第2話
行け! ハンマ!
僕の心の指示に従うかのように、ハンマはゴブリンに向かっていった。
ちなみにハンマとは僕の魔体の名前である。
半魔人なのでハンマと呼ぶことにした。
棍棒を引き抜こうとして盛大にこけたゴブリンに、ハンマが襲いかかる。
武器を持たないハンマは、拳と脚で殴ったり蹴ったり。
あまり様になっていない格闘技で、ゴブリンを倒そうと頑張っている。
対してゴブリンは棍棒で反撃してくるけど、ハンマの拳で簡単に弾き返されている。
棍棒の攻撃力はあまり高くないようだ。
そんなゲーム的な考えでいいのか分からないけど、ハンマが優勢であることは僕にも分かる。
戦いは1分もかからず終わった。
ハンマの右ストレートが綺麗に入った瞬間、ゴブリンの魔体が砕け散っていったのだ。
まるでガラスの鏡が衝撃で砕け散っていくかのように、身体が粉々に砕け散ると消えていった。
「ゴ、ゴブッ!」
魔体が倒されると、ゴブリンは一目散に森の中へと逃げていく。
待ちやがれ!
強気な僕はハンマに逃げていったゴブリンを倒す様に指示する。
するとハンマはすぐにゴブリンを追う。
ハンマの方が速い。
ゴブリンの背中にハンマの蹴りが入る。
「ゴブッッ!」
盛大にふっ飛ぶゴブリン。
そのままハンマは追撃を……あれ? しない?
止まってしまった。
なんで?
ハンマはある地点から前に進まない。
ゴブリンまでの距離はほんの2mほどなのに。
今の蹴りだけでゴブリンを倒してしまったのか?
「ゴ、ゴブッ……」
あ、生きてたか。
声が微かに聞こえたぞ。
どうして追撃しないんだ?
ハンマはその地点から左右に僅かに動くだけで、前に進まない。
もしかして進まないんじゃなくて、進めないのか?
僕との距離が問題なんじゃないか?
ゴブリンも魔体を出した後に僕に近づいてきていた。
そしてある一定の距離まで来たところで止まると、そこからは魔体だけが僕に近づいてきた。
あれはゴブリンの魔体が僕に近づける距離まで進んでいたのではないか。
僕とハンマの距離は20mぐらいか? 目算でよく分からないけど。
おそらくこの距離が僕とハンマが離れられる最長の距離ってわけだ。
僕は前に進んだ。
するとハンマも前に進み始める。
地面に倒れるゴブリンの前まで来ると、ゴブリンに向かって拳と脚で再び攻撃を始めた。
「ゴ、ゴブッ……ゴフッ……ゴ……」
倒したか。
ゴブリンの声が聞こえなくなる。
ぴくりとも動かなくなる。
魔体は砕け散ったけど、本体のゴブリンはどうなるんだ? と興味津々で見ていた時だ。
ハンマが死んだゴブリンに手の平を乗せた。
すると、ゴブリンの身体がハンマの手の中に吸われていくように消えていった。
え? 今のは何? ゴブリンを……吸収したの?
どういうことだ?
ゴブリンの腰に巻かれていた布だけが、大地に残されていた。
戦いは終わった。
どうしてこんなことになっているのかは置いといて、とにかく僕は勝利した。
ゴブリンに勝ったのだ! と喜びたいところだけど、状況がまったく理解不能なので喜びに浸ることもできない。
少し整理しよう。
森の中で気が付いた僕は、川を下って人を探していた。
でも遭遇したのは全身緑色の肌をしたお化け。
確か『こいつは何なんだよ!?』と思ったら、お化けの頭の上に『ゴブリン 魔2』という文字が浮かび上がってきた。
その後、殺されそうになって『誰か助けて!』と願ったら、ハンマが現れてゴブリンを倒してくれた。
情報を整理しようにも、結局全てが理解不能だった。
もはやここが異世界だと思うしかないような出来事ばかりだ。
いや、本当に異世界なんじゃないのか?
ゴブリンとの死闘? を終えた森には再び不気味な静寂が流れている。
どこからか呻き声が聞こえてくる。
またゴブリンみたいなのが出てこないとも限らない。
早く人を探さないと。
次も勝てる保証はどこにもない。
状況を考えながら、川を下って行く。
いま最も大事なのは、ここはどこで、そして人がいるのかどうかである。
誰かと会うことが出来れば、ここがどこなのか分かるのだから。
川を下る僕の後ろには、ハンマがぴったりとついてきている。
また戦いになった時に、僕の命を守ってくれるのはハンマしかいない。
それにしてもハンマって実は強かったりするのかな?
ゴブリンを武器も無しに余裕で倒したし。
ゴブリンの頭の上に浮かんだ『ゴブリン 魔2』という文字。
あの魔2というのは、ゴブリンの強さを表しているのではないだろうか。
ハンマの『魔神の加護:1』が、ゲームでいうところの『レベル』に相当する概念だとすれば、ゴブリンの魔2は魔神の加護:2で、レベル2ってことではないだろうか。
ゴブリンは1匹しかいなかったのだから、2匹とかの数を表しているわけでは無いのは確かだ。
たった1とはいえ、レベルが上のゴブリンに対して、しかも棍棒という武器を持ったゴブリンを余裕で倒してしまったのだから、ハンマはレベル1にしてはかなり強い魔体といえる。
きっとそうだ。
こういう異世界転移とかラノベで読んだことあるけど、だいたいチートな能力をもらって転移するし。
そう考えると、あの公園に倒れていた男性が僕を異世界に転移させたのか?
あの長い爪から放たれた闇に包まれた後、僕は森の中で目覚めた。
間違いない、きっとそうだ。
倒れていたのは『土下座』の練習でもしていたのかもしれない。
何だかちょっとわくわくしてきた。
これで無事に人に会えて街に入ることが出来たら、異世界冒険が始まるわけだ。
やっぱり冒険者ギルドとかあるのかな!?
そういえば、ゴブリンを1匹倒したけどハンマのレベルはどうなった?
さすがに1匹じゃ上がらないか。
そう思いながらも、ハンマの情報を見てみた。
ハンマに向かって情報を見ようと思えば、宙にハンマの情報が文字として浮かび上がってくる。
残念ながら、魔人の加護は1のままだった。
これがレベルに相当する概念なのか分からないけど、今はそう思うしかない。
そして魔神の加護に変化はなかったものの、別のところで変化があった。
魔体:半魔人
属性:無
魔神の加護:1
生命力:50+25
筋力:20+10
体力:20+10
俊敏:20
魔力:20
器用:20
装備:
技能:
生命力、筋力、体力の後ろにプラスの数字がある。
どうして?
強くなったとすれば嬉しい限りだけど、どうして急に強くなったんだ?
やっぱりレベルが上がった? でも魔神の加護は1のまま。
魔神の加護はレベルに相当する概念ではない可能性があるな。
それともレベルなんて概念が存在しないことも考えられる。
単に戦えば戦うほど強くなるとか。
生命力、筋力、体力に足された数字は、それぞれ元の数字の半分。
つまり1.5倍になっているわけだ。
ゴブリンの情報やハンマの情報が浮かび上がってくるのは、ゲームでいうところの『鑑定』のような技能が僕にはあるからか?
森に生えている草を見て、これは何だ? と思っても何も浮かび上がってこないんだけどね。
あ、待てよ。
自分に向かってやったらどうなるんだろう。
足を止めて、自分に向かって自分の情報を見ようと考えてみる。
すると。
「おお!?」
心臓のあたりから何やらカードが出てきた。
なにこれ、ちょっと怖い。
恐る恐るそのカードを胸から抜いてみる。
「ふぅ、死ぬことはないか」
カードを抜いても死ぬことはなかった。
死んだらびっくりだけど。
そしてカードには確かに僕の情報が書かれていた。
これまた、謎の部分があるけれど。
名前:鈴木大地 年齢:24歳 性別:男 種族:人族
1行目に書かれている内容に異論はない。
正確な情報だと思う。
問題は2行目からだ。
魔体:半魔人
特殊技能
万能翻訳
半魔化
ゴブリン:生命力(小)、筋力(小)、体力(小)
2行目からはカードに書かれている文字の色が違う。
1行目は黒だけど、2行目からは赤。
重要な情報だから赤なのか?
魔体のハンマはいいとして、問題は特殊技能だ。
万能翻訳は、恐らくここが異世界だとしたら言語の問題を解決してくれる特殊技能なのだろうから、これもいい。
半魔化とは何だ?
そしてその下にゴブリンが表示されているのはなんで?
ゴブリンの横に『生命力(小)、筋力(小)、体力(小)』と書かれている。
これを見たら、ハンマの能力が上がっている理由が分かった。
ハンマの生命力、筋力、体力の後ろに足されていた数字は、このゴブリンに書かれている内容が関係しているってことだ。
さっきゴブリンを倒した時、ハンマはゴブリンを吸収するかのような動作を見せた。
あれは僕が指示したわけじゃない。
ハンマが勝手にやったことだ。
ハンマという魔体は敵を倒すと無条件で相手を吸収するような魔体なのだろう。
それが自分を強くするための手段だと分かっているから。
これはどう捉えたらいいのだろうか。
前提条件としてここは異世界だとする。
この世界の常識からして、魔体は倒した相手を吸収して強くなるのは当たり前なのか?
それともこれは異常なことなのだろうか。
万能翻訳があるなら、最初に出会う人と問題なく話せるはずだ。
でも話す内容は気を付けないといけない。
僕が知らなくてはいけない情報を、どうにかして先に手に入れて、怪しまれないようにしなくてはいけない。
ハンマの成長システムが1つ解明されたのはよかった。
でも問題は残った。
半魔化ってなに?
文字そのものからイメージできるのって……僕が半魔化するってことだよね。
つまり僕がゴブリンになるってこと? いやいやそんな馬鹿な。
でもちょっと魅かれた。
自分がゴブリンになるということに興味が湧いてしまったのだ。
だって面白そうじゃん?
どうやって半魔化するんだ?
念じるだけでいいのか?
僕はゴブリンになるぞ~!
「うぐっ!」
本当に変化はやってきた。
ゴブリンになると思った瞬間、感じたことのない奇妙な感覚に襲われる。
頭の中が一瞬めちゃめちゃになるような感覚だ。
「はぁはぁ、ど、どうなったんだ?」
声は出る。
でも自分の両手を見た瞬間、何が起こったのか理解した。
そうなることを自ら望んだわけだから。
流れる川に自分の姿を映してみた。
夜でもなぜかはっきりと見える目で、川の水面に映るゴブリンとなった自分を見た。
ちゅ、中途半端だな、おい!
なんだこれ! 本当に『半魔』じゃねぇか!
僕の身体は全身緑色になっていた。
ゴブリンの色だ。
でも顔は人間寄りだ。
っていうか、ほとんど僕だ。
皮膚の色が緑色になっただけで、ほとんど僕そのものだ。
多少変化しているものの、さっきのゴブリンと並んだら違和感ありまくりだろう。
さらに不思議なのは、それまで着ていた服までゴブリン化してしまったのか、腰巻1枚だけになっていた。
「あのゴブリン顔にならなかったのを喜ぶべきなのか……うおっ!」
振り返った僕は思わず情けない声を上げてしまう。
なぜなら、そこにいるはずのハンマが……ゴブリンになっていたから。
もしかして魔体まで変化しちゃうのかよ!!
魔体:ゴブリン
属性:無
魔神の加護:1
生命力:10+5
筋力:8+4
体力:8+4
俊敏:4
魔力:1
器用:4
装備:
技能:
ゴブリンの魔体弱いぞ!!!!!