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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スキマ  ――のぞき――

 焼けつくような暑さの夏、裏野ハイツにまた一人引っ越して来た。


 私はのぞきを再開する。


 裏野ハイツは築30年を超えるはっきり言ってボロアパートだ。階段は腐食し、のぼる時にイヤな音が鳴る。ここ数年の内に誰かが確実に足を踏み外す事になるだろう。それくらい錆びついていた。

 しかし、それを補って余りあるメリットがここ裏野ハイツにはあった。最寄り駅まで徒歩7分、近くにはコンビニとコインランドリーもある。そして郵便局も割りと近場にあり、生活にはまったく困らない立地条件だ。なにより家賃が5万円以下という破格の値段がここの一番の魅力であった。しかしただ一つ、引っ越すにあたって条件がある。それは『30歳以下の若い女性』という事だった。よくわからない条件ではあったが、この制約を加えたとしても、ここらへんにこの環境で住める場所は他にはまず見つからないだろう。今回引っ越してきたのもそんな好条件に引かれた人間だろう。


 引っ越して来たのは20代前半の若い女性だ。短い髪に整った顔立ち、そしてスレンダーな割に胸が大きい。この美貌とスタイルなら『芸能人』と言っても誰も疑わないだろう。男なら放っておけないタイプだ。

 案の定彼女にはカレシがいるようだ。彼女が荷解きをしていると、2時間後くらいに男性がやって来た。

 やはり20代前半であろう若い男性も、これまたモテそうな容姿をしている。高身長で筋肉質、足も日本人離れした長さだ。そして誰しもが一目で好感を持ちそうなさわやかで精悍な顔立ちをしていた。このマスクとスタイルなら『モデル』と言っても誰もが納得するしかないだろう。

 二人は猫も杓子も羨むような美男美女のカップルだ。しかしここに来てしまった。引っ越して来てしまった。裏野ハイツに来なければこの先も神に祝福された幸せな人生を送れただろう。残念だが仕方ない、これも運命(さだめ)だ。


 荷物を全て解き、部屋の整理が片付いたようだ。二人はしばし休憩した後、軽い食事をしながらテレビを眺めている。バラエティ番組を見ながら二人は幸せそうな顔をして笑い合っている。談笑が終わった頃、デジタル時計が夜の9時を知らせた。


 二人は布団を敷いて、濃厚な夜の営みを始めた。筋肉質な男の腕が女を振り回し激しく絡み合う。エアコンが夏の暑さを相殺しているハズだが、二人は滝のような汗を掻いて激しく求めあっている。汗が部屋中に飛ぶような激しい行為は暫く続いた。

(まずい……まさか初日からなんて……。これだと爆発は早いかもしれない……。)

 私は聞こえてくる激しい息遣いに不安になった。

 営みを終え少し休憩した後に、男は帰って行った。そして女はお風呂場に向かった。今頃シャワーを浴びて汗と疲れと汚れを落としているのだろう。


 お風呂から戻ると、女は寝る支度を始めた。引越しと彼氏との行為もあってか、女は布団に入り目を閉じるとすぐに眠ってしまった。

(そこで寝てはイケナイ。)

 私は彼女にどうにかして教えてあげたかった。

 しかし私に彼女を動かす力はない。ただ、ここからのぞく事しか出来ないのだ。

 女性はぐっすりと眠ってしまっている。

(どうする……このままだと……。)


 すると、部屋に変化が起きた。ゆっくりと押入れが静かに開いて行く。ひとりでにひっそりと開いて行くのが見える。音を立てないように時間をかけて、ついに全開まで押入れが開いてしまった。

 そして押入れの中から何かが出て来た。這い出て来たソレは元の色が分らないくらい汚れたワンピースを着ている。一人の人間――――女だった。伸ばし放題でボサボサの髪、顔もお世辞にもキレイとは言えない女性だ。なにより血走った眼が、男を確実に遠ざけるだろう。


 私はこの女を知っている。この女の名前は福田麻友子だ。

 麻友子は音を立てないようにゆっくりと寝ている女性に近寄ると、枕元に立った。そして静かに、だが恨みと嫉妬を込めた悪魔のような視線を、熟睡する女性の顔に向けている。自分とは真逆のキレイな顔を見下ろしている。女を射殺そうとでもするように醜い顔を歪めて睨む。10分、20分、1時間。麻友子はその場にボーッと突っ立って、寝ている女を凝視していた。ただ静かに、穴が開くほどに見つめる。見つめ続ける。


 そしてついに麻友子が動き出した。女性のそばに忍び寄り静かにしゃがむと、女の首を素手で絞め上げ始めた。

 息苦しくなった女性は目を覚ますと、目の前にいる麻友子の顔に目を見開いて驚く。そして汚い物を見て嫌悪するように表情を歪めた。

 その表情の変化に麻友子はさらに激怒する。そしてこの世のモノとは思えない形相になった。麻友子は万力のような力で女性の首をさらに凶悪に絞め上げていく。絞められた女性は、みるみる顔から血の気が引いて行く。

 女は悲鳴を上げる事も、助けを呼ぶ事も出来ずそのまま事切れた。


 麻友子は女が完全に死んだのを確認すると、女の遺体を引きずりお風呂場へ消えて行った。

 私からは見えないが、今頃女の体はシチューのようにドロドロに溶かされているだろう。そして骨だけを残し、この世から消える。まるで元からこの世界には存在していなかったかの様に消える。そして私の仲間入りをするのだ。

 モテる女に嫉妬した麻友子が、引っ越して来た美人を殺すのを覗く仲間になる。このボロアパートの天井に出来たスキマから、一緒にのぞくモノ達の仲間入りだ。


 暫くすると麻友子が戻って来た。そして引っ越して来た女の荷物を片づけ始める。配置した家具も服も全て片づける。痕跡を消すように、まるで誰も居なかったように。次の犠牲者(じゅうにん)を待つ仕掛(かたづ)けをし始める。

 準備が終わると、麻友子は私のいる天井を見つめニヤリと微笑んだ。整形によって崩れた、醜悪な顔の口角を上げる。



 福田麻友子は裕福な家に生まれた。何不自由なく育ち、何でも与えられた。しかし親から与えられたのはお金だけではなかった。年齢を重ねる毎に気づいていった。両親から不細工な顔まで与えられてしまったのだ。そして学業のほうも優秀とはいえなかった。両親はそんな麻友子を煙たがり、海外に留学させた。

 留学を終え日本に戻ると、麻友子は海外とのギャップに苦しんだ。そして冴えない見た目と蔑むような視線に耐えられなくなった。そして麻友子は整形をした。

 すると麻友子に初めての彼氏が出来た。しかしその彼氏も麻友子の言動と卑屈な性格にすぐに目の前から去って行った。再び麻友子は整形した。何度も整形を繰り返した。彼氏が去って行くたびに、顔を変え続けた。

 そしてついに顔面が崩壊してしまった。もう修復のしようもない自分の顔に、絶望した麻友子は自殺を決意した。しかし死にきれなかった。

 自殺未遂を繰り返す麻友子に両親はほとほと困り果てた。両親は麻友子が何か問題を起こさないようにある仕事を任せた。牽制するように仕事を与えた。両親は麻友子が外に働きに出なくて済むように、所有していた物件の中から裏野ハイツを選び、管理を任せた。


 福田麻友子はここ裏野ハイツの管理人だった。だからどこの部屋にでも行ける。天井を伝ってどの部屋でも自由に移動出来る。時には(スペアキー)を使って侵入する事もある。そして全てを覗ける。完璧に監視できる。住人にわからないように、監視カメラと盗聴器を取り付けてある。好きな時に録音も録画も出来る。裏野ハイツは麻友子が殺人をするためのアパート(かりば)に改造された。

 今日、女が引っ越してきて、イケメン彼氏と愛し合う様も当然見ていた。今回は直接、天井から見ていた。私と一緒に出血しそうなほどに血走った肉眼で一部始終を見ていた。嫉妬の籠った眼で全てを見ていた。『今すぐにでも殺したい』と、爆発しそうな感情が傍から見てもわかった。


 私の居る天井には、麻友子が殺した人間の骨が無数にあった。その中には一人だけ男の頭蓋骨がある。それはかつて麻友子を捨てた男の物だった。それ以外はすべて女性の骨だ。男にとってここはハーレムだが、たぶん嬉しくもなんともないだろう。


 そしてまた麻友子は殺人を繰り返す。何度も何度も繰り返す。


 ここ裏野ハイツは福田麻友子(さつじんき)棲息区域(キルゾーン)だ。


 裏野ハイツに引っ越して来てはイケナイ。


 それが充実した人生を送る美人なら尚更だ。


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