第13話
考えが甘かった。
ポーメンを攻めるまで、オークは裏切らないと思っていた。
オークの里でも、こいつらはそういう会話をしていたはずだ。
でもオークの気が変わらないなんて保証はどこにもなかった。
こいつらは、ゴブリンを殺したんだ。
いつだ?
最初から争ったのか?
それとも一緒にポーメンに向かいながら、どこかで裏切ったのか?
ゴブリン達はどうなったんだ?
逃げて生き残っている?
里はどうなった?
気がついた時、僕は全力でゴブリンの里に向かって走り出していた。
オークがポーメンに到着するのは構わない。
魔族嫌いの姫騎士率いる第2聖騎士団がいるんだ。
こいつらに待っているのは死だ。
なら、僕はゴブリンの里に向かう。
生き残りがいるかもしれない。
もしかしたら奴隷にされているかもしれない。
そうだったら、僕がどうにかして助けないと。
オークの姿が見えなくなると、オークから人間に姿を戻した。
新たな種族インキュバスを獲得したことで、俊敏は上がり走る速度も上がっている。
友好派の心優しいゴブリン達が生き残ってくれていることを願いながら、必死に走り続けた。
「あれは!?」
夜空が明るくなった頃、森の中に倒れているゴブリンを発見した。
見るも無残な死体だった。でも間違いなくゴブリンだ。
「くそっ! ここで裏切ったのか!?」
そこから先はまさに地獄だった。
森の中のあちこちに転がるゴブリンの死体。
その全てが喰われた残骸だ。
ハイエナのような猛獣が残った残骸をさらに漁っている。
僕は無意識のうちに、そのハイエナをハンマで殺していた。
奴隷なんて考えも甘かった。
オークは飽くなき食への欲望を持った種族だ。
ゴブリンすら食べてしまうんだ。
だめか。
あの心優しいゴブリンは、みんなオークに食べられてしまったんだ。
くそっ! ポーメンに向かわずにゴブリン達と一緒に行動して、少しずつオークを削っていれば!
……でも湧き上がる気持ちは『残念』というものだった。
そう、残念。
あのポーメンのご飯よりも美味しいご飯を恵んでくれたゴブリン達を救えず残念。
それ以上の感情ではない。
オークは憎い。
殺してやりたいと思うけど、それは自分の命を賭けてまでの気持ちじゃない。
弱肉強食の世界で起きたこの出来事で、自分の命よりもゴブリンを大切に思えるほど、彼らと長い時間を過ごしたわけじゃないもんな。
それでも……やっぱり救ってあげたかった……こんな風に思うのは、僕が甘っちょろい人間だからだろうか。
ゴブリンの里に行っても無意味だ。
生き残りなんていない。
運良く逃げ伸びたゴブリンがいるかもしれないけど、それを探したところで僕がどうにか出来るわけじゃない。
生き延びたゴブリンがいれば、彼らが逞しく森の中で生きていくことを願うだけだ。
ポーメンへと引き返した。
睡眠も取らずに走り続けているけど、不思議と頭はさえている。
徹夜明けのハイテンション状態みたいだ。
聖騎士団とオークの戦いは始まっているだろうか。
聖騎士団の本当の強さは分からないけど、オークに負けるなんてことはないだろう。
もしかしたら、既にオークは全滅しているかもしれない。
でもオークはゴブリンを喰らって強くなっている。
万が一……なんて事態になっていないことを祈ろう。
北の丘の教会近くまで戻ってきた時だ。
森の中にオークの死体が見られるようになった。
そしてポーメンに近づけば近づくほど、その数は増えていく。
ものすごい数だけど、ポーメンを攻めたオークの数はこれよりずっと多い。
ここに死体があるってことは、ここで戦闘があったってことだ。
それなのに、どんどんポーメンに近づいている。
まさか聖騎士団は敗走している?
「ブヒィィィィ!」
オークの声!?
この近くで戦闘が!?
「ブヒィィィ! ブヒィィィ!」
ポーメンから逃げてきたのか、巨体のオークが必死に走っている。
魔族の森へと向かって走るそいつの頭上には、文字が見えた。
オークリーダー 魔31
オークの群れの中でも、最も加護が高かった個体だ。
他の魔体持ちは? こいつだけ逃げてきたのか?
「ブヒィィィ! ブヒィィィ!」
その鳴き声を聞いていると、僕の心の中に憎悪が溜まり始めた。
ゴブリンを裏切って自らの糧としておきながら、戦いに勝てないと思ったら生への執着から逃げるのか?
お前にそんな権利があると思っているのか!?
自然と僕はそのオークを追いかけていた。
加護31のオークリーダー。
たとえハンマでも勝てるとは思えない。
でもこいつを一発殴らないと、どうしても僕の心が晴れない。
一発殴ってやばかったら、全力で逃げよう!
走る速度は僕の方が速い。
徐々にオークリーダーとの距離を詰めていく。
そして、ほぼ真横から奇襲をかけた。
「ブヒィ!」
奇襲失敗。
オークリーダーは魔体を出して、ハンマの攻撃を防いだ。
くそっ! 魔体を失っていることを期待したけど、そこまで楽じゃないか。
でもオークリーダーの魔体はあきらかに傷ついている。
ぼろぼろだ。
聖騎士団に相当痛みつけられているな。
これなら僕でも倒せるかもしれない。
インキュバスを獲得して、ハンマもさらに強くなっているんだ。
いけるはずだ!
「行け! ハンマ!」
ハンマがオークリーダーに再び向かっていく。
オークリーダーの手には巨大な大剣が握られている。
その大剣も今にも砕けそうなほどぼろぼろだ。
武装魔石による武器にも、耐久値的なものがあるのかもしれない。
「ブヒィィ!」
オークリーダーが大剣を振った。
その一撃はまるで大気を切り裂いたように僕には見えた。
ハンマは間一髪でその豪剣を避けた。
インキュバスを獲得していなかったら、今の一撃は避けられなかっただろう。
そして直感で分かった。
やばい。
あの一撃をくらったら、ハンマは死ぬ。
消滅してしまう。
耐えられない。
俊敏性だって、このオークリーダーは遅いわけじゃない。
けっこう素早い。
ハンマとの差は僅かだ。
それも、聖騎士団にぼろぼろにされてこれなのだから、万全の状態で戦えばオークリーダーの方が速いかもしれない。
逃げる。
その思考が僕の中によぎってしまった。
そのせいなのか、ハンマの動きが一瞬鈍くなった。
その一瞬の隙を見逃さないオークリーダー。
大剣が薙ぎ払われた。
ハンマが……死ぬ。
「え?」
その時、ハンマがぶれた。
ハンマの身体全体が僅かに振動しているかのように、身体がぶれて見えた。
そして次の瞬間、ハンマの拳がオークリーダーのみぞおちを捉えていた。
「ブヒィィイイイ!」
その一撃で、オークリーダーの魔体は砕け散った。
同時に『何か』が砕け散っていくのが見えた。
やった、魔体を倒したぞ。
でも、どうしてハンマは生きているんだ?
あきらかに直撃だったのに。
魔体を失ったオークリーダーは、生身でハンマの相手をする気はないようで、再び森の中へと走り逃げていく。
残念ながら逃がすつもりはない。
しかも、遅い。
走る速度が落ちている。
魔体を失うと、向上していた身体能力を失うことになるのか。
「ブヒィィィイイイ!」
あっという間にハンマが追いつく。
その背中に飛び蹴りを喰らわすと、ごろごろと巨体が大地に転がった。
「ブヒィィィ!」
ハンマの拳が顔面に打ち込まれる。
これは、ゴブリンの族長の分。
「ブヒィィィイイ!」
これは強硬派の分。
「ブヒィィィィイイイイイイ!」
そして、これは心優しい友好派の分だ!
巨体のオークは泡を吹いて動かなくなった。
死んだ。
これで少しは死んだゴブリン達の心も休まるだろうか。
僕の心はあまり休まらないけどね。
「え?」
死んだオークにハンマが手の平を乗せた。
お、おい、吸収するのか?
「しちゃったよ」
吸収した。
すでにオークの種族は持っているのに?
あ! もしかして、これでオークがオークリーダーにランクアップするとか!?
すぐにハンマの情報を見た。
魔体:半魔人
属性:無
魔神の加護:1
生命力:50+25+25
筋力:20+10+10
体力:20+10+10
俊敏:20+20
魔力:20+10
器用:20+10
装備:
技能:
あいかわらず魔神の加護は上がらないな。
補正値に変化はない。
オークリーダーになっても、変化はないのか?
次に自分の情報を見た。
半魔化
ゴブリン:生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
オーク :生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
インキュバス:俊敏(中)、魔力(小)、器用(小)
え? オークのまま?
あれ? じゃあ何で吸収したんだ?
どういうことだよ。
ハンマをチラリと見る。
答えてくれるわけないけどね。
う~ん、あと考えられる可能性はオークの加護が上がっている?
でも魔体の加護上げのためには『魔体』を倒すか『魔物』を倒すかのはずだ。
友好派リーダーが本体を倒しても意味がないって言ってたもんな。
でもゴブリンの情報が全て正しいとも限らない。
ゴブリンは魔族の中でも下位種族で、決して能力が高くない。
上位種族が知っていることを知らなかったり、または誤った情報を持っていることだってあり得る。
ちょっとオーク化して確かめてみるか。
オークになると、すぐにお腹空くからあんまりなりたくないんだけどね。
「おい」
「ひぃっ!」
いきなり声をかけられた。
いつかの情けない声と同じ声を上げて、後ろに飛び跳ねる。
「貴様、何者だ?」
美しく靡く金髪の髪。見つめられるだけで吸い込まれそうな青い瞳。整った美人顔。
そしてなぜか露出の高い白銀鎧。
おいおい、この人……姫騎士だぞ!?
「答えろ、何者かと聞いている。次に答えなかった場合、敵とみなして殺す」
なんちゅ~物騒な人だよ。
返事しなかったら、いきなり殺すって!
「あ、え~っと……旅の者です」
「どこの国から来た?」
「え~~~……故郷を捨てて旅に出る時に、長から故郷のことは話すなと」
「……殺す」
は? ひ? ふ? へ? ほ? なんでぇぇぇ!?
「うわあああ!」
「死ね」
姫騎士の魔体……じゃなくて聖体がハンマに向かってきた。
姫騎士と同じで白銀色の鎧を身に纏った、美しい騎士の姿をした聖体だ。
手には細長い剣、レイピアか?
逃げようにも動きの速さの次元が違う。
オークリーダーの時と同じく、ハンマの死を覚悟した。
しかし姫騎士の聖体は突然動きを止める。
「ほ、ほえ?」
「1つ聞くことを忘れていた。ここら辺に巨体の豚がいたはずだ。お前、見なかったか?」
オークリーダーのことだ。
僕が倒しましたって言えば、見逃してもらえるかな?
でも死体がない。
ハンマが吸収しちゃった。
「み、見ていないです」
「そうか……なら死ね」
あ、やっぱり殺されるのね。
「きゃぁぁぁぁあああ! 助けて!!!!」
「え?」
「む!?」
森のさらに奥から女性の悲鳴。
若い女性の声だ。
「馬鹿な。どうしてこんなところに!」
ポーメンの村人なのか?
誰か分からないけど、このチャンスを逃したらもう生き残れない。
女性の声に姫騎士が気を取られた隙に、僕は全速力で逃げ出した。
「貴様! くっ! ええい!」
やった!
姫騎士は僕を追わずに、女性の声が聞こえた方角へと走っていく。
物騒な人だけど、ちゃんと人命を優先する優しい人なんだ。
でも、もう二度と会いたくない。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
体力が切れるまで、全速力で走った。
さすがに全速力で30分も走り続けると、息が切れるらしい。
それでも人としてはあり得ない体力だけどね。
逃げてきたのは隠れ家の北の丘の教会だ。
2階に上がると、ようやく一息つけた。
「あ~まじで死ぬかと思った」
あの姫騎士は恐ろしい。
同じ人族の姿をしているはずの僕を、簡単に殺そうとしてきた。
他国の人が大嫌いだと聞いてはいたけど、まさか殺そうとするなんて。
しかも強い。
姫騎士の聖体の動き……ハンマと比べても次元が違う。
オークリーダーは姫騎士に負けそうになって逃走したんだろうな。
ハンマの一撃で魔体が消滅するほど、姫騎士に痛みつけられていたわけだ。
おかげで僕はオークリーダーに勝てたわけだけど……あれ? じゃ~姫騎士は僕の命の恩人? いやいや、姫騎士がオークリーダーを弱らせていたかどうか分からない。
案外、聖騎士団の他の騎士が……でも姫騎士だろうな……。
少し落ち着いたところで、オークリーダーをハンマが吸収した件を思い出した。
オーク化してランクアップしているか確かめようとした時に、姫騎士に声をかけられたんだった。
そう考えると、姫騎士がちょっとでも僕に声をかけるのが遅れていたら……お、恐ろしい!
魔族化するところを見られて、問答無用で殺されていただろうな。
念のため部屋に誰もいないか、1階に誰もいないか確認してオーク化した。
そして情報を見て唖然とした。
魔体:オーク
属性:無
魔神の加護:1
生命力:8+4
筋力:10+5
体力:8+4
俊敏:4
魔力:1
器用:4
装備:
技能:
ランクアップどころか、加護が1に戻ってる!?