第5話
「心優しきゴブリンよ。いま我が里は大きな問題を抱えているが、お前さんがこの里を気に入ってくれるなら、どうかここに居着いて欲しい」
いま僕はゴブリンの里の族長の小屋にいる。
オークに大角鹿を奪われて失意のまま里に戻ったんだけど、それでも小さな獣を3匹獲ってきた僕を里のみんなは大いに歓迎してくれた。
ちなみに族長はゴブリンリーダーで魔28だった。
「魔体を授かっていたとはな。なるほど、旅を続けてこられたわけだ」
友好派リーダーのゴブリンはニコニコ顔だ。
自分のことを指示してくれた僕が獲物を取ってきて、しかも魔体持ちだと分かって喜んでいる。
反対に強硬派リーダーは不機嫌だ。
「ふん! 魔体を授かったのなら、森の獣などではなく人族と戦うべきだ!」
と言ってイライラしている。
最初に僕を里に歓迎したのは自分なのに、その僕を友好派に取られてしまった。
そんな自分への苛立ちなのかもしれないな。
「落ち着け。里の方針の決定まであと2日だ。双方とも分かっていると思うが、里の決定には従うのだぞ。お前さんは人族と手を結ぶことに賛成だそうだが、もし我が里の方針がオークと手を結び人族と戦うことになったとしても、お前さんがこの里にいてくれることを願っておる」
族長はずいぶん都合の良いことを言うんだな。
ま~族長なんだから、里にとってプラスになることを言わないとね。
「しばらく考えさせて下さい」
「ああ、ゆっくりと考えるがいい」
「夜の間、森の中で獣を狩っていたので少し眠らせてもらいます。また夜になったら森へ獣を狩りにいこうと思っています」
「ありがたい。夜の森へ行った時にはオークに気を付けることだ。奴らは獲物だけを狙ってくる」
身に染みて分かっています。
昨日と同じテントに向かった。
テントに入ると、ご飯が用意されていた。
肉たっぷりだ。
僕が獲ってきた獣の肉かな。
美味しくご飯を頂いたら、そのまま眠らせてもらった。
起きる頃にはまた太陽が沈んでいるだろうか。
本当に昼夜逆転で、夜行性になってしまいそうだ。
「狩りに行くのか?」
起きたら見事に太陽は沈んでいて、夜ご飯を頂いた僕は夜の森に向かうためテントを出た。
すると、友好派リーダーが小屋から出てきて声をかけてきたのだ。
「はい。森で獣を狩ってきます」
「立派だな。分かっていると思うが、魔体は常に出しておけ。奇襲を受けたら大変だからな」
どう大変なんだろう?
「えっと、奇襲を受けたらどうなるんでしたっけ?」
「まさか知らないのか? 魔体を出していれば、お前さんへの直接攻撃は全て魔神様の結界で無効化される。しかし魔体を出す前に直接攻撃を受けると、魔体へ大きなダメージとなってしまう」
おっと、これは新たな事実発覚ですよ。
魔体を出していたら、僕への直接攻撃は全て無効なのか。
「そ、そうでした。気を付けます」
「ああ、気を付けろよ」
今夜は門番のゴブリンは何も話しかけてこなかった。
ただ昨日よりちょっと機嫌が悪そうだったな。
僕が友好派に属していると分かったからか。
ゴブリンの里から離れたところで、人間に戻る。
その後にまず川に向かった。
水浴びをしたい。
ゴブリンに入浴なんて文化はないだろうから、川で水浴びしてさっぱりした。
ハンマを出しておけば安心だしね。
僕への直接攻撃が全て無効という情報を得たのは良かった。
魔体を出している間は、本体への攻撃は無効。
つまりまず最初に魔体を倒す必要がある。
本体への攻撃はその後か。
昨夜のオークが僕に直接攻撃してこなかったのは、当たり前のことだったのだ。
僕に攻撃しても無意味。
僕を倒すなら、ハンマを倒さなきゃいけない。
水浴びで濡れた身体を拭くタオルが欲しいけど、そんなものはない。
マントで身体を拭かせてもらった。
明日は昼間に里を抜けて、服も洗って干すか。
起きれたらの話だけど。
服を着た僕は、オークの縄張りへと向かっていく。
獣がいないか探索しながら向かえば、運良く大角鹿を見つけた。
ハンマで難なく倒して捕える。
その大角鹿を持って、昨夜の場所を探していく。
だいたいの方角は何となく分かった。
そして案の定、そいつらはやってきた。
「きたな」
オークだ。
まずは昨夜と同じ川辺まで逃げる。
追ってくるオーク。
川辺まで来たところで、姿を現してきた。
「ブヒィ!」
オーク 魔1
オーク 魔1
オーク 魔1
オーク 魔1
昨夜とまったく同じ4匹。
昨夜の奴らか?
大角鹿を僕の後ろに置かせる。
ハンマを出している間、僕は無敵なんだから、僕がオークを殴ればいい。
上手いこと1匹だけ、獲物に近づけさせるようにハンマに動いてもらう。
ハンマは昨夜と同じように、最初に近づいてきたオークに向かっていく。
そのオークが逃げ出すと、さらに近くのオークに向かっていく素振りを見せるが、突っ込んできた2匹のオークの内、1匹に狙いを変える。
残った1匹が、僕の後ろにある大角鹿を狙って突っ込んできた。
1匹で持ち逃げは無理なんじゃないだろうか? という疑問は置いといて、僕は突っ込んできたオークに向かって拳を繰り出した。
喰らえ!
「え?」
僕の拳はオークの顔面にヒットした。
ヒットしたはずなのに、何か見えない壁のようなものに遮られてしまった。
オークにダメージは無さそうだ。
これはなんだ?
「ブヒィ!」
大角鹿を掴んだオークは、1匹で持ち出そうとする。
しかしやはり1匹では重いのか、地面に引きずってしまっている。
「ハンマ!」
僕はハンマを呼び戻した。
ハンマは大角鹿を掴んでいるオークに向かっていく。
獲物が惜しかったのか、逃げ出すのが一瞬遅れたオークはハンマに捕まった。
「ブヒィ!」
他の3匹のオークは僕を囲んで威嚇してくる。
威嚇というより挑発か?
そんなことでハンマをそっちに向けるか!
ハンマは捕えたオークを倒した。
仲間が倒されたと分かると、3匹のオークは逃げ出してしまった。
しばらく気配を探っても、戻ってくる様子はない。
他の仲間をぞろぞろと引き連れて来られても困るので、さっさと退散しよう。
「あれ?」
倒したオークがそのままだ。
ハンマは吸収しないのか?
「吸収しないの?」
答えるわけじゃないけど、思わず聞いてしまった。
そしてハンマはオークを吸収する素振りを見せない。
カードを取り出して自分の情報を確認したけど、半魔化のリストの中にオークは追加されていない。
どういうことだ?
とりあえず、ここに留まるのは危険だと思い、川を渡ってゴブリンの里の近くまで移動する。
その移動の間に、小さな獣を2匹獲ることが出来た。
ゴブリンの里近くで、ようやく一息着くと、少し情報を整理する。
まず、どうして僕の拳はオークにダメージを与えなかったのか。
これは後で友好派リーダーに確認してみるけど、おそらく魔体を出している者が全ての攻撃を無効化出来るのと反対に、魔体を出している者の攻撃もまた相手にとって全て無効化されるのではないか。
そうじゃないと、魔体を出している本体は無敵状態で一方的に相手を攻撃出来ることになる。
次に、どうしてオークの種族を獲得しなかったのか。
理由はハンマがオークを吸収しなかったからだ。
どうしてか。
ハンマの吸収には何か条件があるようだ。
前回吸収したゴブリンの時を思い出そう。
今回と前回で何が違ったか。
まず相手のレベルが違った。
ゴブリンは魔2と見えたので、たぶんレベル2だ。
今回のオークは魔1なのでレベル1となる。
レベル2以上の相手ではないと吸収できないなら、今回はダメってことになる。
でもこれはちょっとおかしな気がする。
たったレベル1、しかもレベル1と2でそんな違いが生まれるものだろうか?
自分の中でもっとしっくりくるのがある。
それは、相手が魔体持ちかどうか。
前回のゴブリンは魔体を出してきた。
今回のオークは誰も魔体を出してこなかった。
魔体持ちでないと、吸収することが出来ない。
こっちの方が何となく納得できる。
それにレベルが上がるのだって、魔体持ち特有のことなのかもしれない。
魔体無しでレベルを上げることが困難なのか、魔体を持つ者だけがレベルという概念が存在するのか。
後者かもしれない。
僕の胸から取り出せるカードに載っている情報には、レベルがない。
レベルに相当すると推測している魔神の加護は、ハンマの情報に載っている。
つまりレベルは魔体のレベルを意味している。
そう考えると、レベル2以上は全て魔体持ちなのだから、レベル2から吸収できるという考えも間違っていないか。
もちろんレベル1の魔体持ちだって存在するだろうから、レベル1でも吸収できる場合もあるだろうけど。
この考えが正しい場合、オークの種族を得るには魔体持ちのオークを探す必要がある。
これはちょっと困ったな。
魔体持ちのゴブリンに遭遇出来たのは単なる運だ。
たまたま遭遇しただけ。
魔体持ちのオークが、夜中に森の中をうろうろしているのか?
魔体持ちのゴブリンは、夜は寝ているのが当たり前だ。
でもこうしてオーク4匹と連日遭遇しているんだから、オークは夜行性?
いや、夜行性の獲物を狙っているだけか。
オークは満たされることなく食料を求めるって言ってたもんな。
オークの種族獲得は狙い過ぎないようにしよう。
そもそもハンマの吸収の条件が合っているのかも分からないんだ。
それより、いま現在はちょっと別の問題が浮上している。
今さら気付いたんだけど、僕がこの大角鹿を倒してきたと言って大丈夫なのか? ということである。
ハンマだから余裕で倒せているけど、ゴブリンだと難しいのではないか?
それなのに、僕が倒してきたと言ったら、強硬派から僕が強いと思われてしまうのでは。
そうしたら強硬派に強引に勧誘を受けるかもしれない。
それにゴブリンの里にいる間は、僕は人間の姿になれない。
ハンマを出すことが出来ない。
万が一何かあったら、ゴブリンの魔体で応戦しないといけない。
本当に危険な時はハンマ出して逃げるけどさ。
ハンマの情報を見る。
魔神の加護は相変わらず1のままだ。
獣を倒しても加護は上がらないのか? それとも加護も魔体持ちを倒さないと上がらないとか?
魔神の加護が上がる条件が分からないけど、ゴブリンの魔体も強くしておかないといけないか。
でも能力値を見る限り、ゴブリンは頼りないんだよな~。
大角鹿と戦わせたら、本当に負けちゃうんじゃないかな。
そういえば、魔体って倒されたどうなっちゃうんだろう?
時間が経てば復活するのか、それとも倒されたら終わりなのか。
友好派リーダーにそれとなく聞いてみるか。
あ、そういえば、ゴブリン化した状態であのカードを出したらどんな情報が書かれているんだろう。
ゴブリン化して、胸からカードを取り出してみた。
名前:鈴木大地 年齢:24歳 性別:男 種族:ゴブリン(半魔)
種族特性:精力絶倫
魔体:ゴブリン
特殊技能
万能翻訳
半魔化
ゴブリン:生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
精力絶倫って……確かにゴブリンって繁殖能力が高いみたいなイメージだったけどさ。
もうちょっと戦闘に役立つ種族特性だったら良かったのに。
疲れたので、今夜はもう里に戻ることにした。
ゴブリン化して大角鹿を持とうとしたら大変で、魔体のゴブリンにも手伝ってもらって、何とか里の入口まで運んでいった。
大角鹿を見た門番は驚いて、運ぶのを手伝ってくれた。
起きていたゴブリン達は大角鹿を見て、ちょっとした騒ぎになった。
友好派も起きてきたので、彼らに大角鹿を渡して任せた。