第7話 最下層へ
本格的な魔石狩りと鍛錬の開始だ。
ニレの宿屋で朝食を食べて、聖樹の森へ。
神殿の食堂でもらった昼食用の箱を、サンディさんとリタさんに渡しておく。
当面は聖樹の森では別行動。
俺はせっせと小魔石と極小魔石を集めて、ソールが西に半分沈む頃、いつもの場所に戻って合流する。
そしてまずギルドに小魔石2~3個と極小魔石を少し売る。
俺は俺で売るし、サンディさん達も売る。
2倍の稼ぎだ。
新人の俺がいきなり小魔石をぽんぽん取ってくるので、ギルドの人達は驚いていた。
コツを掴んだサンディ姉さんからいろいろ教えてもらっているんですとか、実は脚に自信があって逃げ足だけは早いんですよとか、適当に理由を並べておいた。
ギルドでの売却が終わったら、俺は神殿に向かう。
初日はクズ野郎達への迷惑料ということで、小魔石3個をケビンさんに渡した。
その後は、小魔石5~6個をケビンさんに売る。
ケビンさんも新人の俺が小魔石をぽんぽん取ってくるので、とても驚いていた。
ケビンさんはあまりゼニに変える必要はないのでは? と吸収することを勧めてきたけど、テラで遊ぶためのゼニが欲しいとダメダメなエインヘルアルを演じることにした。
でもしっかり自分が吸収する分は吸収しているとも伝えているので、失望されるほどではない。
平均して1日で小魔石10個をゼニに交換できている。
100万ゼニだ。
そのうち半分の50万ゼニは探索者としての収入で、残りの50万ゼニはエインヘルアルとしての収入である。
サンディさん達の家に仕送りする金額は、前までは最低でも1ヶ月20万ゼニを送っていたそうだ。
それは最低金額なのでどれくらい仕送りするか話し合った結果、50万ゼニを送ることになった。
あまり多くて贅沢に慣れてしまってもいけない。
でもやっぱり可愛い子供のことを思うと、ある程度のゼニは送ってあげたい。
俺は特に意見を述べなかった。
こっちの金銭感覚なんて分からないから。
サンディさん達が決めた金額でいいです、とだけ言った。
まあ仕送りする50万ゼニは、今では1日の半分の稼ぎに過ぎない。
残りは全て貯蓄していって、まずはサンディさん達の装備を良い物にする。
マリアさんから紹介を受けたお店に装備を見に行って、魔獣に対抗できる装備として目標とする物を決めた。
サンディさんは鋼鉄とミスリルを8:2の割合で混ぜた片手剣に、同じ割合の盾。魔鋼で急所をカバーした魔糸の服とブーツ。そしてフードのついた魔糸のマントだ。
魔鋼や魔糸に混ぜる魔石は最下級魔石のものを選んだ。
これで剣が500万ゼニ、盾が500万ゼニ、服とブーツとマントで800万ゼニの、総額1800万ゼニとなった。
盾を魔鋼ではなくミスリルにしたのは軽いからだそうだ。
リタさんは魔鋼の斧と盾に、防具はサンディさんと同じ物。
斧と盾に使われている最下級魔石はそれぞれ3個で、かなり強度が上げられている。
まあ値段がサンディさんと同じ値段の物って言ったら、これになったんだけどね。
こちらも斧500万ゼニ、盾500万ゼニ、服とブーツとマントで800万ゼニの総額1800万ゼニである。
どちらもサンディさん達の身体に合わせたオーダーメイドで、総額3600万ゼニとなった。
「本当にいいのかしら……2人合わせたら家が買えちゃうわ。何だかやっぱりちょっと不安になってきちゃった」
「いいじゃないか。リィヴのおかげで装備が揃うんだ。大事に使わせてもらって、オレ達が強くなればいいさ」
「そうですよ。一緒に最下層に行くんですから」
「うん……そうだね。うん! 私、頑張る!」
装備の水準は最下層で魔石狩りする者達の中でも、上の下ぐらいの装備だそうだ。
1日の稼ぎが100万ゼニあるのだから、一気にそこまで装備を更新してしまうのが効率的だろう。
探索者としての収入は1日で50万ゼニ。
俺の稼ぎは大好きなサンディ姉達の装備のために渡しているということでね。
問題はエインヘルアルとしての収入を、サンディさん達の装備を買うのに使ってしまったらお店やギルドに怪しまれないかということだ。
これに関してはマリアさんにこっそり相談してみた。
俺達の稼ぎの内訳等を伝えてみたところ、「大丈夫ですよ~」とのこと。
ニニの件は怖くて聞けないけど、ニニを探索者登録させちゃうのだから、ギルドに顔が効くのだろう。
マリアさんの言葉を信じてエインヘルアルの稼ぎも使うことにした。
最短で3600万円÷100万円で36日となる。
仕送りや宿代、それに消耗品等を考えたら、実際には40日ぐらいだろう。
他にも最下層に進むなら準備しなければいけない物がある。
最下層は必ず日帰りできるとは限らない。
最低限の野営準備も必要だ。
ここらへんも魔法袋を使えば解決することが多いけど、それをしてしまったらサンディさん達の成長に繋がらないから黙っておくことにした。
最下層を深く探索するなら荷物持ちを雇うことも考えるそうだ。
ま、俺は俺で魔法袋の中に準備万端な野営道具を収納しておこう。
最下層に入っての魔石狩りは、最下級魔石を手に入れたらすぐにカリーンに戻るのが一般的だ。
最下級魔石を持ちながら最下層をうろうろするなんて、魔獣に襲って下さいと言っているようなものだ。
どうにか最下層を抜けて浅瀬に戻る。
そこで浅瀬の魔獣に勝てるようになっていなくては、カリーンに辿り着くのは難しいのである。
俺はいずれ最下層の魔獣も倒せるようにならないといけない。
下層に進めば同じことだ。
下級魔石を持ちながら、一度も魔獣に遭遇しないで最下層を抜けるなんて幸運に頼るわけにはいかない。
最下層の魔獣にも勝てるようにならないと。
そのために、自分が強くなるための努力も頑張っている。
1日にだいたい小魔石を30~40個ほど取れる。
コツも掴めてきたので、数はさらに増えると思う。
小魔石を取った聖樹の根元に、次にどのくらいで小魔石が生えてくるか分かってきたのだ。
だいたい2~3日でまた小魔石が生えていることが多い。
ルートを決めて回るようになっていけば、効率はさらに上がっていくはずだ。
1日に10個の小魔石を売るから、残りの内10個は自分で吸収する。
さらに残りの10個は魔法袋に食べさせている。
それでも残った分は、魔法袋の中に貯めることにした。
1日10個の小魔石を吸収できれば、10日で最下級魔石1個分の魔力を自分の中に溜めることになる。
でも自分で吸収するのは小魔石300個まで。
溜まったらシーラに会いに行って最下級闘気を覚える。
そして最下級の『剣術』と『斧術』を神石に刻んでもらう。
そうすれば、サンディさんとリタさんに俺が動きを教えてあげることが出来るかもしれない。
模擬戦とかしてもいいしね。
俺がここまで効率的に小魔石を集められるのは、もちろん魔法袋のおかげだ。
それも聖樹の根元に生えている小魔石を、一瞬で魔法袋に収納できるのが大きい。
通常は、聖樹の根を切れる斧や鉈で魔石を取り出すんだそうだ。
その間に魔獣が近寄ってくることもあるから、浅瀬の魔獣に勝てない間はかなり効率が悪いらしい。
浅瀬の魔獣達も強さはピンキリだから、弱い魔獣には対抗できるように最初のうちから3~4人でパーティを組むことが多いそうだ。
そうすると、1日で吸収できる小魔石の平均は5個ぐらいだとか。
俺自身の装備強化も魔法袋を使えば自分で出来るはずだ。
魔法袋の合成は、物と魔力を合成して上位の物を造り出せるとオーディンが言っていた。
なら槌と魔力を合成すれば下級、中級とこの武器を進化させてあげることが出来るのだろう。
いずれ検証してみよう。
目標を決めて20日が経過した。
ゼニは順調に貯まり目標の半分に到達したので、装備の半金ということでお店に1800万ゼニを渡しておいた。
オーダーメイドだから全部支払ってから造られることになる。
先に半金を渡す必要はないけど、お店の人からすればゼニが入ってきて嬉しくないわけがないからね。
目標の半分に到達したということで、その日はプチ祝いの食事となった。
サンディさんもリタさんも嬉しそうに、ビールをよく飲んでいる。
このペースだと酔っ払いになるまで早そうだ。
「ぷは~! ビールもう1杯ね!」
「ちょっとリタ、ペース早いんじゃない?」
「サンディも同じぐらいだろ。いいじゃないか。今日はお祝いなんだし」
「この調子であと半分! 頑張りましょう!」
「本当にリィヴのおかげね。装備が揃ったら鍛錬して、浅瀬の魔獣と勝負だわ」
「最初は鼠か兎あたりか? どっちもすばしっこいんだよな」
「その頃には俺も剣と斧の戦術を覚えているでしょうから、一緒に鍛錬も出来ますね」
「それも助かるわ。本当にリィヴにどうやって恩返ししたらいいか……」
「あ、いえその、別に恩とかそういうんじゃ」
「いやいや、大事なことだぞ。オレ達は命を助けてもらった上に、生きていくための強さまで与えてもらったんだから」
エインヘルアルへの恩返しといっても、神玉を集めることを手伝ってもらうわけにもいかないし。
サンディさん達は死んだら終わりなんだ。
俺とは違う。
食事の途中、マリアさんが話しかけてきたり、スラシルちゃんが話しかけてきたり、ジェフさん達が話しかけてきたりといろいろあった。
楽しい食事もサンディさん達がだいぶ出来上がった頃、いつものようにマリアさんがやってきてお開きとなる。
そのまま部屋に戻っていった。
「ふぅ」
風呂に入って、部屋着でベッドの上に寝転がる。
魔法袋の中に手を入れて『一覧』と念じては成果を確認してみる。
順調だ。
探索者としても順調だし、エインヘルアルとしても順調のはずだ。
まだ槌術や盾術を生かした本格的な鍛錬は始めていないけど、今は魔石集めに集中して、サンディさん達の装備が揃ったら、俺も本格的に鍛錬すればいい。
その時はもうすぐだ。
焦る必要はない。
寝転がりながら考え事をすれば、そのまま瞼が下がりまどろみの中に落ちていく。
考え事をしているのか、夢を見ているのか、曖昧な世界だ。
気持ち良いまどろみの世界から俺の意識を呼び覚ましたのは、部屋のドアをノックする音だった。
はっ! と意識を覚醒させて、すぐにベッドから立ち上がる。
誰だ?
まさか……マリアさんか?
恐る恐るガチャっとドアを開けると、そこにいたのはマリアさんではなくサンディさんだった。
「ごめんね、寝てた?」
「あ、いえ。起きてました」
「そ、その……ちょっと入ってもいいかな?」
「は、はい!」
サンディさんの雰囲気に何かドキドキしてしまう。
いつものサンディさんじゃない。
服は宿屋ではよく着ている黒のワンピースだ。
最初見た時は、探索用の服とのギャップもあってすんげ~興奮したのを覚えている。
もちろん今でも興奮するけど、今夜は風呂上りなのか綺麗な銀髪が少し濡れていてさらにセクシーさが際立っている。
サンディさんはゆっくりとベッドに腰掛けた。
俺は1つだけある椅子に姿勢を正して座った。
「ど、どうしました?」
「うん。ちょっとリィヴとお話したいな~って思って」
「そ、そうでしたか」
「あはは。何でそんな堅い口調なの?」
「え!? い、いえ、そ、そ、そんなことありませんです」
「そう? ならいいわ。……リィヴと出会ってもうすぐ1ヶ月だね。最初すごい衝撃的な登場で、私とっても驚いたんだ。だっていきなり私達を襲っていた男を真っ二つだよ? しかも3人も! この後、私達も真っ二つにされちゃうのかなって、実はちょっと怖かったんだ」
「ええ!? サンディさんにそんなことするわけないですよ! いや、俺も最初サンディさん見た時に、こっちの世界の女性ってこんなに美人なの!? ってすっげ~驚いたんですよ」
「あはは。ありがとう。肌とかあんまり綺麗じゃないけど、美人って言ってもらえて嬉しいよ」
「え!? めちゃめちゃ綺麗じゃないですか」
「そんなことないよ。貴族の人達とかもっと綺麗な肌してるだろうし、もっと美人の人もいっぱいいるよ」
「……ま、俺は知らないですから、そんな人達は」
「でも……リィヴなら、その気になればそういう貴族の女性の人達とも簡単に知り合えちゃうと思うよ。リィヴの特別な能力のことを話せばね」
「嫌ですよ~。貴族とか、聞いただけで腹黒いイメージしかありませんもん。俺の能力のこと喋ったら、権力争いとかに利用されそうで怖いです」
「あはは。確かにね。でもエインヘルアルは神殿が守ってくれるだろうから、貴族が簡単に利用できないと思うよ。でもリィヴはその神殿が嫌いな特異なエインヘルアルだから、神殿に守られるのも嫌かな」
「神殿の雰囲気は、やっぱり好きになれないですね。初めて神殿に行った時からそうでしたけど、20日ほど通ってみても印象は変わらなかったです。俺の担当のケビンさんって人も、最初は真面目な人なのかな~って思ったんですけど、神殿の神官に就職できるとすごい権力を持てるって後から分かって、ケビンさんもその権力の中で溺れている人なんだなって」
「神の地アースガルズへの道のために、神玉を集める神殿の権力は絶大だからね。でも……私達はそこに導かれることで、本当に永遠の幸せを手に入れることができるのかな」
どうなんだろう。
そもそも幸せなんて、人それぞれ違うものだし。
「まあ、私が生きている間には無理だろうから、私には関係ない話だけど。でもリィヴはこれから何百年……ううん、もしかしたら何千年って時を過ごして神玉を集めることになるんだもんね」
「そうですね……まだ全然実感がわかないですけど」
サンディさんは普通に年老いて死んでいく。
でも俺は老いることもなく、死ぬこともない。
ちょっと……寂しいかもしれないな。
視線を落して無情な時間の流れを考えていると、ベッドから音が聞こえた。
見ると、サンディさんがいつの間にかベッドのふとんの中に入っていた。
「その悠久の時の中の……リィヴの想い出の1つになりたいな~って」
「え?」
「さっき言った通り、その……あんまり綺麗な肌じゃないけど……」
ふとんの中でガサゴソと音がする。
サンディさんは顔だけふとんから出して、俺をじっと見つめてくる。
俺もじっと見つめてしまった。
だ、だって……完全にいま脱いでますよね?
「リィヴが嫌じゃなかったら……その……」
「え!? い、い、嫌じゃないです! で、でも……その……いいんですか?」
「夫とは死別しているから、一応独身よ。子持ちだけど。あ、リィヴの子供を産んであげることは出来ないわ。異世界のエインヘルアルとの間に子供は出来ないそうなの」
「お、恩返しってことです?」
「それもあるけど、それだけじゃないかな。命を助けてもらっても、稼ぎを助けてもらっても、どんなに恩を受けても、その人が嫌な人だったらやっぱりこういうのしたくないって思うけど……リィヴは違う。……好きだよ」
ぐお!!!
そ、そんな瞳で見つめられて、好きだよなんて言われたら……言われたら!
爆発寸前の俺の顔目掛けて、サンディさんがある物を投げた。
それは着ていたはずの、黒のワンピースだった。
「下着は……リィヴが脱がしてね?」
「は、はいぃぃ!」
俺はベッドの中に飛び込んでいった。
ちゅんちゅんと小鳥が鳴いている……音は聞こえない。
小鳥の声は聞こえないけど、隣ですーすーと可愛い寝息の音が聞こえる。
俺は……大人の階段を上ってしまった。
階段を上っている間は頭と身体が爆発し過ぎていたけど、こうして寝顔を見ると冷静に実感してきたぞ。
「んん……むにゃ」
か、可愛い!
サンディさんの寝顔と寝言可愛い!
なんだろう……一気に愛しさが湧いてきちゃうんですけど。
こ、これが愛ですか!?
愛ですよね! 愛だよ! 愛!
「んん……ん、おはよう、リィヴ」
「お、おはようございます」
「あれ?」
「え?」
「お目覚めのキスは?」
ぬお~!
サンディさんって甘えたがりですね!
階段上っている時も、ずっと密着ですもんね。
情熱的で甘えたがり!
しかも俺が初めてだと知ると、すんげ~優しくしてくれたし。
くぅぅぅぅ! 最高だ!
ご希望通りにサンディさんにお目覚めのキスを情熱的にする。
しかし、ドアをノックする音が!
「え?」
「あ、大丈夫よ。きっとリタだわ」
そういえば、サンディさんとリタさんは2人部屋のはず。
ということは、サンディさんが昨夜戻ってこなかったとすでにばれている!?
「あ、開けちゃって?」
「うん、いいよ」
俺はいそいそと服を着ると、ドアを少しだけ開けた。
「お、おはようございます」
「おはよう。サンディいるだろ?」
やっぱり、ばれて~ら。
「おはよう、リタ」
サンディさんも普通に挨拶してるし!
「あ~大丈夫だよ。そもそもサンディがリィヴの部屋に向かったの知ってたから。っていうか、今夜はオレなんだけど」
「え?」
「まさか、サンディは良くて、オレは嫌か?」
「ええ!?」
今夜はリタさんが?
混乱する俺を余所に、リタさんは部屋の中に入ってきて椅子にどかっと座った。
「どうだった?」
「えへへ。とっても優しくて、一生懸命で可愛かった」
「へ~、ちょっと本気で惚れてるね。いいことだ。でもオレも混ぜてくれよ?」
「う~ん、どうしようかな~」
「おいおい、そういう約束で先譲ったんだから」
どういう約束ですか!?
「そういう訳で、今夜はオレがお邪魔するからよろしくな」
どういう訳ですか!?
大人になっても、1日の予定に変更はない。
サンディさんへの愛しさから一緒に行動したいな~とか考えちゃうけど、聖樹の森に入ったら、サンディさんはいつも通りの笑顔で「それじゃ~いつもの時間にね」と言って、リタさんと2人で行ってしまった。
ちょっと寂しいけど、朝食の時いつもはリタさんの隣に座るのに、今日は俺の隣に座ってくれたし、サンディさんの中で『特別な人』と思ってもらえているのだろう。
常にいちゃいちゃしていたいなんて、俺の都合の良い願望だ。
やるべきことはきちんとやらないと。
目標に向かって魔石狩りと鍛錬だ! サンディさんに嫌われないように!
「よし! やるか!」
この日、俺は小魔石を52個と最高記録を更新したのであった。
「ちょっとサンディ~。くっつき過ぎじゃない?」
「いいじゃ~ん。今夜はリタの番なんだから、食事の時ぐらい」
「はいはい。まったく」
夜にニレの宿屋で食事中、サンディさんは俺の隣に座ってべったり密着してきた。
やっぱり甘えたがり屋さんですね! 俺は嬉しいけど、ちょっと他の人達の視線が気になる。
一応、俺とサンディさんは血の繋がりはないけど姉弟ということになっている。
でもこんなに密着していると……姉弟でいけない関係かよって思われちゃうかも。
そもそも血の繋がりがないんだから、そういう関係になってもおかしくないのかもしれないけど。
途中マリアさんがやってきて、「あらあら~本当に仲が良いんですね~」と嬉しそうに笑って言ってきた。
その笑顔の裏を考えると、俺はちょっと怖くなってきた。
あの時、マリアさんはサンディさんと俺がそういう仲になっていないから、俺のことを食べるのをやめたはずだ。
マリアさんはおそらく気付いているだろう。
俺とサンディさんが昨日結ばれたことに。
だとしたら! マリアさんに俺は……。
あ、でも今夜はリタさんが来るし、明日はサンディさんなのかな?
交代で来てくれたら、マリアさんがやってくる隙がないってことに!
お、おお……2人はマリアさんから俺を守ってくれる女神様だったのだ!
そんな訳で女神様到着です。
お風呂に入って、ベッドの上で休んでいるとドアをノックする音。
開けるとリタさんが笑顔で立っていた。
リタさんはいつもとはちょっと違う、赤いドレス風の服を着ていた。
やはりお風呂上りなのか、茶色の髪がしっとりと濡れている。
褐色の肌も火照っているように見えてエロティックだ。
「さ~て、楽しませてもらおうかな」
「あ、あの、お手柔らかに……」
「くくっ。オレがいろいろ教えてやるよ!」
そしてそのままベッドの中に転がり込むと、俺達の格闘が始まった。
「はぁはぁ……か、勝った」
「んん……ん」
戦いは終わった。
序盤は完全にリタさんに主導権を握られてしまった。
リタさんは容赦なく攻めてきた。
が、しかし! 途中から俺は闘気を発動。
まさかの魔力消費である。
でも負けられない戦いというものがある。
今はその時だったのだ。
俺から感じるプレッシャーが変わったのが分かったのだろう。
リタさんは驚いていたけど、それが闘気だと気付くと「反則だ!」と訴えていた。
もちろんそんな訴えなど関係ない。
闘気で強化された俺は、リタさんを攻めまくった。
結果、5ラウンド目で俺のKO勝ちである。
リタさんは気絶するかのように、そのまま寝てしまった。
しかし、今後もリタさんと格闘する時に闘気を使わなければならないのか。
魔力消費が……でも対した消費じゃないかもしれない。
俺自身が強くなって闘気に頼ることなくリタさんを倒せるようになればいいだけだ。
あ……こっち関係の魔道具とかないのかな?
装備代の残り半分の1800万ゼニが貯まった。
全部で40日かからず、38日目で目標を達成である。
ギルドからの帰り道でお店に寄って、残代金を支払っておいた。
先に半分支払っていたので、装備は先に造り始めてくれていた。
あと10日もあれば完成するとのことだ。
ニレの宿屋に戻って祝杯を上げる。
もちろん俺はお茶だけど。
サンディさんもリタさんも、本当に嬉しそうな笑顔でビールをぐいぐい飲んでいる。
この笑顔が見れるだけでも、頑張った甲斐があったと思える。
夜にはさらに可愛いサンディさんが見れるんだけどね。
昨日はリタさんだったから、今日はサンディさんなのである。
と、思ったら予想外の展開が待っていた。
食事が終わり部屋に戻ろうとすると、そのまま俺は3階の女子階に連れられていき、サンディさん達の部屋に招かれた。
そしてそのまま格闘開始である。
お風呂場は2人部屋でも俺の部屋と同じ広さなので1人用だ。
それなのに、サンディさんもリタさんも一緒に入ってきたのだ。
ぎゅうぎゅう詰めの超密着状態での格闘だ。
3人での初めてが、泡が乱れ飛ぶ乱戦になるとは……。
場所を風呂からベッドに移しても、戦いは続く。
ちなみに、俺はもちろん闘気を発動している。
これはリタさんだけではなく、サンディさんに対しても実は闘気を使うようになっていた。
リタさんから俺が闘気を使ったことを聞いたサンディさんが、自分にも闘気を使って挑んできて欲しいとおねだりされてしまったからだ。
おかげで、まだシーラに会いに行っていないけど、ちゃんと戦術を刻めるだけの魔力が神石に溜まっているか心配である。
サンディさん達との格闘で闘気を使う様になってから、ちょっと多目に魔石を吸収するようにしているから大丈夫だと思うけど。
シーラにはまだ会いにいっていない。
サンディさん達との本格的な鍛錬は装備が揃ってからなので、特に急いで戦術を刻みに行かなかった。
それに毎日交代でサンディさんとリタさんが来ていたから、格闘が終わったら心地良い疲れと人肌の温かさに包まれながら寝ていたしね。
3人で乱戦するようになって、さらに5日が経過した。
サンディさん達の装備の完成まで後5日である。
そろそろシーラに会いにいかないといけない。
今日あたり、サンディさん達にそのことを言って、今日は格闘無しってことにしてもらおうかな。
「あらあら~、酔いつぶれちゃったわね~」
シーラに会いに行こうかと思っていると、なぜか今日に限ってサンディさんもリタさんも酔いのペースが早くて酔いつぶれてしまった。
疲れが出たのかな?
マリアさんに手伝ってもらって、2人を部屋まで連れて行った。
これで今日はシーラに会いに行けるぞ、と考えながらサンディさん達の部屋を出たところで、マリアさんに声をかけられた。
「今夜は私がリィヴ君のお部屋にお邪魔していいかしら?」
……シーラには会いにいけないかもしれない。
薄いピンク色のドレスを着たマリアさんが俺の部屋の椅子に座っている。
「順調そうね。もうすぐサンディちゃん達の新しい装備も完成するようだし」
「はい。おかげさまで」
「あら、私は何もしていないわよ」
「武具のお店やギルドに、裏からいろいろ言ってくれているんじゃないですか?」
「うふふ、ほんのちょっとだけね」
マリアさんとこうして部屋で話すのは2度目だ。
最初の時から今まで、マリアさんは俺に干渉してくることはなかった。
「ところで、そろそろ私のことも助けて欲しいわ~」
「ま、まだ鍛錬が……浅瀬の魔獣ともちゃんと戦っていませんよ」
「大丈夫よ。戦うのは別の人がしてくれるから」
別の人。
その言葉ですぐに浮かんでくる人物がいる。
ニニだ。
「ニニ……ですか?」
「正解。明日、ニニと一緒に最下層に行ってくれないかしら」
「行って魔石を取ってくるんですか?」
「そういうこと。魔獣との戦闘はニニがするから、リィヴ君は特別な能力で魔石を持ってくれるだけでいいわ」
「ニニは……エインヘルアルなんですか?」
俺の問いにマリアさんの表情が一瞬曇る。
すぐに答えを言わず、心の中にしまいこんでいた何かを絞り出すように間を置いて言った。
「半分正解よ」
半分?
「これを渡して置くわ」
マリアさんは俺に1つの魔石を渡してきた。
大きい……下級魔石かな?
「それはテレフォンよ。ニニが持っているテレフォンと共鳴するように設定してあるから、それを明日持っていってニニと合流してね。ニニには日帰りするように言ってあるから」
おお! テレフォン!
マリアさんが造ったのかな?
「これ、マリアさんが造ったんですか?」
「ええ、そうよ。これでも一応、上級魔道具技師なのよ。上級魔石まで魔道具として造ることが出来るわ」
つまり現状では最高の魔道具技師ってことか。
最上層に到達出来ていないのだから、最上級魔石はないもんな。
明日はニニと一緒に最下層か。
ニニは俺と同じくニレの宿屋に泊っているそうだけど、まったく姿を見ない。
部屋は2階の一番奥の1人部屋らしい。
2階ってことは男だ。
「分かりました。明日はニニと一緒に最下層に向かってみます」
「うふふ、ありがとう」
「ところで、俺もルーン文字って覚えられます?」
「あら? ルーン文字に興味があるの?」
「はい。魔石を使うのには結局ルーン文字が必要ですし、それに俺の神石に戦術を刻むのもルーン文字が必要みたいなんです。だからルーン文字が分かれば、いろいろ便利なんじゃないかなって思って」
「勉強熱心なのは良いことだわ。それなら私が教えてあげる。リィヴ君がルーン文字を解して、闘気の理を解いてくれたら最高だわ」
「あ、あはは。頑張ります」
「それじゃ~早速、今夜から勉強しましょうか」
「え!? こ、今夜からですか?」
「ええ、そうよ。せっかくサンディちゃん達のビールの中にちょっと眠くなる薬を入れてまで作った時間なんだから。有効活用しないとね」
な、なにぃぃぃ!
酔いつぶれたわけじゃないのか!?
「まずは、リィヴ君が大好きなことをルーン文字で教えてあげるわ」
「へ?」
「うふふ、もちろん実践しながらね」
椅子から立ち上がったマリアさんは、するすると着ていた薄いピンク色のドレスを脱ぎ始めた。
俺が大好きな実戦って……格闘ってことですか!
「私は手強いわよ? サンディちゃんやリタちゃんのように、簡単に倒せると思わないでね」
「くっ!?」
ま、まるでラスボスだ!
これは強敵だそ。
だが! しかし! 俺は負けられない!
この強敵を倒してみせる!
サンディさんが『巨』でリタさんが『爆』なら、マリアさんは『魔』である。
もちろん頭に『美』がつくのはみんな同じだけど。
元の世界の研修用ビデオでしか拝見できないような大きさだ。
I? J? そんな世界に突入しているのではないか。
いかにマリアさんが強敵でも、偉大なる主神オーディン様より授かりしこの闘気があれば! 勝てるはずだ!
「本当の大人の技を見せてあげる」
ぬ、ぬ、ぬおおおおおおおおおお!!!
負けた。
完全な敗北だ。
いくら闘気を纏っても、俺ではマリアさんに勝てなかった。
絞り取られるだけ絞り取られて、ミイラとなった俺はベッドの上で放心状態である。
マリアさんは戦いが終わってしばらくはベッドの中で密着していたけど、ソールが昇る少し前には部屋を出ていった。
なんだか肌が艶々しちゃったわ~、とご機嫌だった。
そして今さら俺はあることに不安になった。
マリアさんの旦那さんは?
サンディさん達と同じように悪魔の事件で亡くなっているのだろうか。
ニレの宿屋でマリアさんの旦那さんを見たことはない。
娘のスラシルちゃんがいるのだから既婚者であることは間違いない。
まあ本人から誘ってきたんだし……どうにかなるか。
サンディさんとリタさんは、昨日は何であんなに眠くなったんだろうと不思議がっていた。
リタさんは「まぁ、たまにはリィヴも休ませてあげないとな」と笑っていた。
俺は休むどころか、敗北しちゃいましたけどね。
カーリアの門を出てしばらく歩くと、いつも別行動を始める地点にやってきた。
「今日は戻りが少し遅れるかもしれません」
「え? どうして?」
「ちょっと最下層を見学してこようかと思って」
「そっか……リィヴの能力なら最下層から最下級魔石を取ってくるのも問題ないかもね。でも最下層の魔獣でもいきなり襲ってくる魔獣はいるかもしれないから、気をつけてね」
「はい」
「死んでも生き返るとは言っても、痛みがないわけじゃないんだろ? 無理はするなよ」
「はい」
サンディさんとリタさんに笑顔で手を振ると、俺は聖樹の森の奥へと向かっていった。
初めてミズガルズに降りた地点は、浅瀬の終わりに近い場所だったはずだ。
テレフォンが示す方角に向かって闘気全開で駆け抜けると、その浅瀬の終わり付近に辿り着いた。
そして彼はいた。
全身を真っ白なマントで隠した謎の探索者ニニ。
おそらくエインヘルアル。
でも半分だけ正解らしい。
いったい何者なのだろう。
「こんにちは」
少年のような声が聞こえた。
ノイズが混じった機械音のような声だったけど、間違いなく少年の声だ。
「こんにちは。リィヴです」
「ニニです。マリアさんから今日、貴方と一緒に魔石狩りをするように言われています。貴方は魔石を持っていても魔獣に襲われないという特殊な能力を持っているそうですが、間違いありませんね?」
俺の能力のことをニニに話してあるのか。
ま、当然か。
一緒に魔石狩りするんだから。
「ええ、間違いないです。なので魔石は俺が持つということでいいですね?」
「はい。それでお願いします。もし魔獣と戦うことになったら、戦闘は僕に任せて下さい」
お手並み拝見といこう。
噂ではかなり強いらしいけど、実際にニニが戦っているところを見たことがある者はいない。
取ってくる魔石の量から、単純に強いだろうって噂が流れているだけだ。
俺はいわば荷物持ちだ。
魔法袋のことだけニニに悟られないように上手くやれば、後は気楽なもんだ。
それに最下層なら、俺が魔石を持ってしまえば早々簡単に魔獣と戦うことにならない……はずだ。
「では行きましょう」
少年ニニの後について、俺は初めての最下層に向かった。