第2話 『誰か』を助ける
気付いた時には、俺は1本の見事な樹の根元に寝ていた。
見上げた先には茶色い太い幹が立派に伸びて、これまた立派な枝からは深緑の葉が無数に生えている。
視線を少し落せば、青い空が見えた。
大樹のおかげで日陰になっており、太陽の光に熱せられてはいないようだ。
まあ、大樹からしたら俺を紫外線から守るんじゃなくて、太陽の光を吸収しようと深緑の葉を伸ばしているだけなのだろう。
これが聖樹か。
立ち上がり辺りを見る。
シーラの言葉通りなら、ここはルーン王国とやらに近い聖樹の森のはずだ。
俺はてっきり街が目視で見えるぐらいの距離にあるのかと思っていた。
でもない。
街なんてない。
それどころか、完全に森の中ですよ。
いや、まだ森とはいえないか。
林ぐらいかな。
聖樹が一定の間隔で立っており、大地は草が生い茂っている。
俺が寝ていた聖樹の根元近くの草の上に、槌と盾が1つ置いてある。
着ている革服のポケットの中には1万ゼニが入った財布魔石とシーラに会うための魔石、そして主神オーディンから特別にもらった魔法袋が入っていた。
「よいしょっと」
槌と盾を手に取ると、聖樹の根元から離れて空を見渡した。
すると、それはすぐに目に入った。
おお! あれが聖樹王か! すげ~でかいな!
遥か彼方の空の向こうに、天空を突き破るほどの巨大な樹があった。
間違いない。
あれが聖樹王だ。
あまりに巨大で距離感がまったく分からない。
ここから聖樹王を背に歩いていけばいいって言ってたよな。
道なんてないけど、生い茂る草木を避けながらとりあえず行ってみるか……あれ?
俺は自分が寝ていた聖樹の根元を見た。
そこには米粒ほどの小さな石が黒く輝いている。
これって魔石?
本当に聖樹の根から生えているんだな。
これ取れるのか?
聖樹の根元から魔石を取り出そうとしたが、かなり強く引っ張っても取り出せない。
大きさも米粒ぐらいだから、持つ場所がなくてそもそもあまり強く引っ張れないけど。
しかし困った。
聖樹の根元を切って取り出さないといけないのか?
でも俺ナイフとか持ってないし。
もらったのは槌だし。
槌で切り出せるか? 槌で叩いたら、間違って魔石を砕いてしまいそうで怖いんだけど。
「だめか~。残念だな……お?」
俺が諦めかけたその時。
聖樹の根元の地面に転がる黒い石を見つけた。
それは米粒よりもさらに小さい、砂粒程度の大きさだ。
しかし、間違いなく黒く輝いている……と思う。
う~ん、とりあえずここら辺の砂を魔法袋の中に入れてみよう
俺は聖樹の根元の砂を魔法袋が一杯になるまで入れてみた。
まだ魔力のない魔法袋はただの袋だからな。
そして一杯になったところで俺は念じた。
魔法袋よ! いま中に入っている魔石を全部食べろ!
「お?」
魔法袋の中が軽くなった。
一瞬で中に入っていたはずの砂が減ったのが分かる。
袋の中を見てみると、一杯になっていたはずの袋の中に余裕が生れていた。
魔石を食べたのだろう。
これで無限収納能力が使える……はずだ。
「これなら」
魔法袋の中に残っていた砂粒を聖樹の根元に捨てると、その聖樹の根元にあったさきほどの米粒ぐらいの魔石に、魔法袋の口を当てて『収納』と念じてみた。
オーディンの言っていた通りなら、魔法袋が勝手に魔石を収納してくれるはずだ。
「お!」
いった! 上手くいった!
聖樹の根元から米粒魔石が消えている。
でもこれどうなんだ?
無限収納で何か物を収納する時に、魔法袋は与えられた魔力を消費しているはずだ。
いま、この米粒魔石を収納するのにどれだけの魔力を消費したんだ?
それが米粒魔石の持つ魔力以上だったら、まったく意味のないことになってしまう。
これは検証してみるしかないな。
最初の砂粒魔石で与えた魔力で、どれだけ魔石を収納できるかやってみればいい。
かなりの数の魔石を収納できれば、収納のための消費魔力はそれほど大したことないってことになるからな。
俺は聖樹王を背に歩きながら、見つけた聖樹に近寄るとその根元に米粒魔石がないか探しては、魔法袋の中に収納していった。
そして聖樹の根元の砂を魔法袋の中に入れては、魔石を収納と念じる。
軽くなった魔法袋から、残りの砂を大地に戻していった。
そうしてどれくらい時間が経っただろうか。
体感時間だと2時間は歩いたと思う。
その間、かなりの数の聖樹を発見しては、かなりの数の魔石を収納した。
これはもう検証終了でいいだろう。
魔法袋の魔力が切れることはなかった。
最初に食べさせた砂粒魔石の魔力だけでここまで収納できるのだから、収納のための消費魔力で損することはなさそうだ。
収納の際の消費魔力は何で決まるのか?
一番簡単な考えは物の大きさとか重さだよな。
聖樹を収納してみようとしたけど、魔法袋の中に入ることはなかったし。
今のところは深く考えないでおこう。
検証は終わりなので、魔法袋の中に手を入れて『一覧』と念じてみた。
すると『極小魔石』と『小魔石』という文字が頭の中に直接浮かんでくるように見えた。
ほほ~、こんな風に見えるのか。
一瞬だけ戸惑ったけど、これならすぐに慣れるだろう。
俺は極小魔石を全部魔法袋に食べさせた。
これで無限収納のための魔力はだいぶ確保出来たはずだ。
でもまだまだ魔石は欲しいので、聖樹を見つけると米粒魔石と砂粒魔石をどんどん収納していくのであった。
そうしてまた2時間ぐらい経過した。
ここで困ったことが起きた。
「腹減った……」
お腹が空いてきたのだ。
いまだに街らしきものは見えてこない。
シーラはいずれ街に着くって言っていたけど、天使の感覚でいずれって何時間ぐらいなんだ?
もしかして1日じゃ着かないとか!?
死んでも生き返るってことは、餓死しても生き返れるんだろうけど!
俺は既に槌と盾も魔法袋の中に収納してある。
歩くなら身軽がいいからね。
魔獣もこっちから刺激しなければ襲ってこないようだし、槌と盾が活躍するのはまだまだ先のことだろう。
まあ、のんびり魔石を収納しながら歩いていきますか。
そんな平和ボケな考えをしていた時だ。
俺が歩く方角のさらに先の方から、悲鳴が聞こえてきたのだ。
うお……なんだろう、すげ~怖い。
なんか悲鳴が聞こえた後、林の中が騒がしくなった気がする。
逃げているのか?
何から逃げているんだろう……魔獣か?
足がぴたりと止まり、何が起こっているのか事態を把握しようと呑気に考え事をしていた俺の目の前に、ものすごく必死な形相で走る男が現れた。
「うおおおおおおお!」
おお、逃げてる。
すげ~必死だ。すごい顔だ!
男は武装していた。
俺と同じエインヘルアルなのか? っと再び呑気なことを考えてしまった俺の目の前に、今度は恐ろしいものが現れてしまった。
「ブヒィィィィィィ!」
お……おお……おおおお! 魔獣か!?
めっちゃ図体のでかい茶色の猪だ。それに目が赤い! 赤いよ!
やっば! 逃げないと! 逃げよう!
俺は来た道を戻って逃げ出した。
全速力で逃げた。
あれと戦うなんて、ちょっと無理ですよ。
俺の記憶にある猪の3倍か4倍ぐらい大きいぞ。
逃げていた男は、あんな恐ろしい魔獣にちょっかい出したのか?
こっちから刺激しない限り襲ってこないってシーラが言ってた……あ。
違う。
そうじゃない。
確かにシーラはそう言っていたけど、もっと大事なことを言っていたじゃないか。
魔獣は魔石を食べる。
だから、魔石を持っていたら魔獣に襲われるって。
まずい、非常にまずい。
いま俺は魔法袋の中に砂粒米粒の魔石を収納して持っている。
ってことは、俺はいつでも魔獣に襲われる危険があったわけだ。
それなのにシーラの言葉を忘れて何を呑気に歩いていたことか!
「ブヒィィィィ!」
きた!? きちゃったの!?
怯えながら俺は振り返った。
猪の魔獣が俺を追ってくると思ったからだ。
でも違った。
猪の魔獣は、あの逃げていた男を追いかけていったのだ。
俺を無視して。
「はぁ……助かった」
おそらく、あの男が持っている魔石の方が俺よりも多かったのだろう。
猪だって、たくさんの魔石を持っている方を追いかけるだろうし。
とにかく命拾いした。
生き返るといっても、痛いのは嫌だしね。
でも困った。
これは困ったぞ。
魔法袋の中に魔石を収納したままこの森を歩くのは危険だ。
いつ魔獣に襲われるかもしれない。
あれ? 待てよ。
全部魔法袋に魔石を食べさせたらいいんじゃないか?
それか俺が魔石を吸収しちゃえばいいんだよ。
そうすれば魔石は無くなるから魔獣から襲われることもない。
素晴らしい考えだ!
普通は自分で吸収するんだろうな。エインヘルアルなら。
でも魔石を王都テラだっけ? そこに持ち帰ればゼニか魔貨と交換できるんだよな。
お金稼ぎのためには持ち帰らないといけない。
自分を強くするなら吸収すればいいってことだな。
嬉しいことに俺にはもう1つ選択肢がある。
魔法袋に食べさせるってことだ。
魔法袋に魔石を食べさせて魔力を与えることで、無限収納能力と合成能力が使える。
主神オーディンがくれた特別な魔道具の能力なんだから、この世界で一般的な能力ってことはない。
オーディンも簡単にこの魔法袋のことは話さない方がいいって言っていたもんな。
誰かに魔法袋を奪われたらお終いだ。
よし、とりあえず魔法袋の中にある魔石を片づけよう。
砂粒の極小魔石は魔法袋に全部食べさせるか。
米粒の小魔石は俺が吸収しておこうかな。
そう考えていた時だ。
俺はまったく気付けていなかった。
俺のすぐ側に……魔獣がいたことを。
「おおお!」
俺の悲鳴に、近くにいた魔獣も驚いたのかびくりと体を震わせて俺を凝視してきた。
俺のすぐ側にいた魔獣とは、兎の魔獣である。
姿は可愛らしいものの、その大きさはやはり普通の兎の3倍ぐらいはあった。
そして目が赤い。
あれ? 兎って初めから目が赤くないっけ?
まあいいや。この図体の大きさだ。間違いなく魔獣だろう。
兎の魔獣は、聖樹の根元の土を食べていた。
たぶん砂粒魔石を食べているんだろう。
口をもぐもぐさせている仕草は可愛らしいけど、あまりの大きさに可愛いとは思えないな。
でも何で俺を襲ってこない?
さすがにその聖樹の根元にある砂粒魔石よりかは、俺の魔法袋に収納してある魔石の方が多いだろ。
それとも襲ってこない別の理由がある?
俺の方が強いとか?
確かにあの猪の魔獣と比べたら、まだこっちの兎の魔獣の方が倒せそうな気はするけど、でも絶対勝てるか分からない。
ここで俺はもう1つの理由に思い至った。
あくまでも仮定なのだが、魔法袋の中に入っている魔石には魔獣は反応しないのではないか?
そもそもこの魔法袋に収納されている魔石って、袋の中にあるわけじゃない。
魔力を使って異次元? なのかよく分からないが、とにかくどこかに収納されて消えている状態だ。
なら、魔獣が魔石に反応しなくてもおかしくない。
検証だな。
この兎の魔獣を使って検証だ。
最悪死ぬかもしれないけど、そうなったらシーラのところで生き返るまでだ。
またシーラにも会えるし。
街にすら辿り着けないで死んで戻ったら、それはそれで落胆されそうではあるが。
俺は念のため、木の槌と盾を魔法袋から取り出しておく。
そして、小魔石を1つ取り出した。
「キュ? キュキュ……キュゥゥゥゥ!!」
反応は劇的だった。
兎の魔獣は一気に俺に向かって突進してきた。
思った以上に速いぞ!
「うおっ!」
突進を何とか盾で受ける。
そのまま力に逆らわらないで、後ろにふっ飛んだ。
すんげ~馬鹿力だ。
やばいやばい。
これはやばい。
やっぱり勝てないぞ。
俺はすぐに小魔石を魔法袋の中に収納した。
すると。
「キュゥゥゥ!!! ……キュ? キュキュ?」
兎は不思議そうな声を上げるも、すぐに聖樹の根元に移動してまた土を食べ始めた。
間違いない。
魔法袋に収納した魔石は、魔獣に反応されることはない。
これはすごいことだ。
きっとものすごくすごいことだぞ。
まだこの世界のことをちゃんと分かっていないから、本当の価値を把握できないが、恐らくとんでもなくすごいことのはずだ。
俺は魔石を聖樹の森から安全に持ち帰る術を持っていることになる。
つまり魔石を採集し放題ってわけだ。
これは有利過ぎるだろ!
オーディンナイス! 俺グッジョブ!
俺は土を食べ続ける兎から離れるように、再び聖樹王を背に歩き始めた。
さっき逃げていた男は気になるが、俺自身は魔獣に襲われることはない。
だから俺は焦らず着実に逃げればいい。
今はまだ魔獣と戦える状態じゃない。
神石に刻んでもらった戦術の槌術も盾術も、まだまだ鍛錬が必要だ。
今は早く街に着くことが大事だ。
あ~でも……『闘気』があったな。
シーラは最初の頃は使うべきじゃないって言っていたけど、この魔法袋があれば俺は魔石取り放題なんだから、ちょっと試しに使ってみてもいいんじゃないだろうか。
シーラも俺がこんな便利な魔道具持っているなんて知らないから、闘気は使うべきじゃないって注意してきたわけだし。
ふむ……使ってみよう!
闘気使えば超人的な身体能力を得られると言っていた。
それで街までかっ飛ばせばいいじゃないか!
辺りに魔獣がいないことを確認して、魔法袋から小魔石を取り出しては吸収していった。
合計10個の小魔石を吸収した。
神石に魔力が蓄えられた感覚はまったくないが、これで闘気が使えるはずだ。
あれ?
でもどうやって使うんだ?
シーラはどうやって闘気を使うか説明してくれなかった。
きっと最初の頃は使う必要がないから、説明を省いたのかもしれない。
えっと、神石に蓄えられた魔力を肉体に流すって言っていたな。
血液のように魔力を体内に駆け巡らすってことか。
左胸に手を置くと、ゆっくりと深呼吸を1つ、2つ。
そしてぐっと胸に力を入れて、神石となった心臓から魔力が体内に流れるようにイメージしていく。
やがて、俺のイメージに従って身体中を駆け巡る熱い何を感じる。
おお……きてる? これきてるの? これが闘気か?
俺は走ってみた。
軽く走ったつもりだった。
しかし、さっき猪の魔獣から逃げた時よりも速かった。
あきらかに今の方が速く走れている。
「すげ~!」
思わす声が出てしまう。
これは爽快だ! 気持ち良すぎる!
「いやっほ~!」
また声が出てしまった。
無邪気にはしゃぐ子供のように、この圧倒的な身体能力を楽しんだ。
聖樹の森の景色が次々と流れて消えていく。
この動きの中でも何かと衝突することなく走れている。
動体視力も超人的になっているようだ。
判断力まで上がっているように思える。
そうして闘気の圧倒的な力に酔いしれて走っていると、前方に人が見えてきた。
何やら言い争っているように見える。
遠くから木の陰に隠れて観察です。
向かって右側には女性が2人。
反対の左側には男性が3人。
見るとその男性の1人はさっき猪の魔獣から逃げていた男だ。
このまま直進すると言い争っている中に飛び込むことになるな。
迂回するか。
面倒事の予感しかしない。
女性2人がえらく美人なのが気になるけど、いきなり面倒事に巻き込まれるのはよろしくない。
しかしこの世界の女性のレベルは、あの2人ぐらいに高いのか?
だとしたら……素晴らしいことだ!
ここは素晴らしい世界に違いない!
「お前がさっさと魔石を渡さないからだろうが!」
「なんで私達の魔石をあんた達に渡さないといけないのよ! 魔獣に見つかって逃げてきて、私達を巻き込んだくせ!」
「仕方ないだろ! それに魔獣に喰われちまうぐらいなら、俺達が吸収した方が良いだろ!」
「あんた達は死んでもどうせ生き返るんだから、他人に迷惑かけないで大人しく死ねばいいでしょ!」
「なんだとてめぇ!!」
結局こっそり近づいて覗き見している俺である。
いや、決して女性2人の美貌に釣られたわけでは……。
それにしても、レベル高い。
前に立って男達と怒鳴り合っているのは、銀髪の女性だ。
身長は女性にしては高めだな。
俺の身長が175cmだから、たぶん170弱ってところか。
顔は怒鳴っているせいか、ちょっときつい美人系って感じに見えてしまう。
その後ろに銀髪の女性よりもさらに身長の高い女性がいる。
俺より少し高いぐらいだ。
濃い茶色の髪は短く揃えられ日焼けした褐色の肌の顔が見えた。
事態をじっと見守っているその顔は……すげ~かっこ良かった。
あれ? 女性だよね? 美人だから女性かと思ったけど、間近で見るとかっこいいぞ。
女性2人は首から膝下まで薄茶色のマントで身を包んでいる。
首の後ろにはフードのようなものが見えるから、頭まですっぽり被れるようになっているのだろう。
今は顔を出して男達と怒鳴り合っているけどね。
マントの下にはズボンが見えて、さらにブーツを履いていた。
そして銀髪の女性は腰に剣を、茶髪の女性は手に斧を持っているのが見える。
「エインヘルアルなら魔獣の猪ぐらい倒してみせなよ!」
「うるせー! 俺達はまだ新米なんだよ! だからこんなところで魔石狩りしてるんだろうが!」
「そっちの事情なんて知らないわよ。とにかく魔獣に食べられた魔石の代金払ってよ」
「お前馬鹿か? なんで俺達が払わないといけないんだよ」
「自分達は魔獣に追われる原因になった魔石をさっさと吸収しておいて、迷惑かけた私達の魔石は関係ないって言うの?」
「ああ、そうだ。聖樹の森で魔獣に追われるなんて当たり前のことだ。いちいち難癖つけて弁償しろなんて、聞いてたらきりが無いぜ」
「これだから異世界の奴らは……」
ふむふむ。
どうやら、男達は俺と同じエインヘルアルのようだ。
そして、魔石狩りの途中で魔獣に見つかって逃げ出したら、この女性達を巻き込んでしまったと。
男達は逃げ切れないと悟ると、持ち帰る予定だった魔石を吸収。
男達が魔石を持たなくなれば、魔獣は当然に美しい女性達を襲う。
女性達は持っている魔石を捨てて逃げなくてはならなくなった。
そこで下衆な男達は麗しき女性達に、どうせ捨てるなら魔石をこっちに渡せと言ってきた。
が、レベル高すぎる女性達は、こんな愚かな男達に魔石を渡すのが嫌で渡さなかったら、最終的に魔獣に魔石を喰われてしまったと。
それでもめてるのね。
それにしても、銀髪の女性の最後の言葉……「これだから異世界の奴らは」って言ったよな。
つまり異世界から来たエインヘルアルは、あまり良い印象を持たれていないようだ。
くそっ! 先人達の愚かな行為のおかげで、俺も最初から嫌悪感持たれる可能性があるじゃないか。
「おい、やるか?」
「ああ」
「俺は構わないぜ」
男達の雰囲気が変わった。
殺気というのがどういうものか、平和な日本で暮らしていた俺には分からない。
しかし男達から伝わるピリピリしたこの感じ。
これが殺気なのだろうか。
「ふん!」
銀髪の女性は男達の殺気にも焦ることなく、腰に下げていた剣を抜いた。
そして茶髪の長身の女性も、手に持つ斧を構えた。
やる気だ。
どうする?
ここで格好良く登場して、女性達を助けるのが王道だろう。
でも俺まだこの世界に来たばかりで、戦う準備が出来ていないんだよね。
闘気を使っているとはいえ、エインヘルアルの先輩達にいきなり勝てるとは思えない。
この男達も自分のことを新米と言ってたから、この世界に最近来たばかりなんだろうけど。
「おらあ!」
どうしようかと考えていると戦いは始まってしまった。
数的にも男達の方が有利なのだから、美しい女性達が危ない!
なんて思っていたら意外にも互角の戦いとなった。
数が1人少ないけど、女性2人はお互いをカバーしながら隙を見せないようにしている。
特に斧を持った長身の女性の力は凄まじく、一振りで男を弾き飛ばしてしまうほどだ。
それでもやはり次第に女性達の旗色が悪くなっていく。
このままだと本当に、この超絶レベルの女性2人が死ぬことになるな。
どうする……いくか?
闘気使った奇襲なら、何とか1人倒すことが出来るかもしれない。
それにどうせ死んだって、俺もこいつらも生き返るんだ。
この先輩方には怒りを買うだろうが、こんなせこいことしている人達だ。
きっとエインヘルアルの中でも大したことない……たぶんね。
よし、いくぞ!
俺は決めた!
さっき猪の魔獣から逃げていた男を狙うことにした。
俺の方に向かって逃げてきたのは、あわよくば猪を俺になすりつけるつもりだったかもしれないしね。
俺の袋が魔法袋じゃなかったら、間違いなく猪は俺に向かってきていただろう。
こいつを叩く一応の理由がある。
いくぞ……いくぞ……今だ!!
声を出すこともなく俺は自分の出せる最大出力の闘気を纏い、そして槌にも闘気を流しながら駆け出した。
そして男の後頭部目掛けて、思いっきり木の槌を振り下ろした。
「え?」
俺の姿が見えたのだろう。
銀髪の女性がちょっと間の抜けた驚き声を上げている。
正義の味方の登場ですよ!
「え?」
今のは俺の驚き声だ。
なぜなら俺の一撃で、男が真っ二つになっていたのだ。
え? 俺の武器って木の槌だよ?
真っ二つって……でも切り口がちょっと雑なのを見ると、やはり槌って感じはする。
いやいや、でも真っ二つってあり得ないだろ。
「な、な、なんだてめぇぇ、ふぎゃああ!」
向かって右の男が怒りの叫びを上げようとしたので、俺はそのまま闘気全開で槌を横払いしてみた。
右の男は、上半身と下半身が綺麗に分かれていた。
綺麗じゃないか、やっぱり切り口はちょっと雑だな。
「お、お、お、お、ふごぉぉ!」
向かって左の男が何かどもり始めたので、ここまで来たら最後までいっちゃうしかないと思い、槌を同じく横払いで打ち込んだ。
こいつも見事に上と下に身体が分かれた。
「はぁはぁ……ふぅ……」
やった。
やってしまった。
闘気強すぎ!
そして殺してしまった。
ま、まあ、こいつらは生き返るしね。
本当の殺しじゃない。
うん、ちょっと違う。
ちょっと違う、でも心臓の鼓動がすごく早い。
めっちゃドクドクいってる。
あ、なんか視界がちょっと白くなりそう、やばいやばい。
初めての経験に頭がついてきていないぞ。
待て、気を失うな。
せっかく美人の女性2人を助けたのに、ここで失神したら全てが台無しだ!
女性2人へのアピールという欲望が、俺の精神を何とか繋いだ。
俺は気を失うことなく、呼吸を落ち着かせる。
「はぁはぁ……すーはーすーはー……ふぅ……」
落ち着いたところで、美しい女性2人を見つめた。
うお! マジでレベル高い。
間近で見ると、さらにそのレベルの高さが分かる。
これカンストじゃね? さすがにこれが平均レベルってことはないだろ。
でももしもこれが平均レベルなら、俺はこの世界にずっといてもいいぞ。
「あ、だ、大丈夫ですか? 何か危なそうだったので……」
とりあえず俺は味方ですよアピールから入ってみた。
女性2人はどちらも目を丸くして固まっている。
なんかやっちゃった?
これってもしかしてやっちゃった?
俺まずいことした系?
「え、えっとその、お、俺さっきこの世界に来たばかりで! それで事情とか良く分からないんですよ! え、えっと、そうだ! 俺はエインヘルアルです。エインヘルアルのリィヴです!」
シーラは自分がエインヘルアルであること告げればいいって言ってたよな。
あれ? 街に着いたらって話だっけ?
俺が焦りながら何かを弁解していると、転がっている男達の身体が光り出した。
そして光りの中に収束するように装備ごと消えていった。
いくつかの道具類はそのまま大地に転がっている。
おお、ヴァルハラに戻って生き返る瞬間か?
「わ、私は……私はサンディ。それでこっちがリタ」
「……リタだ」
「ど、どうも……あの、俺何かまずいことしちゃいました? もしかしてサンディさん達に迷惑かけちゃったとか?」
「あ、いや、そんなことはないです! むしろ助かりました」
「ほっ、よかった」
「でも貴方はいいの? その……仲間のエインヘルアルを」
「あ~、どうなんでしょうね? この世界に来たばかりなんてよく分からないです。でも今の奴ら、サンディさん達に迷惑かけた上に殺そうとするなんて、常識的に考えて悪者ですからね。それにどうせ生き返るんだから、いいんじゃないですか」
「ぷっ」
笑ったのはサンディさんではなく、無口そうなリタさんだった。
リタさんの笑いにつられて、サンディさんも笑ったけどね。
「あはは、ご、ごめんなさい。えっと、リィヴさんですね。変わっていますね。いや、最初はみんなリィヴさんと同じで普通の人なんでしょうね」
「ああ、オレもそう思う。」
リタさんの一人称は、オレのようだ。
イケメンだけど女性だよね!? 男じゃないよね!?
「あの、とりあえず街に向かって歩けと言われてこの世界に降りてきたんですが、街ってあとどのくらいですか?」
「ここからだと、2時間も歩けばカーリアという街に着きますよ」
「あと2時間か」
「ご案内します」
「え? そんな悪いですよ」
「いいんです。初めてミズガルズに降りた異世界のエインヘルアルがいたら、街まで案内するのも『探索者』の義務なんですよ。だからご案内します」
「そ、そうなんですか。ではお言葉に甘えて」
「はい。では行きましょう」
こうして俺はサンディさんとリタさんに案内されて、カーリアという街に向かうことになった。