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木の棒のエターナルノート  作者: 木の棒
第1エター テンプレ異世界物語
10/43

第10話 弱肉強食

 俺にとっては33日ぶりの聖樹の森。

 迷わず全力闘気で駆け出して目指したのは、聖樹の根元に生えている下級魔石だ。

 拳ほどの大きさの魔石を、魔法袋の中に収納する。

 魔力が足りないなんていわないでくれよ!


「よし!」


 下級魔石は聖樹の根元から消えた。

 俺は動きを止めることなく、すぐに聖樹から離れるように跳ぶ。

 なぜなら、大猿が俺の背後にいると気付いていたからだ。


「キィィイイ!……キィ? キィ? ……ギィィィィィィイイイイイイ!」


 激しい怒りの声。

 魔石を魔法袋の中に収納したことで、下級魔石がどこにあるか分からなくなったのだろう。

 浅瀬の魔獣ならそれで俺に興味を失うのだが、大猿は逆に激しく怒る。

 俺が下級魔石を隠したとでも思っているのかもしれないな。


「ほら、ここだよ」


 魔法袋から下級魔石を取り出す。

 その瞬間、大猿は再び吠えると身を一瞬沈めて、俺に向かって一直線に跳んだ。


 見える。

 前回は消えたとしか思えなかった大猿の動きが見える。

 大猿の突進を横に跳んで避けた。


「魔力が切れる前に、いただきます」


 大猿の目の前で、下級魔石を吸収していく。

 お? 最下級と違って一瞬で吸収できなかった。

 やば、これは想定外!


「ギィィィイイイイイ!!!!」


 吸収で動きが止まった俺に大猿が襲いかかってきた。

 見えるようになったとはいえ、大猿の方が俺より速いことに変わりはない。

 力も相手が上だ。


「くそったれ!」


 大猿の拳を盾で受け止める。

 が、もちろんふっ飛ばされた。

 それでも下級魔石を吸収し続ける。

 全て吸収するのに5秒ぐらいかかったぞ。


「あっぶね~」

「ギギィィィィイイイイ!!」

「もうないよ。下級魔石は俺が吸収しちまったけど、まだ戦うのか?」

「ギギギィィィィィィィイイイイイイイイ!!!!!」

「言葉が通じるわけないか」


 下級魔石から得た魔力で、最下級闘気を全力で纏う。

 魔石を失ったことで大猿が退いてくれたら最高だったけど、そんな幸運な展開はなかった。

 となれば……。


「ニニさん! ニニさん! 生きてるか! 逃げろ! 逃げるんだああ!」


 大地に転がっているニニに向かって叫ぶ。

 たとえ俺が死んでも、ニニが逃げれば勝ちだ。

 あの状態のまま下層からカリーンに戻れるか不安だけど、まずはこの大猿から逃げないと話にならない。


「くそっ! 気を失ってるのか!?」


 ニニはピクリとも反応しない。

 どうする? とりあえずこの大猿を遠くに引っ張って、そこで俺が死ねばまだニニは助かるかもしれない。


 大猿の動きは見える。

 自分の成長を感じられて嬉しい限りだが、スピード、パワーどちらも相手が上。

 防御と回避専念じゃないと、すぐにでも殺されてしまいそうだ。


「ギギィィィィィィィイイイイ!!」


 大猿の拳を盾で防いで、衝撃そのままにふっ飛んで距離を取る。

 そのまま下層の奥に向かって走り出した。


「とりあえずあの場所から引き離すか」

「ギギギィィィィィィイイイイイイ!!!」

「ギィギィうるさいな!」


 全速力で逃げても、大猿の方が速くて距離を詰められてしまう。

 その度に盾で防いではふっ飛ばされていく。


「くそったれがあああ!」

「ギィィィィィイイイイ!」


 再び振り下ろされた拳に向かって、全力で槌を打ち当ててみた。

 下級となった槌は、唯一大猿に対抗できる水準にある。

 俺の闘気が最下級のため持てる能力の最大限とはならないが、それでも盾よりかはマシかと思って打ち当てた。


「お?」

「キィィィィ!」


 結果は、予想外に槌の勝ち。

 大猿の拳を打ち返して、体勢を崩してくれた。


「いけるのか!」


 と言っても、追撃することはない。

 体勢を崩した隙に距離を離して逃げる。


「ギィィィィィイイイイ!」


 すぐに怒声を上げて、大猿は追ってきた。

 5秒もかからず追いつかれる。

 そう考えると、ニニってすんげ~速く動いていたんだな。

 やっぱりあいつはすごい奴だ。


「おらよ!」

「ギィィィィイイイイ!」


 再び大猿の拳に合わせて槌を打ち当てる。

 そして逃げる。

 どこへ逃げているのか分からないけど逃げる。


「魔力が尽きたら終わりか」


 さっき吸収した下級魔石で、あとどのくらい最下級闘気を全開で使えるのか。

 いずれ魔力が尽きれば、一瞬で大猿に殺されてしまう。

 大猿がさっきの聖樹の場所を覚えていなければ、ニニは助かるかもしれない。


「もう一丁!」


 三度、大猿の拳に合わせて槌を……あれ?


「ギギィィィィイイイイイ!」


 大猿は拳を振り下ろさなかった。

 代わりに、振り上げた拳とは逆の脚が俺に向かって放たれていた。

 フェイントかよ。

 槌を振る動作に入っていた無防備の腹に、大猿の蹴りが炸裂した。


「ぐはぁぁぁぁぁあああ!」


 ニニと同じくスーパーボールのように、ふっ飛んだ。

 聖樹にぶち当たり、そのままずるりと根元に倒れる。

 だめだ、一撃喰らっただけで、もう立てそうにない。


 今にも途切れそうな意識をどうにか繋いで顔を上げてみた。

 大猿は俺が動けないと悟ったのか、醜い顔をさらに醜く歪めながら、ゆっくりと歩いてきた。

 くそっ……いつの日か絶対リベンジしてやるからな。

 今日のところは殺されておいてやる。

 でも、さっきの少年のことは忘れておけ。

 あいつは食べても美味くないぞ、ってもともと人間なんて食わないか。


「ぐほっ!」


 大猿は再び脚で、俺の右腕を踏みつけてきた。

 槌を振れないようにしたのか? 随分と用心深いことで。

 大猿に踏まれた場所から下の感覚がない……焼けるような痛みが一瞬走った後、何も感じなくなっている。

 見ると、肘から下が落ちていた。


「キィィィ! キィィィ! キィィィ!」

「ぐほっ! がぁぁあああ!」


 次に左腕、右足、左足。

 激しい痛みのあと、全ての感覚を失った。


「キィィィィィイイイイイ!」


 最後に大猿は俺の頭めがけて脚を振り上げる。

 その脚が俺の頭を潰そうと……。


 ん? どうした?

 早くやれよ。

 俺の頭を潰して殺すんだろ?


「キィ……キィィ……」


 大猿の視線が俺から外れる。

 見ているのは、聖樹の根元だ。

 俺も残された首を動かして大猿の視線の先を見てみた。


 1つ隣りの聖樹の根元。

 そこに黒く輝く拳大ほどの大きさの魔石。

 見事は下級魔石だ。

 下級魔石の中でも魔力量は多そうだな。


「キィィ……キィ」


 大猿は俺を無視して、辺りを探り始める。

 この魔石を見張っている他の魔獣がいないか探しているのか。


 浅瀬や最下層までの魔獣は、魔石を見つけたらその場で食べてしまうことがほとんどだ。

 しかし下層の魔獣となると少し違う。

 見つけた魔石をすぐに食べてしまう魔獣と、見つけた魔石を餌に他の魔獣を殺そうとする魔獣だ。

 もちろん、まだ魔獣に発見されていない下級魔石が存在することもあるが稀だろう。

 だから下層以降では、魔石を見つけたら魔獣が潜んでいると考えるべきなのだ。


 この魔石はどうなんだ?

 これだけ立派な魔石だ。

 きっと魔獣が潜んでいるに違いない。


 大猿は吸い寄せられるように、その魔石へと近づいていった。

 最初こそ警戒していたが、魔石まであと5歩という距離になっても他の魔獣は現れない。

 いけると思ったのか、大猿は魔石に飛びついた。

 愛おしそうに魔石に手を伸ばす大猿。


 しかし。


「ギィ?」


 次の瞬間、大猿の首が飛んだ。

 自分が死んだことを理解できないほど、一瞬の出来事だったのだろう。

 大地に転がった首だけの大猿の口から声が聞こえたような気がした。


「フシュゥゥルルゥ」


 姿を現したのは大蛇だ。

 どこに隠れていたのか分からないが、大蛇が大猿を殺したようだ。

 首が飛んだのは、まさか尻尾で斬ったのか?


「フシュゥゥゥゥゥ」


 大猿の肉体から黒い血が流れて出ていく。

 大蛇は大猿の魔石を喰らうつもりか。

 黒い血が全て流れて出て、魔石が残るのを待っているんだ。


「くそっ……こっちには興味無しかよ」


 大蛇は俺を気にする素振りをみせない。

 このまま放って置かれても、そのうち出血多量で死ぬけど、出来れば楽に殺して欲しい。

 感覚を失ったはずの傷口が、どんどん痛くなってきたんだよね。


 大猿の肉体が全て消滅した。

 残った魔石も、大蛇が潜んでいた聖樹の根元にある下級魔石に負けないほど、見事な魔石だった。

 大蛇は御馳走を目の前に満面の笑み……を浮かべているのか分からないが、大きな口を開けて魔石を喰らおうとした。


 しかし。


「シュ?」


 次の瞬間、今度は大蛇の頭が爆発したように四散した。

 今度は何だ?


 また別の魔獣が現れたのかと思って、辺りを見渡すもその姿は見えない。

 ようやくその姿が見えた時は、大蛇の肉体が全て消滅した後だった。


「どういう……ことだよ」


 真っ白なマントに身を包んだ人間が、同じく真っ白なマントに身を包んだ人間を抱えて現れたのだ。

 抱えられているのはニニか?

 なら、抱えているのは誰だ?


 そいつはニニを抱えたまま、大猿と大蛇の魔石を回収すると、ニニを聖樹の根元に降ろして、生えている下級魔石を切り出し始めた。

 ニニと同じような短剣を持っていて、あっという間に魔石を取り出してしまった。

 そして、再びニニを抱えると俺の目の前にやってきた。


「ずいぶんとひどく、やられてしまったのね」

「その声……マリアさんか」


 フードを脱ぐと、濃い紺色の髪の毛が美しく靡いた。


「ごめんなさいね~。もう少し早く助けに来れたら良かったんだけど。ちょっとこの子の手当てに手間取っちゃって。応急措置しておかないと死んじゃいそうだったから」

「いつから……俺達を?」

「最初からずっとね。初日だから、気付かれないように尾行してたの」

「なんで、もっと早く……」

「言いたいことは分かるわ。ニニが大猿に苦戦した時すぐに助けに入るべきだってことでしょ? この子の訓練のため……という理由だと納得できないかしら?」

「訓練……ですか」

「ええ。私の復讐のために、この子には強くなってもらわないといけないの……というのも本心だけど、実は私も下級魔獣相手に楽に勝てるほど強くないのよね。あれだけ高速に動き回る大猿に、100%当てられるほどの腕はないわ。

 大猿がニニをいたぶり始めて動きが止まったから、チャンスだと思って照準を合わせたの。そしたらいきなりリィヴ君が光に包まれて消えたと思ったらまた現れて。それであの大立ち回りでしょ? 結果はちょっと残念だったけど」


 悪気があった訳じゃないのか。

 ならいっか。

 結果オーライだ。


「光に包まれたのは、ヴァルハラに戻ったのよね? どうやって? 死ぬか、召喚魔石を吸収して寝ないと行けないはずなのに。まさかそれもリィヴ君の特殊能力?」

「……大猿にふっ飛ばされただけで、死んだんですよ」

「そうは思えなかったけど……まあいいわ。この子を助けてくれようとしてありがとう。時が止まったヴァルハラで鍛錬して戻ってきてくれたのよね」

「いろいろ詳しい……ですね」

「うふふ。ちょっといろいろあってね。でもリィヴ君のおかげで、大蛇を倒せたわ。大蛇はね、隠蔽能力が高いし、すごく用心深いから倒すの大変なのよ。でも傷ついたリィヴ君がいることで、他に探索者がいないと思ったのか警戒が緩んでいたの。大猿の魔石を食べる時は完全に無防備だったから、一発で仕留められたわ」


 それは何よりで。

 本当に傷が痛むから、そろそろ死にたいんだけど、俺も確認しておかないといけないことがあるんだよね。


「魔石……マリアさんが持ち帰りますか?」

「そうしたいけど、ニニを抱えながら魔石を持ち帰るのは難しいわ。だから……リィヴ君の特殊能力に頼りたいわね」

「俺の特殊能力……見ましたね?」

「ええ、あの一瞬の出来事でリィヴ君の秘密の全てを推測するのは難しいけど、何が起こったのかは見えたわ」

「そう……ですか」

「戻ったら、またいろいろ話を聞かせてちょうだい。それにお礼もしたいし」

「お礼?」

「ニニを助けようとしてくれたこと。本当にありがとう」


 マリアさんは深々と頭を下げた。

 いろいろと思うところはあるけど、まあいいや。

 今は痛くてあまり考えたくない。

 早く死にたい。


「俺のズボンのポケットの中に袋がありますから、その中に魔石を入れて下さい」


 マリアさんは俺のポケットを探って袋を取り出した。

 下級魔石3個なら、なんとか袋の中に入ったようだ。

 無限収納の能力を見せる必要がなかったけど、マリアさんならこの袋が俺の秘密に繋がっていると推測ぐらいはするだろうな。

 まぁ、仕方ないか。


「ポケットに戻してもらえますか? ありがとうございます。それじゃ、お手数ですけど、俺のこと殺してもらっていいですか? 出来れば痛みがなく」

「すぐに戻ってこれるの?」

「いいえ、無理です。復活まで時間がかかると思います」

「……分かったわ。それじゃ~またね。リィヴ君」


 マリアさんの銃から何かが発射されて、俺の意識は闇の中に消えていった。






 意識が戻ると1本の見事な樹の根元に寝ていた。

 茶色い太い幹が立派に伸びて、立派な枝からは深緑の葉が無数に生えている。

 視線を少し落とすと、青い空が見えた。


「戻ったのか」


 ここが初めてミズガルズに降りた場所と同じなのか分からない。

 ヴァルハラでシーラに会った記憶はない。

 シーラも魔力が尽きていたはずだから、魔力が神玉から補充されたらすぐに俺を復活させてくれたのだろう。

 会うこともなくミズガルズに降ろしたのは、俺を復活させるぎりぎりの魔力が補充された時点で復活させたからかな。


 とりあえずカーリアに戻ろう。

 自分の身体を確かめるように歩き始めると、途中見つけた小魔石を収納で取りすぐに自分で吸収する。

 しばらく魔力を溜めると、闘気を使って一気にカーリアに向かって駆け出した。



 意識が戻った時ソールは真上で輝いていたけど、カーリアに着いた時には西にだいぶ傾いていた。

 門番の人にはギルドカードを見せた。

 初めてカーリアに着いた時には異世界からのエインヘルアルだと告げたが、その時の門番の人ではないし、その人であってもいちいち俺が何者なのかなんて覚えてないだろう。

 しかしギルドカードを魔法袋の中に入れておいて良かった。

 そうじゃなかったら、死んだ地点に置き去りになってしまったはずだ。


「お疲れ様です。ところで、今日って何日でしたっけ?」


 門番の人の答えから、俺が復活するまで10日ほど要していたことが分かった。

 予想以上だ。

 最下級ヴァルキューレのシーラには、1日にそんなに多くの魔力が注がれないのかもしれない。

 あ、それでか。

 他の担当の4人を誰かに任せて、シーラは俺だけの担当になると言ったのは、別のエインヘルアルが死んでしまったら、そいつを復活させたりするのに魔力を消費することになる。

 シーラは俺に賭けたわけだから、他のエインヘルアルのために貴重な魔力を使いたくなかったのだろうな。



 カーリアに入ると、そのままニレの宿屋に向かった。

 サンディさん達は戻っているかな?

 宿屋のドアを開けて中に入る。


「あ」

「ど、どうも」


 マリアさんの娘さんのスラシルちゃんがいた。

 珍しいな。

 ちょこんと受付の椅子に座っている。

 いつもは1階奥の部屋で、魔道具技師の勉強をしているって聞いたけど。


 しかし困った。

 10日も姿を見せていない俺がいきなり現れたことになる。

 とにかくマリアさんに会って、俺のことがこの宿屋でどうなっているか聞かないと。


「すみません、マリアさんはいらっしゃいますか?」

「は、はい……すぐに呼んできます」


 あれれ?

 前までは会ったら明るく笑顔で接してくれていたのに、何か微妙な雰囲気だな。

 なんか俺、まずい状況なのか?


「おかえりなさい」


 マリアさんが奥からやってきた。


「戻りました」

「リィヴ君の部屋に行きましょうか」

「はい」


 それ以上は何も話さないで、俺達は部屋に向かった。

 最後までスラシルちゃんはどこか暗い表情で、俺のことを見ていた。



「リィヴ君が戻ってくるまで10日かかったわ」

「門番の人に今日が何日か聞いたので知っています」

「サンディちゃんからリィヴ君は所用で街を出ている、って話があったの。その話に乗っておいたわ。宿に泊まっている人達でリィヴ君のことを聞いてきた人達にも、同じように答えてあるから」

「なるほど……単純な説明で一番いいですね」

「4日目にサンディちゃんが『エインヘルアルって生き返るのにどれくらいかかるんでしょうか?』って恐る恐る聞いてきた時は可愛かったわ~。

 エインヘルアルが復活する時には、導くヴァルキューレの状況次第で時間がかなりかかることもあるそうよ、って優しく答えておいたから。

 2人とも、もうすぐ戻ってくるだろうからすぐに顔を見せてあげてね。この10日間まったく元気がなかったわ」

「了解です……スラシルちゃんにもその説明ですよね?」

「……ええ、そうよ」

「さっき入り口で会った時、なんかいつもと違ったんですよね。俺って何か嫌われるようなことしましたっけ?」

「あらあら~、嫌われているように感じたの?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど。ただ、なんかちょっと暗かったから」

「あの子、病み上がりなの」

「え?」

「ちょっと風邪を引いてしまってね。しばらく寝込んでいたのよ。まだ本調子じゃないから、それで元気がないように見えたんじゃないかしら」


 なんだ風邪か。

 それが原因なら、気にすることないか。


「大丈夫よ。あの子はリィヴ君のこと嫌ってないから」

「そうですか? それならいいです」

「ところで、魔石はちゃんとあるの?」

「はい。ありますよ」


 魔法袋の中に収納ではなくそのまま入っている下級魔石を3つ取り出すと、テーブルの上に置いた。


「ありがとう、助かったわ。下級魔石のうち2つはリィヴ君。1つは私という分配でどうかしら?」

「ニニの分は? ってニニは無事なんですか?」

「ええ、大丈夫よ。ちゃんと生きているわ。あの子のミスでこうなったのだから、あの子の分は無くていいのよ」

「実はニニとの狩りで得た魔石も全部使ってしまっています。何に使ったかは言えません。でも勝手に使ってしまったのは事実なので、ニニに俺の下級魔石2つを渡してもらえませんか」

「あらあら~。別に構わないわ。リィヴ君の能力を知って調子に乗ったあの子のミスですもの。だから使ってしまった魔石のことも気にすることないわ」

「でも……それなら1つ。1つだけ俺がもらいます。残りの1つはニニに渡して下さい」

「そこまで言うなら分かったわ。ニニに渡しておくわね」


 マリアさんはテーブルに置かれた下級魔石のうち、最も大きい物を残して、他の2つを自分の袋の中に入れた。


「その袋、魔道具ね」

「……ええ、そうです」

「エインヘルアルが死んだ時、ヴァルハラまでついていくのは神石と繋がりをつけた魔道具だけ。魔道具とは魔石が埋め込まれているもの。でもその袋……見る限り魔石なんて埋め込まれていないのよね」


 そこから攻めてきたか。

 確かに見た目からしておかしいよな。


「そうですね」

「それに、仮にその袋のどこかに魔石が埋め込まれているとしても、その袋はヴァルハラについていくけど、その中に入れた魔石までついていくなんておかしいわ」


 あれ? そうなの?

 そこはよく分からんな。

 収納していれば当然ついてくるだろうけど、魔法袋の中にただ入れていてもついてきた。

 まぁ、そうなんだと理解するしかないよな。


「そうですね」

「あらあら~、さっきから「そうですね」ばかりで寂しいわ。もしかして私のこと嫌いになったのかしら?」

「嫌いになったわけじゃないですよ。ただ、自分の秘密を知られるのが怖いんですよ」

「そう……」


 秘密を知られるのが怖い。

 マリアさんならこの言葉から、俺の能力には弱点があると推測するだろう。


「身体を合わせても、その秘密を打ち明けてくれる信頼は得られそうにないわね」

「病み上がり……じゃなくて死に上がり? なので今日は勘弁を」

「うふふ、でも今夜はサンディちゃんとリタちゃんが離さないでしょうね」


 うむ。

 俺も離すつもりはない。

 最下級闘気に進化した俺の力を! って魔力の無駄遣いは控えよう。

 どうしてもって時だけだ……それが結局毎晩だから困るんだけどね。


「私の秘密を先に話した方がよさそうね。以前、私はどうしても殺したい相手がいるって言ったわよね? 覚えているかしら?」

「はい、覚えています」

「その相手はね、リィヴ君にとっても無関係じゃないのよ」

「……というと?」

「死神のこと聞いているわよね?」


 死神。

 中層から出没するエインヘルアルを殺せる謎の敵。

 こいつに殺されたエインヘルアルは復活できない。


「私の夫は死神に殺されたの」

「へ?」


 旦那さんが死神に殺された?


「私の夫はね、中層で狩りをする探索者だったわ。私が造った魔道具を使って、夫はどんどん聖樹の森の奥へと進んでいったの。私も夫のために魔道具技師としての腕を磨き続けたわ。

 でも死神に殺された。死神の噂は聞いていたけど上層に現れるという情報で、中層には現れないと思っていたのよ……甘いわよね。敵がいつまでも降りてこないと思うなんて」


 死神はエインヘルアルの敵かと思っていたけど、探索者も殺すのか。

 当時の上層に進出していたエインヘルアルが、次々と死神に殺されたって言ってたよな。

 マリアさんの旦那さんがどれだけ強かったのか分からないけど、中層で探索する者が死神に勝つなんて無理だろう。


「何年前に?」

「2年ほど前よ。あの日、私は必ず死神を殺すと誓ったわ。でも私にそんな力はない。私も探索者として聖樹の森に入っていたけど、安全に狩れるのは最下層で、下層ともなれば危険が付きまとう程度のレベルなの。本職は魔道具技師だから仕方ないのよね」


 普通の探索者から見れば凄すぎるレベルですよ。


「ニニ……に魔道具を供給しているのは私よ。ニニは私と違ってまだまだ伸び代があるわ。今はまだ下層を突破できないけど、いずれ中層、上層に到達できるかもしれない。そこにリィヴ君の助けがあるなら尚更ね」


 なるほど。

 マリアさんの動機は分かった。

 でも1つ問題がある。

 問題って言うのもおかしいけどね。


「クロードってエインヘルアル知っていますか?」

「ええ、ちょっと前に小耳に挟んだわ。ものすごいエインヘルアルが現れたものね」

「俺が神殿に初めて行った時、偶然会ったんですよ。彼はミズガルズに降りて3日目なのに、もう中層まで行っていました。もしかしたら、死神はすでにクロードが倒してしまっているかもしれませんよ」

「それならそれで仕方ないことだけど……でも死神を倒したという情報は入ってきていないわ。死神を倒すまで私は歩みを止めるつもりはないの」

「死神を倒したら? その後マリアさんはどうするんですか?」


 マリアさんは一瞬考え込むように沈黙した。


「……変わらないでしょうね。ニレの宿屋を営んで、浅瀬で魔石狩りをする探索者達を支えていくわ。この宿屋は夫と共に作った大事なものだから」


 マリアさんは復讐に囚われているのか。

 でもクロードが死神を倒したら、マリアさんの心は平穏に戻るのか?

 自分の手で殺された旦那さんの仇を取らないと、本当の意味で心が晴れないんじゃないか?


 よく復讐しても何も残らないとか、意味がないとか、復讐は復讐を生むだけとか聞くけど、俺にはよく分からない。

 もし誰かが俺の大事な人を殺したとしたら、俺はそいつを殺そうと思うだろう。

 それが人ではなく悪魔のような存在なら尚更だ。


「マリアさんの想いは分かりました。でも、まだ聞きたいことがあります。ニニはエインヘルアルなんですか? それとも探索者なんですか? いえ、そもそもニニの正体は何ですか?」


 この質問にマリアさんは即答しなかった。

 マリアさんの復讐のために動く少年ニニ。

 彼とはまた一緒に聖樹の森に行くことになるかもしれない。

 正体が何なのか分からないまま、ずっと付き合うのは無理がある。


「ニニは……本当は教えてあげたいんだけど、実はね、本人から自分の正体を絶対リィヴ君に伝えないで欲しいって言われちゃってるのよね~」

「は?」

「まぁ、この件に関してはいずれ本人から直接、自分の正体をリィヴ君に伝える時が来ると思うわ」

「どういうことですか?」

「あら? 戻ってきたのかしら?」


 ドカドカと階段を上る足音が聞こえる。

 その足音は俺の部屋の前までやってくると、次にはドアを力強く叩いた。


「リィヴ! いるの!?」


「お話はここまでね。続きはまた今度」


 俺の耳元で囁いたマリアさんは、そのまま部屋のドアを開けた。


「リィ! あ、女将さん!?」

「はいはい、焦らないの。愛しいリィヴ君は所用から戻ってきていますよ」

「リィヴ!」


 マリアさんが身体をずらすと、ベッドに腰掛ける俺が見えたのだろう。

 サンディさんは部屋の中に入ると、ものすごい勢いで跳び付いてきた。


「リィヴ! もう~心配したんだから!」

「はぐっ! す、すみません」

「あ、ごめん、痛かった? まだどこか痛むの? それよりやっぱり魔獣に?」

「落ち着けよサンディ。まったく」

「なによ~。リタだってすっごく心配してたじゃない」

「そりゃ~心配するさ。でもリィヴは死ぬことはないんだから」

「そうだけど……傷は治ったの? どこも痛くない?」

「は、はい。大丈夫です。御心配おかけしました」


 サンディさんは俺の身体のあちこちを優しくいたわる様に触ってくれた。

 リタさんも密着する距離でベッドに腰掛けてきた。

 マリアさんはいつの間にかいなくなっていた。

 2人ともマリアさんがそのまま部屋にいたら、俺がエインヘルアルだって正体をばらしてしまったことになると後になって気付いていた。

 マリアさんはすぐに部屋を出ていっていたので聞こえてなかったと思いますよ、とフォローしておいた。


 サンディさん達は死神のことは知らないようだ。

 知らなくて良かった。

 もし知っていたら、もっと心配させてしまっただろうから。


 涙目のサンディさんはその後しばらく俺から離れず、同じくリタさんも口では心配していなかったようなことを言いながらも俺から離れず、2人ともずっと密着していた。

 どうして最下層で死んだのかということはすぐに聞いてこなかった。

 たぶん死んだ時のことを思い出させるのが可哀想だと思っているのかな。

 聞かれるまでに、適当なストーリーを作っておこう。


 2人が落ち着いたところで、食堂に降りて久しぶりのご飯を食べた。

 その後はサンディさん達の部屋に行って、夜が明けるまでお互いの体温を感じ合った。


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