第11話 作戦
カリーン戻ってきてから、10日が経過した。
この10日間、毎日サンディさん達と一緒に浅瀬で『鍛錬』をしていた。
サンディさん達は新しい装備を俺が戻るまで受け取っていなかったので、すぐに装備を受取りにいった。
完全オーダーメイドの新装備はサンディさん達にぴったり合って、綺麗で格好良かった。
そして、新しい装備と共に鍛錬が始まったのだ。
シーラに剣術と斧術の戦術も刻んでもらったので、それまでサンディさん達が使っていた剣と斧を持ってサンディさん達に動きを教えようとしたのだが、ダメだった。
それは、最下級戦術の動きではサンディさん達の役に立たなかったのだ。
「ま、それぐらいわね」
「そうだな」
俺ショック。
最下級の戦術だと、本当に基礎的な動きが分かるぐらいだもんな。
でも基礎って大事だから、基礎の動きを反復することは大事なことだ。
俺達は朝から晩まで浅瀬で鍛錬を続けた。
魔石に関しては、俺が1日だけ使って小魔石を40個ほど手に入れてある。
今は1日に1~2個をギルドに売却するだけだ。
仕送りと普通の生活を考えれば、それでも十分過ぎるのだから。
実戦に関しては魔獣化した草食系動物がいれば、まずは俺が相手する。
死んでも問題ないからね、死にたくないけど。
闘気は使わない。
危なくなったら使うけど、闘気無しでも勝てるように鍛錬である。
ヴァルハラでの鍛錬が実を結んだのか、最初に相手した兎の魔獣は闘気無しでも余裕で勝つことができた。
槌が下級になっているとはいえ、この勝利は嬉しかった。
ミズガルズに来てから初めての勝利だ。
あ、クズ共を倒したのは除外です。だってクズだから。
魔獣を倒すということは、その魔獣の魔石も手に入ることになる。
でも魔石を持っていたら、魔獣に襲われてしまう。
サンディさん達に俺の特殊能力に関して少し話した。
俺が魔石を持っていても魔獣は襲ってこないんです、と伝えたら、とても驚いていた。
だからこのまま鍛錬を続けましょうと言って、魔石を俺が持つことでカーリアに戻ることなく魔獣との実戦を続けた。
俺が余裕で勝てる魔獣を見つけたら、サンディさんとリタさんで戦ってみる。
最初は2人同時に魔獣と戦ってみた。
そしたら10秒もかからないで倒してしまったのだ。
2人とも自分がしたことに驚いていた。
「やっぱり装備が良過ぎるんじゃないかしら」
「いいじゃないか。基礎鍛錬を怠らなければ、装備に頼った動きになることはない。大丈夫だよ。リィヴに感謝だな」
「そうね。うん、本当にありがとう」
「いえいえ」
「いえいえ、と言いながら、なんで頬を指差しているんだ?」
「それはもちろん、感謝の……」
「ちゅっ」
「まったく。ちゅっ」
2人から感謝のキスをもらって、俺大満足!
2人同時だと余裕過ぎるので、その後は1人で戦うことにした。
危なくなったら、もちろん助けに入る。
でもこの10日間の間で助けに入ったのは、サンディさんもリタさんもそれぞれ一度ずつだけだ。
サンディさんは狼、リタさんは熊と初めて肉食系動物の魔獣と戦った時に、緊張したのか2人とも動きが堅く危なかったので助けに入った。
今では肉食系動物の魔獣であっても、2人は臆することなく向かっていける。
まだ浅瀬の中での中間地点ぐらいの魔獣だけど。
ここよりさらに奥にいけば、同じ浅瀬の中でもより強い魔獣がいるようになる。
同じ魔獣でも、奥にいればいるほど強いのだ。
「それにしても、倒せるようになると魔獣って意外に見つからないって感じるよな」
「そうね。でも聖樹の森の中で浅瀬が一番広いんですもの。魔獣と遭遇する確率もそれだけ低くなるわ」
「でも魔獣が最も多いのも浅瀬だろ? もうちょっと遭遇してもいいと思うんだけどな」
勝てない時は何でこんなに魔獣ばかり! と思っていたのに、勝てるようになると案外見つからない。
気持ちの問題だな。
心に余裕が生れると、それまでとは違ったことを感じたり、考えたりするから。
「明日はもう少し奥の魔獣と戦ってみましょうか」
「ええ、そうね。賛成よ」
「オレも」
カリーンの門が見えてきたところで、明日の予定を提案してみる。
この調子でいけば、あと数日中に最下層に入れるのではないか。
拍子抜けするほど浅瀬をあっさりクリアしてしまいそうだ。
やっぱり装備がいいのかな?
サンディさん達の装備は最下層で魔石狩りをする探索者の中でも『上の下』といわれる水準だ。
今の装備で最下層の最も深いところまで行っても問題ない。
浅瀬で使うにはあきらかに凄すぎる装備なのだろう。
最下層に入った時には、もう一度気を引き締め直して慎重に行こう。
浅瀬と同じ感覚で進めるなんて思っていたら、どこかで足元をすくわれそうだ。
もちろん危ない時は俺を盾に逃げてもらうけど、また死にたくないからな。
ギルドで小魔石を2個売って、ニレの宿屋に戻った。
「おかえりなさい」
「ただいま。スラシルちゃんだいぶ良くなったんじゃない? 肌が健康的な色になってるわね」
「はい。もう大丈夫です。ばりばり働きますよ!」
「あはは。あんまり無理するなよ。魔道具を造るのはすごい精神力を消耗するって聞くからな。根を詰め過ぎるとまた体調を崩すかもしれないぞ」
「はい! 適当に頑張ります! ぁ…………」
サンディさんとリタさんには笑顔で会話するスラシルちゃん。
でもなぜか俺を見ると表情が曇るんだよね。
なんでだろう?
「頑張ってね」
「はい……頑張ります」
これだ。
俺が声をかけても、微妙な雰囲気の微妙な声で返してくる。
あれ~? 俺やっぱり嫌われてる?
スラシルちゃんの俺に対する態度に関しては、サンディさんもリタさんも気付いている。
なんでスラシルちゃんが俺に余所余所しいのか、食堂で食べながらみんなで考えてみた。
「そもそも、リィヴはスラシルちゃんと何か接点あるのか?」
「いえ、まったく」
「リィヴがエインヘルアルだって気付いてる? スラシルちゃんもエインヘルアル嫌いだったよね」
「あ~女将さんと同じで嫌いだったな」
「え!? そうか……マリアさんがエインヘルアル嫌いなんだから、娘のスラシルちゃんも嫌いでも不思議じゃないですよね。しまった~」
「まぁでも違うんじゃない? だってスラシルちゃんが気付いていたら、マリアさんも気付くだろうから、そしたらリィヴは宿屋から追い出されてるだろうし」
「う~ん、もしかしてオレ達の関係に気付いてるとか?」
「え!?」
関係って俺がサンディさんの弟ってことじゃない。それはみんなが知っていることだし、そういう設定にしたのは俺達だ。
リタさんが言いたい関係とは、もちろん肉体関係のことである。
もし気付いていたとしたら、姉弟での(義理とはいえ)肉体関係の上に、姉の親友の未亡人にまで手を出しているエロエロ野郎だと俺のことを思っているのかもしれない。
あり得る。
俺の部屋にサンディさん、リタさんが入っていくのを見た?
それとも俺がサンディさん達の部屋に入っていくのを見た?
でもスラシルちゃんの部屋は、マリアさんと同じで1階奥の部屋だ。
2階や3階には滅多に来ない。
部屋の掃除だって、清掃の魔石があるからほとんど必要ないしね。
いずれにしても、この線が濃厚……いや、待て、待つんだ俺よ。
そうじゃないんじゃないか?
いや、そうかもしれないけど、さらに最悪なパターンがあるんじゃないか?
マリアさんと関係を持ったことがばれてる?
うわぁぁぁ! こっちはマジで最悪だ!
でも関係は持ってしまった。
しかも2度も。
この10日間の間に一度、マリアさんは俺の部屋に来ている。
その日もサンディさん達が飲むビールに怪しい薬でも忍ばせたのか、2人ともあっという間に酔いつぶれて寝てしまった。
そこに、にこにこ笑顔のマリアさんがやってきて2人を部屋まで連れていくと、当然のように俺の部屋にやってきたのだ。
食堂よりさらに奥にあるマリアさん達の居住空間は誰も見たことがない。
スラシルちゃんがマリアさんと同じ部屋で寝ているのか分からない。
でもあれぐらいの年頃なら自分の部屋を持ちたいだろうから違うかもしれないけど、もし同じ部屋で寝ているとしたら母親が明け方まで戻ってきていないが分かるだろう。
まずい……これは非常にまずい。
俺とマリアさんの関係に気付いた可能性が高いぞ!
「リィヴ、大丈夫よ。私とリィヴは姉弟なんだから、魔石狩りの打合せをしていたら、そのまま一緒に寝ちゃったとか、いろいろ言い訳は出来るわ」
「サンディの弟なんだから、オレの弟でもある。それでいいだろう」
いや、よくないけど。
どっちもちょっと無理があるけど。
でも本当は違うんです。
俺、実はマリアさんとも! とは口が裂けても言えない。
これは墓まで持っていこう。
残念なのが、ヴァルハラまで持っていってもまったく意味がないことだな。
むしろヴァルハラにも関係持っちゃったヴァルキューレがいるから、さらに話がややこしくなりそうだ。
絡まり始めた自分の人間関係をどうしようかと思案していると、サンディさんとリタさんの酔いがやけに早いのに気付くのが遅れてしまった。
しまった! これはもしや!
「あらあら~、酔いつぶれてしまいましたね」
計ったように笑顔のマリアさん登場です。
「サンディちゃん達は順調に成長しているようね。リィヴ君が買ってあげた装備が良かったのね」
「装備が良過ぎるってことありません?」
「あら、どうして?」
「いや、装備に頼った戦い方になっているんじゃないかって。サンディさんが不安がっていたんですよね」
「それはおかしな考え方だわ。素手で魔獣と戦うわけじゃないのだから、必ず何かしらの装備を持つのよ。それに合った戦い方を学んでいけばいいだけよ。もちろん、それと基礎鍛錬の話は別だけど」
「リタさんもマリアさんと同じようなこと言ってました」
「うふふ、あの2人は良いコンビね。お互い足りない部分を補えるような関係で、とても素敵だわ。サンディちゃん達みたいな関係に、リィヴ君とニニがなってくれたら最高ね」
ニニね~。
ここでその名前を出すってことは……。
「明日はニニとですか?」
「正解。ニニと一緒に最下層に行ってくれるかしら」
「そう言って、前回は最下層を通り越して下層でしたけどね」
「なら、明日は中層かしら?」
まったく。
俺は別にいいんですけどね。
生き返るから。
問題はニニなんだよ。
「マリアさんは後ろから?」
「いいえ、今回は尾行しないわ。私は明日、サンディちゃん達と一緒に魔石狩りしようかと思って」
「え?」
「だってリィヴ君心配でしょ? サンディちゃん達はもう魔獣から逃げるだけじゃない。魔獣と戦うってことは、命を落とす危険に足を踏み入れているってことよ」
「確かに」
「だから、私がついていれば安心でしょ」
それは納得できる。
でもこっちがピンチになったらどうするんだよ。
「俺達が危なくなったら、今度こそニニが死ぬかもしれませんよ」
「構わないわ。あの子にも、明日は私がいないことは伝えてあるから。ミスを犯せば自分が死ぬと分かっているわ」
なんでマリアさんはニニに対してこんなにも厳しいんだろうな。
それに従うニニも良く分からんが。
「というわけで、明日はよろしくね」
椅子から立ち上がるとマリアさんはごく自然にベッドに座る俺の隣に腰を掛けた。
その瞳はすでに妖しい光りを宿している。
「あ、あの、ちょっと気になることがあるんですけど」
「あらあら~、何かしら?」
「こうしてマリアさんが俺の部屋に来てるのって……スラシルちゃんにばれてたりしません?」
「う~~ん、どうかしらね~。知らないと思うけど」
「マリアさんとスラシルちゃんって、寝る部屋は別々なんですか?」
「別々よ~。今度、私の部屋に来てみる?」
「いえいえ! それはダメです!」
「私は全然ダメじゃないわ。だって隣りの部屋に声が聞こえないようにするのも、興奮しちゃうし」
「それ絶対やばいです」
「くすくす、冗談よ。だから、ここでね」
最下級闘気を覚えていた前回は、神石に魔力があまり溜まっていない状態だったので闘気を使うことが出来なかった。
しかし! 今夜は違う!
最下級闘気の力を見せてやる!
完全敗北からの夜明け。
ソールの輝きが眩しい……。
今日の行動予定の変更のために、まず朝食時にマリアさんがやってきて「サンディちゃん達の成長を見たいわ!」と言って、今日の魔石狩りについてくることになる。
俺はすかさず、「ちょっと今日は所用で……」と魔石狩りに行けないことを告げる。
サンディさん達は、俺とマリアさんの関係は知らないし、俺がエインヘルアルだとマリアさんにばれてはいけないと思っているので、リィヴは所用があるので私達だけで! と話を合わせてきてくれた。
こうして自由行動を手に入れた俺は、サンディさん達とは別行動で聖樹の森に向かうと、テレフォンが示す位置に向かって駆け出した。
そこはたぶん、前回と同じ場所だと思う。
浅瀬が終わり、最下層が始まる地点にニニはいた。
あいかわらず、真っ白なマントで全身を隠している。
「こんにちは」
今日は俺から挨拶した。
「……こんにちは」
妙な間を開けて、ノイズの混じった機械音のような少年の声が返ってきた。
「前回の怪我は大丈夫ですか? 俺は死んだら治って戻ってこれるけど」
「ええ、もう完治しています。僕は不死身でない代わりに、ちょっとした特異体質なんです」
「特異体質?」
「どんな怪我でも、ある程度の時間が経てば勝手に完治します。通常なら2度と元に戻らないような怪我でもね」
「へぇ~……それって例えば腕を切り落とされても、また生えてくるってこと?」
「……切り落とされたことはないので分かりません」
「あ、そう」
勝手に治る。
治癒能力か?
確か今は誰も作れない『聖属性』が治癒魔法だったはず。
ニニの特異体質は聖属性と何か関係があるのだろうか。
「今日はどこで? また下層? 中層なんて言わないで下さいよ」
「今日は最下層の深いところで、そこに住まう魔獣を狩り尽くしたいと思います」
「は?」
魔獣を狩り尽くす?
「仮に最下層の魔獣を全て倒せたとします。どうなると思います?」
どうなるって……最下層から魔獣がいなくなるんだろ。
そうすると……浅瀬から最下層を目指す魔獣にとって、自分達を殺して食べようとする敵がいなくなるってことだ。
伸び伸びと最下層で魔石を食べられることになるな。
「浅瀬から魔獣が最下層に向かっても、脅威となる魔獣がいない。つまり……浅瀬の魔獣が減る?」
「まぁ、だいたい合ってます。でも浅瀬の魔獣が減るのは一時的です。すぐに新たな魔獣が生まれ、むしろ数は以前に比べて増えるでしょうね」
「浅瀬の魔獣を増やすためにやるのか?」
「違います。下層の魔獣を減らすためにやるんです」
下層の魔獣を減らす?
「魔獣は自分よりも少し弱い魔獣の魔石は意味があります。ですが、自分よりかなり弱い魔獣の魔石では、自らの魔石に魔力を蓄えられないため意味がありません。最下層の深いところの魔獣を狩り尽くすと、下層の一番弱い魔獣にとってのご馳走がなくなります。そいつらは自力で下級魔石を食べないといけなくなります。運良く他の魔獣が見つけていない魔石を食べられるかもしれませんが、多くは自分よりも強い魔獣に勝たなくてはいけません」
なるほど、確かにそうだな。
そうすると、下層の弱い魔獣はどんどんいなくなる。
でも狩り尽くすなんて出来るのか?
「もちろん、1匹残らず狩り尽くすことは不可能です。聖樹の森は浅瀬が最も広く、最上層が最も狭いのですから、最下層は2番目に広い地域です。出来る限り狩ることで、下層の浅い付近の魔獣を減らします」
「その後は?」
「魔獣が潜んでいる確率を減らしたところで、下級魔石を採集します」
計画的な行動ってわけか。
確かに理に適ってはいると思う。
「別に僕達が初めてやることじゃないですよ」
「え?」
「昔、エインヘルアル達が団結して同じことをしたそうです」
「あ、なるほど。あれ、でも今もそうやって中層とか上層で魔獣の数を調整して魔石採集したらいいんじゃないの?」
「下層の魔獣を狩って、中層の中級魔石を採集するなら出来るかもしれませんね。でも中層の魔獣を狩り尽くすというのは、厳しいようです」
「魔獣が強いから?」
「ええ、そうです。それに今は死神もいますしね」
死神か。
エインヘルアルが危険な地域でも大胆に行動できるのは、もちろん生き返れるからだ。
それなのに、生き返ることが出来ない危険な敵がいるとなれば、大胆な行動なんて取れないだろう。
でもクロードがいる今ならどうなんだろう。
クロードが死神を倒したら中層上層間、そして上層最上層間で、魔獣の数を調整するかもしれないな。
「まぁ普通は2人でやるような作戦じゃないですけど、貴方の特殊能力を使えば可能だと判断したようです」
「ふ~ん。俺が魔石を持てば、魔獣から先制攻撃で襲われるリスクはないもんな」
「それに、聖樹から魔石を一瞬で採集出来るのでしょ?」
ちっ、やっぱり知ってたか。
マリアさんは自分が殺したい相手が死神であることを教えてくれたけど、その後、俺の能力に関して突っ込んで聞いてきたことはない。
でも前回、大猿が餌にしていた下級魔石を一瞬で取った場面を見ているはずだ。
俺が魔石を一瞬で採集できる能力を持っていると推測するのは当然か。
「ええ、出来ますよ」
「前回、その能力のことを教えてくれたら、もっといろいろ出来たんですけどね」
「俺もニニさんの正体がちゃんと分かれば、もっといろいろ協力できるかもしれないんですけどね」
生意気小僧に言ってやった!
力では負けるけど、口なら負けん!
「……行きましょう」
返事をすることなく、ニニは聖樹の森の奥へと歩き始めた。
見つけた魔石は俺がことごとく一瞬で採集していく。
マントで隠して魔法袋を使っているから、収納するところは見せていない。
しかし、すぐにあることに気付かれてしまう。
ま、これはその内気付くだろうって思っていたけどね。
「ずいぶんたくさん魔石を持てるのですね」
「ええ、大きなリュックですから」
「どう考えても、そのマントの下にあるリュックとやらの大きさでは入りきらない魔石を採集したと思うのですが?」
「そうですか? まだまだ入りますよ。俺のリュックは」
無限収納能力をドンピシャで推測されるとは思えない。
でもそれに近い答えは出してしまうだろう。
その情報はニニからマリアさんに当然流れるわけで。
仕方がないか。
しかしその後、今度は俺がニニの秘密を見ることになる。
「最下級魔石を1つお願いします」
「はいよ」
最下層の奥深くのところで、手当たり次第魔獣を狩り始めた。
ニニは両手に拳銃を持つと遠慮なく弾丸を飛ばす。
あの弾丸は土魔法で造られた硬い岩で、魔法弾という名前らしい。
魔力銃。
ニニが持つ戦闘魔道具であり、マリアさんが造ったそうだ。
銃は俺の元の世界の記憶にある。
しかしニニの魔力銃は、俺の記憶にある銃とはちょっと違う。
銃の形はしているものの、トリガーがあるわけじゃない。
銃の中にルーン文字を刻んだ魔石を埋め込んでいて、さらに銃の内側と外側にもルーン文字を刻むことで、それらが共鳴して基本属性の魔法弾を造り出して発射するようだ。
2丁の拳銃は合体させて、1つの長い銃にすることも出来る。
そうすることで、上位属性の魔法弾を造り出せるとか。
魔力銃に関しては、別に俺が教えてくれと頼んだわけじゃない。
ニニが歩きながらいろいろと勝手に話して教えてくれたのだ。
つまり、俺が見たニニの秘密とは魔力銃のことじゃない。
秘密は渡した最下級魔石の『使い道』だ。
最下級魔石を1つもらった二ニは、マントの中で隠しながら何かをしている。
何をしているのか見えないけど、推測は立つ。
おそらく、魔力銃に魔力を補充しているんだ。
今まで渡した魔石は、俺の手元に戻ってくることなく、どこかへ消えている。
そして、ニニが魔石を求めてくるのは、魔獣相手に魔法弾をぶっ放した後だ。
ちなみに、ニニが最下級魔石1個を求めてくるまで、最低でも魔獣を3匹は倒している。
魔獣を倒せば魔石が手に入るので、魔石が赤字になることはない。
ここからさらに推測できることは、ニニが魔道具技師であるということだ。
サンディさん達から聞いただけなので、魔道具に魔力を補充することが出来るのが魔道具技師だけなのかどうか分からない。
他にも出来る人達がいるかもしれない。
それに、魔道具技師でなくても魔道具に魔力を補充することだけ学んだ者もいるだろう。
特にベテランのエインヘルアルならいそうだ。
エインヘルアルが使う戦闘魔道具は、魔力が切れたらただの武器になってしまう。
聖樹の森の深い場所で魔力切れが起きたら、その場で魔力を補充できるようにその術を覚えたとしても不思議じゃない。
「その魔力銃はトリガーがないけど、どうやって撃ってるんだ?」
「トリガー?」
「ああ、その魔力銃って俺の元の世界にある銃に良く似ているんだ。銃はトリガーのレバーやボタンを押すことで弾を発射するんだけど、その魔力銃は魔法弾を撃つ時にどうやって撃ってるのかなって」
「魔法石から魔法を使う時、どうするか知っていますか?」
「えっと……魔法石を造る時に登録した魔法名を詠唱するだっけな」
「そうです。通常は口から言霊として魔法名を詠唱することで、魔法石が発動します。でも僕の魔力銃は外側にもルーン文字が刻まれているので、僕の指から魔力をルーン文字に流すことで魔法弾を放っています」
「魔力を流す?」
え? 普通の人って魔力持ってるの?
「……何か?」
「いえ、何でもないです」
そうか、普通の人ではないんだっけ。
マリアさんはニニのことを半分エインヘルアルだと言った。
つまり持っているのか、神石を。
でも不死身じゃない。謎だ。
ニニが俺と同じく心臓が神石で、そこに魔力を溜められて、さらにその魔力を操ることが出来るなら今の言葉も納得がいく。
でも闘気じゃなくて魔力そのものを操ることって出来るのか? と疑問に思うけど、これがルーン文字を解する者とそうでない者の差なのではないだろうか。
やっぱり俺もルーン文字覚えたい。
でも覚えるには……マリアさんと格闘しなければいけない!?
あ、ヴァルハラに行ってシーラに教えてもらう手もあるな。
よし、そうしよう!
ニニにはあえて聞かなかったけど、おそらくマリアさんは魔力銃を使う時に何らかの詠唱をしているのだろう。
マリアさんは魔力を直接銃に流すなんて出来ないだろうから。
それに対してニニは無詠唱で魔力銃を使えるわけだ。
ソールが真上を越え西に傾き始めてようやくカーリアに戻ることになった。
これだとカーリアに着く頃にはすっかり夜になってしまっているな。
今日1日で倒した魔獣は100匹を超えたと思う。
途中から数えるのをやめたので、正確には分からない。
聖樹から採集した魔石も合わせて、魔法袋の中には最下級魔石が236個ある。
魔力銃の魔力補充に使った魔石もあるから、実際に獲得した数はもっと多い。
「貴方のおかげで、今日は有意義な日でした。ありがとうございます」
カーリアが見えてくると、ニニがいきなり礼儀正しくお礼を述べてきたので驚いた。
あれ? こんな素直な子だったっけ?
「こ、こちらこそ。ニニさんの強さを改めて見れて有意義でしたよ。俺も鍛錬頑張って、ニニさんのように強くならなくちゃ」
「……リ、リィヴさんも十分強いと思いますけどね。今日は僕が全部倒しましたけど、リィヴさんでも倒せたと思いますよ」
お? ニニが初めて俺の名前を呼んだ気がする。
今までずっと『貴方』だったからな。
俺の名前を言おうとして、ちょっと恥ずかしそうな感じになるなんて可愛いじゃないか。
生意気な小僧かと思っていたけど、良い奴なのかもしれない。
「それにリィヴさんが魔石を持っていてくれるので、僕はいつでも魔力銃に魔力を補充できます。これは本当にありがたいことです。リィヴさんとなら下層や中層も……あ、いえ、何でもありません」
おいおい、可愛いじゃないか。
ちゃんとその先言ってごらんなさい!
お兄ちゃんが受け止めてあげるから!
「魔石はマリアさんに渡して下さい。僕の分はマリアさんからもらいますので」
「え、あ、ああ、はい。分かった」
「では、僕は寄るところがあるのでこれで」
カーリアの門をくぐると、ニニはさっさと何処かへ行ってしまった。
照れてたのかな?
最後にニニの新たな一面を見れて面白かったぞ。
サンディさん達が心配してはいけないので、俺は足早にニレの宿屋に向かった。
そういえばサンディさん達はどうだったんだろう?
マリアさんと一緒の魔石狩り。
マリアさんにめっちゃしごかれてたりして!?
なんてね。
明日からはまたしばらく、サンディさん達と浅瀬で平穏な鍛錬の日々が続く。
この時、俺は単純にそう思っていた。
あの作戦のためにはそれではいけないと、なぜ気付けなかったのだろう。
まったくもって俺はお馬鹿さんである。