第6話 ギルド登録
ケビンさんの言葉に思わず吹き出しそうになったのを我慢した自分を褒めたい。
特別な魔道具?
もしかして魔法袋? いや違う。魔法袋以外にも2つあった。
指輪と種みたいなのだ。
もちろんそれ以外にもあるのかもしれないけど。
「ど、どんな魔道具なんですか?」
「魔力指輪です。その指輪から無限に魔力がクロード様に与えられるのです。既に最上級のあらゆる戦術と最上級闘気を得ております」
おいおいおいおいおい!
なんちゅ~チートな魔道具だよ!
いきなり最上級全部揃えかよ!
くそ~~~! 指輪を選ぶべきだったか!
「残念ながら指輪を外すことが不可能なため、他のエインヘルアルに魔力を与えることは出来ないようです。もしそれが可能なら一気に神玉を集めることが出来たのでしょうが……。ですがクロード様を中心とした新たな精鋭部隊が編制されたばかりです。当面はクロード様に戦闘経験を積ませていきながら、いずれは最上層で最上級魔石を手に入れて、精鋭部隊のエインヘルアルを強化するのでしょう」
おい! 法律はどうなった!?
自分で魔石集めなくちゃいけないんじゃないのかよ!
ま~例外ってやつなんだろうな。
そのクロードって奴も、最上級戦術と最上級闘気を使っても今は中層で戦えないみたいだし。
こつこつと鍛錬することが大事なんだろう。
それは分かるけどね。
しかしすごいな。
最上級の闘気が使いたい放題っていいな~。
俺の魔法袋もチートだけど、指輪の方がチートだったな~。
「え~、リィヴ様は焦らず聖樹の森の浅瀬で魔石狩りをされるのがよろしいかと思います。
では、エインヘルアル達がパーティを組むための集会所に向かおうと思います。おっと、その前に申し訳ありませんが、こちらに手の平を押して頂けますか? これは魔石を薄くして作った特別なもので、リィヴ様の手形を記憶します。そうすることで、この部屋のドアを開けることが出来るのはリィヴ様だけになります」
ケビンさんが出してきた板のようなものに、手の平を置いた。
一瞬の光りが走ると、「はい、もう大丈夫です」とすぐに終わった。
その後、集会所に向かった。
そこ以外でも『酒場』と呼ばれる場所で、飲みながら意気投合すればパーティを組むことがあるとか。
情報収集や情報交換も集会所か酒場で行うことが多いそうだ。
ちなみに集会所は、瞬間移動石のある部屋のすぐ隣だった。
と、集会所に入ったところで問題発生。
緊急事態ですよ!
「あ」
「あ」「あ」「あ」
『あああああ!!!!!』
悪者先輩達と再会してしまいました。
なんちゅ~巡り合わせ!
「おや? お知り合いですか?」
「てめぇぇぇ! よくも!」
「ど、どうもその節は」
「どうもじゃねぇよ!」
集会所はかなり広い部屋だった。
悪者先輩達以外にも、それなりの数のエインヘルアル達がいた。
が、一気に注目を集める俺。
「おやめ下さい。エインヘルアル同士の揉め事は禁止されています。エインヘルアル法第5条4項を適用させて頂き、このケビンが事情を聴かせて頂きます」
「事情も何も! こいつ俺達を後ろから襲ったんだぞ! しかも闘気使って!」
「ああ、そうだ! こいつのせいで俺達は死ぬことになったんだ!」
「……本当ですか? リィヴ様?」
うげ……まさか、こんなことになるとは。
仕方ない、正直に言うしかないよな。
「はい。本当です。ただ、俺はミズガルズに降りたばかりで、この世界のことよく知らなかったので……この人達が魔獣に追われて、たまたま近くにいた探索者にその魔獣をなすりつけてしまったみたいなんですよ」
悪者先輩達は「ちっ」と舌打ちして苦々しい顔をしている。
うけけけ、本当のことを正直に話したらどっちが悪者かなんてすぐに分かるからね~!
「それでこの人達、その探索者に持っている魔石を寄越せって言ったみたいで。その探索者はそれを拒んで、結局魔石は魔獣に食べられちゃったみたいなんですよね」
「なるほど、それで?」
「そしたらこの人達、その探索者達と怒鳴り合いを始めて……それでその探索者を殺そうとしたんです」
悪者先輩達は「けっ!」と反省の色のない悪態をつく。
むむ~ここはケビンさんにちゃんとお仕置きしてもらわなくては!
「ま~そうなったら探索者の人達を助けますよね? それで後ろから奇襲みたいな形ではありましたけど、この人達をその……やってしまったわけです」
「なるほど」
ケビンさんはふぅっと息を1つついて、自分を落ち着かせているようだ。
まだ神殿勤務3ヶ月の新人だもんな。
こういうエインヘルアル同士の揉め事を納めるなんて初めてなのかもしれない。
「分かりました。今回の件に関しましては、リィヴ様がミズガルズに降りられた直後ということもあって、罪に問いません。ですが、今後はエインヘルアルを攻撃すれば重い罪となりますのでご注意ください。罪には問いませんが、こちらの方達に迷惑料として……そうですね、小魔石を1つずつということでいかがでしょうか?」
「う~ん、ま~あんたがそう言うなら、俺達はそれで構わないぜ」
「なんだよ小魔石1つかよ。しけてんな」
「持ち帰ってくることを考えたら妥当じゃね?」
え? なにこの流れ?
なんで俺が悪者になってるの?
しかもケビンさんってエインヘルアルの罪をその場で決める権限とかあるの!?
「え、え~っと……俺がこの人達に小魔石を1つずつってことですか?」
「そうです」
「お、俺が?」
「はい。リィヴ様がです。本来なら重罪ですよ?」
「その……探索者の人達を殺そうとしたことに関しては?」
「特に何もありません。街中で騒ぎを起こせば問題になるでしょうが、聖樹の森で探索者が死ぬことなど当たり前のことですから」
「え?」
「もちろん探索者を襲うことを推奨しているわけではありません。ですがエインヘルアルが強くなることと、探索者の命なら、エインヘルアルが強くなることの方が大事なのです」
あ、あれ~? なんだそれ?
あ~だめだ。
この人だめだわ。
いや、ケビンさんがだめなんじゃない。
やっぱり神殿そのものが腐っているのか。
「さて、リィヴ様を仲間に入れて下さるパーティを」
「あ、いや、いいです。俺、当分は独りでやりますから」
「お~っと勘違い野郎が、また勘違いしてるぞ」
「お前、優しい俺達が教えてやるよ。俺達をやった時のように闘気を使っていたら、いつまで経っても強くなれないぞ」
「浅瀬で必死に魔石を吸収して、戦術と闘気を揃えていかなくちゃいけないわけ。闘気でお遊びしてるんじゃねぇよ」
「ヴァルキューレに刻んでもらった戦術も、魔獣相手に鍛錬しないと意味がないんだよ。お前1人で魔獣と戦っても、一瞬でヴァルハラに戻されて終わりだぞ」
「何なら俺達が指導してやろうか?」
「あ~いいな、それ。お前、俺達のパーティに入れよ。みっちりしごいてやるから」
悪者先輩は、三下雑魚に格上げされました。
……あれ? 待てよ?
ケビンさんの説明通りなら、こいつらゼニいらないんだよな。
テラの街中で遊ぶためのゼニ稼ぎだったのか?
もしかしてこいつら、わざとか。
わざと魔獣を引っ張って探索者を襲わせていた可能性があるな。
逃げるために魔石が入った袋を投げ捨てたら、その魔石を頂戴して吸収していたとか。
たぶんそうだ。
三下雑魚はクズに格上げだな。
「ケビンさん、ここはもういいです。あと何か説明がありますか?」
「……分かりました。では一度部屋に戻りましょうか」
ここにいると胸くそ悪くなるしね。
さっさと集会所を出て部屋に戻ることにしよう。
そう思ってクズの言葉を無視して集会所を出ると、瞬間移動石の部屋からいかにも強そうなエインヘルアル達が出てきた。
装備の見た目からして違う。
すげ~強そうな人達だ。
「あ、クロード様ですよ! ほら、あの金髪の方です」
おお、この人がクロードか。
俺と同じでオーディンから特別な魔道具を与えられた人。
そういえば、魔法袋とは違って内緒にしろとは言われなかったのか?
あれ? オーディンは何か言ってたっけ?
思い出せないな……指輪のことで何か言っていたような気がするんだけど。
クロード達の前と後ろには、それぞれケビンさんと同じような神官の人達がいた。
後ろを歩く神官が、ケビンさんに向かって口の動きだけで何かを伝えていた。
それに対してケビンさんは「おお!」と小さな声で驚いていた。
「どうやら中層に行かれたようですね。本当に素晴らしい。まだミズガルズに降りて3日目だというのに、もう中層ですよ」
それは本当にすごそうだ。
今の俺には中層どころか、最下層がどれだけすごいのかもよく分からないけど、エインヘルアルが到達できたのが上層までなんだから、その一歩手前の中層ってすごいんだろうな。
クロードって人は見た目金髪のイケメンだった。
勇者様なんて言葉がぴったりの男だったよ。
性格がどうなのかまで知らないけど、魔力指輪を持つ彼を中心に神殿は動いていくのだろう。
ま、俺は地道にやらせてもらいますよ。
部屋に戻ると、ケビンさんから残りの説明を受けた。
主に魔石の交換に関する説明だった。
神殿での交換率は極小魔石1個で500ゼニ、小魔石1個で10万ゼニ、最下級魔石1個で100万ゼニ。
下級魔石からゼニへの交換はなかった。
テラの街中で遊ぶのに、そこまで多くのゼニは必要ないからだそうだ。
下級魔石からの交換がないだけで、交換率はギルドとまったく同じだった。
魔貨への交換も同じだ。
最下級魔石で1魔貨、下級魔石で100魔貨、そして中級魔石は1万魔貨だった。
さらに上級魔石は100万魔貨で、魔力量と完全に一致していた。
交換できる戦闘魔道具も見せてもらった。
武器と防具は下級の戦闘魔道具を目指すことになる。
槌も種類がいろいろあって、お値段も微妙に違っていた。
一番高いので400魔貨、一番安いので150魔貨だった。
その他にも便利な道具として、サンディさん達が言っていたお互いの位置が分かる魔道具があった。
しかも、離れていても通話ができるものだった。
魔道具の名称は『テレフォン』。
魔石が共鳴し合うように設定されているため、だいたいの位置の方角が分かる。
ただし、通話に関しては約3㎞までの距離が限界だそうだ。
お値段は300魔貨とお高い。
使っている魔石が下級魔石だからだろう。
それに2個の下級魔石のセットだしね。
下層以降の危険な地域で使うことは、近くの魔獣に自分の存在を知らせることになるので注意が必要なんだそうだ。
魔石の魔道具を使うってことは、その場で魔力を消費することになるので、近くにいる魔獣に気付かれてしまうらしい。
魔法石も見た。
基本属性は火、水、風、土。
最下級で10魔貨から、下級で100魔貨から。
最下級は10魔貨で魔法を1回使える。
最下級魔石は魔力量が少なくて、魔法石とするのに最低10個の魔石が必要なんだそうだ。
下級は魔法の威力も上がるし種類も増える。
100魔貨でこちらも魔法1回だ。
魔法の使用回数を2回で作りたいなら、200魔貨となる。
上位属性の炎、氷、雷、木、光、闇は最下級魔石では作れず、下級魔石からになる。
下級で1千魔貨から、中級で1万魔貨から、上級で100万魔貨からだ。
こちらも魔法の使用可能回数に応じて値段が上がっていく。
作れる魔法石の魔法の使用可能回数は、基本属性で最大10回。
上位属性だと5回が限界らしい。
ここら辺は魔道具技師の腕によるそうだ。
ちなみに、最上位属性として聖属性があるらしい。
らしい、というのは現在この聖属性の魔法石を作れる魔道具技師が存在しないからだ。
聖属性は一瞬で怪我や病気を癒すことが出来たと伝えられている。
一通り戦闘魔道具の説明を受けたところで、お昼時である。
ケビンさんの説明もそろそろ終わるかな。
「魔道具の説明に関しては以上です。……さて、これで一通りリィヴ様にお伝えすることは終わったのですが、最後にとても重要なことをお伝えしなくてはいけません。今はまだリィヴ様には直接関係しないことではありますが、いずれ関係してくることになりますので。実は、ここ3年ほどのことなのですが、聖樹の森の中層以上に『死神』が現れるようになりました」
「死神?」
「はい。不死身である神の戦士エインヘルアルを殺す能力を持った恐ろしい敵です」
「え!?」
エインヘルアルが死ぬ? 生き返れないってことなのか。
おいおい、約束が違うぞ。
「死神は頭まで覆う真っ黒なマントに身を包み、何の表情も刻まれていない真っ白な仮面をつけています。そしてその両手には真っ白な巨大な鎌を持っているそうです。正体は不明です。
ニブルヘイムからの悪魔であると推測されていますが、マントに身を包んだ姿は人に似ているため悪魔ではないとも言われています。下層で目撃されたことはないため絶対ではありませんが、当分はリィヴ様が死神に遭遇する危険はないかと思われます」
中層からはデスゲームですかい。
進むのは下層までにしようかな……。
その死神とやらがエインヘルアルを殺してしまうから、補充のエインヘルアルが召喚されているのかもしれないな。
「退治されていないってことは、相当強いんですね?」
「強いです。私が知る限りの情報では、現れた当時に上層に到達していたエインヘルアルを次々と殺してしまったそうです。そのため上層に到達した経験のあるエインヘルアルはとても少なくなってしまいました。
死神を恐れて上層にエインヘルアルが行かなくなると、今度は中層に降りてきたそうです。
おかげで中級魔石や上級魔石が不足しています。
ですが、死神の脅威もこれまででしょう。クロード様がすぐに死神を退治して下さるはずです!」
中層に死神が出るのに、3日目のクロードを連れて中層に行ったのかよ。
危険だな~。
いくら無限に闘気使えるからって、まだまだ鍛錬が必要だろうに。
ケビンさんの説明は全て終わったようだ。
魔石の売買もケビンさんが俺の担当なので、俺は持っていた小魔石1個を10万ゼニと交換してもらった。
カーリアに着くまでに小魔石を1個だけ手に入れていたんですと、嘘をついておいた。
クズ野郎達への迷惑料は次からの分で渡すことになった。
神殿の食堂で昼食を済ました。
メニューはどれも豪華なものばかりだった。
これも全部無料か……サンディさん達を連れてこれたら喜ぶだろうな。
聖樹の森での昼食用にお弁当みたいなの頼めるのかな? と思い聞いてみると、箱に詰めてくれることが分かった。
なので、3人分お願いした。
一緒に行くパーティメンバーの分なんですと言ったら、疑わず作ってくれた。
これで明日の昼食は問題ない。
あれ? そういえば魔法袋の中に食料入れていたら腐るのかな?
イメージ的に腐らないような気もするけど……これも検証しておくか。
昼食の後、テラの中心街に降りた。
外からみた神殿は、まさに摩天楼のような建物だった。
圧迫感がすごくて、まるで王都テラを監視しているみたいだ。
街中でサンディさん達の家の住所を見せて場所を聞いてみた。
残念ながら中心街からは遠く、歩くと3時間ぐらいかかってしまう場所だった。
行けないわけじゃないけど、確実に夕方までにカリーンに戻るには微妙な距離だ。
闘気使って走っていけばあっという間だけど、目立っちゃうだろうし。
それにサンディさんとリタさんの知り合いですと言っても、信じてもらえるか分からないか。
中心街で食料、お菓子、玩具を買って、配達屋に届けてもらうようにお願いした。
10万ゼニ分買ったら、かなりの量になってしまった。
たくさんあって困ることはないだろうから、大丈夫だろう。
テラでやることは無くなったので、カリーンに戻ることにした。
建前は浅瀬で魔石狩りしてきますだけどね。
死神の件があるので、一応最低でも10日に1回はケビンさんと会わなくてはいけない。
生存していますという確認らしい。
死神が絶対下層や最下層、浅瀬に現れないとは限らないからだそうだ。
「ただいまです」
「おかえりなさい」
「おぅ、おかえり」
無事カリーンに戻ってきました。
そして我が家であるニレの宿屋に到着です。
サンディさんとリタさんは既に戻ってきていた。
俺の身分証明書の偽造は上手くいったようで、1枚の紙を見せてくれた。
「これでリィヴも探索者登録が出来るね」
「ありがとうございます。費用とか本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、大した事ない。これからじゃんじゃん稼ぐんだから、問題ないだろ?」
「あはは。そうですね。じゃんじゃん稼ぎましょう」
早速、探索者ギルドに向かった。
道中に王都テラと神殿での出来事をあれこれと話した。
サンディさん達の家に食料やお菓子、玩具を送ったことを伝えると、とても喜んでくれた。
サンディさんとリタさんの笑顔が見れて良かった良かった。
探索者登録はすんなり終わった。
偽造の身分証明書だとギルド職員も分かっているらしいけど、特に何事もなく登録出来た。
お決まりの説明を受けて、小魔石で作られた財布魔石をサンディさんに買ってもらった。
形の上では、たったいま探索者になったばかりなので、姉のすねをかじる弟を演じないといけないからだ。
サンディさんも「稼いで返してよね」と笑いながら、姉弟の設定で通してくれた。
これで明日から、本格的に稼ぎ始めることになる。
戦術の鍛錬もしないとな。
出来上がったばかりのギルドカードを見つめて、改めて気持ちを引き締めているとギルドのドアが開いた。
するとサンディさんとリタさんが、ちょっと驚いたような声を上げた。
俺もちょっと驚いた。
ギルドに入ってきたのは、頭まで覆う真っ白なマントに身を包んだ人だった。
しかもフードの部分は顔を完全に覆ってしまうような造りだ。
あれだと前が見えないじゃないか。
俺が驚いたのは、ケビンさんに聞いていた死神と一瞬重なったからだ。
でも死神は真っ黒なマントに、真っ白な仮面と巨大な鎌だったはずだ。
マントで身を包んでいることしか共通点がないけど、ちょっと驚いた。
仮面をつけているかどうかは確認できないけどね。
その探索者は受付の前まで行くと、無言で袋をカウンターに置いた。
中には魔石が入っているのか、受付の人は急いで数え始めている。
音からして、けっこうな数の魔石のようだけど。
「ニニだ」
「ニニ?」
「ああ、正体不明の探索者でちょっとした有名人さ。ちなみにオレ達と同じニレの宿屋に泊っているぞ。しかも唯一の例外客としてね」
「正体不明なんですか? それに例外客って?」
「女将さんが後ろ盾についているって噂なのよ。探索者登録も女将さんの推薦で登録したみたいで、ニニって登録名もきっと偽名だわ」
「主に最下層で魔石狩りをしているらしい。ただ、時どき下層まで足を運ぶそうだ。例外客ってのは浅瀬を越えて最下層に到達しているのに、ニレの宿屋に泊まれているのがニニだけだからだよ」
「へ~じゃ~強いんですね」
「噂では戦闘魔道具を『初めから』持っていたとか。身につけているマントも魔道具で中から外は見えているって噂だ」
初めから?
もしかして……エインヘルアル?
昨夜、マリアさんに誘惑……というより脅迫された時、マリアさんはどうしても殺したい相手がいると言っていた。
そいつを殺すためにマリアさんはより強力な戦闘魔道具を造りたいため、俺の能力で魔石を集めて欲しいと求めてきた。
だとしたら、このニニって人も俺と同じでマリアさんに協力しているエインヘルアルの可能性がある。
そして最初から魔道具を持っていたってことは、オーディンから特別な魔道具を与えられているんじゃないのか。
謎の探索者ニニは魔石の交換が終わると、すぐにギルドを出ていった、
サンディさん達は今日も魔石狩りをしていた、ということで小魔石2個をゼニと交換した。
「昨日に続いて調子がいいな」と受付の人が爽やかな笑顔で言ってくれると、サンディさんとリタさんも受付に負けないほど爽やかな笑顔で「コツが掴めてきたんです」と答えていた。
神殿には狸がいるそうだけど、こっちには狐が……とは口が裂けても言えないです。
俺も受付の人から「明日から頑張れよ!」と励まされたので、「小魔石狙いで頑張ります!」と爽やかな笑顔を送っておいたよ。
今夜もニレの宿屋の食堂でご飯を食べながら、明日からの行動の打合せをすることになった。
なのだが、
「とりあえずビールお願い」「オレも」
早速ビールですかい!
ま~ほろ酔い気分の間は、記憶が無くなることはないだろうから大丈夫か。
俺は冷たいお茶と一緒に、サンディさん達が好きそうなおつまみをいくつか注文しておいた。
「リィヴに頼るとしても、問題はオレ達が本当の意味で強くならないといけないってことだな」
「ええ、そうね。リィヴに頼るのに慣れたら問題だからね。2人で浅瀬の魔獣に勝てるぐらいの強さを手に入れないと。それにはやっぱり装備を良い物にしたいわね」
「戦闘魔道具ですか?」
「いや、違う。戦闘魔道具は基本的にエインヘルアル用だ。ニニみたいな例外はいるけどな。オレ達の装備は普通にゼニで買える物だよ。戦闘魔道具は確かに強力だけど、魔石の魔力を消費するだろ。消費した魔力を常に補充するのがオレ達には難しい」
「なるほど。俺よく分からないんですけど、いまサンディさん達が使っている装備って、魔石狩りをする人達の中だと、どんなもんなんですか?」
「駆け出しが持つ普通の装備って感じだな」
「ミスリル製や、魔糸製、魔鋼製の装備が欲しいわね~」
「くっくっく。サンディも何だかんだ、気が大きくなってるじゃん」
「そ、そういうわけじゃないけど」
リタさんの突っ込みに、サンディさんは思わず顔を赤くしてモジモジしてしまう。
か、可愛い!
いいんですよ! 俺に頼っていいんです! もっと俺の胸に飛び込んできて! っと俺は心の中で盛り上がっておいた。
「お待たせしました」
心の中で盛り上がった俺の妄想が脳内を駆け巡っていると、可愛らしい声が聞こえた。
ふと振り返ると……見かけない可愛らしい女の子がビールとお茶とおつまみを運んできてくれていた。
水色のような薄い紺色の髪を後ろで結んだ色白で可愛い女の子が、これまた可愛らしいピンクのワンピースを着ている。
「スラシルちゃん。テラから戻ってたのね」
「はい。今朝戻ってきました」
「もう学院は卒業なんだっけ?」
「無事に卒業できました」
「スラシルちゃんなら余裕でしょ。魔道具技師の免許も取れたんだね」
「はい。まだ最下級ですけど」
「スラシルちゃんならすぐに出世しちゃうよ。お母さんみたいにね」
「えへへ。早くお母さんを追い越せるように頑張ります」
「あらあら~。私を追い越すってことは最上級の魔道具技師ってことよ?」
いつの間にやってきていたのか、マリアさんがスラシルちゃんの後ろに立って話に入ってきた。
「あ、あははは……。ごゆっくり~!」
「逃げたな」
「あらあら~、あの子もまだまだね~」
「女将さんを追い越すなんて言えるんだから、きっと将来素晴らしい魔道具技師になりますよ」
「そうだといいんだけど。あの子誰に似たのか、ちょっと抜けてるところがあってね~」
マリアさんの言葉を聞いた食堂にいる全員が、きっと心の中で『マリアさんに似たんだよ』と思ったことだろう。
俺もちょっとだけそう思ってしまった。
マリアさんの本性というか、裏の顔をちょびっと見たことがあってもね。
それにしても、マリアさんの娘さんだったのか。
マリアさんって結婚してたんだ。
そもそもマリアさんって何歳なんだ?
俺は小声でサンディさんに聞いてみた。
「サンディさん、マリアさんって何歳なんですか?」
「ちょ!? リィヴ……それ絶対に口に出したらだめな言葉よ」
「え?」
「女将さんに聞かれたら……」
「聞かれたら……」
サンディさんは指で首をぐいっと切るようなジェスチャーをした。
ひぇぇぇ! 殺されちゃうんですか!?
「スラシルちゃんは王立学院卒業だから18歳のはずよ。後は自分で想像しなさい」
「はい……ところで、さっき言ってたミスリル製とかっていくらぐらいするんですか?」
「それもピンキリだね。全てミスリルで造った剣だと、軽く1億ゼニぐらいするわ」
「1億!?」
「あはは、リィヴがたくさん稼いで買ってくれてもいいのよ?」
「うお……が、頑張ります」
「冗談だよ。オレ達が買うとなれば、鋼鉄にミスリルを少し混ぜたものだからそこまでしないよ。ちなみに魔糸や魔鋼ってのは、糸や鋼鉄に魔石を混ぜたもののことだ」
「それは魔力を消費しないんですか?」
「魔石が魔力を使うには、魔石にルーン文字を刻まないといけないわ。ただ糸や鋼鉄に混ぜるだけだと魔力を消費するような物にはならないの。でも強度はすごく上がるから魔糸と魔鋼は主に防具に使われるわね」
「オレが使う斧なんかは、魔鋼製とかもあるけどな」
「俺の槌と防具なんか木ですよ……」
「でもそれ、最下級の戦闘魔道具なんでしょ?」
「まぁ、そうなんですけどね。効果は自然に魔力が流れて性能を向上させてくれるそうです……これも魔力切れたら補充しないといけないのか」
「悪者先輩を真っ二つにしたのを見た時は、たまげたな~」
「あ~あいつらは悪者先輩じゃないです。ただのクズでした」
「何かあったの?」
「ええ、ちょっと……」
あのクズ達がサンディさん達に魔獣をわざとなすりつけたって確証はないから、言わないでおこう。
「明日からしばらくは、昨日と同じような感じで行動したいと思っています。まずはゼニを稼いでサンディさんとリタさんの装備を充実させていきましょう」
「リィヴは本当に優しいね~。でもリィヴの装備もちゃんと強くしていってね」
「大丈夫です。それにはちょっとした考えがあって」
「考え?」
「俺の特別な能力で、ちょっと」
まずは検証が必要だけど、明日からのことを思うと自然と笑みが浮かんできた。