第4話
意図せず、このゴブリンの里の戦力を1人殺してしまった僕。
でも仕方ない。
あのまま何もしなかったら、死んでいたのは僕だったのだから。
「僕は貴方の意見に賛成です。人族と手を結び、オークを倒すべきだと思います。この里に居着くか分かりませんが、貴方のお手伝いをしたいです」
「おお! 分かってくれるか! ありがとう! 心優しきゴブリンよ」
「あの、よかったら貴方の名前を教えてもらえませんか?」
ゴブリンにも名前ってあるよね?
「はっはっは! 御世辞が上手いな。私のようなものが魔王様より名を授かるわけがなかろう。ま~お前さんはまだ若い。いつの日か魔王様より名を授かることを目標にするのもよいのではないか? 旅を続ければ、いつの日か魔王様に会える日が来るかもしれないからな。はっはっは!」
友好派リーダーは心底楽しそうに笑った。
どうやら僕の『御世辞』が面白かったらしい。
魔族は魔王から名を授からない限り、名を持たないのか。
危ない危ない。
僕の名前は鈴木大地です、と名乗らなくてよかった。
「族長がどのような決断をするのかまだ分からないが、もし人族と手を結ぶことを選んだのなら、お前さんにはポーメンに一緒に来てもらおう。3日後に族長が決断することになっている」
強硬派リーダーと、友好派リーダーのこのゴブリン以外に族長がいるのか。
族長が方針を決めるのが3日後。
それまでこのゴブリンの里で過ごすか。
「分かりました。その時までここで過ごしても?」
「もちろん歓迎する。寝る場所は私の小屋でも、空いているテントでも好きに使うがいい」
「ありがとうございます。ところでポーメンに行ったとして、人族との交渉は貴方が? 言葉は通じるのですか?」
「人族の文字を解する者が1人だけいる。その者に手紙を書かせて届ける。返事を受け取って里まで戻ってくることになる」
「その者をポーメンまで連れていった方がいいのでは?」
「人族の言葉を解する唯一の者だ。外で何かあっては困る。それに彼は魔体を持たない」
万が一死んだら大変ってことか。
「その者はどうやって人族の文字を学んだのですか?」
「過去に人族の奴隷となっていた者だ。その間に文字を覚えた」
「な、なるほど」
奴隷とかあるのね。
怖い世界だ。
友好派リーダーの小屋に案内してもらった。
また他の友好派のゴブリンが使っているテントで、中に余裕のあるテントも教えてもらった。
友好派のゴブリン達はみんな優しそうなゴブリンばかりだ。
反対に強硬派は気が荒らそうに見える。
テントの中で眠らせてもらった。
寝ている間にゴブリンから人間に戻らないかちょっと心配だったけど、問題なかった。
寝不足で疲れていたこともあって、日が暮れるまで眠り続けてしまった。
起きた時には太陽は沈み、また辺りは暗くなっていた。
どうやらゴブリンは夜行性では無いようだ。
夜は小屋やテントで眠って休む。
暗闇の中での活動は危険だしね。
しかし昨夜から戻ってきていない戦士は、まだ若いのに魔体を授かり、しかも夜目の特性まで得たゴブリンだったらしい。
それで夜の間に修行と食料確保を兼ねて、獣を探して森の中を探索していたとか。
その時、偶然僕と遭遇してしまって、僕が倒してしまったっわけだ。
「若いのに魔体を授かるなんてすごいですね」
「ああ、まったくだ。俺も魔体を授かることが出来れば戦士として戦えるのに、この年になっても魔体を授かることは叶わなかったよ」
「まだ授かれるかもしれないじゃないですか」
「いやいや、もう無理だ。10を超えてから魔体を授かったなんて聞いたことがない」
「そうなんですか」
「絶対ではないだろうが、可能性はほぼないだろう。ほとんどが5つまでに魔体を授かるのだから」
「なるほど」
たっぷりと睡眠を取らせてもらったテントの中で、友好派のゴブリンと話をしている。
優しそうなゴブリンで、僕の夜ご飯を持ってきてくれた。
ゴブリン 魔1
レベル1のゴブリンだ。
魔体を持たないとレベルを上げるのは難しいのかもしれない。
「夜の森には獣がいるのですね?」
「ああ、夜行性の獣がな。どれも猛獣で危険だが、魔体がいれば問題なく倒せるだろう」
「特に御馳走になる獣はどんな獣ですか?」
「そうだな、御馳走となれば大角鹿かな。それと針猪の肉も美味いぞ」
「どちらも夜行性ですか?」
「大角鹿は夜行性だ。針猪は夜の間は巣の中に隠れて寝ているだろう」
「なるほど」
貴重な食料、そして貴重な戦力を倒してしまったお詫びに、少しでも食料を取ってくるべきだな。
僕も昨日倒したゴブリンと同じく、たぶん夜目の特性を得ているはずだ。
どんな暗闇の中でも、はっきりとものが見えるからね。
「ちょっと夜の散歩に出かけてきます」
「分かった。俺は寝る」
レベル1のゴブリンは、僕が夜の散歩に出かけることを何とも思わないようだ。
変に思われても困るんだけどね。
友好派リーダーと話した後すぐに眠ってしまったので、里の中の様子がよく分からない。
あまりうろうろしないで、外に出かけることにしよう。
里に入ったのと同じ入口の門までやってきた。
門番がいた。
「外に出るのか?」
「ちょっと散歩です」
「そうか……」
それ以上は何も言ってこなかった。
僕に興味がないのか、それとも夜の散歩は当たり前なのかな?
いや森の中は危険なんだから、当たり前ってことはないだろう。
単によそ者の僕が何をしようと興味がないって感じかな。
昨日下ってきた川を、今度は逆に上るように歩いていく。
ゴブリンの里からある程度離れたところで、ゴブリンから人間に戻った。
ハンマの方が強いからね。
ゴブリンのステータスじゃちょっと心細い。
森の中に獣がいないか注視して、そして川の幅が狭いところがないか探しながら歩いていった。
目的は2つ。
食料となる獣の確保。そして1匹でうろつくオークを見つけることだ。
オークの集落のだいたいの位置は聞いた。近づいていけば、食料を求めて1匹でうろついているオークを見つけることが出来るかもしれない。
危険を冒してまでオークを探すのは、もちろん半魔化のリストにオークを追加させるためである。
僕の推測が正しければ、半魔化の種族が増えればそれだけハンマが強化されるはずだ。
それにオークを倒していけば、ハンマのレベルも上がるかもしれない。
レベルアップのためにゴブリンを倒すのはもう出来そうにない。特に友好派のゴブリンは絶対に倒したくないな。
だからこそオークだ。
オークも、オーク化して話を聞いたら案外良いオークがいるかもしれないけど、話を聞かなければ倒せる。
あ、でもやっぱり話は聞いた方がいいのかな?
最初の1匹はちょっと倒させてもらいたいけど、オーク化出来るようになったら、オークの話も聞いてみようかな。
案外、ゴブリンと争うことなく問題を解決出来る方法が見つかるかもしれないし。
獣とオークを求めて森の中を探索してどのくらい経過しただろうか。
ついに獣を見つけた。
大きな角を持った鹿。
こいつが大角鹿か。
残念ながら頭の上に文字が浮かんでくることはなかった。
あれはゴブリンなどの魔族限定で見える情報なのかもしれない。
大角鹿に気付かれないようにそっと忍び寄る。
ハンマの射程距離まで近づけばいい。
目算で約20m。
ハンマに大角鹿を倒すように指示を出す。
するとハンマは勢いよく大角鹿に向かって駆けだした。
大角鹿が逃げ出すことを考えて、僕も身構える。鹿がハンマに気付いて逃げ出したら、僕も追いかけないと。
しかしその心配は杞憂に終わった。
大角鹿はハンマに気付くことはなかった。
ハンマは大角鹿の後ろから襲いかかると、がっちりと捕まえる。
そのまま拳で何度も大角鹿の額を叩いた。
大角鹿は暴れ逃げようとするも、ハンマの力に抑えられてまったく逃げらない。
僅か数発の拳で、大鹿角は動かなくなってしまった。
強い。
やっぱりハンマは強い!
ゴブリンだときっとこんな風に簡単には倒せないだろうな。
倒した大角鹿はハンマに持ってもらう。
僕が運ぶのは大変だけど、ハンマが運んでくれるから楽だ。
魔体は本当に便利だな。
残念ながら大鹿角を倒してもハンマのレベルが上がることはなかった。
獣を倒したぐらいじゃ上がらないか。
でもハンマを使えば大鹿角を倒すのは難しくないと分かったのだから、これでゴブリンの里に恩返しが出来るぞ。
ハンマに大角鹿を持ってもらいながら、森の中をさらに探索することにした。
あれだけ時間をかけて探索して、やっと1匹見つけたのだから、大角鹿の数は多くないのかもしれない。
単に僕が探索している範囲が、大角鹿の生息範囲からずれているだけかもしれないけどね。
この辺の地理に詳しくない以上、とにかく探索を続けるしかない。
それから探索を続ければ、大角鹿以外の獣を見つけることが出来た。
それらの獣をゴブリンが食べるのか分からないけど、見た目が食べられそうな獣はとりあえずハンマを使って倒していった。
でもハンマが持てる獣も限界がある。
そろそろゴブリンの里に戻った方がいいと判断して、引き返し始めた。
しかし、異変はそこから始まった。
誰かの視線を感じるようになったのだ。
そして僕の後を追ってくる何者かの気配も感じられるようになった。
問題はその気配の数が1つではないってことだ。
オークか?
いつの間にか囲まれていたのか。
複数を相手してはだめだ。
僕に直接攻撃をしてきたらまずい。
川の幅が狭く、しかも浅い場所までやってきた。
川を越えてしまえば追ってこないかもしれない。
こっちはゴブリンの縄張りのはずだ。
「ブヒィ!」
しかし、そんな甘い考えは通じなかった。
川を越える前に、奴らは姿を現した。
豚野郎のオークだ。
オーク 魔1
オーク 魔1
オーク 魔1
オーク 魔1
全部で4匹。
見た目は豚が二足歩行しているような感じだ。
大きさはゴブリンと同じぐらい。
しかしゴブリンと違って腰巻をしていない。
全裸だ。
見たくもないものを見せられるのは嫌なものだ。
「ブヒィ!!」
咆えて威嚇か?
囲まれる前にハンマに指示を出す。
僕を守りながら、オークを全員倒せと。
ハンマは獲物を地面に置くと、最も近いオークに向かっていく。
そのオークはハンマに狙われると、すぐに逃げ出してしまった。
ハンマは逃げ出したオークを深追いすることなく、近くにいる別のオークに向かっていった。
その間に、残った2匹が僕に向かってきた。
おいおい、ハンマ! 僕を守るの忘れてない!?
「ブヒィ!」
2匹は僕に向かって……来ることなく、ハンマが地面に置いた大角鹿を2匹で掴むと、一目散に森の中へと逃げ出した。
しまった!
こいつらの目的は最初から大角鹿だったんだ!
ハンマを見ると、狙った2匹目も逃げ出したようで1匹も倒せていなかった。
ハンマは僕から20m以上離れられないから、オークがそれ以上離れたら追うことも出来ない。
大角鹿を持って森の中に逃げていったオークも、足跡の音は聞こえるけど姿は見えない。
深追いするにも、他にもオークが潜んでいる可能性がある。
怖くて追いかけられない。
「やられたな」
負けだ。
単純な戦闘ならハンマで勝てるだろうけど、オークの目的は食料だった。
一番の獲物の大角鹿を取られてしまって……残ったのは小さな獣だけ。
でも、僕に襲いかかってこなかったのは何でだろう?
ハンマみたいな強い魔体を持っているから、僕のことを強いと思ったのか?
そもそもオークはハンマの強さを見抜いたり、感じることが出来ていたのか?
もしかしたら、初めからどんな相手であろうと、獲物を奪って逃げるつもりだったのかもしれない。
敗北感にへこみながら、小さな獣だけを持ってゴブリンの里へと歩いていった。