表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木の棒のエターナルノート  作者: 木の棒
第1エター テンプレ異世界物語
17/43

第17話 演説

 中層魔獣掃討作戦が開始されて約2ヶ月。

 作戦は終わりを告げようとしている。


 マティアス達が戻ってこれなくなった翌日、中層に築かれた第1拠点、第2拠点、そして第3拠点から全ての魔石を、最下層と下層の境目に築かれた砦へと運ぶことになった。

 その砦には膨大な食料が貯蓄されている。


 第3輸送部隊として持てる限りの魔石を持って、俺も砦へとやってきた。

 巨大な魔石保管庫の中に納められていく中級魔石。

 いったい何千個……もしかしたら何万個になるかもしれない。


 その魔石保管庫の前に集まるエインヘルアル達。

 作戦行動時の部隊ごとに並んでいる。

 俺は第3輸送部隊の場所だ。


 そして魔石保管庫の前には金狼のメンバー達が並んでいる。

 ざっと見て30人ぐらいか。

 中央にはもちろんクロード。

 その両隣りには、エレーナとブラスコだ。


 第1拠点、第2拠点の者達も全員が揃ったところで、クロードが1歩前に出た。

 すると「静粛に!」とブラスコが地鳴りのような大声で叫び、全員を黙らせた。


「いや~みんな、本当にお疲れ様。みんなの協力があって無事に中層魔獣掃討作戦を終えることができたよ。本当にありがとう」


 クロードは柔らかく明るい声で話し始めた。


「今日という日は、本当に記念すべき日となるんだ。なぜって、みんなが力を合わせて『本当の敵』に立ち向かう日だからね」


 作戦を終える挨拶かと思ったら、いきなり『本当の敵』なんてキーワードが飛び出してきた。

 何のことだ?


「みんなも知っている通り、俺達エインヘルアルは未だ誰も最上層に到達出来ていない。おかげで異界に行くことは叶わず、神玉を1つも集められないでいる。

 ミズガルズの人達の最も大きな不満はこれだ。俺達が神玉を集められないことに不満を感じているんだ。

 でもおかしいと思わないかい?

 痛みを伴って必死に戦っているのは俺達なのに、安全な囲いの中で暮らしているミズガルズの人達から不満に思われるなんて。

 ま~それは今はいいや。話の本筋から外れちゃうからね」


 何だか変な雲行きになってきたな。

 クロードは何が言いたいんだ?


「みんなに知って欲しいことがある……さっきも言った俺達の『本当の敵』のことさ。俺達の敵とは誰か? みんなは誰を想像するかな。魔獣? それともまだ見たことのない異界に住まう者達? はたまたエインヘルアルを殺す力を持った死神?

 そう……死神だ。不死身の戦士である俺達エインヘルアルを殺す力を持った死神!

 どうしてそんな力を持った存在がいるのか? 俺は不思議に思った。

 そして辿り着いた……その答えに!!!」


 クロードは死神の正体を探っていたのか。


「死神を操っていたのは……ミズガルズのマール王だ!!!」


 ……え?

 ミズガルズのマール王? な、なんで?

 さすがにこのクロードの言葉には動揺が広がっている。


「みんな冷静に聞いて欲しい。これは本当のことなんだ。

 マール王は神玉が集まるのを望んでいない。なぜか!?

 オーディンが復活すれば彼は再び神の下で暮らすことになる。それはマール王にとっては自分の上に立つ存在に再びひれ伏すことを意味する!

 だから! マール王は神玉が集まることを表立っては望みながらも、裏では俺達の邪魔をする!

 そして長年の研究の末にマール王はエインヘルアルを殺せる魔道具を造り出した! これがそれだ!!!」


 クロードはブラスコから布で包まれた物を受け取ると、その布を取った。

 中から出てきたのは……真っ白な鎌だ。

 確か死神が持っているのは真っ白な鎌だってケビンさんが言っていたな。

 あれがそうなのか?


「この鎌は俺達金狼がルーン王国の貴族達との交渉の末にやっと手に入れた物だ! 間違いなく王宮で造られたそうだ。

 諸君! 俺達はマール王に騙されていたんだ!」


 マジかよ……本当なのか?

 王が俺達を? で、でも本当に?

 じゃ~マリアさんの旦那さんを殺したのも、王なのか!?


「俺は決心した! マール王を殺すと!」


 これはもはやクーデターを起こそうってことか。

 既にこの場はクロードに支配されている。

 全員クロードの言葉に洗脳されていっているような雰囲気だ。


 でも、なんでわざわざこんな面倒なことを?

 王を殺したいなら、クロードの強さなら問題なくいつでも殺せるんじゃないのか?


「諸君らは1つ疑問を抱いていることだろう。なぜ、すぐにマール王を殺さないのか。金狼の力を持ってすればマール王を殺すことなど容易いことではないかと。

 しかし残念なことに、それは容易いことではない。

 マール王を殺すことはとても困難だ。それは例え金狼であっても、おそらく不可能なことだ」


 クロードのこの言葉に一気にざわめきが起こる。

 金狼では王に勝てない? 王ってそんなに強いの?


「静粛に!!!」


 再びブラスコの声が鳴り響いた。


「もう1つ諸君らの知らないことがある。ミズガルズの王宮深くにある神玉を守る者達……『古代のエインヘルアル』だ」


 古代のエインヘルアル?


「ミズガルズの神玉は、現在のマール王の支配下にある。マール王だけが神玉を行使することが出来る。つまり古代のエインヘルアルはマール王を守ることになる。

 この古代のエインヘルアルの強さがとんでもない。かつてオーディンに仕えた者達だ。

 特にその中でも有名なエインヘルアルがいる。諸君らも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」


 あ、それは俺も知っている。


「そいつの名は『シグルズ』。最強のエインヘルアルだ。そしてシグルズだけではない、その他にもかつてオーディンに仕えた古代のエインヘルアル達が神玉を、そしてマール王を守っている!

 奴らは神玉の近くでしか存在できない。故にこの聖樹の森にやってくることはない。

 そして奴らも俺達と同じく不死身だ。例え倒したとしても、すぐに神玉の下で復活してしまう。

 仮に金狼だけで古代のエインヘルアルと戦えば、待っていたのは敗北だろう。それほどまでに奴らは強い」


 俺では認識することすら不可能な強さを持ったクロード達でも敵わない相手。

 まさに化物だな。


「しかし! 今は違う! 諸君らがいる! 今回の作戦で集めた中級魔石の数は8千個を超えている! そしていまこの場には500人近い偉大なる戦士達がいる!

 まずは1人につき10個の中級魔石を渡そう! 中級闘気と中級戦術を揃えて欲しい!

 ただし、ヴァルキューレにはマール王を殺す計画については伏せて欲しい。彼女達もまた神玉を守る者達だ。計画を知れば俺達に力を貸さなくなるだろう。

 マール王を殺して新たな神玉の王が生まれれば、ヴァルキューレも、古代のエインヘルアルも問題なくなるからね」


 金狼が勝てない相手なのに、中級闘気と戦術を手に入れたエインヘルアルが役に立つのか?

 それに新たな神玉の王ね……で、それは誰なの?


「新たな神玉の王……それは俺がなる! 俺が新たな王として、そしてみんなを本当に導く神となる! ルーン王国を手に入れて、聖樹の森を支配して、異界で神玉を集め、みんなを元の世界に戻すことを俺は約束する! 絶対だ! 必ずみんなを元の世界に戻してみせる! だからみんな! 俺に力を貸してくれ!」


 クロードが右手を突き上げた。

 それに呼応するかのように、金狼のメンバーが雄叫びを上げると、それに続くようにこの場に集まった500人のエインヘルアル達が一斉に雄叫びを上げた。

 ものすごい高揚感だ。

 異常な興奮状態に包まれている。


 そんな中、俺はひどく冷静だった。

 どうしてだろう。自分でもよく分からないけど、とにかく冷静でいられた。

 クロードの言葉は本当なのか? という疑問を持てるぐらい冷静だった。


 王が俺達を騙している。

 オーディンなんて復活して欲しくないから、エインヘルアルを殺せる魔道具を造り出して、上層に到達した者を密かに殺していた。

 あり得るのか?


 王が自分よりも上位の存在を許したくないというのは、何となく説得力がある。

 自分が一番偉い存在でいたいと思っても不思議じゃないから。

 マール王は話したこともなければ、見たことすらない。

 いったいどんな人物なのかまったく知らない。噂すら聞いたこともない。


「さぁ! 並んだ並んだ! 中級魔石を10個ずつ渡していくぞ!」


 巨大な魔石保管庫の前では、中級魔石の配布が始まっている。

 この流れの中で、俺だけクロードの話に乗らないなんて出来ない。

 そんなことしたら、裏切り者だと殺されてしまうだろう。


 あ、でも別に殺されても構わないか。

 シーラに生き返してもらうだけ……と考えた時、クロードがその手に持つ真っ白な鎌のことを思い出した。

 あれで殺されたら、復活出来ずに終わってしまうな。


「中級魔石を吸収したら、すぐにヴァルキューレに会いに行くんだ! 殺される覚悟のある者は金狼の前へ! 殺されるのが嫌なら、召喚魔石を吸収してすぐに寝るんだ!」

「計画のことは絶対に伏せるんだ!」

「古代のエインヘルアルがいくら強くても、数で押せば問題ない! 復活する度に殺し続けるんだ!」

「ミズガルズの人達でも邪魔をするなら殺すぞ!」

「俺達に好意的な貴族は生かしておく! その他の貴族は皆殺しだ! 王族はもちろん全員殺す!」

「いくぞ! 俺達の世界を手に入れるんだ! クロード様が神となる新たな世界を!」


 この流れはもう止まらない。

 どうする……どうすればいい。

 本当に王が俺達を騙していたなら許せない。

 でも今それを確認する術なんてない。


 考えがまとまらないまま、俺は流れに沿って歩いていた。

 そして中級魔石10個を渡されてしまった。


「死ぬ覚悟があるなら向こうへ。嫌なら、あっちのテントの適当な場所で寝てくれ」

「は、はい」


 テントに向かって歩いていく。

 くそっ! どうしたらいいんだ。

 マリアさんと相談出来れば……それともシーラと。

 でもシーラはヴァルキューレで、クロードの言葉がもし真実ならこの計画を話すことは……。

 あれ? でも何でヴァルキューレに計画のことを知らせたらダメなんだっけ?

 クロードは何て言っていた……確かヴァルキューレも神玉を守る者だから、この計画を知ったら俺達に力を貸さなくなるとか。

 あれ? それっておかしくないか?

 仮にマール王が俺達を騙しているなら、オーディンに仕えているヴァルキューレはそれを許さないはずだ。

 むしろ俺達に力を貸してくれるはず。


 シーラに相談しよう。

 この計画のことを話すんだ。

 そしてマール王が本当にそんな存在か確認するんだ。


 もらった中級魔石10個を吸収した。

 魔法袋を使った時を止めたヴァルハラでの裏技鍛錬は出来ないけど仕方ない。

 俺だけ中級闘気と戦術がないのは、この後どんな展開でも困る。

 そして召喚魔石を吸収すると、すぐに眠りについた。

 この召喚魔石を吸収して寝ると、身体が光の粒子となって消えてヴァルハラに向かうことになるのだ。





「リィヴ様」


 久しぶりのヴァルハラ。

 シーラはすぐに俺に抱きついてきた。

 しかしその表情は少し冴えない。

 計画とは違う形でヴァルハラにやってきたからだろうな。

 中級魔石を魔法袋の中に入れてやってくるのではなく、吸収してやってきたのだから。

 魔法袋を誰かに奪われたのかもしれないと考えているのだろう。


「魔法袋は無事だよ。大丈夫だ。でもちょっと問題が起きてね。シーラに聞きたいことがあってきたんだ」

「はい。私でお答えできることでしたら、何なりとお聞きください」

「ミズガルズの神玉は、ルーン王国のマール王が管理しているんだよね?」

「はい、そうです」

「マール王がオーディンを裏切っているなんてことはないか? 例えば神玉を集めるのを邪魔しているとか」

「それはあり得ません。マール王は神玉を管理しているので、魂がオーディン様と繋がっています。1つしか集まっていない神玉であっても、オーディン様のことを裏切るようなことをすれば、たちまちオーディン様に知られてその身を滅ぼすことになるでしょう。

 神玉を行使できる力は絶大です。故にその縛りも絶対なのです」


 シーラは自信を持って答えている。

 嘘とは思えない。

 やはりクロードが嘘を言っているのか? でも何でそんなことを?

 俺はクロードの言葉と聖樹の森で起こっている事をシーラに話した。




「なんということ……それは真っ赤な嘘です。マール王が密かに死神を操っているなどあり得ません。それに神玉の新たな王となることなど不可能です。神玉の管理は代々ルーン王国の王へと引き継がれていきます。王家の血を持たぬ者が新たな神玉の王などになれるわけがありません」

「となると、クロードはどうしてこんな嘘をついたんだ? マール王を殺して王族を皆殺しにしたら、新たな神玉の管理者がいなくなってしまうぞ」

「分かりません。クロードが誰かから嘘の情報を教え込まれているかもしれません。または操られている可能性も……」

「クロードは異世界から召喚されたエインヘルアルなんだよな?」

「それは間違いありません」


 エインヘルアルなのは間違いない。

 クロードがエインヘルアルの皮を被った偽物なら話が分かりやすいんだけど、本当のエインヘルアルならどうしてこんなことをするんだ?

 いったい何の目的が……。


 シーラが知らないだけで、王家の血を持たない者でも新たな神玉の王となる術があるかもしれない。

 それともただ単にこの世界を壊したいだけかもしれない。


「もしクロードがマール王や王族を皆殺しにして、神玉の王がいなくなったらどうなるんだ?」

「神玉の機能が失われ、私達ヴァルキューレは魔力を補充できなくなるでしょう。そうなれば、エインヘルアルを復活させることが出来なくなります。

 それだけではなく、エインヘルアルの神石の機能まで失われてしまいます。神石は神玉と繋がっているのです。闘気も戦術も失われてしまうことでしょう」


 おいおい、なんてこった。

 やっぱり本当にミズガルズの世界を壊したいだけなのか?


 待て。それは安易過ぎる。

 クロードの強さは本物だ。あのままいけば最上層に間違いなく到達できるはずだ。

 なのに最上層を目指すんじゃなくて、ミズガルズの神玉を狙った。

 神玉を狙う理由……俺達が神玉を狙う理由は神玉を集めてオーディンを……。

 クロードは死神の鎌を手に入れて……あっ!

 マール王の話が嘘なら、クロードはどうやって死神の鎌を手に入れた?

 あれは偽物か? それとも本物か?


 偽物だと話が戻ってしまう。

 クロードがどうしてこんなことをしているのか、理由を他に探す必要がある。

 でも本物だとしたら。

 あの死神の鎌が本物だとしたら、クロードはあれを何処で手に入れた?

 ミズガルズで造られた物じゃない。

 なら……本物の死神から手に入れるしかないはずだ。


 クロードは既に死神を倒した?

 その時に死神の鎌を手に入れた。

 エインヘルアルを殺せる能力を持った鎌。

 あの鎌が新たな神玉の王になれる術なのか?


 だめだ。

 全てが仮定と想像でしかない。

 どれだけ考えても無駄だ。

 答えはでない。

 自分がどう行動するか決めるしかない。


「シーラ。とりあえず中級闘気と中級戦術の槌と盾を刻んでくれ」

「かしこまりました」

「ヴァルハラの時はどれだけ止められる?」

「申し訳ありません。リィヴ様は中級魔石を吸収してからヴァルハラに来られたので、私は既に中級ヴァルキューレとなっています。しかし中級ヴァルキューレとしての魔力補充には時間がかかります。1日も維持することは不可能です」

「ああ、それであれが見えるのか」


 もはやヴァルハラは何もない真っ白な空間ではない。

 シーラの後ろには宮殿が見えている。

 何となくぼやけているような感じだけど、真っ白な世界の中に建つその宮殿は壮大だ。

 ゆっくりヴァルハラ宮殿の見学でもしたいところだけど、その時間がないのが残念だ。

 こんな時に魔法袋があれば……今さら後悔しても仕方ない。


「シーラ、俺を浅瀬の聖樹の森に戻してくれ」

「かしこまりました」

「シーラはこのことを他のヴァルキューレに伝えてくれ。俺の後にヴァルハラにやってくるエインヘルアルに新たな力を授けないように」

「出来る限りやってみます。信じてもらえるか分かりませんが」

「あ、シーラは古代のエインヘルアルを知っているか? シグルズという名前とか」

「もちろんです。神玉を守る最強のエインヘルアルです。ただ神玉から一定範囲内でしか自らの存在を具現化できない状態です」

「中級闘気と中級戦術を持ったエインヘルアルが、仮にそのシグルズに挑んだとして500人という数で押し切れると思うか?」

「無理だと思います。ですがその中にクロードクラスのエインヘルアルが紛れているなら、その500人は肉壁としては機能するでしょう。中級闘気と中級戦術は肉壁となり得るための最低ラインだと思います」


 捨石要員か。


「俺はマリアさんと合流して、マール王にクロードのことを伝える。あいつが新たな神玉の王となる術を何か知っているのか分からないが、気になるのは持っている死神の鎌だ。仮にあれが本物ならあの鎌を使って神玉をどうにか出来るかもしれない」

「クロードの持っている死神の鎌は恐らく偽物でしょう。昨日、死神に殺されたエインヘルアルがいましたので」


 昨日?


「その死神に殺されたエインヘルアルって名前分かるか?」

「はい。マティアス、フランク、モーリスというエインヘルアルです。担当のヴァルキューレが3名の神石を感知できなくなりましたので、間違いなく死神に殺されたはずです」

「その3人は……昨日までクロードと一緒に行動していたエインヘルアルだ」

「え? そういえば急に強くなったと喜んでいて……クロードがどうこうと言っていたかもしれません」


 マティアス達は担当ヴァルキューレの魔力が尽きたんじゃない。

 殺されたのか……クロードに!?

 でもどうして殺す必要があるんだ? 神玉を奪うための捨石要員なら1人でも多い方が有利なんじゃ……。


 分からないけど、とにかくマティアス達はクロードに殺されたと判断するべきだ。

 ブラスコやエレーナ、それに他の金狼の奴らはどこまで知っているんだ?

 全員グルなのか……それともクロードに騙されているだけなのか。

 とにかく、まずはマリアさんと合流して相談だ!


「頼む」

「御武運を」


 光の奔流に包まれて、俺は浅瀬の聖樹の森へと降り立った。





「よし、行く……え?」


 見慣れた浅瀬の風景。

 すぐにでもカリーンに向かって、新たに手に入れた中級闘気を使って全力で駆け抜けようと思っていた。

 しかし、俺は動き出せなかった。

 なぜなら、俺の後方からとてつもないプレッシャーを感じたから。

 そっと振り返ったそこにいたのは……金ピカの鎧を着た男。

 金狼だ。

 クロードではない。

 ひょろりとした男で、手には両手槍を持っている。

 なんで浅瀬に……まさか俺みたいに裏切ったエインヘルアルがいないか見張っていたのか。


 男は無言のまま、俺に向かって両手槍を真っ直ぐ突いてきた。

 同時に俺は全力で回避行動に出る。

 しかし相手の方が速い。


「土壁! ぐおおおおお!」


 盾で受け止めるも、ド派手に吹き飛ばされてしまった。


「ふむ、貫通しなかったか。特殊効果でも付与しているのか? 随分硬い盾だな」


 スラシルちゃんに土属性を盾に付与してもらってなかったらやばかった。

 土壁を展開してこれだ。

 普通に受けていたら間違いなく貫通していた。


「もう少し強く突くか」


 やばい、相手は本気じゃなかったか。

 相手が動き始めようとした瞬間、俺は詠唱した。


「闇霧」


 マリアさんにもらった魔法石の1つ『闇霧』

 辺りを闇が覆い尽くす。

 相手は俺のことを見えないけど、俺は相手のことが見える。

 もらった魔法石の中でも最大の切り札だけど、躊躇する余裕なんてない。


 ただ、このままカリーンに向かって走り出しても駆けっこで勝てるとは思えない。

 少しでもダメージを与えておかないと。

 俺は続けて詠唱した。


「炎弾! 氷槍! 氷槍! 氷槍!」


 雷電以外の全ての魔法石を使った。

 金狼相手に出し惜しみは無しだ。

 闇の霧に包まれる男に向かって放たれた魔法は、全てが命中した。

 そして次の瞬間、俺はカリーンに向かって全力で駆け出した。


「あれで行動不能になってくれたらいいんだけど!」


 後ろからプレッシャーは感じない。

 とにかく1秒でも早くカリーンへ!

 事態をマリアさんに報告して相談しないと。



「かなり驚いたぞ」


 甘い期待だったか。

 行動不能どころか、1分もしないうちに男は俺の後ろに迫ってきていた。

 まずい、すぐに男の射程距離に……。


「雷電!」


 俺の周囲を雷が駆け巡る。

 しかし今度は相手も魔法石を使ってくると思っていたのか、雷に当たることなく避けられてしまった。

 稼げたのは一瞬の時間だけ。

 その間に、俺はその男に向かって槌と盾を構える。


「まだ魔法石を持っているのか?」

「さて、どうでしょう」

「ふむ。まあいい。ところでどうしてクロード様の言葉に従わない? 貴様はマール王に騙され続けるのか?」

「クロードの言葉にいろいろと疑わしいことが多くてね……あんたも自分のヴァルキューレに聞いてみたらどうなんだ? マール王がオーディンを裏切ることがあり得るのかって」

「無駄だ。ヴァルキューレも本当のことは言わない。俺達を騙している」

「なぜそう思うんだ?」

「クロード様がそう仰ったからだ」


 クロードが言ったら白も黒なのかよ。

 完全に洗脳状態じゃねぇか。


「作戦が終わるまで、その身を縛りつけておくなら命までは取らないぞ」

「さっき殺そうとしておいて説得力ないな。何度もあんたと鬼ごっこしたくないんだよね」

「何度もはない。二度目はない。なぜなら俺の槍の先端の部分は、死神の鎌と同じだ。これで殺されたエインヘルアルは生き返ることができない」


 なんちゅーものを持ってやがるんだ!


「どこで手に入れたんだよ、そんなもの」

「クロード様が仰ったはずだ。これを造り出したのはマール王だ。そして貴族との取引で手に入れたと」

「貴族と取引して本当にそんなものが手に入ると思うか?」

「クロード様に協力的な貴族はいる。彼らはクロード様が新たな王となられた暁には、ミズガルズの重要な役職に就くだろう。それらを取引材料とすれば、十分にこれを手に入れることは可能だ」


 逃げ切れないな。

 あの槍で殺されたら終わりか。

 さて、どうする。


「あのさ、言っても信じてもらえないかもしれないんだけど、マール王がオーディンを」

「無駄だ。お前はヴァルキューレに騙されている。お前の言葉を信じる余地などない。大人しく縛られるか、それとも死ぬか選べ」

「そ、そうですか。ちなみに、その槍で誰か殺したことあったりします?」

「ない。お前が第一号かもしれんな」


 本物か偽物かを試す勇気はない。

 ここは大人しく縛られるしか……。


 槌と盾を構える俺の力がふと緩む。

 それを感じ取ったのか、男の緊張も一瞬緩んだように見えた。

 その瞬間だ。

 光が男を包んだ。

 眩い光……ヴァルハラに戻る時の光の粒子ではない。

 そんな小さな光じゃない。

 例えていうなら……閃光? エネルギー砲? そんな感じだ。


 光が消え去った後、男の姿はなかった。

 蒸発したのかふっ飛ばされたのか分からない。

 唖然として固まる俺。

 そんな俺の背中に懐かしい声が届いた。


「リィヴ」


 その声に振り返る。

 でも美しい銀髪は見えない。

 隣りに立っている人の、褐色の肌も見えない。

 彼女達は2人とも全身を真っ白なマントで覆っているから。

 顔までフードで隠した格好は、ニニそっくりだ。

 顔は見えないけど、サンディさんの声を俺が聞き間違えるわけない。


「サンディさん! その格好は? それに隣りはリタさんですよね」

「ああ、オレだ。似合ってるだろ。マリアさんにもらったんだ」

「これすごいの。中から外は普通に見えるのよ」


 魔法袋で作ったのかな?

 魔法袋での戦闘魔道具製作のやり方が分かれば、マリアさんやスラシルちゃんならどんどん戦闘魔道具作っちゃいそうだしね。

 でも今はちょっと再会を喜んでいる時間はない。


「今ちょっと面倒なことになっているんです。とにかく早くカリーンに戻ってマリアさんに会わないと。さっきまで俺を殺そうとしていた奴が」

「こうしてまた現れるからだろ?」


 死んでなかったのか。

 いや、死んだのかもしれない。

 死んでもヴァルキューレに復活してもらえば戻ってこれる。

 厄介だ。

 こう考えるとエインヘルアルを敵にしたら、すげ~厄介だ。

 しかも相手は俺を殺せるかもしれない槍を持っているのに。


 まずいな。

 さっきの閃光はたぶんニニだ。何処からか見ているのだろう。

 でも同じ手が2度通用するとは限らない。

 サンディさん達まで狙われるのは避けないと。


「この2人は関係ない」

「いいえ、あるわ」

「え?」


 サンディさんが一歩前に踏み出す。

 続いてリタさんも。


「リィヴと一緒に戦うために、オレ達も力を求めたのさ。この2ヶ月の間にマリアさんからのスパルタ特訓に耐えてね。

 それでもこいつに勝てる気はしない……けどオレ達はリィヴのために」

「「死ぬ覚悟はある」」


 真っ白なマントの中から剣と斧が出てくる。

 3対1。

 いや4対1か、もしくは5対1。

 相手は殺しても復活する。


 俺の勝利条件はクロードの企みを王都テラにいるマール王に伝えること……か。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ