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木の棒のエターナルノート  作者: 木の棒
第1エター テンプレ異世界物語
16/43

第16話 立場逆転

「お~い! 大丈夫かい?」


 移動を始めて3時間ほど経過した。

 すでにかなりの距離を移動した。

 クロード達の移動速度は凄まじく、ついていくのが本当にやっとだ。

 俺はね。


「大丈夫……じゃないみたいです」


 マティアスとフランクは死ぬ寸前だ。

 魔獣に襲われるまでもなく、この過酷な移動だけで本当に死んでしまうかもしれない。

 モーリスも似たようなもんだ。


 俺はクロードの戦いぶりを見たくてついていった。

 浅瀬のエインヘルアルは嘘だとばれているだろうな。

 それは構わないのだが、問題はせっかくついていったのにクロード達の戦いぶりを見ることが不可能だったのだ。


 速すぎる。

 魔獣が襲ってきたと思ったら、次の瞬間には死んでいる。

 真っ二つに斬られたもの、粉々に砕かれたもの、黒こげになったもの、様々だ。

 分かるのは結果だけ、過程を見ることはできない。

 クロード達が速すぎて、彼らの動きを追うことが不可能なのだ。


 一瞬で魔獣を倒してしまうのだから、移動速度も落ちない。

 一応、魔獣が消滅して魔石を拾う時間を僅かに待っている素振りはあるけど、それすら一瞬のことだ。


「ちょっと休憩しようか」


 クロードの言葉はマティアス達にとって、神の声に聞こえただろう。




「君は本当はどこまで進んでいるんだい?」


 休憩中にブラスコが話しかけてきた。


「……浅瀬ですよ」

「おいおい、さすがにそれはないだろ。君が本当に浅瀬でこの移動についてこれるなら、元々が人間でない超人か何かだ。ま、言いたくないなら、それでいいさ」


 休憩中でも魔獣は襲ってくる。

 クロードが持つ上級魔石に誘われて、どこからかやってくるのだ。

 それらの魔獣も一瞬で倒されていく。

 休憩中を考慮してか、ある程度近づいてきてから倒してくれるので、魔石の回収に奔走することはない。


「う~ん、これじゃ~困るから、ちょっとサービスしちゃおうか」

「またそうやって……」

「まぁまぁ。俺達の移動についてこれないと、それはそれで困るだろ?」

「そうだけど……」


 クロードは俺達の側にやってくると、中級魔石を1人に2個ずつ渡してきた。


「これを吸収して、ヴァルキューレから中級闘気を得ておいで。2個あれば問題なく得られるはずだから。帰ってきたらもう1個渡すから、それを吸収して闘気全開でついてくればいいよ」


 クロードの言葉にマティアス達は目が点の状態だ。

 これは分配の前渡しってことじゃない。

 移動についていくために中級魔石をくれるって話だ。


「い、いいのですか?」

「うん、構わないよ。君達は勇気を持って特殊輸送部隊に名乗り出てくれた。これぐらいのサービスはあってもいいだろ? でもみんなには内緒だよ」

「は、はい!」


 マティアス、フランク、モーリスは点となっていた目が一気に輝き始める。

 クロードの優しい言葉に感激しているようだ。

 当然だろうな。

 これでこの3人は一気に中級闘気を得られるのだから。


 問題は俺だ。

 ここで中級魔石を吸収してしまうと、例のヴァルハラでの鍛錬に支障が出る。

 どうしよう。

 こんな美味しい話を断るなんて変に思われてしまうし。


 俺が悩んでいる間に、マティアス達はあっという間に中級魔石を2個吸収していた。

 そしてその直後。


「え?」


 3人の首が飛んだ。

 どさりと地面に落ちた3人の身体と首。

 クロードだ。

 こいつが3人の首を刎ねやがった。


 光の粒子となって消えていく3人。

 しかし消えた直後、再び光の粒子が集まるように3人は戻ってきた。

 ヴァルキューレにこの場で復活させてもらったのだろう。

 中級闘気を得た3人の表情は明るい。


「おかえり。ごめんね、いきなり殺しちゃって。言ってからやると怖いと思ってさ。痛みは無かったよね?」

「は、はい! まったく痛みは感じませんでした!」

「よかった。よかった。でも君だけ1人残っちゃったね。見ての通り、痛みを感じる間もなくヴァルキューレのもとに送ってあげるけど」

「お、俺は……今のままでもついていけるので、大丈夫です」

「確かについてこれていたね。君すごいよね~。じゃ~その中級魔石は自由にすればいいよ」


 クロードは何とも思っていないかのように、中級魔石を俺にくれた。

 一応結果オーライか?

 3人の首が飛んだのを見て怖くなったからとでも思ってくれているのだろうか。


 その後、3人はさらに中級魔石を1個吸収すると、移動に中級闘気を使い始めた。

 さっきまでとは別人のように、クロード達に遅れることなくついていっている。

 逆に遅れ始めたのは俺。

 なぜならクロード達の移動速度がさらに上がっているからだ。


「くそっ! さっきまではマティアス達に合わせていただけかよ!」


 立場逆転。

 俺は必死にクロード達と距離が離れないように走り続けた。




 それから何時間経過しただろうか。

 よく分からないが、もしかしたら10時間以上かもしれない。

 途中何度かの休憩を挟んで、俺達は第3拠点に戻ってきていた。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


 どういったルートを辿って戻ってきたのか分からない。

 とにかく俺は必死についていっただけ。

 マティアス達が中級闘気を得てから、俺は魔石を拾うことはなかった。


「お疲れ様。また明日もよろしくね」

「はい!」


 マティアス達も疲労がないわけではないだろうが、俺に比べればずっと余裕だ。

 これはヴァルハラでの鍛錬を放棄して、俺も中級闘気を得ないと厳しいかもしれない。

 そんなことを考えていると、ブラスコがやってきた。


「君は今夜のうちに中級闘気を得ておくんだな。召喚魔石は持っているか?」

「はぁはぁ……し、神殿の部屋に」

「ふむ、あれは各個人専用の物で、俺の召喚魔石を吸収しても君の担当のヴァルキューレに会いにいくことは不可能だ。もし死ぬことが怖いなら……明日から来なくていい。君がいない方が移動はより速くなれるからね」

「はぁはぁ……わ、分かりました」

「それと召喚魔石を持っておくんだ。次に神殿に戻ったら取っておけ」

「は、はい」


 いまは1秒でも早く休みたい。

 マティアス達は手に入れた魔石を魔石保管庫に持っていっている。

 俺はそのまま自分のテントに向かっていった。



「すげ~ぜ! 俺達一気に中級闘気だぜ!? マジで感動だよ!」

「マティアス声が大きいよ。クロード様も内緒だって言っていたじゃないか」

「そうだけどよ~! フランクお前だって興奮してただろ! あの圧倒的なパワー! スピード! 中級でこれだぜ!? 上級や最上級になったらいったいどうなっちまうんだ!」

「どうもこうも、クロード様みたいになれるんだろ。まぁ、みんながみんな、上級闘気や最上級闘気を使いこなせるわけじゃないかもしれないけど、でも体感してみたいよね」

「ああ! 俺は絶対上層に辿り着いてみせる! もっと大きな力を手に入れてみせる!」


 テントの中ではマティアスとフランクが興奮して話している。

 俺は寝袋の中で今にも死にそうだけど。


「リィヴ! 起きてるか!? お前も怖がらずにクロード様に首をちょきんと刎ねてもらって、さっさと担当のヴァルキューレに会ってこいよ! この力を体感できないなんて勿体ないぜ!」

「そうそう。明日も足手まといになっちゃうよ」


 最初はお前達が足手まといだったくせに。

 ま~実際、今は俺が足手まとい状態だから、何も言えないけど。


「いや、いいんだ。俺は明日は行かないことになっているから」

「は? なんで?」

「ブラスコ様から、俺はいらないって言われたんだよ。俺がいない方がもっと速く動けるからってね」

「え……あれよりさらに速くなるの?」

「おいおいマジかよ。で、でも中級闘気があればついていけるだろ」

「どうかな……だって前にいた特殊輸送部隊の人達だって、きっとクロード様から中級魔石をもらって中級闘気を使っていたはずだよね? それなのに距離が離れすぎて魔獣に襲われてしまったわけだし」

「そ、そうか……逆に今日はリィヴがいたから大丈夫だったわけか……」


 急にテンションが下がってしまった2人。

 明日に備えて休んだ方がいいと考えたのか、2人の会話がその後に聞こえてくることはなかった。



 翌日、俺は寝袋の中からマティアスとフランクを見送った。


「ちっ! リィヴはマジで得したな」

「ほんと、ほんと。中級魔石1個の特別報酬は放棄した方がいいんじゃない?」

「そうだな……クロード様にもらったこの2個の中級魔石も俺には相応しくないな。マティアスとフランクが1個ずつ使ってくれ」

「え!? いいのかよ!」

「ああ、構わないよ」


 俺はクロードにもらった中級魔石を1個ずつ、マティアスとフランクに渡した。

 よくよく考えると、いくら拠点の中とはいえ中級魔石を持ちながら寝ていたのってすんげ~危険だったよな。

 魔石保管庫から離れたこのテントの周りの防衛はちょっと薄い。

 奇襲されていたら間違いなく死んでいた。


 俺から中級魔石をもらったマティアス達はすぐに魔石を吸収すると、上機嫌でクロード達のテントに向かっていった。

 圧倒的な中級闘気を体感したからか、昨日とは体から溢れる自信が違うというか、態度が大きくなったというか、そんな感じがする。


 もともと特別意識を持っていたんだ。

 そこに新たな力を手に入れたとなれば、自信とプライドが高くなるのは当たり前か。


 ボリス隊長率いる第3輸送部隊は昨日のうちに神殿に戻って、物資を補充してから第1拠点に向かい、さらに神殿に戻っただろう。

 神殿と中層はだいたい1往復半で1日が潰れるからな。

 そうなると、今日は神殿から第2拠点へ、第2拠点から神殿へ、そして神殿から第3拠点に来ることになる。

 動かずにここで待っていれば、今夜には合流できるな。


 しかしボリス隊長に何と言ったものか。

 3人のフォローを頼まれていたのに、その俺が結果的に足手まといになって特殊輸送部隊から外れることになるとは。

 トホホな状態だけど、仕方ないか。


「さて……今日は何しよう」


 意図せず休日を手に入れてしまった。

 第3拠点でやることはない。

 俺では防衛のお手伝いをすることも出来ないからね、弱すぎて。


 何もやることがないと、魔法袋をクロードに渡すかどうかという思考になってしまう。

 実際、彼らは凄かった。

 いや、何が凄いかは見えないから分からないんだけど、とにかく次元の違う強さなのは分かった。

 逆立ちしたって俺では敵わない。


 クロードがどういう人間なのか判断はつかないけど、魔法袋をクロードに渡すことが神玉を集めるために最も近道であることは疑いようのないことだ。

 この作戦が終わったらマリアさんに相談してみるか。


「マリアさんか……」


 ふと急にマリアさん達に会いたくなった。

 サンディさん、リタさん、マリアさん、スラシルちゃん、そしてニニ。

 あ~ニニは今ごろ何してるかな~。

 1人で下層辺りで狩ってたりして……む?


「下層か……案外ニニがいたりするかもしれないな」


 どうせ今日1日は何もすることがないんだ。

 ちょっと下層をうろうろしてみて、ニニを探してみるのもいいかもしれない。

 1ヶ月前に一緒に狩りしていた頃は、俺とのコンビなら下層は問題なく狩れていた。

 マリアさんとスラシルちゃんが魔法袋を使って戦闘魔道具の開発に成功していれば、ニニの装備も進化して1人で下層で狩りをしていてもおかしくない。


「行ってみるか!」



 第3拠点を1人で出ていく俺を訝しげに見る者もいたけど、特に呼び止められなかった。

 金狼を中心にまとまっているとはいえ、寄せ集めであることに変わりはない。

 魔石保管庫に近寄らない限り、呼び止めることもないのだろう。


 第3拠点から下層までは2時間弱もあれば着く。

 下層でこの作戦のために道として指定されている場所には、一定間隔で簡易な拠点がある。

 そして下層の終わり、最下層との境界にはもっとも大きな拠点が造られている。

 本当にどうしてこんな大きな拠点を造っているんだ?


 俺は道から外れるように下層の森の中に入っていく。

 ニニとよく一緒に狩っていた場所を巡ってみることにした。



「……少ないな」


 下層の森には魔獣がほとんどいなかった。

 これは中層の魔獣をエインヘルアルが倒し尽くしていっているから、下層にいた魔獣がどんどん中層に流れているのだろう。

 その流れていった魔獣もエインヘルアルに倒されることになるのだろうけど。


 たまたまタイミング的に下層の魔獣が少ない時に来てしまったようだ。

 この後には、最下層から下層へと魔獣が流れてくることになるから、すぐに数は増えるだろう。


 特に魔獣と戦うこともなく、魔石を採集することもなく、ふらふらと下層の森を歩き回ったけど、ニニと会うことは出来なかった。

 腹が減ったので、下層の始まりに造られている拠点で何か食べ物を恵んでもらおうと戻ることにした。

 それに時間的にボリス隊長達はもうすぐ、その拠点にやって来るころだろうしね。



「あの~すみません。第3輸送部隊に所属しているリィヴと申します。別の任務を受けていて、ここで第3輸送部隊と合流する予定になっているのですが、どこかで飯って食えたりしますかね?」

「第3輸送部隊って言ったら、ボリス隊長のところか。え~っと……確かにもうすぐここに到着する予定だな。しかし別の任務についている者がいるとは聞いていないぞ。一応確認しているみが、報告が上がっていないならボリス隊長が到着するまで待つことになるな」

「そ、そうですか……めちゃめちゃ腹が減っているんで、何でもいいんで食べれる物があれば……」

「だめだ。この拠点は食料を備蓄するための拠点だ。ここの食料を簡単に渡すことは出来ないんだよ」

「え? 食料を備蓄する拠点なんですか?」

「そうだ。知らなかったのか?」

「ええ……でもなんでここに食料を備蓄するんですか?」

「そりゃ~お前……最上層を攻略するためだろ。ここから食料を運べば、いちいち神殿に戻るより効率的だからな」

「でも……それなら中層に食料を備蓄したらいいんじゃ……」

「それは知らん。金狼様達の指示だからな。俺達はここに食料を溜めこんでいけばいいんだよ」


 下層の始まりに造られている大きな拠点。

 砦のように造られているこの拠点の中で、飯の匂いがする建物の前に立っていた男に飯が食えないかと聞いてみた。

 融通の効かない返答が返ってきてしまったが、1人分ぐらいの食料なんてどうにでもなるだろう。

 ちょっとぐらい食わしてくれたっていいのに……。


 しかしここが食料を備蓄するための拠点だとは驚きだ。

 いつもは通るだけで、この拠点のことをちゃんと見たことがなかった。

 まさかこんなところに食料を備蓄する目的で砦を造っているなんて……。


 いや、でも何か変だぞ。

 ぐーぐーと虫が鳴るお腹を抑えながら砦をよくよく見ていくと、この砦の壁はなぜか最下層からの侵入に備えているように造られていた。


 壁は北と南へどこまでも続いていくように築かれていく。

 最北端と最南端は大地が途切れている。

 その先はどこまでも続く深淵の底が見えるだけで、何もない。

 北と南への大地の広がりは、ミズガルズや浅瀬が最も大きく、最上層に向かうほど狭くなっている。

 ここ下層の始まりともなれば、かなりの広がりがあるはずだ。

 壁をどこまで築くつもりでいるのか。


「しかしこの拠点はすごいですね~。あの長い壁とかどうやって造っているんですか?」

「あの壁は金狼が造っているそうだ。魔法石を使ってな。この拠点も金狼が造ったんだぜ。すごいだろ」


 金狼が?

 本当に大地の終わりまで壁を築いているとか?

 まさかその壁で最下層から魔獣が下層に入ってこないようにしている?

 そうすれば上層や最上層を攻略することに役に立つのか。


 あるかもしれないな。

 新たな中層、上層の魔獣を生み出さないためには、最下層から下層に魔獣が入れないようにすればいい。

 本当にあの壁だけで魔獣が下層に入ることを防げるのは疑問だけど。


 結局、飯にありつけることは出来なかった。

 ボリス隊長がこの砦にやってくるのを待つことにしよう。




「お前だけが脱落とは驚きだな」

「あ、あはは、面目ないです」

「ま~いい。つまりそれはマティアス達が上手くやれているということだろ。なぜなのかは俺には関係ないことだ。お前がそうならなかったことを含めてな」


 ボリス隊長と無事に合流できた俺は、同時にようやく飯を食べれた。

 詳細は伏せて結果だけどボリス隊長に伝えたんだけど、ボリス隊長はマティアス達がクロードから何らかの力を授かったと気付いている。

 つまりそれは魔石を与えられたってことだ。


「お前1人になるが、このまま第3輸送部隊として任務につけ。その飯を食べ終えたら、すぐに第3拠点に向かうぞ」

「はい!」


 綺麗に飯を食べ終えた俺は、ボリス隊長達と共に第3拠点に向かった。




「お? 神殿に逃げ帰ったと思ったら第3輸送部隊に戻ってたのかよ」

「何もしないで寝袋の中でぐーたらしているより偉いんじゃないの?」

「はっ! 確かにそうだな」


 第3拠点に着くと、マティアス達も戻ってきていた。

 朝の時よりさらに雰囲気が変わっている。

 俺からもらった中級魔石で、何か戦術を刻んでもらったのか?

 それともクロードから追加で中級魔石を手に入れたのか?


「リィヴと違ってお前達は頑張っているそうだな」


 そんなマティアス達にボリス隊長が声をかけた。


「ええ、クロード様の期待に応えられるよう頑張っていますよ」


 ボリス隊長への返事の仕方も、以前とは違う。

 対等……ですらなく、どこかボリス隊長を見下しているようにすら感じられる。

 たった2日でここまで変わるのか。

 確かにいま現在マティアス達は第3輸送部隊ではなく、特殊輸送部隊の配属でボリス隊長は直属の上司ではないけど、2日前まで上司だった人に対する態度じゃないな。

 中級闘気を得て、自分達の方がボリス隊長より強いと思っているのか。


「……頑張れよ」


 ボリス隊長はそれだけ言うと、さっさと自分のテントに戻ってしまった。

 俺はマティアス達と同じテントに入らないといけない。

 特殊輸送部隊用のテントなんてないからね。


 テントの中に入ると、すぐにマティアスとフランクが絡んできた。


「おいリィヴ聞いてくれよ! 俺はすげ~力を手に入れたぜ! クロード様が俺とフランク、それにモーリスは才能があるって言ってよ~。中級魔石をさらに与えて下さったんだ!中級の戦術も揃ったぜ!」

「このまま頑張ったら、上級魔石も与えてもいいって仰って下さったんだよ~。いや~もう夢のようだね。リィヴは本当に馬鹿なことをしたよな~。ちょっと死ぬのが怖いからってこんな素晴らしい力を逃すなんて」

「ああ、マジでリィヴは馬鹿だな。作戦が終わっても、もうリィヴとパーティーを組むなんてことは永遠にこないだろうよ。リィヴはソロで永遠に浅瀬で頑張ることだな!」


 お前達とパーティーを組んだことはないけどな。

 第3輸送部隊としてたまたま一緒に戦っただけだ。

 俺の相棒はニニなんだから。


 それにしても、何という天狗っぷり。

 いや、実際に力を得て強くなっているから調子に乗っているだけじゃないんだけどね。

 でも中級戦術が揃ったからって、いきなり強くなるわけじゃない。

 日々の鍛練が大事なのにな。


「良かったな。俺は俺で、こつこつ頑張るよ」

「格好いいね~! 俺達のことが羨ましくないってか? 与えられた力に酔っている俺達が格好悪いってか!? はっ! 自分がどんなに愚かしいことをしたかも理解出来ないとは本当に可哀相な奴だな」

「やめなよマティアス。リィヴには理解することが出来ないんだから。この力は手に入れた者にしか分からないよ」


 そういえば初めて神殿に行った時、エインヘルアルは魔石を自分の力で集めないといけない法律があるってケビンさんが言ってたよな。

 あれは、こんな風にぽいっと上位の魔石を与えられて圧倒的な力を得たエインヘルアルが勘違いするのを防止するための法律だったのではないだろうか。


 もしかしたら過去に、そんな風に力を得たエインヘルアルが自分の力を勘違いして悪さを起こしたことがあるのかもしれない。

 罪もないミズガルズの人をエインヘルアルが殺したことがあると聞いたけど、力に酔ったエインヘルアルだったのだろう。


 そう考えると、この作戦ってエインヘルアルに与える影響ってあまりよくない?

 でも一番安全な輸送部隊でさえ、任務を終えたら中級魔石1個もらえるんだ。

 戦闘部隊や防衛部隊の報酬が魔石何個か知らないけど、中級魔石2個以上なのは間違いないだろう。

 しかも実際には危険な任務は金狼がいるおかげで、難易度はずっと低い。


 この作戦が終わった後、新たな力を得たエインヘルアルはミズガルズの人達と上手くやっていけるのだろうか。

 全員が全員、力に溺れるわけじゃないだろうけど、マティアス達のような奴らは多かれ少なかれいるはずだ。


 心配だな~。

 勘違いエインヘルアルが増えると、マリアさんのエインヘルアル嫌いがさらに加速しそうだ。

 そして超遠距離射撃でエインヘルアルを倒すことが増えるんじゃ……本当にやっているのか知らないけど。


 変わってしまったマティアス達と特に楽しく会話することもなく、飯を食ったら俺はさっさと寝袋の中で夢の中へと落ちていった。




 第3輸送部隊に戻った俺は、拠点と神殿の往復の日々を過ごした。

 マティアス達は第3拠点に戻ってくる度に強くなっていた。

 何度か魔獣に襲われて死んだこともあるそうだけど、それをまるで武勇伝のように聞きたくもない俺に聞かせてきた。


 第3輸送部隊に戻って1ヶ月が経過した。

 作戦はほぼ終わりに近づいているそうだ。

 あいかわらず、最下層と下層の境目に造られている砦は大きくなり、食料の備蓄はかなりの量になっている。

 本当にこのまま上層の攻略に向かうのではないかとさえ思える。


 そんなことを考えながら、今日は第3拠点に向かう日だ。

 また聞きたくもないマティアス達の武勇伝を聞くことになるかと思うと、ちょっと気が滅入る。

 しかし、マティアス達の武勇伝を聞くことはなかった。


「戻ってこない……のですか」

「ああ、3人とも同時に担当のヴァルキューレの魔力が尽きてしまったのだろう。1ヶ月も頑張ったのだから、大したものだよ」


 第3拠点隊長のヘンリックから、マティアス達がヴァルハラから戻ってこなかったと聞かされた。

 クロードから中級魔石を与えられて強くなっていたマティアス達でもついていけないほど、過酷な移動だったのか。


「クロードの悪い癖が出てしまってね。彼らの位置を考えず突進してしまったものだから、距離が離れすぎてしまったんだ。クロードがすぐに気付いて、これまたものすごい速さで彼らの元に戻っていったんだが、クロードが着いた頃には3人共、魔獣に殺されてしまった後だったようだ。そして残念ながら戻ってくることはなかった」


 ヘンリックの横にいたブラスコが追加で説明してくれた。

 クロードとエレーナは例の如くテントの中に一緒に入って、何かをしているらしい。


「今日はそんなにたくさんマティアス達は死んでしまったのですか」

「う~ん、そう言われるとどうだったか……確か2回目ぐらいだったと思うがな」

「あれ? たった2回でヴァルキューレの魔力が尽きてしまったのですか?」

「担当のヴァルキューレへ魔力が注がれるタイミングにもよるかな。たまたま運が悪かったのだろう。昨日や一昨日も何度か死んでいるから」


 3人の担当ヴァルキューレ全員のタイミングが悪かったってことか?

 すごい確率だな。


「それでまた補充ですか?」

「いや、補充はもう必要ない。作戦は終了だ」


 お! 終わりか!


「明日は第3拠点に保管してある魔石を全て持って、下層に築いている砦へと向かう。第1拠点も、第2拠点も同様に砦に向かう予定だ。戻ってこれないマティアス達の分までしっかり働いてくれよ」

「……了解です」


 ヴァルキューレの魔力が尽きてしまったのなら、復活するまでに数日かかるだろう。

 作戦の終わりに立ち会えないのは残念だろうな。


 そういえば、最初に特殊輸送部隊に配属された人達はもうすでに復活しているはずだよな? その人達は戻ってこなかったのか? それとも別の任務に就いたのか?


「あの~。最初に特殊輸送部隊に配属された人達って、今は別の任務に就いているのですか?」

「む? そういえば彼らはどうしているんだ?」


 ブラスコは知らないみたいだ。


「確かマイケル達でしたね。そういえば彼らは……」


 ヘンリックも知らないのかよ。


「彼らは残りの作戦には参加しなくていいと伝えてあるんだ。最も過酷な特殊輸送部隊を1ヶ月も務めてくれたからね。それぐらいのご褒美はあってもいいだろ?」


 俺達の会話が聞こえたのか、奥のテントからクロードが出てきた。

 あいかわらずの爽やかなイケメン野郎だ。

 笑顔が眩しいぜ。


「そ、そうでしたか。情報の共有不足で申し訳ありません」


 ヘンリックがなぜか謝る。


「いや、いいんだよ。ご褒美といってもちょっと不公平だからね。不満が起きないように俺が内緒にしていたんだ。だから内緒でお願いね」

「了解です」


 クロードと目が合う。


「以前、君は俺からの力を拒否したけど……明日は受け入れてくれるといいな~」

「え?」

「クロード様」

「あはは、ごめんごめん。また明日ね」


 クロードは再びテントの中に入っていった。


「今の言葉は忘れろ。いずれにしろ明日になれば分かることだ」

「は、はい」

「今日はもうテントに戻って休め。明日の移動に備えろ」

「……了解です」


 明日、何かあるのか?

 この作戦で得た中級魔石を全て、あの砦に集める。

 そこで一体何が起きるんだ?


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