第11話
ポーメンの辺り一帯の地形を把握しようと探索に出かけた僕は、3つの教会を回り、ポーメンに戻ってきた。
北の丘の上の教会から、中央の教会を再び通り、南の教会の様子を見てポーメンに戻った頃には、すっかり日が暮れ始めていた。
南の教会も他の教会と変わりなく、朽ちた2階建ての小屋が建っていた。
「おかえりなさい」
「ただいまです」
門番の人は昨日と同じ人だった。
昨日とは違うのは、僕に笑顔で挨拶してくれることだね。
さっそく村長に教会の様子を報告しよう。
真っ直ぐ村長の家に向かった。
「お、ガイアさん! ちょうど良かった!」
エドヴァルドさんだ。
村長の家の前でばったり会った。
「どうしました?」
「村長がガイアさんを探していたんだよ」
「探していたって、僕は森を探索するって伝えましたよ?」
「分かってるよ。俺にガイアさんを探しに森に行けって、たったいま言われたところだったんだ。そしたらちょうどガイアさんが戻ってきてくれたってわけだ!」
森の中に僕を探しに行くという面倒なことをしなくて済んだエドヴァルドさんは、笑顔で村長の家のドアを開けた。
「ガイアさん帰ってきましたよ!」
「おお! ガイアさん! ささ、お入りになって下さい」
「はい。失礼します」
何やら焦っている?
どうしたんだ?
村長の家に入ると、まず驚いたのはカールさんがいたことだ。
昨日、アリバラに向かったはずのカールさんがいる。
何か問題でもあったのだろうか。
「どうぞお座りになって下さい。
早速ですが、カールが無事に戻ってきました。かなり無理をして走ってくれたようです」
確かにカールさんは疲れ果てているように見える。
一睡もしないで、走り続けたのかな。
「アリバラからの救援は?」
「すでにこちらに向かっております」
おお、よかった。
これでポーメンの守りを固めれば、この村の人達に被害が出ることはないだろう。
後はゴブリンをどうにかして……。
「ただ、ちょっと予想外のことが」
「え? 何ですか?」
「たまたまアリバラに第2聖騎士団がいまして……村に向かってきているのは、その第2聖騎士団なのです」
「はぁ……」
何が問題なんだ?
第2聖騎士団って、めちゃめちゃ弱いとか?
「ガイアさんは、姫騎士をご存知でしょうか?」
「姫騎士? いえ、知りません」
「姫騎士とは、ルーン王国の第3王女ソフィア姫のことでございます」
王女様か。
姫騎士なんて言われるぐらいだから、自ら戦うお姫様なのか?
「ソフィア姫は大変お美しい方でございますが、自ら先頭に立ち魔族と戦う勇敢な方でもございます。ルーン王国内での人気も高く、とても素晴らしい方ではあるのですが……」
村長は言葉を慎重に選んでいる。
ソフィア姫を誉め称えながらも、何か言い難そうにしている。
なんだろう?
「ソフィア姫が直々に来られるのですから、魔族は間違いなく倒せます。おそらく1匹も逃すことなく……ですから、ガイアさんには戦いに参加して頂かなくても大丈夫です」
村長が言い難そうにしていると、カールさんが口を開いた。
僕が戦いに参加しなくてもいいと。
「ガイアさんが戦いのために、森の中の地形を把握しようと探索に出かけられたと聞きました。その心意気本当に嬉しく思います。ですが……ここは何も聞かず、戦いには参加しないで頂けないでしょうか」
「は、はぁ。僕は別にそれでも構いませんけど」
「おお! ありがとうございます!」
カールさんの言葉に同意を示すと、村長はぱっと明るい表情に変わった。
僕が戦いに参加することが、なにかまずいのか。
それが第2聖騎士団の姫騎士と何か関係があるのか。
「でもよ、第2聖騎士団が駐在している間、ガイアさんはどうするんだ? 姫騎士様に見つかったらまずいだろ」
姫騎士に見つかったらまずい?
エドヴァルドさんの言葉に、村長とカールさんは「余計なことを」といった表情を浮かべている。
どうして僕が見つかるとまずいんだ?
「ご、ごほん……実はソフィア姫なのですが……大変素晴らしい方ではございますが、少々正義感が強すぎると申しますか……あ~……ま、魔族に対して並々ならぬ敵対心をお持ちでございまして……その、我がルーン王国は大変規律に厳しい国でして……」
村長が要領を得ない言葉を並べる。
結局何なんだ?
「面倒な言い方だな。素直に言えばいいじゃないか」
「エドヴァルド!」
「どうせ分かることだろ。それに本当にガイアさんをどうするんだ? 聖騎士団がいる間、ずっとどこかの小屋の中に隠れてもらうのか?」
「それは……」
「ガイアさん。姫騎士様は聖神様の加護を授かった者が、王家に忠誠を誓い、国のために尽力することが当然だと思っている。ま~ルーン王国では本当にそれが当たり前なんだけど、他国はそうじゃないだろ?
ガイアさんのように、加護を授かったのに旅をしているなんて、姫騎士様からすれば盗賊と同じ……とまでは言わないが、それに近い。
さらに姫騎士様は他国の人が大嫌いときたもんだ。
ガイアさんの存在を知ったら、まず間違いなく尋問するだろう。故郷のことを話すまで監禁されるかもしれない」
監禁!?
それは困る。
ゴブリンと接触出来なくなってしまう。
どうやらソフィア姫は危険人物のようだ。
王家のために、国のために、全てを捧げるのが当たり前なんて思想の持ち主なんだな。
そしてルーン王国至上主義なのか。
いや、待てよ。
これは僕にとっても良い言い訳になるんじゃないか?
第2聖騎士団の戦力を隠れて覗いたら、そのまま村を出ていけば……。
あの教会が役に立ちそうだな。
「分かりました。そういうことでしたら、僕も監禁されるのは困りますので、第2聖騎士団が村に到着したのを確認でき次第、村を発とうと思います。いつ到着の予定なのでしょうか?」
「今夜遅くに到着の予定です」
思った以上に速いな。
聖騎士団は全員聖体持ちかな。
ゴブリンの里を出て、ポーメンに着くまで2日間。そしてポーメンで2日間過ごした。
ゴブリンとオークがいつ里を出発したのか分からないけど、僕の直後に出ているとしたら、ポーメンに到着するまで5日と考えて明日。
僕の直後に出発したとは考え難いけど、魔族の行動力なんて知らないし、明日にはやってくる可能性を考えて行動した方がいいだろう。
「本当に申し訳ありません。ですが村の危機を知らせてくれた恩人が監禁されるなど……発たれる時は出来る限り便宜を図りますので、どうかお許し下さい」
「いえいえ、とんでもありません。旅をしているのは僕の都合です。みなさんには何ら非はありません。むしろ僕のことで、みなさんに迷惑がかからないか心配です。
聖騎士団に見つからないように、発たせて頂きます」
話し合いは、最後ちょっとしんみりした雰囲気で終わった。
すぐに村長の奥さんが晩御飯を用意してくれてお腹を満たした。
そのあと浴場で湯に浸かり、身体を温めさせてもらった。
旅の準備といっても、僕の荷物なんてない。
そういえば旅人という設定なのに、荷物の1つも持っていないなんておかしなことだ。
ハンマがいるから、道中は獣を狩っていると思われたのだろうか。
「村長が用意してくれたものだ。遠慮なく受け取ってくれ」
魔族の森方面の門付近の小屋にいた僕に、エドヴァルドさんが荷物を持ってやってきた。
旅袋の中には保存のきく携帯食料と水、それに毛布が1枚入っていた。
そして新品のマントが1つ。
「そのぼろぼろのマント。故郷の物なんだろ? 代えのきかない物だと思うけど、そこまでぼろぼろだとさすがに心配だってよ。よかったらうちの村のマントを使ってやってくれ」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「ま~なんだ。まさか村長もアリバラに姫騎士様がいるなんて夢にも思わなかったんだ。他の騎士団だったら、どうにでも出来たんだろうけどよ。本当に悪く思わないでくれ」
「大丈夫です。僕の方こそいろいろありがとうございます」
「またこの近くを旅することあったら、ぜひ寄ってくれ。と、言っても、俺はその時いるか分からないけどな。あの計画が成功していれば、王都で優雅に暮らしているかもしれない。お? そうだ! 王都でエドヴァルドって成り金の噂を聞いたら寄ってくれよ」
「あはは。ぜひそうします」
エドヴァルドさんごめん。
はぐれサキュバスは僕が追い払ってしまったんだ。
でも、もしかしたらまたポーメンにやってくるかもしれないから、その時は頑張ってね。
「ん?」
「きたか?」
外が騒がしくなった。
ここはアリバラ方面の門から一番遠いけど、村の中の様子が変わったと分かるほど、聞き慣れない音が聞こえてくる。
これは……鎧の音だ。
ガチャガチャとした鎧の金属の音だな。
「ちょっと一目だけ見ていきたいですね」
「おいおい、見つかったら大変だぞ」
「その時は、侵入者だ! ってエドヴァルドさんが叫んで下さいね」
「恩人を犯罪者扱いしろってか? まったく」
村の中央にある村長の家にこっそり近づいていく。
小屋の影に隠れるように、ゆっくりゆっくりと。
「いましたね」
「え? ここから見えるの? ガイアさん目良いんだな。やっぱり旅してると違うな」
旅をしているからではなく、この世界に来てから視力が異常に良いんだよね。
暗闇の中でもはっきりと見えるし。
それに目だけじゃなくて、聴力もすごい。耳をすませば、いろんな音を拾えたりする。
「20人ぐらいかな」
「だろうな。姫騎士様はあまり多くの部下を持っていない」
「そうなんですか?」
「ああ。第2聖騎士団は全員女なんだ。加護を授かった女の騎士ばかりを集めた騎士団なんだよ。だから人数はそんなに増えないんだ」
なるほど、女性だけの騎士団だったのか。
それで姫騎士はどれだ?
「姫騎士は……」
「白銀の鎧を着ているのが姫騎士だぞ」
「あ、いた」
ちょうど村長の家から出てきた騎士が、白銀色の鎧を着ていた。
美しい金髪の髪。
澄んだ青い瞳。
整った顔立ち。
身体は華奢に見えるけど、そこは聖体の加護で補っているのだろう。
それにしても、姫騎士だけじゃなくて他の騎士もなんだけど、なんで鎧があんな軽装なんだ?
何て言うか……逆にそそられちゃう? 肌が露出されてる部分とかあるし。
あ、そっか。聖体持ちなら自分への攻撃は全て無効化だから、鎧なんて実際には意味ないのか。
聖体を倒されてしまった時は自分で戦わないといけないけど、そんな事態を想定して重い鎧を常日頃着けておくより、軽装で身軽な鎧の方がいいんだな。
なんて呑気に見ていたら、姫騎士を始めとした聖騎士団が一斉にこっちに向かって歩き始めた。
しかも移動速度が速い。
やばい!
「やばい! ガイアさん行くんだ! 俺が何とかするから!」
「は、はい! ありがとうございます!」
「達者でな!」
一緒に覗くように見ていたエドヴァルドさんは、小屋の影から飛び出した。
僕は振り返ることなく、門に向かっていく。
僕の背中にエドヴァルドさんの声が響いた。
「おお~ソフィア姫。お会い出来て光栄です。私はアリバラ地方騎士団第3部隊所属のエドヴァルドと申します! 名高いソフィア姫にぜひお名前を覚えて頂きたく、ぶほっ!」
「無礼者! 姫様の前に突然飛び出すとは!」
エドヴァルドさんが監禁されないことを僕は祈った。
ま、聖体持ちだから、蹴られても実際には痛くないだろうしね。