頭を掻きむしっていた。宝石を奪われた上に、建てたばかりのお店を壊されたのだ。狂乱状態であった。
「気付かなかった。おのれ、大胆不敵な盗人どもめ〜。」
悔しがる絵島警部達。
最初に見た時、気付いたけどな。と、符璃叢ちゃんと昴は思ったが、黙っていた。
「おそらく あかつきのろぼっとだんの しわざなの。」
暁のロボット団。大きな人型ロボを使い、到底信じられない方法で盗みを働く不逞の輩だ。
「それはまあ、そんなもの持っていたら、何でも出来ますよね?」
昴が身も蓋もない言い方をした。
「すばるくん、しょうねんしょうじょたんていくらぶ(少年少女探偵倶楽部)の みんなに れんらくを とるの。もくげきしゃ がいるかも しれないの。」
「イエッサーです! プリ様。」
昴は、ダットサン乗用車の後部座席に置いてあった、シルクハットを取り出した。
「それぇ。鳩さん達、伝達お願い。」
昴がシルクハットのフチを指で叩くと、中から沢山の鳩が飛び出した。
「凄いね、昴君。そんなにいっぱいの鳩が何処に収まっているんだい?」
「手品です、警部。」
警部が感心している間にも、鳩達は行って戻って、昴の耳元に何かを囁いていた。
「プリ様、明け方に竹芝の倉庫街に向かう、怪しい大型トラックを見た人が何人もいます。」
「どうして あやしいと おもったの?」
「荷台に、人型ロボが建物の屋根を持ち上げたまま、乗っていたそうです。」
恐らく、天井を外したのは良いけれど、捨てる場所に困ったのだろうな。
その場にいた全員がそう思った。
「ところで昴君、鳩の言葉がわかるのかね?」
「はい。汚れなき女児は動物さんとお話し出来るのです。」
「そんなことより、ついせき かいしなの。すばるくん。」
鳩達に先導させて、倉庫街へとひた走るダットサン乗用車。同乗していた絵島警部が目を回した。
「こら、スピード出し過ぎだ。神風タクシーか。」
「大丈夫です。国際A級ライセンスを持ってますから。」
国際A級ライセンスと言われれば、黙るしかない。それにしても、スバルのくせにダットサンかと、警部はブツブツ文句を言った。
「そこだ! すばるくん。」
符璃叢ちゃんの指示で車が止まった。
「どうして、わかったのです? プリ様ぁ。」
「はずした やねが おいてあるの。」
符璃叢ちゃんの指差す先には、入り口の脇に屋根が置いてある、大きな倉庫があった。御丁寧に「暁のロボット団倉庫」と看板が出ている。
流石、頭脳明晰幼女探偵! どんな手掛かりも見逃さない。
そこに、遅れて来たパトカーもドンドン到着して来た。十台、二十台、三十台……。
「ちょっと きすぎ なの。」
「だが、これなら逃げられまい。あっー、あっー、諸君等は完全に包囲されている。」
拡声器で絵島警部が投降を呼び掛けた。
その時、倉庫の壁をぶち破って、中から十メートルはあろうかという人型ロボが現れた。
その肩には、仮面を被った幼女が、黒髪を靡かせて立っていた。
「あっーははははは。わたしは あかつきのろぼっとだん だんちょうの おくだ。けちらして くれる。こっかけんりょくの いぬどもめ!」
団長って……、一人しか居ないじゃん。もしかして、友達居ないんじゃ……。
「かわいそうなの。ぷりむらが おともだちに なって あげるの。」
「ば、ばかに しないでよね。」
顔を真っ赤にしたオクが指示を出すと、ロボは目から怪光線を発した。吹き飛ぶパトカー、燃え上がる倉庫街。辺りはまるで地獄絵図だ。そりゃーもう、何と申しましょうか。
「こりゃ、堪らん。撤退、撤退〜!」
絵島警部の指示のもと、蜘蛛の子散らすように逃げて行く警官達。
「あっーははははは。もののかず ではないわ。」
得意なオクは高笑い。
「そこまでなの!」
可愛い声が響いた。見ると隣の倉庫の屋根に、符璃叢ちゃんと昴が居た。符璃叢ちゃんが構えているのはブローニングベビーという小型拳銃だ。小型だけれど、小ちゃなお手手には少し大きい。
「じゃくてんは め なの。」
火を噴くブローニングベビー! 目を撃ち抜かれたロボは苦しみ出した。
「とどめなの!」
「やめて〜! わたしの おともだちを いじめないでぇ。」
オクが泣きながら叫んだ。
「ともだちなの?」
「みるきーはにー って なまえなのよ。」
涙をポロポロ零しながら、オクが紹介した。
ミルキーハニー……。ゴツい外見の割に、予想外にメルヘンな名前だった。
「ぬすんだ ものを かえすの。」
「ふ、ふん。なによ、こんなもの いらないわ。」
オクは持っていた宝石を地面に落とすと、ミルキーハニーに撤退を命じた。
「あっ、まつの。」
「わっーははは、また あおう、ぷりむらちゃん。」
ミルキーハニーの全身から白い煙が吹き出し、それが治った頃には、もう姿が消えていた。
「おくめ……。こんどこそ つかまえるの。」
符璃叢ちゃんは、竹芝の潮風に吹かれながら、決意を新たにした。
「さあ、かえるの。すばるくん、おひるは おうどんが いいの。」
「イエッサーです。プリ様。」
事件はひとまず終わった。
後日、遊びに来た絵島警部の話で、夜中にコッソリ宝石店の屋根が直されていた、と聞いた。
「おく、はんせい したのかな。」
「そうだと良いですね、プリ様。」
「ところで符璃叢ちゃん。君は拳銃を所持しているのかい? それは、銃刀法違反では……。」
「だいじょうぶなの。こくさいえーきゅうらいせんすを もっているの。」
国際A級ライセンスと言われれば、黙るしかない。
三人が静かにテトラパックの牛乳を飲んでいると、新人警官君が駆け込んで来た。
「大変です。符璃叢ちゃん、絵島警部! 暁のロボット団が東京タワー建設現場で暴れています。」
オクの奴〜。反省したかと思ったのに〜。
「いくの、すばるくん。くるまを だすの。」
「イエッサーです。プリ様ぁ。」
二人は洋館を飛び出した。
この世に悪が有る限り、幼女探偵符璃叢ちゃんの活躍は続くのであった。
この小説は、現在連載中の小説から、キャラクターや設定を借りて書いてます。
唐突に少年探偵ものが書きたくなったのですが、新たに設定を起こしている時間もないくらい、書きたい衝動に駆られていたので、安直に借用しました。
なので、別に、連載の方と繋がるとか、そんな事はありません。
紛らわしくて、ごめんなさい。
これは短編として、お楽しみ下さい。