第14話 中層へ
「活動範囲が浅瀬であっても、10日に1度は必ず会いに来てください。死神に殺されたと判断されると、部屋がなくなりますよ」
「はい。以後気を付けます!」
神殿にある自分の部屋で、わざと芝居がかった口調で返事をする。
返事をする相手は神官のケビンさんだ。
ケビンさんはルーン王国内でも有数の貴族の長男だ。
神殿に勤めるには、それこそエリート中のエリートコースを歩んでこないと無理らしい。
有望なエインヘルアルと人脈を持つことは、ルーン王国内では大きな意味を持つ。
最初こそ俺に丁寧に接していたケビンさんも、俺が神殿ではダメダメなエインヘルアルを演じているから、俺のことを見限り始めている感じはある。
ま、俺もその方が動きやすくていいんだけどね。
今日は13日ぶりに神殿にやってきた。
最低でも10日に1度はケビンさんと会わなくてはいけないのに、すっかり忘れてしまっていたのだ。
もう少し遅れていたら、死神に殺されたということで自分の部屋が無くなるところだった。
実際無くなっても、あんまり困ることは無いんだけどね。
「でも間に合って良かった」
「ん? 何が?」
「リィヴ様が作戦に間に合って良かったと申したのです。実はクロード様を中心とした精鋭部隊『金狼』がある作戦を立案中です。この作戦には全エインヘルアルが参加することを要請してきています。実際に参加するのは半分にも満たないでしょうが、リィヴ様は是非参加されることをお勧めします。いつまでもテラの繁華街で遊んでばかりいては強くなれません。一度、本物の強さを持ったエインヘルアルを間近で見てくることは、リィヴ様の今後にとって」
「あ~そういうのはいいから。で、どんな作戦なの?」
「……中層の魔獣殲滅作戦です。リィヴ様はご存知ないでしょうが、この作戦は……」
おお~、中層でやるのか!?
既に知っている作戦の狙いを淡々と話してくるケビンさんの説明を、途中で切り上げたい気持ちに駆られながらも、何とか最後まで聞いた。
俺とニニがやった掃討作戦の規模がでかい番だ。
俺達は最下層の終わり付近を中心にやったけど、クロード達が考えているのは中層全域である。
死神が現れてから、中級魔石も不足気味のはずだ。
一気に中級と上級魔石の不足を解消しようって作戦だな。
しかし『金狼』ね~。
クロードの装備が全身金ピカなのでつけられた名前だそうだ。
精鋭部隊として選ばれたエインヘルアル達も、クロードほど輝いてはいないが全員金色の装備を着ているそうだ。
金狼こそ最上層に到達して異界から神玉を持ち帰る勇者だと、王都テラでは大層な人気だとか。
まさに勇者様御一行って感じだな。
実際強いんだろうな。
無限魔力供給のチート指輪を持ったクロードの強さは次元が違うらしい。
現在は上層の中間地点で主に狩りを行っているとか。
最上層への到達も時間の問題だろうな。
でも死神とは一度も遭遇していない。
それどころか、死神はまったく現れていないそうだ。
一部のクロード信者達は、死神はクロード様を恐れて姿を現さなくなった! と騒いで喜んでいる。
本当にそうならいいけど、これが嵐の前の静けさだったら嫌だな。
「というわけで、参加するだけで中級魔石1個は確約されます。悪い話ではないと思いますよ。もちろん、今のリィヴ様では参加したところで、魔獣に一瞬で殺されてしまうだけかもしれませんが、荷物持ちぐらいなら出来るでしょう」
「なるほど~。確かに荷物持ちなら出来そうだ」
魔法袋を使えば、完璧な荷物持ちですぜ! とは絶対に言わないけどね。
神殿の雰囲気はやっぱり好きになれない。
エインヘルアルだけじゃなくて、ここにいるミズガルズの人達も権力に溺れた腹黒い人達ばかりだ。
空気が淀んでいるから息苦しい。
さて、どうするか。
ニニと2人で行った作戦は昨日無事に終わっている。
魔獣の減った下層で10日間、下級魔石を取りまくった。
結果、750個の下級魔石を獲得したのだ。
3等分で250個だ。
目標の400個には届かなかったけど、大した成果だと思う。
事前に使ってしまった分を引いても、目標まであと半分。
中級魔石2個分なのだから、今回の作戦で1個もらえるのは大きい。
どさくさに紛れて、もう1個盗んでしまえば……というのはやめておこう。
「何か手柄を立てるとさらに中級魔石もらえたりするの?」
「活躍出来れば功績に応じた魔石が与えられますが……リィヴ様では難しいでしょうね」
な~にが難しいでしょうね、だ。
一度も聖樹の森に入ったことすらないくせに。
自分で体験したことのない記録の知識から妄想して言うんじゃねぇよ。
ま、俺が本当に浅瀬で活動しているエインヘルアルとしたら、言ってることは当たっているんだけどね。
記録の知識大事です。
クロードの強さも間近で見てみたいし、これは参加してみるかな。
「参加するよ」
「おお! 良かった。これでリィヴ様も目を覚まされることでしょう。偉大なるクロード様の勇姿を見れば、今まで過ごした時間がどれほど無駄だったか……」
もっともらしい言葉で軽く説教始めやがった。
本音は俺がいつまでも浅瀬にいると、自分の評価が下がるからだろ。
神官達の評価は、担当しているエインヘルアルの功績に応じるようだ。
ちょっとヴァルキューレのシステムと似ている。
誰かが似せて作ったのかもしれない。
「作戦開始は3日後です。この作戦要領をよく読んでおいてください。特に『荷物持ち』の部分を」
「はいはい。分かりましたよ。それじゃ~3日後に」
俺はすぐにカリーンに戻っていった。
「というわけで、3日後からちょっと留守にします。宿のみなさんにはまた所用でテラに行っているということで」
その日の夜、サンディさんとリタさんにマッサージをしながら、クロードの作戦に参加することを告げた。
マリアさんのしごきに慣れてきたのか、サンディさん達は疲れているものの、最近ではちょっとだけ余裕が生まれている。
そのため、マッサージが終わると格闘を始める日も増えてきた。
ちょっと寂しかった俺としては嬉しい限りだ。
「大丈夫なの? 中層だなんて……死神がいるんでしょ?」
「え!?」
「女将が教えてくれたんだよ。な~んでオレ達に黙っていたんだ?」
む、なんでマリアさんは死神のことをサンディさん達に?
たまたま何かの話題でか?
「いや、それはその……心配するかなって思って」
「心配するよ~。リィヴは絶対に死なない。死んでも生き返る。だから何かあっても戻ってきてくれると思っていたのに……」
「ご、ごめんなさい」
「ま~リィヴが謝ることでもないんだけどな。死神が存在していることは、仕方のないことだし。それにいずれリィヴは中層上層に向かっていくんだ。嫌でも遭遇する時がくるんだろ」
「そうですね。今回の作戦はクロードというとんでもなく強いエインヘルアルと一緒なので、たとえ死神が現れても大丈夫ですよ。むしろクロードが死神を倒して脅威が無くなる可能性の方が高いかも」
「すごいエインヘルアルが現れたって、それも女将さん言っていたわ。でも本当に信頼できるの? 無理はしないでね」
「大丈夫です。俺は単なる荷物持ちですから」
「リィヴの能力のことは話してないんだろ?」
「はい、それは話しません。俺が魔石を持っていても魔獣が反応しないことは秘密です。だから本当にただの荷物持ちとして参加することになります。参加するだけで中級魔石1個もらえるんですよ! これは美味しい仕事です」
「上手い話には裏がある……って昔から言うからな。本当に無理だけはするなよ」
「了解です」
今夜もマッサージの最中に寝てしまうことはなかった。
そうなれば格闘の時間である。
作戦が始まれば、しばらく会えないことになる。
2人の温かい肌を忘れないように、今夜は熱く闘うとしよう!
「というわけで、明後日からちょっと留守にします。サンディさん達とは、宿のみなさんにはまた所用でテラに行っているという理由にしたので、話を合わせておいて下さい」
「分かったわ。でも寂しくなるわね~。作戦は1ヶ月ぐらいかしら? 中層全域の魔獣を倒すなんてかなり大がかりな作戦ね」
昨夜サンディさん達と熱い格闘を終えて、早朝に自分の部屋に戻るとマリアさんがやってきた。
こうして朝早くに俺の部屋で打合せすることがある。
ちょうどよかったので、クロードの作戦に参加することを伝えた。
「噂のクロードの強さ見てきますよ」
「ニニにはこれから?」
「いえ、今日まで一緒に行動するのはお休みになっているので、伝えるとしたら明日になりますね。部屋はノックしてもいつも留守だから」
「私から一応伝えておくわ」
「マリアさんはニニと会っているんですか?」
「会っているわ。それにリィヴ君もテレフォンを使えば話せるわよ」
「あ~確かに。その手がありましたね」
「スラシルにも伝えておいた方がいいかもしれないわね……今夜、スラシルと一緒にお邪魔するわ」
「え、あ、はい」
「うふふ、大丈夫よ。サンディちゃん達は起きていられないほど、可愛がっておくから」
「りょ、了解です!」
心の中でサンディさん達に謝っておいた。
もちろん俺が悪いわけじゃないけど、何となくね。
その日はテラを観光しながら買物をして過ごした。
サンディさん達としばらく会えなくなると思うと、なぜかプレゼントを渡したくなったので、テラにあるちょっと高級そうな宝石屋に入ってみた。
元の世界でもあまりこういうのに詳しくなかった。
女性が好きそうな物なんてよく分からないから、ピンクダイヤを使った剣の形のネックレスをサンディさんに、ゴールドを使った斧の形のネックレスをリタさんに買った。
使っている武器のネックレスとは捻りがないけど、きっと喜んでくれるだろう。
買物を終えて宿屋に戻ってサンディさん達を待っていたけど、なかなか帰ってこない。
すっかり夜になってから2人とも帰ってきた。
その顔は既に疲れ果てていて、今にもその場で倒れてしまいそうな勢いだ。
後ろからついて入ってきたマリアさんが「2人とも本当に成長して私も嬉しいわ~」なんて言って、そそくさと奥に入っていった。
きっと2人を疲れさせようとしたけど、サンディさん達の体力がマリアさんの予想以上についていたのだろう。
「今日は一段と厳しかった~~」
「女将が悪魔に見えたよ」
先にお風呂に入り、食事を終えて一休み。
その後に軽くマッサージをしてあげた。
宿屋に戻ってきた時には疲れ果てて、今にも眠ってしまいそうな2人だったけど、こうしてお風呂と食事を終えると、少し体力が戻ってきている。
なるほど、マリアさんが手こずるわけだ。
でもさすがに俺と格闘する元気はないだろう。
「今日はゆっくり休んで下さい」
プレゼントを渡すと2人に火がつきそうなので、出発の前に渡すことにしよう。
丁寧にマッサージをした後、俺は自分の部屋に戻った。
「というわけで、明後日からちょっと留守にします。留守の間……ニニのことよろしくです」
「え? あ、はい」
可愛い相棒のために、ここでもスラシルちゃんにさりげなくニニのことを頼んでおいた。
感謝してくれよ、相棒!
俺の部屋にやってきたマリアさんとスラシルちゃん。
スラシルちゃんは可愛い手に1つの盾を持っていた。
俺の盾と同じ大きさの木の盾。
「これ、依頼の盾です。いまお持ちの盾と同じ効果に追加して、盾の周りに土属性を展開させることができるルーン文字が刻んであります。詠唱は『土壁』です」
「ありがとう。助かったよ」
「これは私からのプレゼントよ。炎と雷と闇の魔法石よ。1回しか使えないから注意してね。詠唱は『炎弾』『雷電』『闇霧』。炎は魔法弾のようなものよ。雷はリィヴ君を中心に半径10mほどを雷が駆け巡るから、近くに別のエインヘルアルがいる時は注意して使ってね。闇は私が最も得意な属性なのだけど、半径30mぐらいを闇の霧で覆うわ。リィヴ君だけその中にいても、はっきりとものを見ることが出来るようになっているから、攻める時でも逃げる時でも有効よ」
「ありがとうございます。ピンチの時に使わせてもらいますね」
「わ、私もこれ……氷の魔法石です。詠唱は『氷槍』です。氷の槍で相手を貫きます。これは3回使えますから」
「ありがとう。大切に使うね」
思いもよらないプレゼントだ。
魔法石は今まで使う機会がなかった。
相棒のニニが魔法弾を使うこともあって、俺は魔獣の動きを抑えることが主な役割だったからな。
使い慣れていない魔法石をいきなり使うのも不安だけど、無いよりあった方が心強い。
「それで……スラシルに造らせた盾をどうするのかしら?」
マリアさんが興味津々に聞いてきた。
ま、当然そう思うよね。
スラシルちゃんに造ってもらった盾には、ルーン文字は刻んであるけど魔石はない。
これでは何の意味もないただの盾だ。
マリアさん達に秘密を見せる。
マリアさん、ニニ、スラシルちゃんとは死神を倒すまでまだまだ付き合いが続く。
サンディさん達はもうすぐ俺を必要としなくなる。
2人がマリアさんにしごかれて、どれだけ強くなったのか見たことないけど、きっと最下層でも問題なく魔石狩りが出来る探索者に成長していることだろう。
「それじゃ~……よ~く見ていて下さいね」
俺は魔法袋を持つと、まずは自分の盾を収納して見せた。
目の前で一瞬に盾が消えても、2人は特に驚いた様子を見せない。
ある程度予想していたことだからか。
次にスラシルちゃんに造ってもらった盾を収納する。
そして合成図を展開。
この合成図は俺にしか見えていない。
2人には何もない空間をじっと見つめている俺が映っていることだろう。
さて、そもそも本当に合成が成功するのか実は分からない。
これで失敗したら赤っ恥だな。
俺の盾にスラシルちゃんが造ってくれた盾のルーン文字を合成するイメージ。
すると2つの盾が合成された後の予想図が見えた。
成功か?
予想図の中の盾に視線を合わせると、
下級魔道具『木の盾』
以前と変わらない名称が見えた。
あれ? 失敗かな。
とりあえず魔法袋の中から盾を取り出してみた。
盾の裏側には新しいルーン文字が刻まれている。
成功なのか、失敗なのか、よく分からん。
「ふむ……これってスラシルちゃんが造ってくれたルーン文字になってます?」
「見てもいいのですか?」
「うん、俺よく分からないから、見てもらえるかな」
合成された盾をスラシルちゃんに渡すと、刻まれたルーン文字を丁寧に確認してくれた。
マリアさんはじっとその様子を後ろから見ている。
「はい、私が造った盾のルーン文字になっています。詠唱してみては?」
「あ、そうだね」
盾を持つと「土壁」と詠唱してみた。
すると盾の周りを堅い土が覆ってきた。
これが属性盾か。
土属性は単純に強度が増すのかな。
「土壁はリィヴさんのイメージに従って、ある程度自由に形を変えてくれます。でも盾のない部分はやはり脆いので、あまり大きな土壁は作らない方がいいです」
「うん、分かった。ありがとう。おかげで成功したよ」
「あら、失敗するかもしれなかったの?」
マリアさんがここで口を挟んできた。
「ええ、俺も初めてのことだったので、どうなるか分からなかったんですよ」
「その魔道具の性能をちゃんと理解していないってこと?」
「そうなりますね。これは本当に特別な物なので……俺にも分からないことが多いんです。最初に説明は受けているんですけどね。ま~あの人も時間があまり無かったのかも……」
あ、オーディンって人じゃなくて神か。
ま~いいや。
「実に興味深い現象を見せてもらったわ。リィヴ君の特殊能力は、槌や盾、防具は関係なくて、その袋だったのね」
「そうです」
「ニニから報告を受けている情報を合わせて考えると、その袋には容量以上の物を入れることができる。それに限界があるのかないのか……入れられない物があるのか。そしてその袋の中に入れた魔石は、魔獣には反応されない。
さらにその袋の中に入れた物は、リィヴ君の意思で何かしらの変化を与えることができる。例えば埋め込まれている魔石を変える。刻まれたルーン文字を移す。……どうかしら?」
「ほとんど正解です。後半の部分は俺も試行錯誤の状態なんですよ。それと付け加えておくとしたら、この袋は……俺以外の誰でも使えることが出来るってことです」
自らの弱点の暴露。
さすがのマリアさんもちょっと驚いた表情を見せてくれた。
スラシルちゃんはかなり驚いて、ちょっと面白い顔になっていた。
この2人を信頼する、そう決めた。
下層を越えて中層、上層、最上層を目指すなら、マリアさん達のサポートが必要だ。
もしマリアさん達を信じないなら、神殿で魔法袋のことを話してクロードのように俺もちやほやされるしかない。
でもその場合、俺しか魔法袋を使えないと言っても、誰かが使って検証されたら終わりだ。
たぶんクロード達に魔法袋を取りあげられて終わってしまう。
そして今回の作戦参加に、出来れば魔法袋は持っていきたくない。
あれば絶対役に立つだろう。
でも持っていたら使いたくなってしまう場面も絶対に出てきてしまう。
それで万が一、魔法袋のことがばれたら……。
だから魔法袋は持っていかない。
なら、その間どうするか。
マリアさんに預けることにした。
ニニに預けて使うのがいいんだろうけど、それを決めるのはマリアさんだろうから。
「というわけで今回の作戦に参加している間、この魔法袋預かってもらえませんか?」
魔法袋の使い方を、俺が分かる範囲で説明した。
2人とも一言も声を挟まないで、真剣に説明を聞いてくれた。
説明が終わり、神殿に魔法袋を奪われる不安があるので作戦の間、魔法袋を預かって欲しいと願い出た。
「ありがとう。リィヴ君の秘密を話してくれて」
「黙っていてすみません」
「いいのよ。当然だわ。むしろその魔法袋の能力に浮かれて、ぺらぺら喋るような人なら本当に騙してその袋を奪うところだったわ」
「うげ」
「うふふ、でもリィヴ君は違う。自分のことに合わせて、サンディちゃん達のこと、そして私達のことを考えてくれた。本当に優しい人ね。優しすぎてちょっと心配になっちゃうわ。これ以上面倒を見ちゃう人達を広げないかって」
「う~ん、なるべく広げないようにします。ニニには明日、俺から伝えます。それまで伝えないでもらえますか?」
魔法袋を興味深げに触っていたスラシルちゃんがぴくっと反応して俺を見る。
マリアさんはスラシルちゃんを見ている。
なんだ?
「は、はい」
「分かったわ。……まったく」
あ~ニニと仲が良いのはスラシルちゃんだから、スラシルちゃんが話さないように確認したのか。
まったく、の後にマリアさんは何やらごにょごにょ言っていた。
マリアさんもスラシルちゃんとニニの関係に気付いているのか。
娘の恋路を心配する母親ってわけか。
「俺から直接伝えたいので。それで、魔法袋はニニが持つことになります?」
「そうね。魔石狩りの時はニニが持つことになるかしら」
「なら明日、ニニに渡しておきますね」
「そうして頂戴。私も使っていいのよね? 合成はすごく興味があるわ」
「もちろん。俺では知識が足りなくてダメですけど、マリアさんやスラシルちゃんなら魔道具作成に使えるかもしれませんから」
「どうなの?」
魔法袋を触りながら、おそらく合成図を展開しているスラシルちゃんにマリアさんが聞くと、再びぴくっと反応した。
動作が可愛いな。
「は、はい。これすごいです。ルーン文字を刻むのがすごく簡単です。刻む場所も立体的に見えて、それに内部に刻むのも簡単に出来るし。何より魔石にルーン文字を刻むのに、すごく小さな文字でも刻めるんです! 本当にすごい」
「あらあら~、それは楽しみだわ」
「魔道具を造るのに一番難しいのって、やっぱりルーン文字を刻むことなんですか?」
「そうね。いろいろあるけど、核となるのはルーン文字なのだから、当然それが一番大事。最も難しいのは魔石にルーン文字を刻むことなの。魔石を傷つけ過ぎると使い物にならなくなるから、出来るだけ薄く小さく刻めるのが良い魔道具技師よ」
それならこの魔法袋は恐ろしく役に立つかもしれない。
スラシルちゃんがどんな合成図を見ているのか想像できないけど、言葉と表情からしてかなりすごいことになっているのだろう。
俺がいない間、魔道具作成が捗ってくれたら嬉しい限りだ。
「改めて、全てを話してくれてありがとう。私もスラシルも……それとニニも、リィヴ君を全力で支援するわ。もちろん死神を倒すために、リィヴ君にも全力で助けてもらうつもりでいるから、よろしくね」
「はい。これで本当に運命共同体ですね」
「わ、私も……頑張ります」
「ありがとう。スラシルちゃんのために1日でも早く死神を倒してみせるよ」
爽やかな白い歯と笑顔で親指を立ててみた。
もちろん、スラシルちゃんのためだけじゃなくニニのためでもある。
2人が幸せな日々を送れるように、俺は頑張るのだ!
「それじゃ……これで失礼しようかしら」
さすがに娘のスラシルちゃんの前で、格闘を始めることはないか。
「それともリィヴ君の部屋に泊まっていっちゃおうかな」
「ぶっ!!」
「お母さん!」
「はいはい。冗談ですよ。そんなに怒らないで~」
マリアさんは笑いながらも、最後にウィンクをして部屋を出ていった。
スラシルちゃんはマリアさんに本気で怒ったような表情をしていたけど、最後部屋を出ていくときは笑顔でぺこりと頭を下げて出て行った。
面白い母娘だ。
シーラ以外に初めて秘密を打ち明けた。
なんだかすっと心のもやもやが晴れたような気がする。
やっぱり何かを隠して生活するのは精神的に疲れるんだろうな。
これですっきりした。
作戦を頑張ろう。
「というわけだ」
「はい」
翌日、浅瀬のいつもの場所でニニと合流すると、エインヘルアルの作戦に参加することと、魔法袋のことを話した。
「今日の魔石狩りが終わったら、この魔法袋はニニに渡すから無くさないように」
「はい!」
「お? 今日はやけに素直だな」
「いつも素直ですよ」
「そうだっけ?」
「む~」
「はいはい。いつも素直なニニ君ですよ」
下層での狩り通じて、ニニとはかなり良い関係を築けている。
特にニニがスラシルちゃんを想っていることに気付いてからは、俺の心遣いを分かってか一気に信頼感が増したような気がする。
今では可愛い弟である。
「今日は最下層での狩りで、昨日新しく属性盾となったこの盾の使い心地を確認したい」
「分かりました。では戦闘はリィヴさんに任せて、僕はフォローに回りますね」
「頼む」
そうして最下層で狩りを始めた。
俺も成長したもので、最下級魔獣相手なら余裕だ。
ニニの援護射撃を必要とする場面は結局1度もなかった。
途中ニニが暇しているかと思い、結局下層まで進んだ。
土壁の属性盾の使い方はかなり把握したので問題ない。
下級魔獣はまだ危険なので、俺が魔獣の動きを抑えてニニが魔力銃で倒していく。
土壁は想像以上に衝撃を緩和してくれて、防御の安定感が一気に増した。
これなら中級魔獣相手でも、防御に徹していれば何とか生き延びれるかもしれない。
ソールが西に沈む頃にはカリーンのニレの宿屋に戻った。
ニニと別れ際に魔法袋を渡しておく。
代わりに買っておいた本当のただの袋に必要な物を入れておく。
「それじゃ~留守の間、よろしく頼む」
「任せて下さい。作戦……気をつけてくださいね。死神が現れるかもしれないのですから」
「分かってるよ。死神が現れたら一目散に逃げるさ」
「本当にそうして下さい」
最後に親指をぐっとお互い立てて別れた。
宿に戻るとサンディさん達も戻ってきていたので、テラで買ったネックレスを2人に渡した。
2人とも涙目になるほど喜んでくれた。
食事の前にそのまま格闘が始まってしまったほどである。
食事の後、俺は神殿に行くことになる。
今日はニレの宿屋ではなく、神殿の部屋で寝るからだ。
そういえば、神殿の部屋で寝るのって今日が初めてになるな。
せっかく用意してもらった部屋だけど、まったく使っていません!
「本当に本当に気をつけてね。絶対無理しちゃだめだよ。危なくなったら逃げるんだからね」
「分かってます。大丈夫ですから」
「ニレの宿屋で待ってるからな。戻ってきたらすぐに来るんだぞ」
「はい、もちろんです」
神殿への瞬間移動石のある建物の前まで、サンディさんとリタさんが見送ってくれた。
マリアさんとスラシルちゃんとは、宿屋で挨拶を済ませた。
サンディさん達の前だから、2人とも俺が所用でカリーンを出るという設定で話を合わせてくれた。
最後にサンディさんとリタさんとぎゅっと抱擁する。
2人の豊かな胸元には、俺が買ったネックレスが輝いていた。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
愛しい2人に見送られて、俺は瞬間移動石で神殿へと向かった。
初めて泊まる神殿の部屋は、本当に知らない他人の部屋のように思えた。
やけに静かで、どこか冷たい。
この部屋に泊まるのは今夜だけだ。
明日には中層に向けて出発するのだから。
感想乞食が現れた!
「感想欲しいよ~、感想欲しいよ~、感想が話数と同じ14件になるまでエターだよ~」
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