第12話
ポーメンを出た僕は、そのまま北の丘の教会に向かった。
ここをしばらく隠れ家にする。
頂いた食料は大事に使わないといけない。
出来るだけ森の恵みを探して、獣を狩ることにしよう。
毛布をもらえたのはありがたい。
それに新しいマントも暖かいし。
ゴブリンの里からポーメンに着くまでの2日間は野宿で寒かった。
とは言っても、いつ猛獣に襲われないかと不安であまり眠れなかったけどね。
明日、日が昇り始めたらすぐにゴブリン達を探しにいこう。
友好派リーダーと接触して、ポーメンが守りを固めていると伝えるんだ。
聖騎士団がいるといって、ゴブリンが聖騎士団を知っているか分からないけど、とにかく強そうな人族が守っていると分かれば、里に引き返してくれるかもしれない。
それで時間が出来れば、僕がオークの里で、例の洞穴作戦でオークの戦力を削っていけばいい。
ただ、引き返すとなったらオークがその瞬間裏切る可能性もある。
その場合は仕方ない。
ゴブリン達と一緒にオークを倒そう。
危なくなったらハンマを出してでも戦う。
教会の2階の床に横になる。
昨日の柔らかいベッドの感触が恋しい。
ゴブリンの問題が無事に解決したら、どこか人族の街で生活基盤を築きたいな。
柔らかいベッドがあれば、それだけでいい。
あ、出来ればお風呂付だと嬉しいな。
そんで美味しいご飯を食べられる食堂とか……でもハンマを強くするためには魔族を倒さないと………………それで……………………。
夢だ。
2日連続で夢を見ているのか。
あれ? でもこの夢って……。
ぼんやりとした曖昧な景色の中に、ぼんやりとした人がいる。
女性だ。
その女性はゆっくりと僕に近づいてくる。
ああ、昨夜と同じだ。
ってことは、いるのか?
でもどうして僕を……まさかポーメンを出てこんな廃れた教会で寝ているのを見て、ポーメンから追い出された『はぐれ者』と思ったのかな。
同じ『はぐれ者』ってわけだ。
昨夜と同じく、女性は僕の服を脱がし始める。
そして耳元で甘美な声が響いた。
「うふふ」
これはサキュバスの魔法なのか?
イメージではサキュバスは男性を『魅了』する能力を持っていそうだけど、どうなんだろう。
この声を聞くと興奮して来るんだよね。
ゴブリン化していないのに、精力絶倫の特性がついたみたいだ。
「うふふ」
うんうん、焦らず頑張るんだ。
大丈夫、僕はずっと寝た振りしてあげるから。
昨日はこの後に焦って、素に戻っていたんだよな。
初めてなんだから、下手でもしょうがない。
でも期待して待っています!
「大丈夫……大丈夫……出来るはずよ」
ほら、素が出ちゃった。
そこは最後まで妖艶なサキュバスとして、相手を魅了しなくちゃ。
「お、大きい……」
そうかな? 標準だと思うけど。
男って大きくなった状態で比べることないから、よく分からないんだよね。
女性の胸は、お風呂とか一緒に入れば簡単に比較できるんだろうけど。
サキュバスの暖かい手に包まれながら、狸寝入りを続ける。
本当に初めてなのだろう。
四苦八苦しながら、頑張っているようだ。
こっちとしては、何だか焦らされているようで、これはこれでなかなか良いぞ。
「よ、よし……」
そういえばエドヴァルドさんが、はぐれサキュバスは一度精を吸った相手に、何度も精を求めにやってくるって言ってたな。
このはぐれサキュバスは、今後も僕のところに来るのだろうか。
人族の街で生活基盤を築いてしまったら、来れなくなってしまうのではないだろうか。
サキュバスがやってこれる田舎村でもいいかな。
ポーメンみたいなところだ。
ポーメンの中には忍び込んできたわけだし、同じぐらいの村なら大丈夫だろう。
って何を僕はサキュバス中心の生活で考えてしまっているんだ!?
でも、徐々にサキュバスとしての能力を見せつけ始めたこの感触を、一度でも体験してしまったら男ならみんなそう考えてしまうはずだ。
くそっ! 最初の方は本当に焦らしていただけなんじゃないのか?
生温かいものに包まれ、時々硬い歯に当たるもそれすらテクニックに思えてしまう。
「ぷはぁ……い、いい感じ……このまま……最後まで……」
蕩けそうなほど熱い中に包み込まれていく。
そしてお腹に重さと暖かさを感じれば、僕の上で動き始めた。
夢の中で、僕は体内に溜まっていた聖なる力を解き放った。
「エ、エドヴァルドさん……嘘ついたのか?」
翌朝、僕は動けないほど疲れ果てていた。
まさに精も根も尽きた状態だ。
はぐれサキュバスは相手が死ぬまで精を吸わないんじゃなかったの?
いや、実際死んでないんだけど、限界まで吸われるとは思ってなかった。
僕から精を吸い取ったサキュバスは、その後明け方までずっと吸っていた。
サキュバスに吸われている間は、ただただ快楽の中にいれるんだけど、サキュバスが離れた途端、ものすごい疲労感が襲ってきたのだ。
窓を見ると、薄っすらと明るくなった空に飛び立つサキュバスの姿が見えた。
空はすっかり明るくなっている。
ゴブリンを探しに行かないといけない。
でも……動けない。
動きたくない。
そ、そうだ。
精が足りてないなら、精力絶倫になればいいんだ
そうすれば、動けるかもしれない。
「ぬおおお」
寝たままゴブリン化。
久しぶりのゴブリンだ。
「はぁはぁ……ちょっとはましかな」
さすがは精力絶倫なゴブリンだ。
動きたくないという状態から、何とか起き上がることが出来た。
それにしてもサキュバスは恐ろしい。
あれが毎日続いたら、間違いなく死ぬ。
これは……ちょっと話し合わないといけないな。
精を与えるのはやぶさかじゃないけど、吸い取る精の量は考えて欲しいって。
声かけたら逃げていっちゃうかな? それならそれで仕方ない……けど、やっぱりまた精を吸い取って欲しいな。
しばらくゴブリンのまま休んだ。
午前中はもう仕方ない。
太陽が真上に来たら、ゴブリンを探しに行こう。
ようやく人間の姿でも動けるほどに回復した。
さあ、ゴブリンを探しに行こう! とハンマを出したところでふと気付いた。
ハンマの情報はたまに見たりするんだけど、この時も情報をぱっと見てみた。
何も変わっていない情報を見て、すぐに出発するつもりだった。
でも……。
魔体:半魔人
属性:無
魔神の加護:1
生命力:50+25+25
筋力:20+10+10
体力:20+10+10
俊敏:20+20
魔力:20+10
器用:20+10
装備:
技能:
俊敏、魔力、器用に補正値が足されていた。
どうしてだ?
自分の情報を見てみる。
半魔化
ゴブリン:生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
オーク :生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
インキュバス:俊敏(中)、魔力(小)、器用(小)
インキュバス。
男性のサキュバスってことか?
新たな魔族の種族を獲得していた。
どうして? 考えられるのは1つしかない。
昨夜の出来事だ。
サキュバスとのHで種族を獲得した。
つまり、Hすることでも種族を獲得することが可能なのか?
それともサキュバスだけ? 魔体持ちのサキュバスを倒しても種族は獲得出来なくて、Hすることが種族獲得条件だったとか。
ま~どっちでもいいや。
とにかく新たな種族の獲得でハンマが強くなったのは嬉しい。
オークとの戦いの前にハンマを強化することが出来たんだから。
ちょっとインキュバスになってみるか。
どんな感じか、どんな種族特性か知りたいし。
ゴブリンからインキュバスへと姿を変える。
近くに川がないから、自分の顔は見れないけど、今までのことからして顔は僕のままなんだろう。
初めてのインキュバス化はやはり奇妙な感触だった。
「ふぅ……なるほどね」
変わった……と思ったけど、両手を見る限り普通の人間だ。
いつもの僕である。
両足も、身体も、顔も、人間のままだと思う。
服はぴっちりとした黒いタイツになっていた。
そして違うのは2つ。
背中から羽が生えている。
さらにお尻から尻尾のようなものが生えていた。
「ちょっと慣れないと変な感じだな」
羽も尻尾も、僕の意思に従って動いてくれる。
ただ羽はものすごく小さい。
背中の中に納まってしまう。
そして尻尾は短い。
こちらもお尻に納まるぐらいだ。
そういえば、昨夜のサキュバスの後姿から見えた羽も小さかったな。
こんな小さな羽で空を飛ぶことが出来るのか?
空を飛ぶ……そうだよ! もしかしてこれで空を飛ぶことが出来るんじゃない!?
そう思った瞬間、僕は2階の窓から空に向かって飛び立とうしてみた。
背中の羽がびくびくと動く……けど飛べない。
あれ?
なんで?
飛ぶのにコツが必要なのか?
でも空飛んだことないから、コツなんて分からないし。
これもサキュバスと話せるようになったら聞いてみるか。
サキュバスとの仲は慎重に進めていく必要があるな。
インキュバスとしての自分の情報を見てみた。
名前:鈴木大地 年齢:24歳 性別:男 種族:インキュバス(半魔)
種族特性:魅了
やはり魅了か。
これで女性からモテたりするのかな?
ハンマもインキュバスになっている。
こっちも背中から小さな羽とお尻から短い尻尾が生えていること以外は、普段のハンマそのままだ。
ただし能力値はかなり違うけどね。
魔体:インキュバス
属性:無
魔神の加護:1
生命力:5
筋力:1
体力:5
俊敏:14+14
魔力:8+4
器用:8+4
装備:
技能:
俊敏>魔力型か。
筋力が1ってすごい低いな。
物理接近戦では使えないって感じだ。
魔法魔石で何か魔法を覚えさせないと、加護上げも大変だぞこれは。
俊敏は加護1でも既に28ある。
補正効果の俊敏(中)で基礎値と同じだけ足されるってことは、2倍ってことか。
加護9のゴブリンの俊敏が12だから、既に上回っている。
さすがにハンマの40には及ばないけど、加護が上げればすぐに追い越しそうだ。
移動用として重宝するか? でも体力低いんだよね。
やっぱり背中の羽で飛べるようになるかどうかが重要だな。
教会の外でしばらく空を飛べないかと、あれこれ試してみた。
結果はダメだった。
背中の小さな羽がぱたぱたと動くだけで、1ミリも飛べることは出来なかった。
さて、今は別にやるべきことがある。
人間に戻るとハンマを出して、魔族の森の奥深くを目指して走り出した。
サキュバスに散々精を吸い取られたけど、ようやく調子が戻ってきたぞ。
ゴブリンとオークがすぐにポーメンに向かっていたとしたら、そう遠くない場所まで来ているはずだ。
まずは友好派リーダーを探そう。
上手く見つけられなかったら……オークの戦力をどうにかして削れないものか。
あいつらは絶対に裏切るから、先に戦力を減らしておきたい。
昼から走り続けたのだが、太陽が沈みかけ始めてもゴブリンやオークの姿を見つけることは出来なかった。
まだ近くまで来ていないのか?
今日のところは教会に戻るか……それとも、このままゴブリンを探してさらに奥へと進むべきか。
悩みながらも、さらに奥へと進んでいった。
夕焼けの空に暗闇が混じり始めた。
その時だ。
奴らがいた。
「オークか」
オークの群れ。
すごい数だけど、見えているほとんどは魔体を持たない個体だ。
ところどころ、魔2以上のオークが見えるけど、先遣隊ってところか。
でもおかしいな。
ゴブリンがいない。
オークだけで先遣隊を組んだのか?
このまま進めば、真夜中にはポーメンに着くかもしれない。
オークは夜行性ではないが、夜でも活発に活動していた。昼でも夜でも食を求めて動く。
休憩を取らずにそのままポーメンに突撃するのか……それとも手前で一度止まるのか。
どちらにしても、この後ろにいる本隊を見つけないと。
そこにゴブリンはいるはずだ。
オーク化して森の中をさらに奥へと向かっていった。
逆走する僕を止めるオークはいない。
森の奥に向かうほど、どんどんオークの数は増えていった。
あちこちから「ブヒィ!」「ブヒィ!」とうるさい声が響いている。
あいかわらずゴブリンの姿は見えない。
そして、ついに本隊を見つけた。
この時、ようやく僕は最悪の事態に気付いた。
どうしてゴブリンがいなかったのか、その答えが分かったんだ。
オークリーダー 魔31
オークリーダー 魔28
オークリーダー 魔27
オークリーダー 魔25
オークリーダー 魔22
オークリーダー 魔21
オーク 魔19
オーク 魔19
オーク 魔18
加護が上がっている。
オークの里で見た時、最も高いので魔26だった。
そしてオークリーダーは4人だったはずだ。
なぜオークが強くなっているのか。
答えは1つしかない。
「ゴブリン達を……殺しやがったな!」