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言葉が足りない

作者: 芦川玲

 二月十五日、五時半。生徒会の仕事が終わった直後、私を引き止めたのは副会長の仲島なかじま夏海なつみだった。


「仁井ちゃん、このあと予定あるー?」

「ちょっと友達待つかなー。彼氏なら一緒に待つ?」

「っしゃ。ありがとねー」

「いいっていいって」


 同じクラスでもある夏海には、二年前から付き合っている彼氏がいる。三年生の先輩で、その名も『なすびくん』。本名は教えてくれないし、紹介もしてくれなかった。夏海いわく「なすびくん面食いだから、紹介なんてしたら絶対仁井ちゃんのトコいっちゃうって!」と。

 もう少し信じてあげなよ。週三で手繋ぎ下校デートしてるバカップルには余計なお世話かもしれないけどさ。


「なすびくん美大目指すみたいでさー、今めっちゃ勉強してんの。学校でも先生に勉強見てもらってるし。絶対合格すると思うんだよねー」


 生徒会室から移動して、校門前。

 ノロケを延々垂れ流すマシンと化した夏海が、さっきからスマホをいじっている私にむかって、飽きもせずに紹介する気のない彼氏の話を続けている。


「そのなすび先輩は、あとどれくらいでこっち来るの?」

「うーん、十分くらい? さっき連絡入れたら、もうすぐ来るって言ってた」

 ほらこれー、と甘ったるい声で、夏海がスマホの画面を見せてくる。お互い小学校からの友達だし、今さらたいした秘密なんてないけど、それでも個人情報でしょうが。

「わかったから、いいよ、見せなくて!」

 彼氏とのハートマークの飛ばし合いなんて見たくもない。


「仁井ちゃんは誰待ってんの? 『ダーリン』?」

 デレデレの夏海はしぶしぶスマホをしまって、逆に私に質問してきた。


「うん。あっちも部活終わる時間だしね。一緒に帰ろって誘われた」


 ここでいう『ダーリン』は夏海の愛しの彼のことじゃない。私と夏海の幼馴染で、陸上部エースの、久野くのゆうのニックネームだ。小学校の頃に《祐→you→あなた→ダーリン》と変わっていって、今でも何人かがそう呼んでいる。


「そういや仁井ちゃんとダーリンってまだ付き合ってないって聞いたんだけど、マジ?」


 夏海が突然、真顔で聞いてきた。あんた目が大きいんだから、真顔とか怖いよ。


「何言ってんの、私らが付き合うとかあるわけないじゃん」

 頭でも打ったんじゃない? って笑い飛ばしたいくらいだ。

( )毎日一緒に帰ってんのに?」

「……家近いし、小学校からずっとそうだったし」

「えーっ。つまんねー!」

 ( )構考えて答えたのに、一瞬で真剣な空気は吹き飛んで、夏海が「ぶーぶー!」と不満の声を上げた。

 こっちはつまんなくない。恋バナならよそでやってくれ。


「いい加減さ? 腹をくくるべきだと思うんですよあたしは。つまりお付き合い。幼馴染からのジョブチェンジ。あたしが職を司るターマの神官になってあげよう」


 どこの評論家? ってくらい上からの発言。たしかに夏海は彼氏持ちでクラスカーストも学年カーストも最上位だから、名実ともに私よりは上なんだけど。


「結構です。そうだ、きの山くん食べる?」

「え、いいの? やったあ」


 案外簡単に外れるキャラだった。ターマ神官もっと厳かにいけよ。


「だいたいさ、私と祐じゃ釣り合いとれないって。片や陸上部エース兼キャップ、片や生徒会の三つ編み書記だよ?」

「愛の前ではノープロブレム! 恋は皇帝ナポレオンの剣をも折る!」


 夏海がきの山くんを掲げながら高らかに宣言。

 出ました進学校名物、『テンションに比例する変な比喩』。こうなるともう落ち着けとしか言えない。手に負えないよ。


「恋じゃないし。強いて言うなら母性? 祐には幸せになって欲しいね」

「ど阿呆が!」


 怒鳴りながらきの山くん三つを頬張る夏海。どさくさに紛れてこいつ……。


「わかった、わかりました。じゃあチェックします。ジャージャン! ダーリンクイーズ!」


 いきなり始まる謎クイズコーナー。夏海はノリノリでMC役に回る。

 絵に描いたようなゴーイングマイウェイ。ホント人の話聞かないなあ。


「それでは第一問、ダーリンの好きな食べ物は?」

「クッキーと天むす」

( )第二問、嫌いな食べ物は?」

「いも天、とろろ、オクラ」

( )第三問、きのたけ戦争はどっち側?」

「たけ里ちゃん。私の宿敵」

( )第四問、海か山か?」

「海」

( )第五問、ごはんには何をかける?」

「『ごはんですぜ』」

( )第六問、好みのタイプは?」

「ショートよりロング」

( )第七問、勉強はできる?」

「バリバリ。てかあんたも順位表見たでしょ。トップランカーじゃん」

( )いいから! サクサク行きます第八問、誕生日は?」

「一昨日」

( )第九問、初恋はいつ?」

「個人情報です」

( )これが最後の第十問、なんで付き合わないの?」

「ホント、なんでだろうね」


 やっと終わった。

 最後の一問だけははぐらかしたけど、あとの問題はわりかし誠実に答えたと思う。


「まだ納得してませーん。なんでだろうって何? ねえもう付き合っちゃえばいいじゃん。嫌だったら別れてさ。別れたってあんたたちならギクシャクしないっしょ」

「夏海、くどい」

「……ちっくしょ。つまんなーい」


 面白がるような話じゃないでしょうが。我が校の副会長様はちょっとお茶目がすぎる。


「あんたは黙って彼氏の応援でもしてなよ」

「なすびくんならあたしが応援しなくても絶対受かるもーん」

「あっそ」


 場の空気を持たすためにきの山くんを食べようとして、もう袋が空っぽになってるのに気付いた。ざっけんなよ夏海。私ひとつも食べてないんだけど。


「恋もお菓子も弱肉強食!」


 グッとサムズアップする夏海。それで許されると思うな。

 罰としてぐにぐにとほっぺを引っ張っる。「いっひゃひゃひゃひゃひゃ!」何か言ってる気がするけど気にしない。


「人の世話焼きとか三十年早いし、ばーか」


 夏海がちょっと赤くなったほっぺを手鏡で確認して、「うげっ」と奇声をあげている。私はその横顔をちらっと見て、赤くなっても美人だから安心しなよ、なんてイタリア男みたいな感想を持った。それくらい夏海は可愛い。絶対本人には言わないけど。


「三十年とか、ホントにおばちゃんになってんじゃん」

 夏海が手鏡をポケットにしまってへらっと笑う。

( )そうそう、世話焼きおばちゃんとして近所のクソガキになつかれてろ」

「ミナさん、言い方きついよ」


 夏海が突然声変わりした、わけじゃない。

 耳馴染みのあるこれは。


「……祐」

「おまたせ」

 ( )ポーツタオルで汗を拭いながら、颯爽と登場したイケメン――件の幼馴染、祐だ。彼の使ったタオルはその筋に出せば一枚数千円で取引されるという本物クン。

( )ダーリン、やほー」

 夏海がひらひらと手を振る。クラスは違っても同じ運動部同士、普段から交流があるんだろう。親しげだ。


「なっちゃんこいつもらってっていい?」

 幼馴染特有の大胆な呼び名で、祐が夏海に話しかけた。


「……あ、いいよ。なすびくんがもうすぐ来るっぽいから」


 連絡が入ってないか確認して、またデレデレの表情になった夏海が承諾。今や私なんて見向きもしない。正直者め。


「帰ろ」

「うん」


 こうして私の身柄は祐の手に渡った。



~~~~~~~~~~


「そういや祐、なすび先輩って知ってる?」


 下校途中、会話のタネにと聞いてみると、ものすごく怪訝そうな顔で見返された。


「野菜に知り合いはいないけど」

「そっちじゃなくて、夏海の彼氏の」


 彼氏の方のなすびとか、はあ? って感じだけど、祐には通じたみたいだ。ちょっと考えてすぐに頷かれた。


「……ああ、あの人なすびとか呼ばれてんの?」

「知ってんだ。どんな人?」

「少なくともなすびじゃない」

 ( )んなことは大前提だ。なすびだったらびっくりだよ。


「それはわかってるけど。夏海が紹介してくんないの」

「なんで」

「とられるからって」

「あー、あの人自称面食いだから」

「面食いなら絶対夏海一択でしょ」

「うーん。ともかく、いい人だよ」

 ( )昧な返事。何部の人?


「美術部。探せば廊下とか、どっかに絵、飾ってると思う」

「そんなに上手いんだ」

「表彰されてんの、ミナさんも絶対一回は聞いたことある」

「ふーん」

 ( )校集会とかはあんまり聞いてないからヒントにならないなあ。


「写真見る?」

「夏海に悪い」

 ( )介されてないのに写真見るくらい興味ないし。


 ていうか写真、持ってるんだ。そっちのほうが驚きだよ。

 なんだかんだで祐は交友関係がかなり広い。三年美術部とか、どうやったら知り合うんだろう。


「いろんなSNSで。ミナさんしてないけど」

「じゃあいい」


 そういうの面倒だし。友達とクラスの子とは連絡取れるようにしてるから、それだけで十分だ。


「そういえばさ、その『ミナさん』っていうの、いつからだっけ」

「結構前だよ。中一くらい」

 ( )れ、もうそんなになるんだ。


 昔は「ミナ()さんって、エブリワンじゃん!」とか言われてニックネームにされたこともあったけど、ムカついたから拳でそれを静めた。祐が。

 だからみんなには苗字か名前を呼び捨てにされるけど、祐にだけはミナさん。


「なんで呼びだしたの?」

「『呼んでいい?』って聞いて、『別にいいよ』って言われたから」


 ……聞きたかったのはそっちじゃないんだけど、まあいっか。私がいいよって言ったんだし。


「あ、帰りCDショップ寄ってっていい?」

「うん。どこの?」

「この先のモールのなか。一番品揃えがいいとこ」

「了解」


 いつもなら近くの駅で電車にのるんだけど、今日はちょっとだけ寄り道。私が好きなグループのアルバムが発売されたって昨日お母さんが言ってたから、買って帰ろう。



 十分くらい歩くと、ここら辺で一番大きいショッピングモールに到着した。

 二階に上がってすぐ見えるのが、私の行きつけのお店。ここはわりとマイナーなグループでも取り揃えてくれるからありがたい。


「待ってる」

「行ってきます」


 あんまり馴染みがないから入らないという祐に、私はひとつ頷いて一人で中に入った。


 店内に入ると、まっすぐ新曲コーナーへ。CDがずらりと並ぶ中、隅っこの方にお目当てのアルバムを発見。本当ならもっと色々物色したかったけど、グッと我慢して、すぐにお会計をしてもらった。出るのがちょっと名残惜しいけど、待たせてるし。


「買えた?」

 店先で待っていた祐に袋を掲げて、「ばっちり」と笑ってみせた。


「どこか見てく?」

「新しい靴」

「じゃあ一階」


 やっぱり運動部には普通の靴屋さんじゃダメなんだろうから、一階最奥のスポーツ用品店へ。


 お店の前にベンチがあったから、私はそこで待っていることにした。さっきと逆だ。




 座って待つこと約十五分。


 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ。


 二回続けてバイブ音。ロックを解除してみると、新着メッセージ欄に夏海の名前があった。

「下校デート中じゃないの」

 苦笑しながら開くと、立て続けに三件、また新しくメッセージが入った。



 《ちょっと聞いて!》

 《なすびくんと話してたんだけど》

 《あんたたちが付き合わない理由》



 無意味に何回も区切って送られた文章の、三行目までを読んで、あんまり重要じゃないな、と判断。彼氏といるのにどんな話してんのよ。


「ミナさん、ただいま」

「おかえり」


 なんてベストなタイミング。祐が帰ってきたから夏海の考察に目を通すのは後回しにする。

 黒の紙袋を見るに、いいお買い物ができたんだろう。


「ありがと。帰ろ」

「うん」


 二人揃ってほこほこした気分で帰路につく。

 時々ショーウィンドウで足を止めたりしながらだから、かなりゆっくり進んでいた。


「ミナさんしりとりしよう」

 急だね。別にいいけど。

「いいよ。辞書に載ってる名詞縛りね。『なすび』」

「『ビンゴ』」

「『ごま』」

「『マジック』」


 しりとりを続けながら私の足は、匂いに釣られてふらふらとパン屋の方向へ。そういえばもう六時半だ。そりゃお腹も空くよね。だけど今日は茶碗蒸しだったはず。胃を空っぽにしとかないと。



 ……くぬぎ、ぎんこう、うなじ、じしょ、しょもつ、つみき、きじ……。



 今日は客足が多いな。昨日くっついたカップルが飛ばすハッピーオーラで、どこもかしこも浮き足立ってるみたいだ。



 ……じてんしゃ、しゃかい、いわ、ワニ、にわとり、りか、かぞく、くも、もくぎょ、ギョーザ……。



 あ、あの雑貨屋さん素敵だなぁ。

 ディスプレイが可愛い外国の人形で、目がクリクリしている。

 ゴスロリみたいな洋服を着せられて、側にはティーセットが飾られて、ゴージャスなおままごとみたい。



 ……したじき、きく、くじら、ランドセル、ルビー、いちじく、くじびき、きもの……。



 あのお店まではまだちょっと遠いな。もう少し歩いたらちょうど正面。そしたらもっと近くで見よう。



 からす、すいか、かかし、しきもの、のり、りんご、ゴーカート……。



「『トス』」


 ついた。ほら、やっぱりすごく綺麗。外から見える売り物も骨董品みたいで珍しい。こんな店があるなんてちっとも知らなかった。新しくできたのかな。


「ミナさん?」


 あんまり人には言わないけど、私はゴスロリとかロリータとか、見るならそういうのが好きだ。

 自分が買うならもっとシンプルで動きやすいのを選ぶけど、それとこれは別腹。


「……」


 いいなあ、こういうの。


 じっとディスプレイを眺めていると、ガラスに映った祐と目が合っているのに気づいた。



 実はね、私こういうのも結構さ、



「好き」


「俺も」



 ( )瞬で、どっちが先かもわからないくらいすぐに視線を逸らした。



 なんとなく息を殺して、開いたスマホには新着メッセージが三件。夏海、あんたのタイミングってホント、最悪に最高ね。



 《あんたたちが付き合わない理由》

 ( )言葉が足りなさすぎなんじゃない? って》

 ( )他にもいろいろ足んないけどさ》

 ( )それが一番》

 ( )

 足りないんでしょ、知ってるよ。

 ( )

「名詞縛りって言ったじゃん」

「先に破ったのミナさんだよ」



 聞こえないふり、見ないふり。

 知らんふりした言葉がひとつ。



「す、す、『ススキ』」

「『きんぎょ』」



 今日も今日とて私たちには、たったひとつの言葉が足りない。

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