第13話 勝手な勘違い
「これはいったいどういうことですか?」
「ん? 見たまんまだよ。1日でずいぶん成長して大きくなったろ?」
「そうですね……リィヴさんの答えは見たまんまの答えですね。成長期の子供でも、1日でこんなに大きくはならないと思いますよ」
「はっはっは。ニニも面白いこと言うんだな。いや~今のはよかったよ」
「それで……本当にどうしてなのですか? なんで盾が大きくなっているのですか?」
「ま、それはいろいろと……秘密だ」
合成の検証をした翌日。
ニニといつもの場所で会うと、予想通りの反応を示してきた。
そりゃ~盾がいきなりでかくなっていたら、驚くよな。
「秘密ですか……見る限り、昨日まで持っていた盾がそのまま大きくなった感じですね。しかも……これ強度が増していません? いったいどうして……」
「お~なかなか良い観察眼だな。この盾の秘密を探るとは!」
「今のは見たまんまで分かることですよ」
「はい、そうですよね」
「まったく……リィヴさんはちょっと秘密が多すぎです」
「いや~秘密の多い男は魅力的だって言うだろ?」
「それを言うなら、秘密の多い女は魅力的ですよ」
こういう時、顔が見えないのはやり難い。
表情から読み取ることが出来ないからね。
ま、実際には相手の表情から考えていることを読み取るなんてこと出来ませんがね!
「ところで相棒」
「……はい、何ですか相棒」
「結果を聞かせてくれ」
「……」
「心の準備は出来ている! さぁ! 一思いにやってくれ!」
その場で正座して両手を握りしめるというお馬鹿な仕草を見せる。
結果とは、もちろんスラシルちゃんのことだ。
果たして俺は嫌われているのだろうか。
「スラシルさんに聞きましたけど、リィヴさんのことを嫌っていませんでした」
「おおおお! マジで!? 俺絶対嫌われてると思ってたよ! いやっほ~! 嫌われてないぜ!」
「そ、それと」
「ん? それと?」
「そ、その……むしろ……こ、好意的に」
「え!?」
「……思っているそうです」
「マジで!? ふぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
何てこった!
スラシルちゃんが俺のことを好意的に思っている!?
それってホの字ってこと!? マジかよ!
「マリアさんのために頑張ってくれているから、だそうです」
あれ?
ホの字の意味での好意じゃないのか。
お母さんのマリアさんのために頑張ってくれているから……か。
「それって、スラシルちゃんも俺がエインヘルアルだって知っているってこと?」
「はい」
あれ~?
大猿に殺されて復活までに時間を要した時、マリアさんはスラシルちゃんにも俺は所用で宿を出ていると伝えたって言ってなかったっけ?
思い返せば、スラシルちゃんが余所余所しくなったのはあの時からだった。
さすがに10日も宿を空けた俺を不審に思ったのか?
それでその後にマリアさんに俺のことを聞いたのかな。
俺が嫌いなエインヘルアルだって分かったけど、サンディさん達を助け、マリアさんに協力する優しいエインヘルアルと知り好意を持ってくれた。
でもやっぱり嫌いなエインヘルアルだから、会うと態度が余所余所しくなってしまうのかな。
ま~エインヘルアルだってばれてるなら、今度ぶっちゃけて話してみてもいいかもしれないな。
「とにかく、スラシルちゃんに嫌われていないと分かって良かった。本当に助かったよ!相棒!」
「いえいえ。お安い御用ですよ」
相棒はなんて良い奴なんだ。
本当に1日でスラシルちゃんに俺のことを聞いてくれるなんて。
しかしよく聞けたな。
普段は部屋に籠っている癖に、どうやってスラシルちゃんと……あ。
「ああっ!」
「え?」
しまった。
俺はなんて気遣いの出来ない男なんだ。
まったくダメな男だ。
ニニは……スラシルちゃんのことが好きなんじゃないか?
そうだよ、絶対そうだよ。
そうじゃなかったら、不死身じゃないニニがマリアさんに命を懸けてまで協力するなんて絶対おかしい。
きっとマリアさんから「うちのスラシルが欲しいなら、私に協力して死神を倒しなさい!」とか言われたんだろうな。
いや、あのマリアさんのことだ。
ニニを従わせるためなら「私の言うことを聞かないなら、スラシルがどうなることやら……私は自分の娘にだって……容赦しないわよ?」とか脅迫していてもおかしくない。
恐ろしい! なんて恐ろしい人なんだ!
「そうか……そういうことだったのか」
「え?」
俺はニニの両肩に優しく手を置く。
そして真っ白なフードで見えないけど、まっすぐニニの目を見ているつもりで言った。
「安心しろ。俺が絶対に死神を倒す。いや、俺達で死神を倒すんだ!」
「は……はい」
「死神を倒して俺達、幸せになろうぜ!」
「え!? そ、それって」
「まぁ死神を倒しても、俺の戦いは続くんだけどな。俺は神玉を集めないと元の世界に戻れないから。でもニニは違う……のか? ニニの正体を詮索する気はないからいいけど、とにかく死神を倒せばスラシルちゃんとお付き合いできるんだろ?」
「は?」
「ん? あ、もう既にお付き合いはしているのか? それじゃ~死神を倒したら結婚を許してもらえるのか!?」
「ちょ、ちょっと! 何を言っているのですか!?」
「照れるなよ~。いや~不死身じゃないニニがどうして命を懸けてマリアさんの手伝いしているのかと考えたらさ。ま~自然に分かっちまったんだよ。スラシルちゃんにホの字なんだろ?」
「ええ!?」
「分かる分かる~。スラシルちゃんすんげ~美人さんだもんな。しかも明るくて優しくて最高だよ!」
「え、いや、その……」
「まぁまぁ、今日はボーイズトークといこうぜ。で、ニニはスラシルちゃんのどんなところに惚れたんだ?」
ニニが何歳か分からないけど、俺より年下なのは間違いないと思う。
16歳から18歳ぐらいだろう。
このぐらいの年頃の男の子は、エロトークに妙な恥ずかしさを感じてしまうものだ。
特に周りにそういうことを話せる友達とかいないと、エロに対する免疫がない。
ニニは魔石狩り以外の時は、ニレの宿屋の部屋に籠っているみたいだから友達がいるようには思えない。
俺が積極的にエロトークをしてやるべきだろう。
「あ、あの、その……じ、じつ」
「恥ずかしがるなよ。男同士じゃねぇか。ま~でも気持ちは分かる。俺もちょっと前までこういう話をするのは照れ臭かった」
「は、はぁ……」
「でも大人の階段を上ると、こういう話も出来る様になるわけよ」
「大人の階段?」
「おっと、まだニニには刺激の強い話だったかな。まぁニニは純愛貫いて、初めてはスラシルちゃんに取っておくのもいいぞ」
「純愛……初めて……あ、あああ!」
「気付いたか。まぁそういうことだ」
「リ、リィヴさんは……その……」
「ん? 俺は経験済みだぜ」
親指をぐっと立てて、爽やかな白い歯を見せて言ってやった。
少年よ! 俺が眩しいか!? 俺が輝いて見えているか!?
はっはっは! 人生の先輩として俺が導いてやろう!
「そ、そうでしたか……あ、元の世界で?」
「ん? あ~……まぁ相棒のニニだから正直に言うぜ。実は元の世界では俺、童貞だったんだ」
「え?」
「つまりこっちの世界に来てから、俺は大人の階段を上ったわけよ」
「ええ!?」
「はっはっは! 驚いたか。いや~初めての時は緊張したわ~。でもすんげ~優しくしてもらったから、何て言うか男として自信がついた感じ? いやマジで」
「……だ、誰と?」
ニニの声が震えている。
そんなに俺が大人だったことがショックなのか?
もしかして、これまでの付き合いから「こいつ絶対童貞だな」と思われていたのだろうか。
そんな風に思っていた相手が、実は自分が経験したことのない大人の世界を知っていると分かりショックを受けてしまったか。
すまんなニニ。
俺は一足先に大人の世界を知り、さらにはプチハーレムを形成しているのだよ。
サンディさんにリタさん、そしてヴァルハラのシーラ。
何よりマリアさんとも関係を持っていると言ったら、すんげ~驚くんじゃないかな。
あれ? 待てよ。
ニニはマリアさんに食べられてないのか?
あの人のことだから、可愛い少年とか大好物に思えるけど。
あ、でもスラシルちゃんと結婚しようと頑張っている少年を食べるほど、マリアさんも悪魔じゃないか。
それか、結婚した後に娘の旦那に手を出すことを楽しみに待っているのかもしれない。
あり得るな。
「まぁ、秘密だ。それに俺ばかり話してずるいだろ。だからニニも教えろよ~。スラシルちゃんのどんなところに惚れたんだ? 出会いはどんな感じ?」
「……わ、わた……僕は、その……」
あれ? 何か元気無くなってねぇ?
おいおい、どうしたんだよ。
まさか、まだこの手の話を振ってはいけない13歳~15歳だったのか!?
この年頃はあまりにもデリケートだ。
とても俺の手に負えないぞ!
「あ~、すまんすまん。ちょっと調子に乗り過ぎた。いや、こういう話でニニと仲良くなれたらなって思ってさ。悪気はなかったんだ」
「今も……」
「ん?」
「今も……その人とお付き合いを?」
お付き合い?
あ~サンディさん達のことか。
ニニはまだ子供だから、肉体関係=恋人の図式が成り立っているんだな。
いや、普通はそうなんだけどね。
ニニは何も間違っちゃいない。
ただ、サンディさんとリタさんは未亡人で、マリアさんも未亡人。
そしてシーラは人ではなくヴァルキューレ。
そんでもって、俺は不死身のエインヘルアル。
俺達の間に子供は出来ない(作ることも可能らしいが、特にシーラから聞いていない)し、俺は歳を取らないでこの先何百年と生きて戦っていく。
シーラだけは唯一、悠久の時を俺と一緒に過ごしてくれるけど、他の人達はみんな先に死んでいく。
だから恋人じゃない。
それはサンディさんにも、リタさんにも言われたことだ。
本気になったら辛いから。
自分だけおばさんになって、いつまでも若々しい俺と一緒にいられるはずもないと。
今だけの関係。
2人はそう言ってきたのだ。
そんな風に言ったくせに、特にサンディさんは俺のこと溺愛してると思うんだよね~。
リタさんも一見サバサバしているように見えるけど、実は情熱的だし。
結局、2人とも俺のこと……なんて考えるのは自惚れか。
「いや、付き合っていない」
「そ、そうでしたか」
「何て言えばいいのかな……大人の関係ってやつなんだ」
「え?……あ! だ、だめ」
「ん?」
「だ、だめですよ! そんな場所に行ったら!?」
「は?」
「だ、誰ですか!? あ! ジェフさんですね! ジェフさんに連れて行かれたんでしょ!」
「な、何言ってんだよ。落ち着けよ」
「まったく! あの人は本当にダメですね! リィヴさんに悪いことを教えるなんて!」
いきなりニニは勘違いを始めてしまった。
ジェフさん?
あの男の人か。
いまだにサンディさん達をパーティに誘っているらしいな。
「リィヴさん!!」
「お、おぅ」
「その……僕は子供なのでよく分かりませんが、でもそういう場所に行くのはよくないことだと思います」
「お、おぅ」
「確かに経験のある人とない人だと、ある人の方が安心できるような気もしないではありませんけど、それは一途な恋の仲で結ばれたからこそ意味のあることで……とにかく、僕は反対です」
「お、おぅ」
「もう2度と行かないで下さいね!」
「お、おぅ」
勝手な勘違いから説教してきやがった。
ニニは俺がジェフさんに連れられてエッチなお店に行ったと思いこんでいるな。
潔癖症なタイプか。
エロに興味津々なら、自分も行ってみたいとか言い出してもおかしくない。
むしろ俺ならきっと言い出していただろう。
さて、どうする。
ニニが潔癖症となれば、俺が関係を持っている人が実はサンディさんとリタさんだと分かれば軽蔑するかもしれない。
さらにマリアさんとも関係を持っていると分かったら……コンビ解消もあり得る。
スラシルちゃんのために嫌々コンビは続けるかもしれないけど、そんな状態では上手い連携は無理だろうな。
黙っておくか。
別に言う必要もないし。
勝手に勘違いした通り、エッチなお店に行ったことにしておこう。
後でマリアさんに、ニニに俺達のことを話さないように伝えておかないとな。
下層2日目の狩りは順調だ。
昨日に負けない成果で、下級魔石102個を手に入れることが出来た。
この調子でいけば、下級魔石400個を貯めることも不可能じゃないかもしれない。
達成出来たらシーラに逢いに行こう。
ソールが西に沈みかける頃、俺達はカリーンのすぐ近くまで戻ってきていた。
今日はニニが勝手な勘違いを始めてから、何かと説教をしてきて疲れた。
そして時々思い出したかのように、「絶対行ったらだめですよ」と定期的にエッチなお店に行くなと釘を刺してくるので、さらに疲れた。
俺は行ったことないのに!!
まぁ一応俺のことを思って言ってくれているわけだし、ありがたく忠告は受け取っておこう。
それに、スラシルちゃんが俺のことを嫌っていないと分かったのはニニのおかげだし。
今後も相棒として良い関係を築いていくためにも、俺はニニのためにあるお願いをすることにした。
「なぁニニ」
「はい」
「実はちょっと頼みたいことがあるんだ」
「何でしょう?」
「その前に、この盾……ぶっちゃけニニはどう思っているんだ?」
俺は1日で大きくなった盾をニニに見せる。
普通では絶対にあり得ないことだ。
俺のことを知らなければ、まったく同じデザインの別の盾だと考えてしまうだろうな。
でもニニは俺が特殊な能力持ちのエインヘルアルだと知っている。
この現象も俺の特殊能力に関係していると推測するだろう。
「その盾を大きくしたのはリィヴさんだと思っています。それに最初は盾の大きさに驚いて気付けませんでしたけど、戦闘中に盾から感じられる魔力の大きさが違ったので分かりましたが、大きさだけじゃなく埋め込まれている魔石も下級魔石に変わっていますね。
それは盾だけではなく、防具も同じく下級魔石になっているはずです」
「正解。大正解だよ。この盾を大きくしたのは俺だし、魔石を下級魔石にしたのも俺だ」
「……どうやって?」
「それを全て教えるのはまだ早いかな。もうちょっと信頼関係を高め合ってからじゃないとな」
「どうすれば信頼関係を高めることが出来るのですか?」
「一番手っ取り早いのは、ニニの正体を教えてくれることなんだけどね~」
「そ、それは……」
「冗談だよ。さてさて、ニニにお願いしたいことなんだけど、スラシルちゃんにちょっと変わった依頼をお願い出来ないか聞いてもらえないか? この盾と同じ大きさの盾を俺が用意するから、その盾に下級魔石が埋め込まれていると仮定して下級戦闘魔道具用のルーン文字を刻んで欲しいんだ。効果は任せるけど、この盾とは違った効果のものがいいな」
俺がニニのためにしてあげられることと言えば、こうしてニニとスラシルちゃんが会話する機会を作ってあげることぐらいだ。
何か用があれば話す理由になるし、そこからいろいろ話が発展して2人の仲が進展するかもしれないし。
親心……というより兄心ってやつだな。
「本当に変わった依頼ですね。リィヴさんが用意する盾というのは、ただの盾なのですよね?」
「そうだ。ただの盾だ。実際に魔石は埋め込まれていない」
「なのにルーン文字を刻む……しかもその盾とは違う効果……出来上がった盾をいったい何に使うつもりなんですかね……まさか、その盾に刻まれたルーン文字が、今使っている盾に上書きされるとか?」
鋭いな!
でもそれ以外に思いつくことはないか?
盾が大きくなっていることから、俺が盾に何らかの変化をもたらすと推測しているはずだ。
「さ、さぁ……ど、ど、ど、どうなんでしょうね」
「わざとどもってもダメですよ。へぇ~すごい能力ですね。ルーン文字を吸収するのかな?リィヴさんの能力なのか、それともその盾の能力? 盾が大きくなったのも……下級魔石を吸収したからじゃないんですか? だから埋め込まれている魔石も下級に変わっている。これなら辻褄が合いますね」
「も、もうやめて! それ以上追求しないで!」
「盾だけじゃない。槌も防具も全て吸収の能力を持っている! そしていつも持っている布の袋も! 布の袋の吸収能力で魔石を一瞬に採集出来ているのでしょう! そして吸収した魔石は魔獣に反応されず、さらには無限に吸収出来る! これがリィヴさんの能力ですね!」
バーン! とニニは俺を指差し、調子の良い声で言ってきた。
かなり良い線いってるな。
でも残念ながら、ちょっと違う。
特殊な能力は全てこの布の袋に集約されているんだな~これが。
「いや、違うけどね」
「え……」
いきなり冷静な声で否定してやると、ニニはがっくりと肩を落とす。
「でもかなり近いな。半分ぐらいは正解とも言える」
「え!? 本当ですか!?」
「ああ、でも半分な。核心の部分が違うからな」
「核心の部分……」
「まぁそれはおいおいな……とにかくさっきの変わった依頼、頼むぜ。俺にとって必要なことだから」
「分かりました。ただ、その盾とは違う効果といっても様々な効果がありますが、リィヴさんはどんな効果が良いのですか?」
「え? あんまり考えたことないな。今の盾って魔力で強度を増してくれているだけなんだよな」
「最も単純な効果だと思います。」
「どんなのがいいかな~」
「わた、……スラシルさんなら、今の効果を残しながら新しい効果を追加することも出来るでしょうね」
「おお! それはありがたい。スラシルちゃんってすごいんだな」
「そ、そうですね。追加の効果でお勧めは『属性盾』です」
「属性盾?」
「盾の周りに属性魔法を展開させます。火の盾、水の盾、風の盾、土の盾。その盾の下級魔石では上位属性の盾は厳しいですけど、基本属性の盾なら問題ないと思いますよ」
「なるほどね……ってこの盾の下級魔石ではって、別の下級魔石なら上位属性もいけたりするのか?」
「中級魔石に限りなく近い下級魔石なら。あとは盾の中に下級魔石を複数埋め込むとか」
「あ~なるほどね」
造り出せなくはない。
下級魔石を50個と50個で合成すれば、中級魔石1個になる。
では下級魔石45個と45個で合成したら? 答えは下級魔石1個になる。
でもその下級魔石の持つ魔力量は限りなく中級魔石に近いものとなる。
これなら上位属性の盾も出来るのだろう。
しかしこれはもったいないことである。
その下級魔石はあと10個だけ合成してやれば、中級魔石になるのだから。
わざわざ魔力量の高い下級魔石を造り出すぐらいなら、1つ上の魔石を狙った方がいい。
ちなみに、『一覧』で魔法袋の中にある下級魔石を見ると、『下級魔石10個』という具合に見えるのだが、そこで『魔力別』と念じれば魔力の多い順に並び変わる。
下級魔石(90)
下級魔石(2)
下級魔石(1)8個
こういった感じで、()の中に書かれているのが魔力量だ。
「リィヴさんの盾は聖樹で出来ていますから強度を上げるなら、基本属性の土、上位属性の木がいいでしょう。他の属性でも効果は高いと思いますよ」
「ニニお得意の氷も、かっこいいだろうな」
「氷の盾もいいですよ。上位属性ならどれでも、防御するだけで魔獣に傷を負わせることが出来るでしょうね」
「1つの盾に複数の属性効果を与えることって可能か?」
「え……それは……」
魔獣との相性によって属性を使い分けることが出来れば素晴らしい。
無理なら無理で仕方ないけど。
しかも上位属性を複数ともなれば、たぶん必要となる魔石が上級魔石か、あるいは最上級魔石とかになってしまうかな。
「……可能ですね。理論上は可能だと思います」
「お~。ってニニもやっぱり魔道具技師なのか。魔力銃に魔力補充だけ出来るぐらいなのかと思っていたけど、なんか結構詳しそうだな。戦闘魔道具造れたりするのか?」
「え!? あ、いや……つ、造れませんよ。今のは僕の浅はかな知識で考えたことなので、詳しくはスラシルさんに聞いてみます」
「おぅ、聞いてみてくれ」
これでいい。
俺の盾のことで、ニニとスラシルちゃんが話す機会が生れる。
素晴らしきかな!
ニレの宿屋に戻った。
下級魔石は昨日108個で今日が102個と合計210個。
3等分で俺の取り分は70個だ。
昨日27個使ってしまっているから、残り43個か。
とりあえず400個目標に溜めていくか。
サンディさん達が帰ってくるまで部屋で休んでいようとしたら、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
あれ? もう帰ってきたのかな。
今日のマリアさんのしごきは軽めだったのだろうか。
「はいは~い」
ドアを開けてみると、そこに立っていたのは……スラシルちゃんだった。
「あ」
「ど、どうも。こんにちは」
「こんにちは……ど、どうしたの?」
「あの……ニ、ニニさんから話を聞いて」
おお! 仕事が早いな相棒! もう話したのかよ!
ってどんだけ早いんだ! 帰ってすぐスラシルちゃんと話したくて飛んでいったのか。
「盾のことですね。中……入ります?」
「は、はい」
スラシルちゃんは恐る恐る俺の部屋の中に入ってきた。
1つしかない椅子にスラシルちゃんが座り、俺はベッドに腰掛ける。
きょろきょろと珍しそうに俺の部屋の中を見渡しているけど、2階や3階の部屋に入ったことはないのだろうか。
「部屋が珍しいの?」
「い、いえ! 違います。すみません、じろじろ見てしまって……そ、それで盾のことなのですが、複数の属性効果を持たせることは可能です。ただ問題は魔石の魔力量です。実戦である程度の時間使えることを考えると、今のリィヴさんの盾では基本属性1つが無難だと思います」
「そっか~。いや無理にとは思っていないんだ」
「とりあえず土の属性盾となる物を用意しましょうか?」
「そうだね。ごめんね、変な依頼で」
「い、いえ、大丈夫です。将来的にリィヴさんが中級や上級魔石を手に入れることが出来れば複数の属性効果もいけるはずです。中級魔石なら基本属性2つ。上級魔石なら基本属性4つか、上位属性1つに基本属性1つですね。最上級魔石なら、上位属性を複数も出来るかもしれませんけど、私は見たことがないので……」
「最上級魔石か~。いつか手に入れたいね」
まだ誰も到達したことのない最上層。
あ、クロードが到達しているかもしれない。
最近ほとんど神殿に行っていないな。
魔法袋の中にいれた食料が腐らないと分かってから、神殿の食堂で昼飯を多めにもらって魔法袋の中に収納するようになった。
そうなると、神殿に行く必要がない。
今はゼニを稼ぐこともしていないしね。
「リィヴさんなら、きっと最上級魔石を手に入れることが出来ると思います」
「おお、スラシルちゃんにそう言ってもらえると自信になるな! 絶対に手に入れてみせるよ。それに死神も俺が……ぁ」
しまった。
スラシルちゃんは死神のこと知っているんだっけ?
あれ? どっちだ?
俺がエインヘルアルだということは知っている。
でも死神のことは……自分の父親を殺した相手だと知っているのか?
俺が微妙な表情をしているのを見て、スラシルちゃんは笑顔で言ってくれた。
「大丈夫ですよ。私、知っていますから。死神がお父さんを殺した相手で、お母さんが死神を倒そうとしていること」
「そ、そっか。あ、それとごめんね」
「え? 何をですか?」
「俺がエインヘルアルだって隠していたこと」
「くすっ。もう全然気にしていないですよ。……でも最初はちょっと嫌でした。お母さんからリィヴさんが実はエインヘルアルだって聞いた時、あんなに嫌っていたのにどうしてお母さんはリィヴさんのことを受け入れることにしたんだろうって不思議だったんです。
お母さんのエインヘルアル嫌いはすごかったんですから。たぶん、聖樹の森の中で遠距離からばれないようにエインヘルアルを射撃したこととかあるんじゃないかな。それぐらい嫌っていたんです」
おいおい、それはまずいだろ。
確かマリアさんの銃は超遠距離型だったはず。
その特性を生かして、エインヘルアル狩りしていたとは……まるで死神になっちゃってますよ!
「そ、そんなに嫌ってたんだ。あ、あはは。俺、殺されなくてよかった」
「最初……お母さんはリィヴさんを、死神を倒すための道具として利用する気なのかなって思っていたんです。だから受け入れたんだって。
実際そうだったのかもしれません。でも今は違います。お母さんは人としてリィヴさんと向かい合って、共に歩んでいければと願っています。
リィヴさんが……ニニを助けてくれたんですよね」
「いや~俺は何も出来なかったけどね。大猿の魔獣に半殺しにあっただけ。あの時は格好悪過ぎて、とてもスラシルちゃんに見せられないよ」
「そんなことないです!」
およ? 力強く否定されてしまった。
でも実際格好悪かったんだよな。両腕両足を切られて死ぬ寸前だったし。
「お母さん……最近優しくなったんです」
「え?」
そうなの? サンディさん達の話を聞く限り鬼としか思えないけど。
あ、スラシルちゃんに対して優しくなったってことか。
「以前のような本当の笑顔が……まだ少しだけですけど、嬉しそうな笑顔を浮かべることがあるんです。リィヴさんのおかげです」
「そ、そうなのかな? 自分ではよく分からないけど」
「でも同時に、死神を倒すための準備を本格的に始めています。これもリィヴさん……貴方の力を知ってからです」
「そ、そっか」
俺の力を知り、復讐のために本格的に動き始めてしまった。
スラシルちゃんは俺を責めるような口調ではないけど、俺のせいでマリアさんの心の奥底で燃える復讐心が熱く燃え盛り始めてしまったのだろう。
責任……取らないといけないな。
「お母さんの時間はリィヴさんと出会って力強く流れるようになりました。そして私も……私の時間もリィヴさんとの出会いで進んでいくような気がするんです」
「スラシルちゃんが?」
「私……私はあの日から、死神を倒すための道具として生きてきました」
「え?」
「私もそれでいいと思っていました。強くて優しかったお父さんを殺した死神を倒せるなら……それに私にはお父さんの……お父さんの血が半分流れているから……だから私が……」
最後の方は俺にではなく、自分に言い聞かせるような言葉だった。
でもスラシルちゃんが死神を倒すための道具? それって王都テラの学院で魔道具技師として勉強していたことか?
本当は別にやりたいことがあったのに、お父さんの仇を取るために魔道具技師にさせられたのかな。
いずれにせよ、マリアさんもスラシルちゃんも、死神を倒さないと心が晴れないのだろう。
俺にとっても死神は倒さないといけない相手だ。
本当の死と向き合う相手だが、最上層を目指すのなら必ず戦うことになる。
クロードが倒してくれたら……と期待してしまう気持ちもあるけど、スラシルちゃん達のことを思うと俺達の手で倒したい。
急いで中層上層に行くつもりはないが、自分達のペースで成長して、いつの日か倒したいな。
「スラシルちゃん。俺が……俺とニニがきっと死神を倒すよ。うん、そうだ。約束する! 絶対俺達が倒すから!」
俺はぐっと親指を立てた。
スラシルちゃんは笑顔で俺を真似て親指を立てた。
その頬には一滴の涙が流れていた。