第8話
ゴブリンの里を発って丸2日が経過した。
3日目の朝、僕はポーメンに辿り着いた。
5日かかるところを2日。
この理由は、僕の体力にある。
まず体力の前に、僕の走るスピードは以前よりずっと速い。
これは森の中を探索していた時にも何となく気付いていたけど、川を下りながら全速力で長く走ったことで再確認した。
そして新たな発見が、僕の体力だ。
自分でも信じられないほど体力がある。
走っていてもあまり疲れない。
長時間走れることで、2日でポーメンに辿り着くことが出来たのだ。
これはおそらくハンマの能力値が関係していると思う。
魔体の能力値は、本体である僕にも影響を及ぼす。
こう考えると辻褄が合う。
ハンマの体力は補正値込みで40。
俊敏は20だ。
これが僕に影響して、以前より速く走れるし、長時間走る体力もあるのだろう。
さて、無事にポーメンに辿り着いたはいいけど、まだ中に入っていない。
ポーメンは小さな村だと聞いていた通り、川を下った先に広がる平原に築かれていた小さな村だった。
木の柵でぐるりと村を囲っている。柵の高さは3mぐらいあって、なかなか高い。
その柵の中でも入り口となる門の場所は見つけてある。
しかし、森の奥からやってきた旅人という設定が、果たしてこの世界の人達にどう受け止められるのか。
不安だ。
この世界の人の常識なんて、まだ何も知らないのだから。
門には門番らしき男が2人。
残念ながらゴブリンやオークのように、頭の上に文字が浮かんではこなかった。
人間の情報は見れないようだ。
ええい、あれこれ悩んだって良い案は浮かばないんだ。
ここは旅人で行くしかない。
森の中から姿を現して、門に向かって歩いていく。
のどかな日差しの中、談笑していた門番2人も、僕の姿を見た瞬間ぎょっとしていた。
そしてすぐに腰から剣を抜いた。
「と、と、止まれ!」
かなり緊張しているようだ。
彼の言葉が、僕の知っている言葉として聞こえたことに安堵する。
僕は両手を上げて、敵意が無いことを示す。
このジェスチャーがこの世界でどんな意味を持つかは知らないけど。
「僕は旅をしている者です。貴方達に知らせたいことがあってきました。どうか村の中に入れてください。敵意はありません。武器も持っていません」
僕の言葉に困惑する門番2人。
万能翻訳で通じているはずだ。
何やらひそひそと話すと、1人が村の中に入っていった。
「そ、そこで待て! いま村長を呼んでいる!」
「わかりました。ここで待ちます」
待つこと数分。
中から4人の男が出てきた。
1人は知らせにいった門番だ。
残りの3人のうち、中央にいる老人が村長か?
両脇の2人は屈強そうな男だ。
「旅人さんか。私はこのポーメンの村長セルビオと申す。旅人さんの名前を聞いても?」
「僕はガイアといいます」
大地だからガイア。安易かな?
あれ? ガイアって大地って意味じゃなくて地球って意味だっけ? あれあれ? 何かの神様の名前だっけ? まぁ、もういいや。とにかく僕はガイアだ。
「ガイアさんや。何処から来られた? ガイアさんの後ろにある森の先にあるのは魔族の森だ」
村長のセルビオさんは僕に近づくことなく、門の場所から話しかけてくる。
しかし何処からか……。
曖昧な答えしか言えないんだよね。
「ここより遥か遠くの場所、としか言えません。故郷を捨てて旅をすると決めてから既に4年。もうここから故郷がどの方角にあるのかも分かりません。
また故郷を捨てる際に、長から外の者に故郷の話をすることを禁じられています。
旅の中でたまたまこの森の中に入っただけです。そしてこの森の先に魔族がいることは知っています。なぜなら、僕が伝えたいこととは、まさにその魔族のことだからです」
「ほ~、どのようなことかな?」
よし、ここまでは上手くいったかな?
曖昧な設定だけど、自分としてはそれなりに上手く考えられたと思っている。
「ゴブリンとオークが戦の準備をしています。おそらくここを目指しているでしょう」
「ふむ……証拠は?」
「ありません。ですが、ここに来るまでに僕はゴブリンともオークとも戦っています。あの様子からしてここを攻めると考えて間違いないと確信しています」
「ふむ……ガイアさんは素手で魔族と戦えるお方なのか?」
「いえ、戦うのは僕ではなく」
ハンマを出した。
友好派リーダーの言葉から、人間も魔体を持っているはずだ。
魔族しか持っていないなら見せるのはまずいけど、逆にこれは信頼の証になるような気がした。
事実、ハンマを見ると「おお~」と感嘆の声を上げていた。
「聖神様の加護を授かった御方でしたか。これは失礼致しました。どうぞ村の中へ。私の家でゆっくりお話をお聞かせ下さい」
聖神様? いえいえ、僕のハンマは魔神様の加護を受けています、てへ。
「なるほど、よく分かりました。すぐにアリバラに救援を要請したいと思います」
村の中に入り、村長の家に通された。
立派な木造の家で、この村の中でも一番の建物なのだろう。
僕の想像力から創られた物語は、ところどころ真実な部分があるだけに、村長達を納得させるのに十分だったようだ。
ゴブリンの姿や、オークの姿。オークの食への貪欲さなどの部分がリアルだったのだろう。
僕の話を聞く村長や村人の顔は真剣そのものだった。
村長と一緒に門にやってきた屈強そうな男2人は魔体持ちだった。
この村には現在、この2人だけが魔体持ちらしい。
「アリバラはここから何日ほどかかるのですか?」
「普通の者なら3日はかかるでしょう。ですが、このカールなら1日あれば十分です。彼は聖神様の加護で、とても速く走れるのですよ」
「なるほど、それは心強いですね」
「アリバラは港町です。駐在している騎士団もいます。ただ巡回で他の村に出ていなければいいのですが」
その騎士団を連れてくるわけだ。
屈強な騎士団が大勢来ていると分かれば、ゴブリンも引き返すかもしれないぞ。
「それにしても、ゴブリンとオークは村長の言う通り恐ろしい魔族だったんだな。ガイアさんの話を聞いて、思わず身震いしちゃったよ」
「ゴブリンとこの地を争ったのは、もう30年も前のこと。あの時、僅かに逃したゴブリンが種を増やしていったのだろう。やはり、あの時1匹残らず殺しておけば……オークの邪魔が入ったのが悔やまれる」
ん? 30年前は人族の圧勝で、もう少しで全滅出来たのにオークの邪魔が入ったのか。
「いまこの村で魔族と戦ったことがあるのは私だけです。村の若い者は魔族を見たことすらないのです。30年前に騎士団はこの地に住まうゴブリンを退治しました。私はその戦いの中で聖神様の加護を失いました。
あの時、ゴブリンを1匹残さず退治しようと森の中へ入ったのですが、何と森の中にはオークが住んでいたのです。
騎士団はオークの存在を知りませんでした。
オークも突然、自分達の縄張りに入ってきた私達を見て、さぞ驚いたことでしょう。
相当な数のオークを倒しましたが、その間にゴブリンには逃げられてしまいました。
そして聖神様の加護を失った私は、そのままこの地に新たに築く村の長になることを命じられたのです」
だいたい友好派リーダーの言っていた通りだな。
もともとこの地はゴブリンのものだった。
それなら取り返したくもなるよね。
「ゴブリンとオークは30年間、この村に姿すら見せたことはありません。森の奥で集落を築いていると、過去の偵察で分かってはいました。
ですが、私達への恐怖から手は出してこないだろうと考えていたのです。
しかも魔王の代が変わり、新たな魔王は我らとの友好を唱えていると聞きます。
やはり魔王の言葉は嘘なのか。我ら人族を安心させておいて、いきなり大軍で攻めてくるつもりなのではないか。
カールに持たせる手紙には、その旨も書いておいた方がいいでしょうな」
何やら魔王様にまで迷惑がかかりそうだけど、僕には関係ない話だ。
今はポーメンの人達とゴブリンを助けることが優先だ。
「戦ってみた感じでは、オークの方が好戦的でした。ゴブリンはもしかしたらオークに従っているだけかもしれません。オークを倒してしまえば、ゴブリンは逃げ出すことでしょう。それに守りをしっかり固めておけば、それだけでゴブリンは逃げ出すかもしれません」
「ふむ、魔族がそのような弱腰とは考え難いですが、実際に戦ってきたガイアさんの言葉ですので、受け止めておきましょう。
私はアリバラに届ける手紙を書きます。カールはそれを持ってすぐにアリバラへ。エドヴァルドはガイアさんを案内してあげなさい。何もない小さな村ですが、いくつか特産品などもございますので」
それから、僕はもう1人の魔体持ちであるエドヴァルドさんに村の中を案内してもらった。
村は平和そのものだ。
魔族の森が目の前にあるのにここまで平和な空気が流れているのは、やはり30年の間、一度も魔族が攻めてきたことがないからか。
「昔はもっと聖神様の加護を受けた者達で守りを固めていたそうだ。でも10年ほど前から徐々に守りは薄くなっていった。
先代の魔王が暴れていた時でも、ここは平和そのものだったよ。まさか今頃になって魔族が攻めてくるとはな~。俺も外れクジ引いちまったか」
エドヴァルドさんはもともとこの村の住民ではない。
港町アリバラがここ一帯の中心地で、そこから各村に魔族対策として魔体持ちが送られる。
ポーメンには3年前に来たそうだ。
今年25歳になるそうで、僕の1つ上だった。
「ポーメンはここからアリバラまでの森の恵みを得るために作られた村といっても過言じゃない。とても上質な葡萄が取れる森で、この葡萄から造られるワインが特産品なんだ。ガイアさんは、ワインは好きかい?」
おお、ワインか。
この世界にもワインがあるんだな。
ワインの知識なんて無いに等しいけど、味が楽しめるのはありがたい。
「もちろん好きですよ」
「それはよかった。今夜一緒にどうだい?」
「ええ、ぜひ」
「村の危機を知らせてくれた恩人だ。村長も奮発してくれるだろうよ」
なんだ、僕をダシに自分が飲みたいだけか。
ま~別に構わない。
酔っぱらってくれた方が好都合だ。
あれこれと、いろいろ聞けるからな。
その日の夜、まずは村長の家で歓迎を受けた。
魔族の動きを知らせてくれた恩人へのおもてなしだそうだ。
旅の様子をあれこれ聞いてくることはなかった。
逆に僕が不思議に思ったぐらいだけど、あまり他人のことを詮索するのは失礼になるからだろうか。
話は主に30年前の村長の武勇伝だ。
特産品のワインを飲んで心地よい酔いが回り始めた村長は饒舌で、30年前の戦いがいかに激しく厳しいものだったか。
そして自分がどれほど勇敢に戦ったか、熱く語っていた。
エドヴァルドさんはいない。
この武勇伝を聞かされると分かっていて逃げたのか、村の周りを見回ってきますとかいって歓迎会をすぐに抜けだしていた。
去り際に、「後で例の場所でな」と呟いて、さっさと行ってしまったのだ。
心地よい酔いから、呂律の回らない酔いへと村長が出来上がったところでお開きとなった。
もうすぐ魔族が攻めてくるかもしれないというのに、呑気なものだ。
アリバラから援軍が到着すれば、問題なく勝てると思っているのだろうか。
村長の奥さんに礼を述べて外に出ると、昼間にエドヴァルドさんから教えてもらった酒場に向かう。
酒場の明かりが見えてくると、何やら賑やかな声が聞こえてきた。
「ぷはー! 美味い! 酒と煮込み、もう1つくれ」
「おいおい、村の危機を知らせてくれたのはガイアさんという旅人なんだろ? 本人が来る前に酒と料理が全部無くなっちまうぞ」
「硬いこと言うなよ。村長の財布の紐が緩んだ隙に食べて飲まないと……おっと、噂をすればその旅人様のご登場だぞ! ガイアさんこっちこっち!」
こっちも既に出来上がっているようだ。
これなら、この世界の常識についていろいろ聞けそうだ。